KENの日記
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2004年12月21日(火) Subway started in New Delhi

From 19th December Second Subway in India started in New Delhi.Many Japanese construction companies have joined in this project.This is one of symbolic projects of corporation between India and Japan.The commercial operation of only 4km within the total about 60Km-plan started.There are many sections within around 60Km plan allocated to foreign companies including Japanese companies.


This first completion section was the one to have been allocated to the Japanese company.The first subway in India started in Kolkata.There is no such mass commuting railway in Mumbai the largest city in India.The basic infrastructure such as rail way and road in New Delhi has being developed better than Bombay. New Delhi is becoming the main window of India for foreign country.


ニューデリーに地下鉄が出来ました。19日の開通式には「シン首相」も駆けつけ列車の乗ったようです。ニューデリーは土地が広く道幅も相当広かったので地下鉄工事は比較的順調にいったようです。ムンバイとか、バンガロールは、市内の道幅が狭いので、地下鉄工事などとてもできないでしょう。



2004年12月20日(月) 日曜日・・・休養

先々週はセミナーで慌しく過ごし、先週は日本から応援の「N」さんを向かえて昨日(土曜)日本に送りました。今日19日の日曜日は、久しぶりの「のんびり」と過ごしました。昨日まで毎日ビールを飲んでいたので胃の調子が悪かったのです。


ひとりでビールを飲んでもつまらないのですがいっしょに飲む同僚がいるとついピッチが上がります。もっとも、ひとりで飲むアルコールの分量が増えるのは危険な兆候でしょう。ということで今日は「ノンアルコールデイ」にします。今日の午後ホテルの床屋に行きました。その床屋は結構繁盛しているのですが実はここの床屋には不満が多いのです。


出来たらホテルの外の床屋を探そうと思っているのです。スリランカのコロンボの方が床屋事情はずっと「まし」みたいです。ホテルからオフィスに向かうムンバイ随一の繁華街(つまりインド一)には路上床屋が店を開いています。気持ちよさそうにひげをトリミングしてもらっている光景を見かけます。(衛生的ではない感じですが)


ホテルの床屋は清潔なのですがあまり上手くないのです。今日カットしてもらっている間に観察していると鏡を殆ど見ていないことがわかりました。日本の床屋(武蔵浦和駅前の大規模理髪店)の店員は非常に上手く、鏡を何度も見ながら全体のバランスを取ります。こっちの床屋でも髪の毛は短くはなるのですが、バランスがとても悪く紙の毛の長さにムラがあるのです。


インド人の紙の毛に比較して髪の毛が細いのでやりにくいのかとも思いました。さらにカット前の準備は殆どなし。大きなシーツ見たいな白い布を身体に巻いて首のところで結ぶだけなのです。従って終了の頃には上半身「毛だらけ」になってしまいます。これが不満最大の要因です。上手で「毛だらけ」にならないと床屋を早く探さなければ。日本のテレビ放送は既に年末ムードに入っているはず。インドのテレビも少し年末らしい番組があるようです。火曜日の夜9時から「3テナーズ・イン・北京」が放送されるようです。これは見逃せない。



2004年12月18日(土) オフィス発足セレモニー

といっても、夕食会をしたのです。12月から私のオフィスも3人のローカルスタッフが加わって本格的(?)な活動を開始しました。先週まで、セミナーで忙しかったので、昨日出張中の「N」さんの慰労も兼ねて夕食会をしました。

社員の奥様・旦那様も呼んだので総勢8名(日本人2名、そして全員ノンベジ)この全員ノンベジというのは、非常に重要でレストランの選択が非常に楽なのです。意識して社員を選んだのではないのですが結果的には非常に上手くいった採用でした。


インドのローカルの人配偶者とお会いするのはとてもスリリングです。大阪勤務時代の家族サービス忘年会を思い出しました。当時殆ど毎日超過勤務で遅くなり、土日勤務も少なくなかったので、年一回奥さん・お子さんにサービスしようと、休日の昼間に家族を含めての忘年会をしたのでした。


会社では見せない(会社の顔からは想像できない)家族関係を見ることでできて、お互いに良くも悪くも「理解」の深さが増しました。昨日の夕食会も同じで、家族の方と話すと社員の方の仕事以外の顔を想像することができて大変興味深かったです。


今回は私の方が単身赴任で一人なので私の妻を紹介できず残念でした。上司の勝手の解釈かもしれませんが、部下の人の家庭の状況を想像できることは、仕事上でも有益だと思っています。最近の若い人は、ドライな関係を望むのかもしれませんが。


(追加)最近路上に見かける「犬」に興味を持っています。金持ちが血統書付きのような「立派」な犬を繋いで散歩させていますが、私の興味は「野良」のほうです。首輪をつけている犬も時々います。彼等(野良犬)は、基本的に地域にすんでいるようで定期的に餌をもらう人が居るようです。彼等は非常に伸び伸び生活しています。


特定の主人を持たない代わりに周囲の人間を、誰でも分け隔てなく好意を持つようです。人間の側も、野良犬を地域社会の構成要素として、認めているようで、歩道の中央で犬が寝ていて通行に邪魔でも、避けて通っていきます。


朝・夕通勤で通る歩道の屋台街に、一匹の子犬が住み着いています。かわいい首輪をもらっていました。近所の屋台で十分餌をもらっているのか、丸々と太っていてとてもかわいいです。交通事故に遭わずに育っていって欲しいです。



2004年12月17日(金) アパートを決めました。

先週末から日本から応援の「N」さんにきてもらっています。早速彼といくつかのアパート物件を見に行ったのですが、最初に訪問したアパートが以外にも小奇麗で気に入りました。そこはアメリカ人とインド人夫婦の所有で、しばらくアメリカに住むことになったので、急遽貸し出すことになったのです。


夫婦と子供3人が5年間ムンバイの生活を楽しんだ様子が伺えます。彼等もできたら外国人に貸すことをのぞんでいたようです。早速「N」さんに手続きを開始していただきました。2月にアメリカに渡るとのことで、しばらくはホテル住まいが続きます。アパートに移ると、今度はオフィスから遠くなるので、車の手配をしなければなりません。レンタルにするか、中古車でも買うか悩むところです。



2004年12月14日(火) 餅つき大会

先週の日曜日はムンバイの「日本人会餅つき大会」がありました。デリー、バンガロールのセミナーで疲れたし、土曜日も忙しく働いていたので、ホテルでゆっくり眠っていようかともおもったのですが、お餅が食べる魅力のほうが強く出かけました。ムンバイ日本人学校の校庭に据えられた2台の臼では、子供達は父兄やらが入れ替わり立ち代り杵を握りました。


私はもっぱら「食べる」担当。きなこ・あずきあん・磯部まき。つきたての餅を美味しく頂きました。それとムンバイ駐在の銀行員様等が差し入れた「日本酒」。3ヶ月ぶりの日本酒を飲むと身体全体が懐かしさに感動する感じでした。8月にインドに来る際持込んだ清酒と黒糖焼酎はインドの知人にプレゼントしてしまって結局自分では飲みませんでした。


この餅つき大会で実は5人の長野県出身者に出会いました。皆さん北信、東信の出身だったので郷土の話題に話が弾みました。スリランカでの経験では、海外派遣者は西日本特に九州出身の人が多く、長野県出身の方とは一度も会いませんでした。餅つき大会の後領事館の「Iさん」のお誘いでフラミンゴ見学に行ってきました。ムンバイの野鳥の会のような団体主催のフラミンゴ観察会。地元の人も多く駆けつけて遠くから双眼鏡で観察しました。いっしょにいった最近ムンバイに来られた鳥に詳しい日本人会の「O」さんの話では、多数のフラミンゴが一箇所で見られるのは貴重な光景のようです。私の双眼鏡では小さくしか見えませんでした。(小学生の頃の夏休みの日記みたいです)



2004年12月11日(土) セミナー終了

6日ニューデリー(2泊)、9日バンガロール(1泊)の出張に行ってきました。インド事務所開設と我が社の通信サービスの紹介を兼ねたカクテルパーティを開催したのでした。両都市でのホテルとの打ち合わせ、招待客への招待状の発送、電話を使ってのお客様への確認等で事前の準備が大変でした。


その甲斐あって多くの日系企業の方にお越しいただけました。12月は、インドでも夜のパーティは多いようです。一年の中でも気候が良い時期ので、色々な催し物(会議、使節団の訪問等)が集中します。さらに日本の天皇誕生日を祝うパーティが領事館のある都市で開催されます。二つのセミナーの谷間の8日は、ムンバイ総領事館主催の天皇誕生日祝賀パーティでした。

折角のチャンスなのでこれにも参加しました。それでも日本に居る時のように、忘年会が集中するというのはありません。招待状を送った方と電話で色々お話を伺い、その後直接お目にかかることになったので、日本人の知り合いが一挙に増えました。ところで、デリーのセミナーの翌日にデリー郊外のユーザ様を訪問しました。H社は二輪のトップメーカーです。


インド国内での販売が好調なようでとても忙しそうでした。派遣されている日本人も多いです。インターネットの接続状況があまり芳しくなく、これからきめ細かく原因分析をして対応していく必要があります。


そこからの帰り道ホテルの戻る前に昼食を取ろうということになり、ニューデリー南部の街道沿いの「多少綺麗な」レストランに入りました。(インドに3ヶ月住んでいる私の価値観はすでにかなり変っているかも。日本の「綺麗」ではありません)全くこの辺りの土地勘もなく、表に「ドア」があるので冷房は効いているだろうと考えてのことです。


レストランの看板には「Mr.Billiken」とあります。どこかで聞いたような感じがしました。なにかのチェーン店だったかなと思いつつ、中に入り参加者6人で色々インド料理を注文しました。しばらくすると店のオーナだという若い男性がなんと流暢な日本語で話しかけてきました。


彼は長らく名古屋の住んでいて名古屋のテレビ等の直ぐ近くで働いていたというのです。「ビリケン」という名前は大阪通天閣の「ビリケン様」からとったというのです。そういえば、そういう話があったことを思い出しました。

通天閣のホームページ:http://www.tsutenkaku.co.jp/hiroba/hiroba.html


日本人が多く来るとは思えないデリー郊外ですが日本語を話すインド人と出会う奇妙な出会いでした。昼食を食べた6人(日本人4人、インド人2人)は、食べきれないほどの料理全てがとても美味しくて大満足でした。さらにびっくりするのは、料金6人でRs586(日本円で1500円くらい)という金額。セミナーを開催した高級ホテルのレストランを経験してきた日本人はびっくりでした。



2004年12月03日(金) いよいよ12月

いよいよ12月です。月の始めは前月の決算で忙しく、さらに来週のニューデリー、バンガロールのセミナーへの招待者への確認で朝から電話をかけまくりました。電話していて分かったのは「インドの電話はなかなか繋がらない」ということ。


話中の案内音は先方が電話中なのか、そもそもこちらの回線がいっぱいなのか不明です。呼び出し音が何回もなっても中々出てもらえないことが度々あります。さらにタライ回しも結構多い。もっともこれは私の下手な英語に困ってのことも十分考えられる。でも結構勉強になりました。


さて12月のスケジュールですが、今月中にアパートを決めたいと思います。10日から日本から「助っ人」が来るので、彼の助けを借りて一気に片付けたいと思っています。日本は忘年会シーズンイン。多分今晩の新橋はさぞや賑やかなでしょう。鍋物がなつかしい。



2004年11月29日(月) ソフトボール大会

今日はムンバイ日本人会のソフトボール大会がありました。午前中は日本人学校生徒と父兄との運動会で、午後から日本人会のソフトボール大会というスケジュール。場所はネピアンシーロードに沿った海に面したグラウンド。


スリランカ日本人会のソフトボール会場がコロンボ市内の広場みたいなところで行われていたので、そんなものかなと想像していたところ、陸上フィールドはちゃんと舗装してあり、トラックの中は芝生が養生してある立派なグランドでした。ムンバイ日本人会は100人強程度の小所帯なので4チームが精一杯です。


私の所属した「Bチーム」はどういう弾みか優勝してしまいました。もちろん私が貢献したわけではありません。しかしとにかく午後の日差しは強く、非常に暑い中の試合でした。この時期のムンバイは気候が非常に安定しています。雨は殆ど降りません。暑いです。帰りは、エローラ・アジャンタの旅で一緒になった領事館の「Iさん」の車で送ってもらいました。「Iさん」は昨日から自分で運転を開始したそうです。


交通渋滞の激しいムンバイでも、土曜・日曜なら運転できそうです。私も考えようかと思います。いよいよ12月。さて年末に日本に帰れるかどうか。



2004年11月28日(日) ムンバイ下町探検

今日土曜日の午後ムンバイの下町を探検してきました。目指した場所は「マトンストリート」。骨董品とか、中古家具屋さんが集中している通りです。ムンバイの台所「クロフォード市場」の北側には、雑然とした商店街が広がっていて、材木、建築用品、自動車部品、オートバイの部品、金物、家具、骨董品などを扱っている店が通りごとに雑然と集中しています。道は作業場と商品展示場所になっています。


文章が下手なのでその様子を伝えることができませんが物凄い通りと町です。今日見かけた動物は、羊、犬、猫、ウサギ、鶏、カラス、すずめ。多くの人間と交じってたくましく生きている感じです。自動車部品街では道の端で古い「自動車」を解体しているところに何箇所もありました。多分車は100万Km以上走っている車でしょう。さらに使える部品はどこまでも使うという執念が感じられます。


家具・骨董を売っている「マトンストリート」は非常に面白そうです。一軒一軒除くと何がでてくるか判りません。この辺り一体はイスラム教信者が多く住んでいるようです。貧しい人が多いようですが、土曜日の午後のせいか、通りの人達は幾分「楽しそう」でした。


そこをどんどん南下していくとクロフォードマーケットに突き当たります。そこで少し食料品を買いました。果物市場のこの時期の定番は、「りんご」「みかん」そして「ざくろ」です。美味しそうなので小さい「ざくろ」を買って帰りました。「ざくろ」を食べるのは何十年ぶりでしょう。甘くて美味しかったですが、ほんとうに「たべづらい」果物です。


(追記)朝ホテルのエレベータで日本人の観光客の方と一緒になりました。彼等は今日帰国するとのことであまった「カップうどん」と「おせんべ」を少しいただきました。ちょうど日本食が切れたところだったので、とてもうれしかったです。無事で帰国されますように。



2004年11月26日(金) 物忘れ

最近という訳でもないですが、物忘れをして、無駄に時間を使うことが多いです。朝、顔を洗った後「めがね」をどこに置いたか忘れて、探すの回ることは随分前からやっています。今朝も探しました。呼んだら、応える「めがね」が欲しいです。


そんな状況ですからインドで単身赴任していると気を使う事が多いです。出張先や、観光で遠くに出かけると、其処のホテルで忘れ物でもしようものなら大変なことになると思い、結構緊張しています。パスポートや、滞在ビザを無くさないようにしなくてはなりません。忘れ物被害は、それほど増えていないですが、その分、心配して確認する時間が増えています。年を取っていくと仕方ない事だと思います。




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