KENの日記
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2005年02月16日(水) 日本人とインド人

今ニューデリーに近いノイダのホテルに来ています。明日はノイダ工業地帯に進出している日系企業様訪問です。このホテルは無線Lan(Wifi)が付いていてアクセスラインのスピードはとても早そうなのですが、サーバーが混んでいるようでインターネットは遅いです。夜8時過ぎて少し早くなりました。


今日デリー商工会の例会でインド人実業家の話があったのですが、やはりそうかという中味だったので少し紹介します。日本人とインド人の考え方の違いを説明したものです。


日本人は親から「自分で出来ることは自分でしなさい」と教えられますが、これに対してインドでは、「他人に頼めることは他人に頼みなさい(やらせなさい)」と教えられるのだというのです。


レストランでグラスのコップを飲み干してたあとに自分で注ぎ足したり、料理を勝手に自分で取り皿に取ったりするとどうも嫌がられる感じなのです。小さい時から核家族で、家族全員で家事を少しずつ分担してきた私は、どうしてもインドのこの方式には馴染めません。


それと、インド人からすると日本人と時間の感覚が違うのだそうです。「日本人は時間を枠として考えているらしい」と彼は言うのです。たとえば仕事をしている時間、プライベートな時間。などなど。そして枠で捕らえるからころ、比較的確実な予定が立てられる。3時から勉強をする。7時から食事をする。9時から勉強する。小学校の時に1日の時間を360度を分割して予定を立てた事を思い出します。


インド人はどうもそういう感覚はないみたいなのです。仕事の時間と、プライベートの時間はそれほどはっきり区別されているわけではないとのこと。つまり、仕事している最中でも、プライベートのことをするし。日曜でも仕事の電話は苦にならないのだそうです。


また、時間の使い方でも、とにかく出来ることから片付けていく。優先順位を変えたとしても、ひとつひとつ順番に片付けていく。(できないものはしかたがない。)


これを何時までに片付けて何時からは次のことをするというような計画性といった感覚は比較的無し。こういう感覚なので自分が「忙しい」という感覚はないのだそうです。「忙しくない」のでどんどん引き受けてしまう。結果として約束が守れない状況になるとのこと。思い当たることがたくさんあります。



2005年02月15日(火) 日本に送ったインド人

インド人スタッフを研修のために日本に送りました。当初2人送る予定だったのですが、ひとりのパスポート取得が出来ず、仕方がないのでひとりだけ送りました。行けなくなった方の人が日本を知っていて、送り出した方の人は全く初めてなのでひとりで行ったスタッフは心細そうでした。


さて今日電話で東京にいるスタッフと話しをしましたが大変忙しいようです。
研修の合間を見ては色々な人が会いに来て打ちあわせをしている模様。インド関連ビジネスが増えているようです。インド人といっても、彼はパルシーなので肉食・アルコールOKです。従って東京で迎えた日本人も食事等でそれほど気を使わなくてもOKです。


でも今日の電話の雰囲気ではやはりインド料理が恋しいようです。日本人は外国人に日本食を勧めたがりますが、日本食を進んで食べようとする外人はそれほど多くないと思いますし、すこし食べたとしてもすぐに毎日食べている故国の料理が恋しくなるのです。



2005年02月14日(月) 初マンゴー

昨日(14日)の新聞に今シーズンの初マンゴウが市場に現れたという記事が載りました。ムンバイの果物といえば何といっても「マンゴウ」なのです。これから夏にかけて果物市場はマンゴウの取引で活発になります。


今回の出物は12個5ケース(60個)で、Rs15000からRs25000。一個「Rs250からRs400」という高値。気温の上昇とともに夏の到来を告げる風物です。



古い話ですが、「I−POD」関連です。正月日本に帰国した際にIPODにかなり多くの音楽を入れてきました。実家にあったクラシックCDの主なものは入っています。「Web」でCDの曲名、作曲者、演奏者やら、アルバム名をダウンロードしたのですが、投入ミスが多かったり使いづらいので今少しずつ直しています。作曲者は一応綺麗になりました。


モーツァルトがスペル違いで何人もいたのですが一人にしました。問題はアルバム名。IPODは、作曲者や演奏者名で検索すると次に「アルバム名」メニューが出るのです。ポピュラー音楽を検索するためにはこの方式は便利かもしれません。アルバムがヒットする単位なのでしょうから。(もっともこれは売る側の論理かな)


でもクラシックではアルバム名より曲名が出て欲しいところです。仕方がないのでアルバム名を「曲名」に少しずつ変えています。持ってきているパソコンは、USB1しかないので転送に大分時間がかかっています。でも少しずつIPODが便利になってきています。


ムンバイの気候が大分暖かくなっていました。いや「暑く」なってきました。こちらの人の話では、これからぐんぐん暑くなって5月・6月は耐えられなくなるほど暑くなるとのこと(40度超え)。2月中旬でこの調子なので分かる気がします。



2005年02月13日(日) フォートの「IdealCorner」レストラン

旧東京三菱銀行から少しひとつ北西側の別な通りにある「パルシー料理レストラン」。店の名前の通り本当に街角に立地しています。一見するとレストランには見えません。


(注)東京三菱銀行は今年早々に、フォート地区からナリマンポイントに移転したのでした。フォート地区の目印だったのですが残念。ビルの老朽化が進んでいたようです。


ちょうど「Yoko」というシズラーレストランの向かい側です。ここは庶民的なレストランでエアコンなし。アルコールなし。日替わりランチメニューは「Rs60」です。今日はランチメニューからチキン料理を注文したのですが、パルシー料理独特な、見た目に綺麗で美味しそうな混ぜご飯で出てきました。これにインド風のカレールーと刻んだ玉葱・ライムが付きます。ご飯の中には濃い味付けした骨なしのチキンが埋まっています。それ程辛くなくに日本人にはあっているみたいです。


パルシー料理といえば、ブリタニアレストラン(そのうち書きます)なのですがここの料理も十分美味しかったです。ブリタニアでは確かイランから輸入したレーズンをまぶしていました。そのレーズンが旨いのだとパルシーの知り合いから教わりました。でも日本人には残念ながら微妙なところはわからないのです。本来だとパルシー料理の素材は「マトン」なのですが、私はどちらかというとチキン。実は、懸案の床屋さんを探しに町にでたついでに寄ったのでした。



2005年02月10日(木) 北朝鮮のこと

昨日のサッカーの試合は大分盛り上がったみたいですね。テレビの視聴率は47%とか。これからワールドカップの予選が進むとエキサイトするのでしょうね。日本も「やっとこ」勝ったようですね。こちらのNHKニュースでは得点シーンしか放送しないので、試合全体がどいう展開か分かりませんが前にも書いたように、アジアの国のレベルが上がるスピードに対して、日本のレベルアップは少し遅いのではないかと思います。


そしてこの試合が終了してから、日本政府は漸く北朝鮮に対して強行な抗議の申し入れ。どんな反応があるかと思ったら、北朝鮮は「核保有」宣言。スポーツ交流と政治とは全く別次元でした。


それにしても、感覚的に感ずるのは「よくもアメリカに対して根性出して対立の構図を維持しているな」ということ。この感覚は、違っているかもしれないけれど、第二次世界大戦前の、日本の国際連盟脱退とか、真珠湾攻撃に似ていなくもない。列強諸国の一方的な「押し付け圧力」への弱小国の反発。日本だってアメリカに勝つために、象徴であり役に立たない戦艦大和を作ったのでした。北朝鮮の核兵器が優秀かどうかは別にして、北朝鮮国内の人々には、象徴的な「戦艦大和」が必要なのだと思います。


アメリカは日本がまさか開戦するとは殆ど考えずに圧力をかけ続けました。そうすると、日本国内では、冷静な議論・状況分析よりも、感情的な反発の方が支配的になってしまった。あの時の日本は、長崎・広島を経験するまで戦う根性を維持しました。そういえば当時「悪」とは言わないまでも、日・独・伊は「枢軸国」でした。しばらくは目が離せません。



2005年02月09日(水) 難しい問題

夜新聞を見ていて気になったの記録しておきます。問題の記事はインドで「AID予防ワクチン」の人間で実験が始まったという報道。「予防」という言葉の意味が詳しくわからないのですが考えられるのは二つ。


「感染を予防する」と「感染しても発症を予防する」。


後者でも大変有効です。「猫」のAIDは潜伏期間が長いので殆どの猫は生存中にAIDを発症しないと聞きます。さて難しいのは、人間の実験でワクチンの効果をどのように把握するのか。もし人為的にAIDウイルスに感染させてワクチンの効果が無かったらどうするのでしょう。また人為的に感染させずに受験者の任意に任すとすると、受験者の行動を把握しなくてはなりません。


この場合、受験者は通常AIDに感染する危険のない行動をとっていると実験の意味がありません。非常に意味深長な実験ですが、医学の進歩のために身をささげることは尊いことだと思います。でも、これって先進国でも実験するのかしら。



2005年02月08日(火) 昼食

前にもここに書いたととおもうのですが、ムンバイのオフィス街にある私の事務所の周りには多くの食べ物を売る露天があります。一部の道路はムンバイ市の決定で露天禁止になったようですが、事務所近辺の露天はまだ営業しているので、ここは継続OKのようです。しかし「きちんとした」レストランはないので困っていたのですが意を決して露天にチャレンジしてみました。


といっても露天商の作っている傍で立ち食いするのではなく、オフィスまで出前してもらいました。露天商の作業場は水道も無くガスも小さな簡易ボンベです。衛生的とは言いがたい厨房風景なのですが、「出前」で頼むと中身は同じでもきちんと「紙パック」にはいってくるので、作っている環境を一瞬忘れることができます。


味は最高です。とても美味しいです。昨日から初めて今の所全く問題ありません(お腹のこと)。露天での食事に慣れるとインドでの生活・行動が相当変化すると思います。もう暫く胃腸と相談していきたいと思います。今日、9日は、「Lent」の始まりの「Ash Wednesday」です。敬虔なカトリック教徒のペレイラさん(我が同僚)は昼休みに教会に行きました。今日は食事もヴェジで済ますとのこと。日本では考えられないくらい、色々な宗教行事を身近に感じています。



2005年01月29日(土) 交通事故には注意

正月早々に日本で交通事故に遭遇しました。今年は交通事故に気をつけようと思っています。その前日の早朝には犬を助けたので今年は犬にも関係するかもしれません。


さてムンバイの交通事情ですが決して気を緩める訳にはいきません。先日郊外のユーザ訪問からの帰りに広い3車線以上ある路上で、信号待ちでバスの後ろに止まっていると、前に停車していたバスが動かなくなってしまいました。たぶんエンストです。直ぐに若い乗客が5〜6人降りてきてバスを押し始めたのです。


私の乗った車は、バスに近づき過ぎていたのでバスが動くのを待つしかありませんでした。バスは数メートル動くとエンジンが掛かって押してくれた乗客を急いで乗せて走り去りました。インドのバスの乗客は大変だなとおもいつつ、車間距離を十分に取っていれば、待たなくて済んだと思うと、車間距離をとって運転する(特にインドのような国では)ことの重要性を再確認しました。


ムンバイの交通マナーは非常に悪く車間距離が少しで余分だと割り込もうとするので実際結構危険なのです。ムンバイではこの1月から二輪乗車(後部座席でも)にはヘルメット着用が義務付けられました。でも街中にはヘルメット無しで走っている人を多く見かけます。二輪の事故は非常に多いのです。


ただスリランカのコロンボに比べれば「バスの運転手」は比較的運転が上手な気がします。スリランカにおいてはバスの運転手の運転が荒くしばしば大きな事故を起こしていました。



2005年01月27日(木) ヒンズー寺院での災害など

ムンバイ郊外(約250Km南東)のヒンズー寺院で参拝客が将棋倒しになって300人に上る死者がでました(Stampede)。場所は「Satra」という街の「マンダールデヴィ・カルバイ」という山の上の寺院です。


なんでも山の頂上の寺院に続く険しい細い参道には数十万の参拝客がいたそうです。火曜日(25日)は満月であったのでそこでは縁日であったようです。新聞の報道では、屋台のガスボンベが爆発しこれに驚いた参拝客がいっせいに山を折り始めたところ、オイルランプ灯の油やココナツ割で出る油で足を滑らせて、多くの参拝客が倒れ折り重なってしまったとのことと。


ヒンズー教寺院参拝の最後は、ココナッツ割で運勢を占います。ココナッツを石にぶつけて割って、綺麗に二つに割れると幸運、割れ方が良くないとそれほど幸運ではないとのこと。ココナッツ割り場で、綺麗なパンジャビを着た女性が力いっぱいココナッツを投げつけている光景は面白いです。ムンバイの街中のムンバーデーヴァ寺院では、プージャのお返しに、綺麗に割れた半分のココナッツが付いて来ました。


不安に駆られた群集心理、数十万の人々の体重を考えると、もし其処に巻き込まれていたら、私も助かっていないと思います。スリランカ・インドで、既に多くのヒンズー寺院に行った経験がありますがヒンズー教徒は非常に敬虔で一心不乱に祈ります。黙々と山を登ります。そして何より物凄い数の人が集まるのです。私も少しは気をつけようと思いました。


今日27日はアウシュビッツ強制収容所開放の60周年だそうです。今CNNで現地のセレモニーの模様を生中継しています。日本では大学の教養課程の哲学などで、必ずといっていいほど「夜と霧」を読ませますが、それだけでも続けて欲しいと思います。少し前の映画「シンドラーのリスト」も非常に重い映画でした。決して風化させてはいけないことだと思います。



2005年01月23日(日) Walking at Victria-Terminus

今日新聞で見つけた「ウォーキング・ヴィクトリアターミナス」(VT駅ビルを歩いて探索するイヴェントに行ってきました。ヴィクトリアターミナスは世界遺産に指定されたムンバイで最も有名で壮大なネオゴチック建築です。


午後3時、指定席券売り場のホール集合。いつも混雑しているVTですが、やはりすごい混雑です。日本で一番乗降客の多い駅は「新宿」駅でしょうがここの混雑は新宿以上かも。なにせVTは「東京駅」と「新宿駅」を一緒にしたような駅なのです。通過する人も多いですが「寝ている人」も多いです。


ホールにはそれらしき「人だまり」がだんだん出来始めましたが、3時過ぎても何も起こらず。声をかけたインド人は「普段は時間通りなのだが今日は何かあったのかもしれない」とのこと。こっちはスリランカ時間に慣れているので平気。30分くらいの遅れはOK。


しかし手違いがあったみたいで、結局参加者の誰かが駅長さんと交渉して、見学可能になったみたい。まあ、普段入れない「VT」に入れるのだから、何でもOKです。見学場所はVTの中央のホールになっている塔だけでした。尤もVTのその他の場所は、セントラルレイルウェイが本社として使っているので面白くもないようです。この中央のホールだけでも見る価値がありました。


3階まで大きな螺旋階段があります。螺旋階段からは高さ数10メートルのドームを見ることが出来て、そこには大きなステンドグラスがあります。2階・3階の廊下からは、VTの外壁などを見ることが出来て、精緻な彫刻を間近でみることができました。石の刻んだ様々な彫刻は本当に素晴らしいものです。


これは、アジャンタの石窟とか、ヒンズー教寺院建築の外壁に共通するものがあります。インドの人はこういう彫刻が好きで得意なのでしょう。建築に興味のある娘に見せてやりたいと思いました。




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