| 2008年11月11日(火) |
スリランカ内戦激化(14) |
スリランカ情勢ですが、政府軍のゲリラ支配地への進攻が進み、既にゲリラ側の実質的首都であった「キリノッチ」の町の半分位占領した模様です。
スリランカからのニュースは以下のように伝えています。
Sri Lanka's government rejected Monday the Tamil Tiger rebels' repeated call for a ceasefire demanding the separatists first lay down their arms and surrender before it will agree to a truce.
スリランカ政府は、月曜日(10日)タミールタイガー(反政府ゲリラ)からの再三の停戦の呼びかけを拒否し、政府が停戦に合意する前提として、分離独立派は武器を捨て降伏すべきであると要求した。
スリランカ政府は一見強きな姿勢を見せていますが隣の大国インドの動静も注視しなければなりません。そろそろインド政府が動き出しそうです。そう言えば今日11日は「モルジブ」の新大統領の就任式です。インド政府要人とスリランカのラジャパクサ大統領がモルジブで顔を合わせているはずです。何か良い収拾案が見つかれば良いのですが。
| 2008年11月09日(日) |
「ジャパンシンフォニア」演奏会 |
妻が頂いたコンサートチケットでジャパンシンフォニア定期演奏会を聞いてきました。
曲目等は以下の通り。
演奏:ジャパンシンフォニア 指揮:井上喜惟、演奏曲目:バルトーク:ルーマニア人族舞曲集 ブラームス:バイオリン協奏曲 独奏:三戸素子(ジャパンシンフォニアコンミス) シューマン:交響曲第二番 会場:晴海、トリトンスクエア第一生命ホール
晴海の第一生命ホールは地下鉄有楽町線の「月島」下車。自宅から池袋に出て有楽町線で一本でした。ウィークディならば会社員が沢山いるのでしょうが休日のトリトンスクエアは閑散としています。第一生命ホールは始めてですが、小規模な演奏会には打って付けのホールみたい。椅子の肘掛の下に飛行機の座席に有るテーブルみたいなものが格納されていました。講演会用でしょうか。
日曜日後午の晴海ですから客の入りは期待できませんが、それにしても少ない入りでした。拍手が薄くなって演奏者には申し訳ない感じでした。最初のルーマニア民族舞曲(バルトーク)は引き締まった演奏でした。演奏会冒頭のサブとしては非常に練り上げられた感じがしました。こういう演奏を聞くと次の協奏曲とシンフォニーに期待が持てるというもの。
協奏曲はブラームスのバイオリン協奏曲。会場で配られたパンフレットに書かれているとおり、ヌボー、チョン、ムター、ハーン等女性バイオリン奏者の名演が多い曲です。本日の独奏は三戸素子さんでジャパンシンフォニアのコンミスの方です。結論から言うと気合が入りすぎて細部の表現が良く聞き取れず、音程も不安で聴衆としては不満の残るブラームスになってしまいました。
気合は十分伝わるのですが、残念ながら基本的な音程の正確さ(特に重音の時)が危ういため、安心して聞いていられる演奏ではありませんでした。気合とか思い入れはいいのですが、やはり時には「肩の力」が抜かれた楽器が豊かに歌う演奏を聞きたかった。演奏者の力演に聴衆まで硬くなってしまうような感じでした。但し伴奏のオケは絶えず柔らかく暖かく伴奏していました。特に管楽器・中低弦の伴奏は見事だったと思います。家に帰ってから「チョン」の演奏をビデオを聞きました。確かチョンも陶酔したような表情で弾いていたのです。さすが「チョン」の演奏はオケ伴奏と一体担っているし見事なテクニックでした。
メインの「シューマンの交響曲第二番」あまり演奏される曲ではありません。今日のプログラムはなかなか渋い選曲です。こういう選曲をするのも「ジャパンシンフォニア」の特徴なのでしょう。金管セクションが絶えず柔らかい音でオケ全体を支えていて非常に素晴らしく、木管もレベルが非常に高かったです。フルートがもう少し浮かび上がってくれば良かったかなと思いました。ファゴットはちょっと他所では聞けない名人芸だと思いました。中低弦は素晴らしいのですが、残念ながら「1stバイオリン」の音が「硬い」ことが最後まで気になりました。ティンパニの音の素晴らしさと存在感は「ただ者はない」という感じがしました。
全体通してかなり高い水準のオケだと思いました。しかし正規の定期演奏会において協奏曲で身内の独奏者を起用したことは感心できませんでした。どんな演奏会でも独奏者には、一定水準の技術と聴衆を魅了する魅力が欲しいです。また、狭いホールで聴衆に緊張を強いるような演奏はちょっと辛い感じがしました。曲目解説をするとか、挨拶をするとか、演奏サイドも聴衆も「肩の力」の抜けた時を過ごせる演奏会を期待したいものです。
今朝朝食の「お吸い物」を作ろうと一番小さな「鍋」に水を入れて火にかけた所、火が不自然に騒ぐので、鍋底を調べたところ穴が開いていました。ついに「穴」があいてしまったかと妻と二人で感慨を新たにしました。

この鍋は妻が名古屋の大学に入学したとき、人里離れた寮(櫻鳴寮)に入寮して自炊生活を始めた時に生協で購入したというもの(1976年4月頃)。それ以来30年以上我が家の味噌汁用鍋として活躍してきました。小さいのでインスタントラーメンを作るには便利でした。底のアルミは徐々に腐食してついに「穴」が開いてしまいました。この鍋といっしょに買ったフライパンはまだ現役で活躍中。
日曜日の深夜、正確には月曜日ですが、NHKBSでクラシック番組を放送しています。この2日の番組では現在もっとも注目されているふたりのピアニストの演奏が放送されました。それは、マーク・アンドレ・アムランとクリスティアン・チンメルマン。アムランは超絶技巧のピアニストして有名ですが、今回はハイドンとショパンソナタ。チンメルマンはモーツアルトが入っていたと思います。この二人の演奏が続けて放送されるからには、必ず録画してじっくり見たいと思いました。
今日、録画しておいた番組を見て見ました。最初はアムランへのインタビュー番組。ところどころアムランの演奏風景が挿入されています。本当に凄いテクニック。そしてインタビューの中で「ゆっくり指を上げてさらって、頭と指に憶えさせている」という発言がありました。超絶技巧はそうした基本から生まれていることを改めて確認できました。
ドビュッシーとハイドンに関する話の後いよいよ第二部のコンサートの模様です。期待して聞き始めたところ、ハイドンのソナタの最初の部分で録画が切れていました。おかしいなと思いつつ妻に確認してもらうと、レコーダーのHDDの要領が一杯になっていて、それ以上入らなかったようでした。ものすごく残念でした。
HDDの容量を明けるために、DVDに保管しなくても良いと思われる番組を一生懸命消しました(妻に消してもらいました)。 二つに分かれてしまったオペラとか、ウィーンフィルのニューイヤーコンサートとかじっくり見ないと思われるものを消して大分容量を確保しました。アムラン・チンマーマンの番組をもう一回放送しないかしら。
娘の大学の大学祭(大が臭い:最初の変換)。4年生なので一応最後の大学祭となるはずなので、一度くらい大学を見てみようと思い妻と一緒に出かけました。電車で行くのも退屈そうなので、バッテリー充電がてら車でドライブすることにしました。目的地は千葉の手前の「西千葉」。東京から放射状に伸びる道路は便利なのですが、環状道路はまだ未整備なので妻に地図をしっかり見てもらいながら走りました。
今年8月の車検で取り付けた「ETC」がその威力を発揮しました。長野の田舎に帰省する時には、長時間の高速道路走行の最初と終わりだけのETC利用ですが、首都高速、京葉道路、外環道路などこまめに高速を乗り継ぐ場合には料金所通過の手間が非常に省けます。因みにETCは最新でも車自体は長年乗っている古い「三菱ギャラン」。結果的に浦和に住み着いたので「三菱」で正解だったものの、長野で買って、仙台、東京、「さいたま」と転々と居を移し、この間相当の距離を乗ってきています。
行きの行程は、東京外環の下を走り、東北道の下の道を東京方面に向かい、環状7号線にはいって東に向かい、京葉道路に入って千葉に向かうという経路をとりました。首都高速池袋線が慢性的に混むし、車両火災があった関係で走行規制があるのではないかと思ったからです。この行きの経路はほぼ正解だったのですが、京葉道路でもう少しで目的地というところで、神社の「七五三」参りの列に繋がってしまい大分待たされました。
帰りは京葉道路をひたすら東京方面に向かい、首都高速に入ってそのまま池袋線を抜けて帰りました。こちらはスムーズで1時間で千葉から「さいたま」に帰ってきました。京葉道路(国道14号線)は大変立派な道路ですね。千葉市を代表する大動脈です。海の有る県は海側にどんどん開けていくことができる見本です。北側を走る旧京葉道路、総武線、京成線が狭い土地を窮屈に走っていることと対象的で、南側の「新京葉道路」は広々としています。
因みに14号線は「千葉市」、15号線は「横浜市」、17号線は「さいたま市」、16号線はこれらの市を環状で結んでいるのですね。東京近郊都市は「14、15、16、17」号関連だということを再発見しました。
大学の文化祭ですが、それなりに頑張っているという感想を持ちました。もちろん賑やかなのはサークルなどの「模擬店」です。管弦楽サークルの発表を少し聞いてきましたが大学生の一生懸命さは感ずるものの、心意気だけでは難しいものが有るのも事実です。微笑ましい背伸びは良いですが、度を越さないようにしたほうが良いですね。
武蔵浦和駅前に2年間かけて建設が進められていた再開発事業のマンションが完成しました。以前は住宅とか小さな町工場が密集していた地域ですが、見違えるような町並みに変身しました。昔撮影しておいた風景と殆ど同じ場所に行って写真を撮ってきました。


高層マンションができたので駅に通ずるみちの日当たりは悪くなりました。また冬の「ビル風」はさらに強くなりそうです。このマンションの各施設には当初「松坂屋」ストアが入るととの噂が有りました。しかしちょうど完成時期に重なった不況で進出を取り止めたようです。そのかわりに近くに既に店舗のある「マルエツ」が防衛的出店をするようです。こちらは来年の3月開店を目指しているようです。今日土曜日の新聞の求人折込に従業員100名募集の広告が掲載されていました。
NECが提供する社会貢献コンサートに応募し、運良く当たって日本フィルハーモニー交響楽団のコンサートを聞くことが出来ました。会場で紹介がありましたが、10000人を超える応募があり、その中で2000人程度が当選したようです。でも2階席・3階席には空席が目立ちました。主催者が来るだろうと思って当選させた人数に思惑が外れたみたいですね。
会場は池袋の東京芸術劇場。池袋で妻と待ち合わせました。いつも思うのですが芸術劇場は「地震」が来た時とか「火災」があった時に大丈夫なのでしょうか。大人数を収容する大ホールがかなり上の階にあるので、非難客がエスカレータに殺到すると思います。だって終演後のエスカレータが凄く混雑するのですから。
演奏曲目は以下の通り。
指揮:高関健、ヴァイオリン独奏:黒川侑 ベートーヴェン 歌劇「レオノーレ」序曲第3番 シベリウス ヴァイオリン協奏曲 チャイコフスキー 交響曲第4番
今日の興味は、若い「黒川さん」がどんなシベリウスを聞かせるのか、高関・日フィルがレオノーレ、チャイコフスキー等の難曲でどんな演奏を聞かせるのかということでした。
最初のレオノーレ序曲で「おや?」と言う感じがして、その違和感が最後まで尾を弾いてしまった感じでした。序曲最初の和音が「厚みが無い」のです。トランペットがしっかりした音を出していましたが、その他のパート特に弦楽器に力が無い。この印象はメインのチャイコまで共通しました。序曲の序奏が終了してテンポがアレグロの変わり、第一バイオリンとチェロが主題を「PP」で始めるところ(レオノーレ第2番ではチェロだけで提示されます)。ベートーベン流に長大なクレッションドを経て管楽器に引き継がれることは分かっていますが、最初の主題があまりにも「そっけない」。
主題は2小節のスラーと次の2小節の「アーティキュレーション」の対比によって特徴付けられますが、その天才に対する敬意・驚き・感動が殆どありませんでした。この曲全体はシンコペーション、アーティキュレーションの集合みたいな曲ですが、どんな速さでも「くっきり」表現することが求められます。細かいアーティキュレーションを聞き取る事はできませんでした。
音楽のひとつの聞き所が「リズム」だとすると、次のシベリウスもチャイコフスキーもリズムがポイントになる曲でした。シベリウスでは3楽章のソロバイオリンの「リズム」。さすがの「黒川さん」も緊張したみたいで、難しい部分が走りましたね。シベリウスは1楽章・2楽章を好演しても終わりの3楽章が評価を決めてしまうような曲です。黒川さんは3楽章の最初の出だしでリズムが甘くなってしまったことが最後まで尾を引いた感じでした。しかし、時々双眼鏡でみましたが、バイオリンを弾く姿勢とか力の抜けた理想的とも言えるボーイング、上品なビブラート、左手のテクニックなど、音コン1位になった実力は凄いものがあると思いました。今年秋からウィーンに留学するようですが本場の音楽を吸収して大きく成長してほしいものです。
チィコフスキー4番ですが高関さんは大分苦労して振っていらっしゃいました。練習不足の感を免れません。弦楽器のボーイングが全て短めになり、8分の6音譜の難しいボーイングを必死に引いていると感じ。音に厚みがありません。これはスピードを要求される4楽章でも全く同じ光景でした。一番良かったのが3楽章。弦楽器の難しい「ボー」がないので、音が均一で良く鳴っていたと思います。しかしここは木管が苦しかった。チャイコフスキーで重要な箇所で終始音楽を締めていたのは力強い「トランペット」でした。
音楽で気になった点は「聞かせ所」が非常に明確すぎることでした。演奏者は何度も演奏しているし、聴衆も知っている曲ですから、ここが「決め」という部分は予め頭に入っています。そして音楽はその予想通りに進展して行きました。「決め」に向かって進む経過的なパッセージは「それなり」につまり経過的に演奏されます。これは予定調和で聴衆にとっても安心できる演奏ですが、正直言って新鮮味がない。チャイコフスキーの4番に何か新しい音楽を聞きたいと考えた聴衆にとっては、予想通りの何も新しいものはない演奏だったのではないでしょうか。もちろんそれで十分ではあると思いますが。
高関さんは1977年日本で開かれたカラヤン指揮者コンクールで優勝しています。じつはその最終審査がベルリンフィルを使って行われ、カラヤンが指揮者の目の前の椅子に座って審査したのでした。まだ学生だった私もこの最終審査を結構前の方の席で見ていました。高関さんの演奏は正直言って記憶がありません。決勝進出者の演奏が全部済んだ後に、カラヤンがブラ2のリハーサルを始めたのですが、ベルリンフィルの音が全く違って聞こえた記憶があります。
実は今日の「黒川侑さん」が75回(2006年)の音楽コンクール第一位、9月に聞いた「長尾春花」さんが76回(2007年)の音コンで第一になっています。お二人とも同じ年代です。黒川さんはウィーンに留学、長尾さんは芸大で学ぶようです。非常に対象的な個性をお持ちのお二人なので、これからどのような音楽を演奏されていくのか非常に楽しみです。個人的な「長尾さん」のキャラに引かれます。
| 2008年10月25日(土) |
秋鹿酒造の「倉垣村」 |

秋鹿酒造(大阪府豊能郡能勢町倉垣)の特別純米酒「倉垣村」です。森田酒店のお嬢さんのお勧めで飲んで見ました。
ラベルに有るように米は「秋鹿山田錦栽培会」生産の山田錦100%。秋鹿酒造さんが近隣農家と提携して「米」からこだわって生産しているようです。この「倉垣村」というのは醸造所のある地名だそうです、その少し「泥臭い」感じを出すために、精米比率(6割9分)を小さくしているようです。「山田錦」を使って様々な酒の作り方を試しているようです。
精米比率が低いので雑な味が混じっています。吟醸酒のような研ぎ澄まされた味わいとは対極にある「味」です。吟醸酒を切れ味鋭い日本酒の名刀にたとえるならば、この「倉垣村」は山で木をはらう力強い「斧」の」ような感じでしょうか。日本酒の「切れ味は」ないですが、力強さ、親しみ安さがあります。昔はこういう酒を飲んでいたのだろうなと感じさせる「酒」ですね。
昨日全ての予定を終了し、これから午前中の便で日本に帰国します。
NH0912(9:45AM)
今香港国際空港です。全ての手続きが終了して搭乗を待っています。香港の空港はどこでも無料の無線ネットが使えるようです。搭乗口の待合スペースで上手に探せばコンセントも見つかります。しかし電源コードはもってきたものの差込アダプターを荷物といっしょに預けてしまいました。残念。
香港国際空港と香港島とはエアポートエクスプレスという高速電車で結ばれています。これが結構便利です。到着ゲートからそのままフロアを買えずに列車にのることができます。良く考えて作られています。往復HK$180でした。
| 2008年10月17日(金) |
香港「西貢」の海鮮料理など |
今回香港の滞在先としてタイムズスクエア(時代広場)ビルの隣の「ホリディイン・イクスプレス」を選んだのですがこれが大正解でした。香港での訪問先の「G社」はタイムズスクエアビルに入居しているし、NTTの現地法人も高速を渡ったすぐ傍のビル、香港のパートナーの「Lさん」のオフィスもホテルから歩いて5分とかからない場所にありました。地下鉄では香港島を東西に横断する「港島線」(Island Line)の銅鑼湾(Causeway Bay)駅に隣接しています。少し南側には「香港競馬場」がありますが、ビルの19階にある「L」さんのオフィスからは競馬場が良く見えました。
お昼は「NTT現地法人」の「Sさん」の案内で本場の「飲茶」を頂きました。「Sさん」はインド人です。カナダで生まれたのでインドのヒンドゥー語を始め、英語・仏語・ロシア語など数ヶ国語を操る法律の専門家です。残念ながら日本語と中国語は話せません。「Sさん」にはインド拠点設立の時に大変お世話になったのでした。彼は今でもそのビジネスセンスを縦横に活用しインドビジネスで大活躍しています。彼の秘書の「Aさん」の案内で、オフィス近くの何時も行くという飲茶の店に行きました。レストランの名前は「麗都総廚」。多くの地元の方が美味しそうに飲茶を食べていました。「Aさん」が美味しいものを頼んでくれ、飲茶を堪能しました。
後午から「Lさん」のオフィスで打ち合わせをしました。「Lさん」とは初対面であったのですが、数時間話をしている中に意気投合して「Lさん」が夕食をいっしょにと誘ってくれたので、お言葉に甘えさせていただきました。「Lさん」が連れて行ってくれたのは「西貢」という海に面した田舎町。香港島から車で40分位はなれた場所にありました。
香港は1997年にイギリスから中国に返還されたのですが、返還されたのは香港島・九龍とその北側の「新九龍」「New Territory」(新界)という地域なのです。実は香港島・九龍の租借には期限がなかったのですが、香港島を経済的に支えるために「新九龍」「New Territory」に99年という租借期限があったのだそうです。その期限が1997年6月30日後午12時だったのです。発展した香港・九龍はその背後の「新九龍」「新界」なしには存在しえなくなり、その租借期限延長を中国政府から断られたイギリスはやむなく香港を返還したという訳。「Lさん」曰く、香港・九龍が発展したのはイギリスが香港・九龍を「返す必要の無い」と考えていたからで、最初から返すことが分かっていたらこんなに開発しなかっただろうとのこと。
「西貢」はその「新界」にある「シーフード」の有名な場所。金曜日の晩なので多くのお客で賑わっていました。海に面した魚屋さんで食べたい物を買ってレストランに行って料理してもらう形式です。素材が新鮮なことと、レストランの味付けが素晴らしいので、とんでもない至福の時を過ごすことができました。もう一度来て見たい場所となりました。下は魚屋さんの風景です。

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