KENの日記
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2005年01月05日(水) めがね調整

今日は日本の仕事始め。私本人でなくては処理ができないような用事を郵便局で済ませました。その後銀行に行き必要な手続きを済ませました。その後家族全員がお世話になっている浦和の「めがね屋」に行きました。老眼になってきたせいか、従来掛けていた「めがね」では近くが見にくくなっていて10年以上前に使っていた傷だらけの古い(弱い)めがねで急場をしのいでいたのでした。


キチンと検眼してもらいましたがやはり古いめがねの方があっているようなので、この際ですから少し弱いレンジで作ってもらいました。インドでも「めがね屋」はありますが、英語で細かいニュアンスも伝えられないのでこういう物は、日本でキチンと済ませていくのが肝心です。


その後電気屋さんにいって娘の部屋用の小さなストーブを買いました。来週にセンター試験を迎える娘は寒さに強いので、これまでストーブなしで来ましたがこの寒さなので買うことにしたのでした。でも、少し遅すぎたかもしれません。



2005年01月03日(月) 明けましておめでとうございます。

新年明けましておめでとうございます。


今年はさいたま市の実家に来て日本の正月を迎えています。元旦の夕方にタイ国際航空便で帰国しました。途中、乗り継ぎのタイ空港で「初日の出」を見ることができて、日本に近づいてきたときには、本州南部の上空から富士山を見ることができました。


正月を日本で過ごすのは4年ぶりです。少しのんびりするつもりですが、昨日早速、引越し用の食材を大量に買ってきました。マンションの近くに再オープンした「戸田ジャスコ」は巨大なショッピングセンターで、なんでも揃うのですがたっぷり買い物をすると疲れました。今日3日は小田原の弟の家に新年の挨拶に行ってきました。昨年秋まで「さいたま」の私のところにいた母が、今は小田原の弟の家にいます。「さいたま」よりずっと暖かで快適なようです。



2005年01月01日(土) A Happy new Year from Bangkok International Airport

A Happy New Year.

I greeted new year in the airplane.And now I am waiting for boarding TG 676 on 8 AM January 1st 2005 to NRT in the airport lounge. Our flight will arrive at NRT at about 4 PM today. It may be very cold in Japan. I have to be prepared for the staying in Japan in cold winter.

With best regards.



2004年12月31日(金) 正月帰省

仕事の段取りを色々考え手結果、今夜(大晦日)日本に帰ることにしました。格安チケットが使えるムンバイ「23時50分発」のバンコク経由のタイ航空便の席を確保しました。従って2005年新年はインドのデカン高原上空で向かえることになりそうです。そして津波が押し寄せた向きと反対にタイに向かいます。

なぜ帰ることにしたかというと12月の決算の締め切りが今日の午後終了出来るからです。日本でもインドでも12月末で四半期決算を終了するのは同じで、新年早々日本に報告するためには31日に終了させる必要があります。私の事務所は全ての取引が小切手支払いで慎重にやっているので間違いはないはずなのですが、やはり銀行の残高と照合するまでは安心できません。ムンバイの取引銀行の今日(大晦日)の取引は午後2時30分までです。午後3時には全ての取引を取り込んだ一覧表を出してくれるそうなのです。

正式なバンクステイトメントは1日(元旦)にならないと出ませんが、取引一覧表で確認すれば残高を照合することができます。日本の仕事始めは4日からで、海外の会計情報も含め4日から会計の締め作業に入るのですが、それを待って新年を一人でムンバイで過ごすのはやめました。今日中に会計を締めてしまい、すでに無人なってしまっている日本オフィスに送付しておけばOKです。と決めたはいいのですが、日本は急に大雪が降ったということなので少しめげています。インドに持ってきて以来全く使っていない「カーディガン」とか「ハーフコート」が活躍しそうです。

読んでいる人はいないかもしれませんが「来年も良いお年をお迎えください」。



2004年12月30日(木) 津波の情報

30日のインドの新聞記事の情報

インド東部インド洋にある「アンダマン・ニコバル諸島」は535の島々から成っています。人口は約20,000人です。公式には35の島が有人ですが、非公式にはさらに数十の有人島があるようです。そこにはどういう人がどれくらい住んでいるのかインド政府も把握していないのです。インド本土とは通信も交易もありません。自分達の領土だと考えているのはインド政府側だけです。

今回の津波災害では、現在のところ35の有人島の中で主要な10の島の状況だけが分かっています。その他の島の様子は全くわからないのが現状です。新聞報道では全人口20,000人のうち、10,000人が津波で亡くなった可能性があるとしています。

このアンダマン諸島にはインド空軍の基地があるります。インド本土より震源のインドネシアに近いアンダマン諸島の空軍基地ではインド本土より先に津波が襲来しました。大津波は12月26日朝7時50分に襲来し、アンダマン空軍基地から本土の空軍本部に向けて津波で基地が破壊された旨の報告がなされました。そしてその1時間後8時56分に津波第一波がインド本土のチェンナイに到達したのでした。

この1時間の間インド空軍およびインド政府は何もできなかったのでした。今日の新聞の見出しは、
「Government got wind 1 hours before waves hit Chennai.」でした。



2004年12月29日(水) 歴史的な大災害

インドネシア沖地震の津波による犠牲者は発生直後から日増しに増えつづけています。それは通信事情が悪いことと、津波の大きさが人々想像をはるかに超えていたからでしょう。アメリカの支援が「stingy」だと非難されて、慌てて日米外相会談をする始末。クリスマス休暇をアジアで過ごしたアメリカ国民の被害は相当多いはずですが、アメリカの基本的姿勢は「自分の事は自分で始末する」ですから。


でも通信事情が悪くて情報が少なかったので仕方がなかった面もあります。インドが「ミサイル」を発射していたら、米国防省はいち早く情報をつかんでいるはずですが。こういう自然災害に関しての情報はどうなっているのかしら。
「No new is not always good news」ということでしょう。


日本とかアメリカ・ヨーロッパ等では通信が途絶えれば大問題ですが、スリランカ東部とか、インド東部のアンダマン諸島では電話回線数が少なく、さらに地理的に離れているため緊急連絡しても意味があまりないので、通信需要は多くは無かったのだ(孤立していた)と思います。そうした地域から暫く連絡が無くとも、大災害を受けたと想像することは難しいかもしれません。


今回「クマトゥンガ」スリランカ大統領が、いち早く大災害であることを認識し(外遊先で)先進国に支援を求めたのは、有る意味で自分の国を良く把握していた証拠です。また災害の規模は人々の想像をはるかに越えていたことは確かです。


被害の大きかったインド洋の「アンダマン・ニコバル」(ベンガル湾の島々)の小さな島々では、小さな島に住む住民全員が流されてしまった可能性があるのです。10mから20mの高さの津波が高台の少ない小さな島を襲ったら、住民は逃げる場所がありません。タイのプーケットの映像では椰子の木が津波に耐えていましたが、アンダマン諸島では、椰子の木も押し流され全く瓦礫の大地だけになってしまった島もあるようです。


家族全員、親戚全員、島に住む少数民族全員が流されてしまった場合、探す人は誰も居ないのです。アンダマン諸島には、数十人、数百人単位の少数民族がひっそりと暮らしていた島があるとのこと。ほかの誰にも気づかれずに海水に流され海に沈んでしまった人々が多く居るはずです。スリランカ東海岸の山が迫った「入り江」に住んでいた人々を、同じ運命だったと思います。本当の犠牲者数を把握することは、かなり困難でしょう。だからといってどうすることもできません。自然の力のものすごさを肝に銘ずるしかないのですが。


ただ、自然の力の前に謙虚になって、せめて人間同士の争いなどは愚かなことで、止めようじゃないかと考えられないでしょうか。愛する者を失った者の悲しみ、愛する者を助けられなかった無念さは誰しも想像できるはずです。



2004年12月28日(火) 世界各国からの援助

日本の緊急医療チームがコロンボにいち早く到着したと日本のニュースは伝えています。コロンボの国際空港空港到着の模様をテレビで放送していましたが、これからどうするのでしょうか。被災地の南部から北東部は、コロンボから非常に遠いのです。スリランカは中央部に険しい山岳地帯があるので、山越えするか(キャンディ経由)、南部の海を迂回していくしか方法はないのです。いずれにしても、インフラが破壊されていますから、行き着いたとしても、長期間の支援活動は難しいのではないでしょうか。兵站が十分でなければ、自分達の生活もままならないからです。

インドのタミール・ナドや、タイのプーケットはインフラが整備されているので、食料・支援物資の陸路での輸送も可能です。また飛行場が近くにあります。チェンナイは人口500万を超える大都会で、近代的な病院もあります。しかし、スリランカ南部・東部、インドネシアのアチェ州は地理的に非常に隔絶された地域です。こういう場所には、船の物資を沢山積み込み、医者や看護婦さんも乗せ、ヘリコプターを積んで、直接被災地に出掛けることがベターでしょう。

津波災害ですから、基本的に「海」からのアクセスが可能なのです。インドは沿岸警備隊の艦船に「医者」や支援物資を載せてスリランカに向かわせました。アメリカはP3C哨戒機を派遣しました。

新潟中越地震の支援物資も日本に大量に余っているようなので、日本は緊急医療支援に加えて、現地の被災状況・地理的状況・インフラの整備状況を良く把握して「船」を使った効果的な支援をして欲しいと思います。もし日本から船で送るのが大変なら、インドとかドバイで船をチャーターして向かわせればいいのです。日本や先進国での救助活動ではないことをまず把握して活動して欲しいと思います。



2004年12月27日(月) 津波で大災害

今日の朝インドネシア沖のインド洋海底で、ここ40年間で最大という地震が発生しました。この地震のよる津波が、タイ、インドネシア、スリランカ、インド南部、モルディヴを襲い数千人の被害者を出した模様です。


最終的な被害者の数はもっと増えるでしょう。昨年の今頃私はちょうど「タミール・ナド州旅行」をしていました。チェンナイの東海岸にある非常に広い砂浜の記憶はまだ新しいです。世界遺産に指定されているチェンナイ南部のマハバリプランの海岸寺院はどうなったのでしょう。


12月は、インド南部・スリランカ南部・モルジブは観光シーズンなのです。気候が安定して波も小さくて、ダイビング客が多く押し寄せる季節です。さらに、午前中はなおさら波が静かなのでダイバーは午前中に潜ります。これはタイのプーケットでも一緒でしょう。多くの観光客に被害がでているようです。


さらに今日は満月ではないかしら(月は相当丸いです)。満月で潮が高い時に津波が押し寄せたとしたらとても不幸でした。スリランカの南部・東部に大きな被害が出ているようです。南部は、観光客・漁民への被害が心配です。東部はこれまで、内戦の影響で殆ど開発が進んでいない地域です。首都コロンボから遠く、病院の設備が不備な上物資の不足が心配です。


日本では「津波」に対する警戒は多くの人が心得ているところですが、少なくとも、スリランカとかインドでは全く無防備であったといえます。被害がどれくらいに広がるか心配です。


災害から一夜明けインド洋周辺国の津波の犠牲者の数はどんどん増えています。昨年暮れまで暮らしていたスリランカにとっては大きな試練です。相変わらず、政府発表とかLTTE発表などという報道をしています。スリランカの東部と西部を結ぶ道路は整備状況が良くないので救援隊が着くまで時間がかかります。スリランカ北東部地域で埋められていた地雷が流出し、救助活動でも支障が出ているとのこと。


なんともやりきれないニュースです。スリランカでは、国作りが遅れていました。南西部と北東部の格差は開くばかりでした。スリランカ南部のリゾート地の「ウナワトナ」は私がスリランカに赴任して始めて出張したところです。海岸に沿って美しいホテルが建っていてまさに自然の楽園で、強烈な印象でした。今回の津波でそのホテルは破壊されてれしまったそうです。


スキューバのライセンスを取った少し北の「ヒッカドア」は大丈夫かしら。12月から冬のシーズンは欧米の観光客が大勢訪れ、毎日のんびり身体を焼いていました。そこはスリランカ随一のダイビングスポットなのです。波が静まって、本当に静かな海で潜ったことを思い出しました。コロンボ南部近郊でも津波は結構高かったようです。


メードをしてもらっている「シータ嬢」の貧しい親友がコロンボ南部の海の直ぐ近くの「ワッドア」に住んでいました。今年の1月に妻と2人で訪問しました。野良の犬やらヤギやら豚やらが近くに住んでいて、非常に貧しい地区の一角に住宅がありましたが、なんともノンビリりした雰囲気でした。そこも多分津波が襲ったはずです。電気も電話もないところですから、確認のしようがありません。スリランカでは貧しい人達程苦しめられるように思えます。



2004年12月26日(日) クリスマス

きょうはクリスマス。インドではクリスマスは休日となります。でも土曜日なので損した気分です。ムンバイの街は、クリスマス商戦、年末年始商戦で商店は賑わっています。金曜日の夜にいつも良くいくCDショップにいったのですが買い物客が多かったです。Rs395のCDを2枚買うとCDがもう一枚もらえるセールなので3枚買いました。


ヒラリー・ハーンのバッハのバイオリンソナタ・パルティータ(後半)ブルーノ・ワルターのモーツアルトの交響曲25.28.29.35番。ランパル・スターン・ロストロ演奏ののハイドンのロンドントリオです。


今日早速「I−POD」に落として聞いてみました。ハーンのバッハは、彼女のデビューアルバムです。まだ10台後半の彼女のバッハはとにかくすごい演奏です。天才は最初から天才なのですね。音がストレートで、虚飾がなくバッハと真っ向勝負です。ワルターのCDはモノラルです。オーケストラは、コロンビア・ニューヨークフィルなのでウィーンフィルバージョンより、雑音が少ないだろうと思って買いました。ウィーンフィルの25・29番は日本に置いてきているのです。25番・29番は、これが「定番なんだぞ」というテンポ設定で高齢になってからの録音とは思えない「スピード」です。しかも随所にワルターらしい「洒脱さ」が散りばめられていてモノラルでも何回も聞きたくなる演奏です。


来年早々に日本に帰る予定ですがどれを「I−POD」に入れて、どのCDをインドに持ってくるか迷うところです。今月決めたアパート持ち主(アメリカに一時引越し)はオーディにも凝っていて、「ステレオ装置一式は置いていくから使ってくれ」ということになっています。床もローズウッド張りなので、どんな響きが得られるのか楽しみなのです。


クリスマスなので、タクシーに近寄ってくくる「ベガー」達には少し奮発しました。CDショップからホテルまでの間に信号で止まるたびに3組の人達に会いました。ムンバイでも朝夕少し寒いので、彼等も冬は大変なようです。



2004年12月22日(水) 3テナーズ イン 北京

昨日9時から、3テナーズの北京公演のテレビ放送を見ました。記録によると、公演日は2001年1月23日。


ホームページ:http://www.threetenors.com/home.html


最初にオケだけでいつものバーンスタインの「キャンディード序曲」を演奏しました。これが全体の印象を決定つけていました。リズムが重くて「乗り」がない。北京のオケでコンマスにN響の山口さん(確か)が座っていました。似ている中国の方かもしれません。(林家コブヘイさんではないはず)


オペラ伴奏では「木管楽器」の歌いまわし音色が大きな魅力ですが無理がありました。ついオケ伴奏に気を取られて歌い手の歌に集中できないのです。パヴァロッティは好調で東京の時のような不完全燃焼ではありませんでした。ドミンゴの安定感はいつものとおりです。ただカレーラスの「堅さ」が今回も気になりました。妻から歌う時の「力を抜く事」の大切さを教えられていますが、カレーラスがフォルテの高音域を歌うときは「力」が入っているように見えました。「ギアチェンジ」が見て取れるのです。


パヴァロッティ・ドミンゴの2人は、オートマチックで、高低・強弱の変化がスムーズなのです。場所は北京の紫禁城。トーランドットのアリアが風景にマッチしていました。


(追記)今娘が大学受験を迎えています。

本人が読んだら「とんでもない」というかもしれませんが、娘は「気質」も「風貌」も私に似ているのです。この父親は世間並みに娘にアドバイスをしていますが、自分の大学受験のことを思い起こすと、とても娘にアドバイスできるような状況ではありませんでした。私の両親は辛抱強くて、私に勝手にさせてくれたものだと思っています。従って私も基本的に「娘の考え」のとおりにさせようと思っています。私は当時全く「世間知らず」でした。世間の相場とか常識が理解できないという偏屈さというか、それよりはるかに強い願望があったというか・・・。


自分が納得するまでは(色々経験したり,親の気持ちを次第に理解したりして)、時間がかかりました。遠回りもしたし苦労したと思います。両親は我慢して見守ってくれていました。(よく考えると、自分は今でもあまり「変っていない」と思います。)「世間知らず」は劣等感・失敗・挫折を通して少しは成長してきたと思っています。「劣等感・失敗・挫折」を経験せずに過ごせればそれに越した事はないですがそんなスーパーマンはめったにいません。


「世間知らず」とは「理想を持ちつづける」ことの裏返しに近いかもしれません。一方世間はそれほど甘くないことは次第に分かってきます。だから「人生はおもしろい」(?)娘は自分で人生を決めようとしています。(そんなこと考えていないかもしれませんが)私は、自分の両親のように、娘を見守っていきたいとおもいます。それにしては少し離れすぎていますが。(地理的に)



ブログの体裁を変えました。英語版「MSNSpaces」は日本語バージョンより多彩です。写真アルバムは日本のプロバイダの仕様にないようです。これから、写真アルバムを充実させていきます。




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