KENの日記
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2009年03月07日(土) 小石川探訪

今日土曜日は会社オフィスのカーペット清掃日なので午前中出勤して椅子をどけたり、普段掃除をしないような場所を少し綺麗にしてきました。清掃は午前中だけだったので、午後会社近辺の散策して帰ってきました。地下鉄後楽園駅の少し北にあるオフィスは本郷の高台と小石川の高台の間の谷底のような場所にあります。これまで本郷側の「菊坂」を中心とした東側は何回か散歩したので、今日は基本的に西側を散策してみることとしました。順路は以下の通りで、白山通りから小石川の高台に登って川越街道富坂を下って地下鉄後楽園駅に帰ってきました。

1.白山通沿いの「樋口一葉の終焉の地」
2.柳町仲通り商店街
3.善光寺坂
4.伝通院
5.川越街道(国道254)
6.東京都戦没者霊苑

本郷・小石川には「樋口一葉」が度々住んだ場所があり、なかでも「菊坂」の昔の面影を残した長屋群は非常に趣があります。広い白山通りに面した「終焉の地」の日は紳士服店の軒先で嘗ての雰囲気は全くありません。一葉の住んでいた家は台風による崖崩れで破壊されてしまったそうですが、この辺りの白山通りの東側は崖がせまっています。今は下のような記念碑があるだけです。色々な場所に引越して、生活に苦労しながら素晴らしい文学作品を残した「一葉」ですが亡くなったのは24歳の若さでした。




白山通りを渡って庶民的な「柳町仲通り商店街」を抜けて善光寺坂に向かいました。坂の途中に善光寺という寺があることからこの名前が付いています。善光寺の少し西側の路の真ん中に大きな「椋の木」があります。路はこの木を避けるように続いています。この「椋の木」の少し北側に「幸田露伴」の家があったそうです。非常に静かな住宅街でこういうところに住んだらさぞ気持ちがよいだろうなと思わせる場所です。坂を上りきると「伝通院」です。徳川家康の生母の「於大の方」の墓があります。他にも立派なお墓が沢山ありました。伝通院から参道を南下すると川越街道にぶつかります。そこを左折すると富坂です。




富坂の南側には中央大学理工学部がありますが、まだ犯人が捕まっていない教授殺人事件があったばかりなので非常に警戒が厳しいです。坂を下っていくと礫石川公園ですが、その間に東京都戦没者霊苑があります。丁度東京大空襲のあった3月10日も近いので見学して見ました。外の記念霊苑も建物内の展示室も私の外に誰もいないので非常にひっそりとそしてじっくりと見学する事ができました。丁度満州国皇帝「溥儀」の「我が半生」を読んでいるところで満州事変にことが頭を離れないこの頃なので非常に色々考えることがありました。この場所には嘗て陸軍工科学校があったとのことです。水戸徳川家の藩邸に明治5年フランス陸軍のルボン大尉が伝諸工集所を開設したことが始まりのようです。水戸藩の後楽園は目と鼻の先の所にあります。明治の時代から富国強兵を図り戦争に突入し大きな痛手を受けて敗戦。そして今の繁栄があるのですが、まだ世界には武力でしか解決できない問題が山積しています。そういう社会の大きな「ウネリ」の中に各個人の人生があり、それを取り巻く家族があるという現実は忘れてはいけないと思いました。



2009年03月05日(木) 大連のことなど

今週日曜から中国の大連に出張した同僚達が昨日帰国して、お土産をタップリもって今日出社しました。現在日本でやっている仕事の一部を大連の関連会社にアウトソースするプロジェクトが進んでいるのです。大連は中国国内でも日本語が話せる人口が多く日本の仕事を引き受けることに非常に積極的です。

昨年暮れの「北京旅行」以来、中国の清朝後期あたりの歴史にのめりこんでいて、今は清朝最後の皇帝「溥儀」の自伝「我が半生」を読んでいます。この本は「溥儀」が解放後の中国で書いた本なので、それなりに時代背景を理解して解釈しないとなりませんが、非常に興味深い本です。

「溥儀」が北京を脱出して、天津滞在後に満州に向かうのですが、その途中で大連の「ヤマトホテル」に宿泊したことが書かれていました。「ヤマトホテル」は満鉄が経営した高級ホテルで、今もその建物が大連市の中心に残っています。今も「大連飯店」と名を変えてホテルを営んでいるようです。今日出張した人達に聞いてみましたが立派な建物だそうです。チャンスがあったら一回泊まってみたいホテルです。

南満州鉄道の幹線は「大連ー奉天(瀋陽)ー新京(長春)ーハルピン」を結ぶ700Kmを超える鉄道でした。大連の先の旅順は満州国の海の玄関でした。「清王朝」に関する本を読んでいくと、どうしても「満州国」について考えなくてはならなくなります。非常に複雑な話になって行きそうです。

かなり前に亡くなった私の父は大戦中に「満州」で兵役に就いていました。今思えばもっと話を聞いておけば良かったと思います。酒に酔った時など「ポロっと」思い出話をしていた記憶があります。しかし良く考えて見ると詳しい話を聞きだせたとはとても思えません。父は戦争の事となると詳しい話はしたがりませんでした。それほど苦しい、思い出したくない経験だったのだろうと想像されます。今となっては文献を頼りに想像するしかないのでしょうね。



2009年03月01日(日) NTTフィルハーモニー管弦楽団演奏会

会社の同僚からチケットを頂いていた「NTTフィルハーモニー管弦楽団演奏会」を聞いてきました。場所は新宿御苑の直ぐ近くの四谷区民センターホール。ホールが区民センターの9階にあるので、音楽会の前後のエレベータの混雑は大変なものでした。

演奏曲目
ワーグナー:「ジークフリートの牧歌」
メンデルスゾーン:交響曲第4番「イタリア」
ベートーベン:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」

指揮:イジィー・ハヴリーク
ピアノ:船本貴美子
演奏:NTTフィルハーモニー管弦楽団

「ジークフリート牧歌」は室内楽のような透明度を必要とする曲、「イタリア」はアマチュアは避けた方が良い難しい曲、「皇帝」はベートーベンらしい壮大で様式美に溢れた曲。アマチュアオケの演奏会としては非常に「弱点」が見え安いプログラムなので正直演奏会が始まるまでは非常に「不安」でした。

しかし、私の不安(妻も同じだったと思います)は「ジークフリート牧歌」を聞いて霧散し「イタリア1楽章」では「驚嘆」に変わりました。「ジークフリート牧歌」はワーグナーが妻の「コジマ」の誕生日プレゼントしたという、愛情溢れる曲です。指揮者のハヴリークさんの指示に素早く的確に反応するNTTオケはほんとうに誠意をもって演奏していました。心温まる演奏でした。「イタリア」は一楽章冒頭の木管楽器による3連譜の序奏を聞いただけで、「鳥肌」が立ちました。アマチュアでは最高峰ではないかしら。これだけ粒の揃った、勢いのあり、音色の解け合った序奏を聞くのは初めてです。弦楽器も全てのパートのレベルが高く溌剌と演奏していました。本当に名演だと思いました。演奏者の技術の高さが、指揮者の音楽性を現実のものとしたといえるでしょう。

最後の「皇帝」はベートーベンらしい立派な演奏でした。船本さんのピアノは骨太で豪快で見通しの良い演奏だと思いました。小細工せずに真っ向勝負と言う感じ。伴奏のオーケストラも時には競争し、時には協奏して音楽を飽きさせませんでした。演奏の瑕疵に邪魔されることなく純粋に音楽を楽しめました。通常のプロの演奏とは一味違う、自発性に富んだ音楽なので、次のパッセージはどのように演奏するのだろうという期待を持たせてくれるわくわくするような演奏でした。

参考:ピアニストの船本さんのホームページ

あまりに事前の予想を覆す「素晴らしい演奏会」で興奮が冷めないので、四谷区民センターから地下鉄に乗らずに新宿駅まで妻と二人で歩いて帰りました。NTTフィルの次の演奏会は6月の「ブルックナー交響曲第7番」だそうです。



2009年02月28日(土) 娘の卒展

娘が通っている大学(デザイン系)の卒業展覧会がありました。場所は六本木の「AXIS」ビルの4階の展示スペース。丁度今日四谷でNTTフィルハーモニー管弦楽団の演奏会もあったので妻と一緒に出かけました。六本木・四谷方面だと南北線・丸の内線が便利そうなので、私の定期のある丸の内線「後楽園」から南北線に乗って「六本木一丁目」から歩きました。日比谷線六本木駅から外苑東通りを歩くと賑やかなのでしょうが、土曜日午前中の六本木一丁目からの路は少し寂しいものでした。

今回の展示ですが今春卒業予定の70名程の4年生の卒業作品を展示しています。工学部のデザイン学科なので芸術作品というよりも、工業デザイン・素材を生かしたデザイン中心です。娘のテーマは地域振興関連のデザインのようです。デザインがどのように活用されているのか詳しい所は分かりませんが。とにかく「さいたま」から「千葉」まで4年間通って学んだ成果です。卒業までにはまだ何回かの発表があるようです。

後午からのNTTフィルハーモニー管弦楽団の演奏会は四谷区民センターで行われました。最寄りの新宿御苑まで、日比谷線・丸の内線を乗り継いで行きました。そして新宿御苑駅前のインド・パキスタン料理レストラン「PAPERA」でお昼御飯を食べました。

パキスタン・インド料理レストラン「パペラ」のホームページ

インドもパキスタンも戦後の独立まではイギリスの植民地でした。民族的には全く同じで、独立まではヒンドゥー教徒もイスラム教徒も同じ街で交じり合って暮らしていたのでした。お互いの宗教への配慮をもっていて、それぞれの宗教で食べない「牛肉」「豚肉」はお互い遠慮していました。北インドの「タンドーリ料理」は元はと言えばパキスタンから伝わった料理なのです。従ってパキスタン料理は北インド料理と似ているということができます。パキスタン出身のシェフが作る「パペラ」レストランの料理は北インド料理と共通していて1000円バイキングに含まれる3種のカレーとチキンティッカは大変美味しかったです。インド東部のベンガル料理とか、南部タミールナドのドラビダ料理とは大分違います。レストランの壁にはパキスタン独立の父「ジンナー」の写真が飾ってありました。インドの「ガンジー」は有名ですが、パキスタンの「ジンナー」はあまり知られていません。



2009年02月23日(月) スリランカ内戦激化(17)

先週の20日の金曜日ですが、スリランカの反政府組織のLTTEの2機の飛行機が首都コロンボを攻撃したとのことです。2機とも爆弾を積んで旧日本軍の特攻隊のように突入を目指したようですが、スリランカ政府軍の対空砲火にあって大きな被害を与えることにはならなかったようです。

LTTEはすでに非常に狭い地域に追い詰められています。この2機の飛行機による攻撃はLTTEの最後の反撃のようにも思えます。そして今日23日にLTTEから国際社会に向けてメッセージが出されています。BBCの記事から抜粋してみました。

"The LTTE [Liberation Tigers of Tamil Eelam] desires that this effort for a ceasefire grows further into peace talks to seek a political solution to the ethnic conflict," LTTE political chief B. Nadesan said.

But he said that the Tigers would not consider disarming until "a permanent political solution is reached for the Tamil people, with the support and the guarantee of the international community".

Sri Lankan military spokesman, Brig Udaya Nanayakkara, told the BBC the government would not accept a conditional truce from the rebels.

Earlier this month the US, EU, Japan and Norway said the rebels should disarm and discuss ending hostilities in order to avoid more civilian casualties.

Foreign Secretary Palitha Kohona was quoted by Associated Press as saying on Monday: "Instead of surrendering as the entire international community and the Sri Lankan government has called them to do, [the rebels] are calling the very people who have asked them to surrender, to save their miserable skins."

既にゲリラ(LTTE)側にとっては敗北は時間の問題です。最後の力を振り絞って打撃を与えて、停戦交渉を有利に進めようという目論見はことごとく失敗してしまいました。戦・戦争では昔から、どこの国・地域においても「負け方」は難しいものです。これ以上悲惨な状況にならないように、LTTEのトップは決断して欲しいものです。



2009年02月16日(月) トスカニーニの映像

NHKBSクラシックロイヤルシートで「トスカニーニ」の演奏が放送されました。日曜日の深夜の放送なので録画しておいて今日見て観ました。NHKのホームページの紹介は以下の通りでした。

「トスカニーニにとってワーグナーは常に特別な地位を占めており、最後に聴衆の前に姿をみせた1954年に演奏したのもすべてワーグナーだった。彼が如何にワーグナーの音楽を愛したかは、反ファシストだった彼が、ワーグナーが創設したバイロイト音楽祭を任せたいとヒトラーから依頼されたことからもわかる。この申し出を早々と断ったトスカニーニは二度とこの音楽祭に戻らなかった。この番組は、1948年から1951年の間にNBCテレビで収録されたトスカニーニによるワーグナーの演奏を集めたものである。」

歌劇「タンホイザー」序曲(1948年収録)
歌劇「ローエングリン」序奏(1948年収録)
楽劇「トリスタンとイゾルデ」から前奏曲と愛の死 (1951年収録)
楽劇「ワルキューレ」からワルキューレの騎行(1948年収録)
(以上ワーグナー作曲 )

諸国民の賛歌(1944年収録)
( ヴェルディ作曲 )

テノール : ジャン・ピアース
合唱   : ウェストミンスター大学合唱団
管弦楽  : NBC交響楽団
指 揮  : アルトゥーロ・トスカニーニ

正直これまでトスカニーニをしっかりとは聞いてきませんでした。ステレオ録音が無いので録音状態が良くないだろうという先入観がありました。モノラルでもピアノ・バイオリンなどの独奏・ドュオなどの室内楽だと音の広がりが苦にならないのですが、オケやオペラではどうしても録音の悪さが気になってしまいます。しかし、このトスカニーニの演奏は「トスカニーニの指揮映像」も貴重ですし、演奏自体も素晴らしいのでモノラルの音が気になりませんでした。

最初の「タンホイザー序曲」からフレーズの処理が非常に知的で現代的に聞こえます。トスカニーニが予想外に細かい指示を出しているのには驚きました。楽器間の音のバランス、クレッシェンド・ディミュニエンドのスピードを微妙に調整します。それでいて全体が「すっきり」しているのですね。トリスタンとイゾルデの「愛の死」も予想通りの素晴らしさ。情緒的に流れないギリギリのところでしっかり踏みとどまる憎らしい程の演奏です。かつての「トスカニーニ」の人気を想像することができました。第二次世界大戦前のワルター、フルトヴェングラーとトスカニーニが活躍した時代がどんなに凄い時代であったか。中でもトスカニーニは演奏の完成度・純粋度合いでは最も優れていたのではないかと想像されます。

最後にトスカニーニ編曲による「諸国民の賛歌」が演奏されています。第二次世界大戦時に連合国側の反攻によってイタリアが降伏した際に演奏されたもので、アメリカ亡命中のトスカニーニがソ連の「インターナショナル(万国の労働歌)」のアメリカ国歌を最後に加えています。指揮をするトスカニーニの表情が非常に印象的です。ムッソリーニに支配された祖国イタリアの敗戦、ヨーロッパ・イギリス・アメリカを巻き込んだ悲惨な戦いに対するトスカニーニからの真摯なメッセージを感じます。トスカニーニが如何に戦争の本質を理解していたか分かったような気がしました。

レニングラードフィルを率いたムラヴィンスキーがソ連革命期から第二次世界大戦後まで一貫して「純粋音楽」を追求してきたことをドキュメンタリーで観たことがありますが、その芸術至上主義ともいえる「純粋音楽」の背後に、非常に純粋な「ヒューマニズム」「平和への願い」が込められていることを感じました。トスカニーニの音楽の場合にも全く同じことがいえるのでしょうね。



2009年02月14日(土) 映画「ラ・ボエーム」初日

今日2月14日(バレンタインディ)は、ネトレプコ・ヴィラゾンの映画「ラ・ボエーム」の初日でした。ということで新宿南口の高島屋「テアトルタイムズスクエア」の4時から放映を見てきました。

「ラ・ボエーム」オフィシャルサイトはこちら

通常の大人料金は1800円ですが、「夫婦50割引(夫婦どちらかが50歳以上)2,000円/ご夫婦」を適用して妻と二人で2000円で観てきました。新宿高島屋ビルは娘がバイトをしているところでもあります。チケットを購入してから時間があったので娘の職場を眺めてきました。因みに今日娘は仕事に来ていません。

さて「ラ・ボエーム」ですが、涙を流さずにはいられないオペラです。歳のせいか1楽章から涙が出てしまって困りました(対照的に第4幕は冷静に観ていましたが)。ロドルフォのヴィラゾンは本当に素晴らしい声です。更に顔の表情とか目線がアップになっても非常に自然でした。彼が舞台の上でもこのように細やかに演技しているのだとすると大したものです。

ヴィラゾンの演技に対して、ネトレプコは少し映画のアップに戸惑っていたようです。舞台の上での大げさな演技は素晴らしいものがありますが、映画のアップになった場合の目線だとか表情は単調でした。フィガロのスザンナ役の時に「鉄面皮の伯爵夫人を睨んだ眼」のような演技は今回はどこにもありませんでした。病気の「ミミ」の雰囲気を出すためには、目の下の「クマ」だとか、彩度を落としたモノクロ映像が必要だったようです。この映画の撮影時期には恋人とラブラブで妊娠していたかもしれず、幸せ一杯ネトレプコのはずですから、病気の「ミミ」にような役は難しかったのかなとも思いました。

映画「ラ・ボエーム」では解説書で「黒田恭一」さんが指摘しているように第1幕でびっくりする場面がありました。マルチェルロ達がクリスマスイブを楽しむために居酒屋「モミュ」へ先に行って待っているのに、ミミと出会ったロドルフォは有名な自己紹介の唱を歌った後に、下のミミの部屋に降りて行って「ベッドイン」してしまう。時間の経過の辻褄合わせのために、コッリーネが「床屋」に行ってくるという苦しい展開をせざるを得なかった。そこまでやる必要はなかったと思います。こうした展開が第2幕の「モミュ」でのロドルフォとミミのベタベタシーンに繋がってしまうのです。また冬の寒い場面での「薄着の衣装」が気になりました。4幕の瀕死の「ミミ」がマフを欲しがりながら「ノースリーブ姿」というのは理解に苦しみました。

今日の映画は1幕から4幕まで連続の休憩なし。そういう作りもストーリーを理解する上では違和感がありました。第2幕と第3幕、第3幕と第4幕の間には、終わった幕の内容を整理して次の展開に備えるための考える時間が必要だと思いました。また「ミミ」のキャラクターをどのように作るのかも非常に大きな課題だと思いました。不治の病にはあるものの奔放な明るく「活発な」女性と描くのか、あるいは不幸を背負った清楚な女性として演ずるのか。今回のネトレプコは突き詰められなかったという印象が強いです。

やはり、大きな劇場で遠くの歌手の歌を聞き、オーケストラの繊細な表現を味わいながら聴衆が自分の「ラ・ボエーム像」を育んでいくといくというのがオペラの醍醐味なのでしょうね。



2009年02月11日(水) 華流映画「紫禁城華の嵐」

北京旅行以来「紫禁城」関連の本を読んでいますが、面白い「映画」を見つけました。2004年の香港映画の「紫禁城華の嵐」。香港と中国本土で6億人の人が見たというテレビドラマの映画化のようです。全30話の連続ドラマです。昨年2月、期間限定でインターネットで全30話が無料で見ることができたようですが、現在はどのサイトでも「第5話」までが無料で、「第6話」以降はどこでも有料となっています。既に「第5話」見てしまったのでこれからどうしようか考えています。

武蔵浦和駅ビルのレンタルビデオ店に行ってレンタルDVDを探しましたが、その店では扱っていないとのこと。インターネットで調べたところ「ツタヤ」では扱っていますが、近くには「ツタヤ」はないのです。ネットで見ようかと思っていますが、2月15日から「GyaO」で順番に放映するようなので、これを狙ってみようかと思っています。

GyaO・・・「紫禁城華の嵐」

映画のストーリーは「清朝」の「紫禁城」を舞台にした宮廷の様々な権力闘争を描いたもののようですが、「清朝」宮廷の制度、紫禁城の様子などを扱っているので非常に面白そうです。第5話まで見ての感想ですが、色々な「人間関係」を描き分けているのところが非常に巧妙なので、人気が出たのだと思いました。清朝皇帝と皇后・側室の関係、男性同士の友情、女性同士の友情、親子関係(父息子、母息子)、ひいては「宦官とその妻の関係」など、想像できないような関係まで出てきます。また皇帝の側室候補として、多くの綺麗な女性が登場するのですが、現代的な顔をしていますが、皆とても美人なことに驚いてしまいます。その人間関係がインターネットに掲載されているので引用して置きます。

「紫禁城華の嵐」の人間関係図



2009年02月10日(火) ナームラージャの勇姿




スリランカのコロンボで2月8日・9日に「ナーム・ペラハラ」がありました。「満月の日」は「仏陀」が悟りを開いた日とされ、スリランカ国内の有名な寺院で順番にお祝いが行われ、大きな寺院の場合には数十頭の象の飾られた像を中心とした夜のパレードが行われます。スリランカの夏の風物詩の「キャンディのエサラペラハラ」が最も有名ですが、首都コロンボの中心にある「ガンガラーマヤ寺院」の主宰する「ナーム・ペラハラ」も都会のペラハラとして人気を集めています。

パレードのために全スリランカから多くの「象」がコロンボに集結するわけで、大都会のコロンボに多くの象が一週間位滞在するには広い場所が必要です。ということで、この時期コロンボ市役所に近い「ビクトリヤ公園」は象の休憩場所に早変わりするのです。

ガンガラーマヤの寺象のナーム(ナヴァム)は、ルアンラージャの跡を継いだペラハラの主役です。つまり「仏舎利」を納めた「カスケット」を背中に積んでパレードの中心を行進するのです。冒頭の写真はその勇姿です。このナヴァムは左右の牙が交差していて少し可愛そうなのですが、非常に立派な体格をしているので見栄えがします。コロンボ市内のガンガラーマヤに行くとナームの勇姿を何時でも見ることができます。



2009年02月08日(日) ベッリーニ作曲「ノルマ」

文京区の区民参加オペラのCITTADINO歌劇団第9回公演の「ベッリーニ作曲「ノルマ」を聴いてきました。会場は文京シビックホール。地下鉄後楽園駅直ぐで私の会社オフィスの直ぐそばです。これまで文京シビックホールでの演奏会の日は「天気が悪い日」ばかりでしたが、今日は北風が強いものの陽が出ていたので気持ちが良かったです。服が濡れてしまったり、濡れた傘を足元に置いての演奏会はあまり気持ちの良いものではありません。

「ノルマ」はそのタイトルロールであるガリヤ地方の「ドルイド教徒」の巫女「ノルマ」の話です。敵対していたのローマ人地方総督の「ポリオーネ」の子供を二人もうけてしまったノルマ。しかしポリオーネが若い巫女の「アダルジーザ」の方にに気を移してしまったので話がややこしくなります。ノルマとアダルジーザの友情とか、ノルマ・ポリオーネ・アダルジーザの三角関係とか、ノルマと父親、ノルマと二人の子供の関係とか色々な心理描写が唱で歌われます。最終的にはノルマが自分を犠牲にしてポリオーネと一緒に死ぬという可哀想な話です。

「ノルマ」はソプラノの山畑晴子さん。一幕の「清らかな女神」は無難に乗り切りました。最初から最後まで終始色々な技巧を要求される役を歌い終える事ができたのですから拍手でしょう。でも高音域では音程がはっきりしない響きのために聞き辛い部分がありました。アダルジーザとの二重唱も今一歩。感情を込め過ぎたのかしらとも思いました。兎に角、母として娘として、恋人として色々な感情表現を要求される難しい役ですから。

「ドルイド教」とは自然崇拝で特に「オークの木」を信仰の対象としていた古代ケルトの宗教だそうです。森の木の中でも大きな太い幹の木は神秘的で古代の人々は強い興味を持ったのでしょう。今日のノルマのステージ上の祭壇として大きな木の幹がセットされていました。会場での日本語訳からは時代背景だとか、場面の場所の情報が少なくて詳しい情報は得られませんでした。本当はローマ帝国との関係だとか、裏切った場合の刑の重さだとか色々あるのだろうと思います。そういうものを知る楽しみも今後残っていますし、配役が少ない上にソプラノが大活躍するオペラですので、ソプラノ狙いで聴くには手頃なオペラだと思いました。




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