KENの日記
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2006年01月14日(土) ニューデリーのインペリアルホテル

思い出して記録しておきます。昨年暮れに結婚25周年記念も兼ねてインド滞在における最後のインド旅行をしました。そして31日の大晦日にムンバイを出発して元旦に日本に帰国したのでした。旅行の最初の3日間ニューデリーで泊まったホテルが「インペリアルホテル」。ニューデリーのコンノートプレイス近くの高級ホテルです。ニューデリーの我が社の事務所から歩いて3分程度のコロニアル風の洒落たホテルです。


ニューデリーの高級ホテルといえば、タージ、オベロイ、外資系ではシェラトンとかヒルトン。インペリアルホテルは日本からの出張者にはそれほど利用されないけれど、立地が良いので便利で、洒落ていて、古めかしいけれど室内は非常に現代的な素敵なホテルです。


ニューデリーは10月から翌3月まで観光ジーズンで殆どのホテルは料金を大幅に値上げします。インペリアルホテルはそれ程値上げしないらしく他の一流ホテルに比べて割安となります(他が高すぎると思うのですが)。妻のための宿としてニューデリーで使い慣れていた「賃貸しアパート」利用も考えたのですが、12月末のニューデリーの寒さにはシャワーだけでは辛いし結婚25周年記念なので少し奮発したのでした。


この時期のニューデリーの朝は大変寒くて温水シャワーはかなり厳しいです。
今回の旅のハプニングですが、妻は24日にニューデリーに到着したのですが私が乗ったムンバイからデリーへの飛行機が大幅に遅れたために、ニューデリーの国際空港で3時間以上待たされたのでした。入国早々インドの悪い印象をインペリアルホテルが救ってくれました。12月末のインド旅行の写真をホームページにアップしました。



2006年01月09日(月) 引越し荷物

ムンバイで引越し荷物を搬出したのが12月30日。ムンバイの港を出発したのが1月6日だそうです。ムンバイ港からシンガポールに向かいシンガポール港で大きな船に積み替えて東京港に向かうのだそうです。役2ヶ月かかるのだそうです。


楽器(チェロ)は飛行機機内持込できないので、船便を待つしかないのですが、「水着+水泳用ゴーグル」も船便の荷物に詰めてしまいましたので暫くお預けです。航空便も1箱作ったのですが殆ど仕事関連書類やらで一杯になってしまったのでした。狭いマンションにさらにダンボール箱11個も来ると大変なのですが。インドの思い出はまだ漸くインドを出発したばかりです。



2006年01月07日(土) 寒い日が続きます。

寒い日が続いています。今日土曜日は、寒がりの妻といっしょに近くの別所沼公園に行ってみました。公園の別所沼は氷が張っていてカモも鳩もカモメも寒そうにしていました。なぜカモメが居るのか分かりませんが。別所沼公園まで続く「桜並木」はまだ寒々しています。厳しい寒さはまだまだ続きます。



2006年01月04日(水) 今年のおみくじ

2006年元旦から日本に帰国しています。正月三日天気も晴れたので近くの浦和の調神社の初詣に行きました。恒例の正月の「おみくじ」を引きました。私の2006年は「小吉」。


「願望」:心長くして待てば時至りて叶う。

「待人」:来るとも遅し。

「失せ物」:落ち着いてさがせ。

「旅行」:つれあれば尚よし。

「商売」:利少なけれど確実。

「方角」北東の方良し。

「学業」:先に見込みあり。

「争いごと」:あせらぬが勝ち。

「転居」:差し支えなし吉。

「出産」:身を大切にせよ。

「病気」:心長く保養せよ。

「縁談」:親とよく相談すれば良縁得られる。


元旦のシンガポールから成田のUA便ではちょっとしたハプニングがありました。ビジネスクラスの自分達の席に行ってみると既に家族連れの客が居るのです。なんと彼等も私達と同じ席のボーディングパスを持っている。ダブルブッキングです。暫くしてUAの地上職員らしき人が私達夫婦をファーストクラスに案内してくれました。生まれて始めてのファーストクラスです。でも少し広すぎます。席が一つづつ妻と離れていて不便。妻との会話が成立しない。仕方がないのでゆっくり寝てきました。これも今年の一つの幸運ではありました。



2006年01月03日(火) NHK新春オペラガラ

NHKの新春オペラガラを聞きました。この番組に出ている人達だけが日本のオペラ歌手ではないのですが、それでも現在の水準を見る(聴く)には打って付の番組ですね。例えば昨年大活躍の森麻季さんなどは出ていないし・・・。


2時間見ていて何といっても注目したのは大村博美さん(ソプラノ)。ホームページはこちら:http://www.geocities.jp/hiromi_omura/
声の出し方がすごく自然なことに加えて、非常に抑制の効いた知的な声ですね。少し地味な感じがしますが、色々な役で変身すれば見事でしょう。容姿も立派です。これからどんどん来日して欲しいところです。大村さんは昨年「蝶々婦人」を歌ったのですね。今回のガラでは木下さんに譲った格好。大村さんがどんな蝶々さんを歌うのか聞いてみたいもので。その木下さんですが、オペラの舞台のような不自然さはありませんでした。声も良く出ていたと思います。


そろそろ今年何を聞くのか決めなくてはなりませんね。昨年聞いた「キエフオペラ」のようなお徳なオペラを捜すことにしましょう。イタリアオペラを聴きたいのですが高すぎです。



2006年01月01日(日) A happy new year

A Happy new year.I am writing this diary at Changi Airport in Singapore. Today we - Kenji & Moromu - are going back to Japan by UA 890. We wish the all the best for our friends.

(追記)
この記事はシンガポールのチャンギ空港から書いたものです。この日ムンバイを出発してシンガポールで一泊し、午前中のUA便の乗って日本に向かう予定だったのですが、飛行機に搭乗してみると、私たちの座る席には知らない外国人家族が座っているではありませんか。私達のチケットは大分前にムンバイで購入したのですが、見事にダブルブッキングとなっていたようです。

UA地上職員の方が色々調整してくれ、結局「ファーストクラス」の席に移って日本に帰る事になったのでした。ファーストクラスも私たち二人の席で一杯になりました。元旦の日本行きの便は結構混んでいることが分かりました。ビジネスから移って着たので文句は言えないのですが、妻と前後の席になってしまったのは不本意ではありました。私達の席の近くには年末にシンガポールでコンサートを行ったという日本人の音楽家の方が座っていました。まあ今回の旅が結婚25周年記念を兼ねたものでしたので、最後の飛行機がファーストクラスであったことは一つの思い出になりました。



2005年12月24日(土) The last week in India

今日はクリスマス・イブの24日。インド生活の最後の1週間が始まりました。大晦日には日本帰国のためインドを離れます。引越し荷物整理の応援のためと、結婚25周年記念を兼ねて妻が昨日日本を出発してインドに向かっています。昨日の夜シンガポールに1泊しシンガポールを朝出発して今日の昼頃ニューデリーに着く予定です。私は朝8時50分の飛行機でムンバイからニューデリーに向かい、国際空港に移動して妻を迎える「予定」ですが、今午前9時30分になったところでまだムンバイ空港に居ます。

冬場のニューデリー空港は「霧」のため飛行機が到着できず「到着時間が遅れる」ことがしばしばあります。昨日も飛行機が大分送れたという記事が新聞に乗っていました。今漸く私が乗ることになるニューデリーからの飛行機が到着しました。これから到着の客を降ろして直ぐに搭乗が始まるでしょう。妻がニューデリーに予定通り着いていると、私が迎えなければ不安になるでしょう。飛行機にはできるだけ速く飛んで欲しいし妻には少し我慢して欲しいです。

月曜日にニューデリーでの最後の仕事して火曜日にムンバイに戻ります。28日水曜日が引越しの荷作りです。ではニューデリーに行ってきます。(ムンバイの空港からアップしています。)

(追記です)
飛行機の出発は遅れて結局ムンバイを出発したのは午後1時過ぎでした。ニューデリーの国内線空港に着いたのは午後4時少し前でした。更に今日のキングフィッシャーフライトのサービスは最悪。手荷物が出てくるまでに30分もかかりました。荷物を受け取り大急ぎでタクシーを捕まえて国際線空港に向かいました。妻との待ち合わせ場所のニューデリーの国際線の出口で妻を捜しました。実はニューデリーの国際空港の出口で客を迎えるのは初めてです。暫く出口付近を捜していると既に退屈しきっている妻に出会うことができました。

妻の乗ったシンガポールからの飛行機はほぼ順調で昼頃にはニューデリーに着いていたのでした。妻は全く始めてのニューデリーの空港で4時間以上待たされて大変でした。私が現れないので非常に不安になった時があったようですが、インドの人達が親切に声を掛けてくれたとのことで私が心配した程は不安になっていなかったみたいです。インドで使える携帯電話を持っていないので連絡手段がないのです。後から考えるとかなりの冒険だったと思います。とにかく出会えて良かった。



2005年12月20日(火) ムンバイ最後の日曜日

一昨日18日の日曜日はムンバイでの最後の日曜日でした。今週の日曜日はニューデリーに居るはずだしその次は帰国して日本です。ということで心残りだったムンバイ博物館にいきました。ずっと改閉館中なのですがひょっとするとオープンしているかなと思って。ムンバイ博物館は動物園の隣にあり、日曜日のビクトリア公園は家族連れで賑わっていました。


残念なことに博物館相変わらずは休館中。ここではムンバイの歴史を展示しているということだったのです。仕方ないので外の展示物だけ眺めてきました。
下の写真は、エレファンタ島にあった「象」です。この「象」があったことから「エレファンタ島」という名前が付けられたとのことです。エレファンタ島の彫刻に比べると、随分、大雑把で素朴です。解説の看板ではエレファンタ島の彫刻郡と同時期に作られたとありますが、ひょっとすると、それよりもずっと前の物かもしれません。


その後、アパートに帰って荷作りの準備に入りました。帰国する準備としては、食料品を上手に使っていく。(最後の日に無くなる様に)無駄なものを出来るだけ早く処分する。ことが大切です。それと、チェロの梱包。せっかく直したのですから十分注意して運ばなければならなし、2ヶ月お別れなのでできるだけ最後まで梱包せずに、弾いていたいからです。



2005年12月15日(木) ムンバイ到着

ニューデリーからムンバイに戻りました。日本でもないのに故郷に帰ったような感覚です。昨日の飛行機は結局夜の10時20分出発。ムンバイ着が午前1時。アパート到着1時50分。機内放送では「ムンバイの気温摂氏26度」。
ニューデリーから厚い長袖シャツと上着を着てきたので暑い暑い。


迎えの車は冷房ギンギン。アパートに帰ってからさっそくクーラーをいれました。ニューデリーからほぼ真南に1200Km。ニューデリーとムンバイの気温の差は非常に大きいです。今頃のムンバイは朝から半袖で十分。最近のニューデリーは非常に寒い。


ニューデリーの12日は朝の気温が摂氏3度でした。この寒さは暫くなかった低温だそうです。ムンバイは過ごしやすいです。(とっくにモンスーンのことは忘れていますね)



2005年12月14日(水) ムンバイへ戻ります

現在12月14日午後8時(インド時間)。ニューデリーでの仕事を終えてムンバイに戻るところです。つまりニューデリー空港の待合室。二ヶ月間のニューデリーの仕事は一応終了。本日の午後8時25分の出発スケジュールは9時30分に遅れています。8時15分から特別(お詫びのしるし?)の夕食サービスが出る予定。


ニューデリー市内中心部のオフィスを出たのは午後6時で、既にフライトスケジュールが9時10分に変更されたことを知っていたことから、何時ものコースのレストラン「田村」さんで日本食+ビールを目論んでいたのですが、思いのほか道が混んでいたし、ドライバー氏が左に曲がるべきところを右に曲がってしまい、Uターンに時間もかかりそうなので「田村での夕食」は諦めたのでした。


今回のニューデリー滞在中で全ての業務を終了させる予定でいたのですが、幾つか残っているので、年末の26日に再度ニューデリーに来る時に終了させます。今週(木・金)と来週で、ムンバイの仕事を終え荷物もパックするつもりです。インド最後の日々なので年末に妻をインドに呼んで観光し、一緒に日本に帰国しようと思っています。結婚25周年の記念旅行の意味も含んでいます。従って息子と娘には年末・年始を我慢してもらいます。妻が1週間以上家を空けると2人の子供達がどんな生活をするのか心配なのですが・・・。


妻は12月24日にニューデリーに到着する予定です。その後ムンバイに移り引越し荷物整理を手伝ってもらい、12月31日にムンバイから出国します。
大晦日はシンガポールで過ごし元旦の朝日本に向けて出発します。因みに昨年も大晦日に帰国しました。元旦はバンコクの空港でした。さて今年はどんな年末・年始になるかしら。




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