KENの日記
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2004年10月08日(金) 日本では連休

明日から日本は3連休。でも台風で大変かもしれませんが。事務所の入っているビルの今年の祝日は「10日間」です。2004年の設定は以下のとおり。

1月 1日 新年

1月26日 独立記念日

2月18日 Mahashivratri

4月 9日 Good Friday

5月 1日 May Day(土曜日だった)

8月15日 建国記念日(しかし日曜なので、元々休みです)

9月18日 Ganesh Chaturthi(ガネーシュ祭りの始まり)(土曜日だった)

10月 2日 Ganesh Jayanti(土曜日だった)

10月23日 Dashera

11月12日 Divali

12月25日 Christmas(土曜日です)


そして基本的に土曜日は半ドンで働きます。土曜日が祝日に当たると初めて「連休」になるのです。従って3連休なんてありえないのです。さらに、年中暑いので、夏休みという概念がないみたい。インドの人達の働く時間は長いです。この連休中に妻の?回目の誕生日と、?回目の結婚記念日がやってきます。とりあえず、誕生日おめでとうございます。



2004年10月07日(木) 携帯STD、ISD開通

今日の日記からブログにしてみました。

これから、日記に写真を使ったりできます。

他にも色々な事ができるみたいなので、少しずつ勉強していきたいと思います。

私は会社の仕事で、2004年9月からインドのムンバイに来ています。

2003年12月までは、スリランカのコロンボに2年間ほど住んでいました。

その時のことはホームページ内の他のページに詳しく書いてあります。

これからインドで経験したことを、このページに書いていこうと考えています。

ムンバイで仕事を始めるに際して、色々なことをしなければなりません。

今、ムンバイで携帯電話の申し込みをしている最中なので、インド携帯電話料金を解説します。

先々週に申し込んだのに、未だ市内通話(州内通話)だけしか通じないので、少し頭にきていますが・・・。



9月当初からしばらく間はプリペイド方式の携帯電話を使っていました。

プリペイドカードはムンバイ市内の至る所で売っています。

料金分使い切ってしまっても、簡単に「リフィル」することが出来ます。

でもやはり、会社名義で契約して、後払い(ポストペイド)方式の方が便利なので、切り替えているという次第です。

(因みに契約した業者はハチソンのオレンジというブランドです)



携帯端末は従来から持っていたGSM端末をそのまま使っています。

これはスリランカでGSMサービス開始したときに記念に頂いたものです。



1.最初費用

後払い払SIMカード代:Rs500(保証金)、Rs99(カード代)(1Rs=2.5円程度と考えてください)

これだけ払うと、州内電話が可能になります。

インドでは、ほぼ州単位に23の通話サークルが設定されています。

このサークル内に閉じた通話が州内通話です。

他のサークルに通話する場合は、STD通話といって、州際通話料金となります。

更に外国に電話する場合は、ISD通話といって通常の国際通話になります。

Rs599支払うと、州内だけの通話が可能となるわけです。

月額の料金プランは「Talk999」というものを選びました。

これは月額使用料(Rs349)と、ディスカウント料金適用料(Rs650)の組み合わせです。



2.このプランで適用される料金(通常より安くなります)

州内電話の料金は、対モバイル:Rs0.5/分、対固定電話:Rs1.05/分。

さらに、対モバイルSTD通話をRs.0.5/分で、50分まで通話できます。



3.STD、ISD通話

STD、ISD通話は、会社の信用度を測った上で、最初に保証金を支払う必要があります。

私の事務所にも携帯電話業者の人が来て、「何をやっている会社なのか」とか質問していきました。

残念ながら我が社の名前は、インドでは全く通用しませんでした。

聞き取った情報を基にして、漸く今日になって、必要な保証金額が算定されたようです。

代理店の話だと、最初に1回線につき「Rs10,000」預ける必要があるとのこと。

明日手続きしようと思います。



これを支払うと、STD通話は、Rs2.99/分、ISD通話は、Rs15.99/分(中近東、アフリカ、太平洋諸島を除く)で通話できることになります。



4.ローミングサービス

上記の他に、月額使用料を払って、ローミングサービスを受けます。

つまり、ムンバイで契約した携帯電話をデリーやバンガロールに持っていっても使えるようにします。

  Rs49/国内ローミング、 Rs149/国際ローミング(国内を含む)

日本の携帯電話の料金システムも複雑ですが、インドもひどく複雑です。

さらに競争が激しいため、料金変更が多くて最新の料金情報についていくのが大変です。



2004年10月06日(水) ブログ開始、インドの携帯電話

今日の日記からブログにしてみました。これから、日記に写真を使ったりできます。他にも色々な事ができるみたいなので、少しずつ勉強していきたいと思います。私は会社の仕事で、2004年9月からインドのムンバイに来ています。2003年12月までは、スリランカのコロンボに2年間ほど住んでいました。その時のことはホームページ内の他のページに詳しく書いてあります。


これからインドで経験したことを、このページに書いていこうと考えています。ムンバイで仕事を始めるに際して、色々なことをしなければなりません。今、ムンバイで携帯電話の申し込みをしている最中なので、インド携帯電話料金を解説します。


先々週に申し込んだのに、未だ市内通話(州内通話)だけしか通じないので、少し頭にきていますが。9月当初からしばらく間はプリペイド方式の携帯電話を使っていました。プリペイドカードはムンバイ市内の至る所で売っています。料金分使い切ってしまっても簡単に「リフィル」することが出来ます。でもやはり、会社名義で契約して、後払い(ポストペイド)方式の方が便利なので、切り替えているという次第です。(因みに契約した業者はハチソンのオレンジというブランドです)


携帯端末は従来から持っていたGSM端末をそのまま使っています。これはスリランカでGSMサービス開始したときに記念に頂いたものです。

1.最初費用
後払い払SIMカード代:Rs500(保証金)、Rs99(カード代)(1Rs=2.5円程度と考えてください)これだけ払うと、州内電話が可能になります。


インドではほぼ州単位に23の通話サークルが設定されています。このサークル内に閉じた通話が州内通話です。他のサークルに通話する場合は、STD通話といって州際通話料金となります。


更に外国に電話する場合は「ISD通話」といって通常の国際通話になります。Rs599支払うと州内だけの通話が可能となるわけです。月額の料金プランは「Talk999」というものを選びました。これは月額使用料(Rs349)と、ディスカウント料金適用料(Rs650)の組み合わせです。



2.このプランで適用される料金(通常より安くなります)州内電話の料金は、対モバイル:Rs0.5/分、対固定電話:Rs1.05/分。さらに、対モバイルSTD通話をRs.0.5/分で、50分まで通話できます。


3.STD・ISD通話
STD・ISD通話は、会社の信用度を測った上で、最初に保証金を支払う必要があります。私の事務所にも携帯電話業者の人が来て、「何をやっている会社なのか」とか質問していきました。残念ながら我が社の名前は、インドでは全く通用しませんでした。聞き取った情報を基にして、漸く今日になって、必要な保証金額が算定されたようです。代理店の話だと、最初に1回線につき「Rs10,000」預ける必要があるとのこと。明日手続きしようと思います。これを支払うと、STD通話は、Rs2.99/分、ISD通話は、Rs15.99/分(中近東、アフリカ、太平洋諸島を除く)で通話できることになります。


4.ローミングサービス
上記の他に月額使用料を払って、ローミングサービスを受けます。つまり、ムンバイで契約した携帯電話をデリーやバンガロールに持っていっても使えるようにします。
Rs49/国内ローミング、 Rs149/国際ローミング(国内を含む)


日本の携帯電話の料金システムも複雑ですがインドもひどく複雑です。さらに競争が激しいため、料金変更が多くて最新の料金情報についていくのが大変です。



2004年10月03日(日) ムンバイ日本人会

今日はムンバイ日本人会の臨時総会がありました。場所は日本領事館、時間は午後3時から。初めてなので、どんな雰囲気であるのか興味がありました。
ムンバイ日本人会有権会員数は128名だそうで、60名以上の参加がありました。日本総領事館の一階ロビーを使って行われました。


議題は、少し寂しく「日本人幼稚園の閉園」について。園児数の減少(駐在員減少と単身赴任の増加が要因でしょう)に伴い、幼稚園運営が難しくなってきて、2004年末の閉園の了解を取り付けるというもの。ムンバイは商業都市で、インドの金融・商業の中心ですが、残念ながら工場を迎え入れるような広い土地はありません。(ほんとうは探せばあるのかしれませんが)日系企業の進出は、北の首都ニューデリーか、南のバンガロールに集中してしまうようです。銀行さんでもムンバイからニューデリーに要員シフトを考えているところがあります。


さて、日本人会ですが100名ちょっとという規模でとてもきっちり運営されている様子です。小さいながらNHKのワールドプレミアムの受信体制を整えたりしています。幼稚園も10人未満の園児でよくやってきたと思います。


さて、これから日本人在住者減少の中、これまでのような活動ができるかどうか心配です。ところで、通信事業者の我が社がムンバイに来たということで、日本人会でもインターネットやケーブルテレビで専門家が来て良かったみたいに考えている人がいますが、残念ながら事務屋の私では、あまり力になれません。



2004年10月02日(土) 祝日

今日は全国的に祝日のようです。といっても州によって違うので本当のところは判りませんが、少なくとも入居しているビルは完全に締め切りです。何の日かというと「マハトマ・ガンジーの誕生日」なのです。やはり「ガンジー」というと今でもすごく尊敬されています。あまりに崇拝されすぎていて、ちょっと冷静な評価とは言いがたいくらいです。


今日本屋さんにいって、本を眺めてきたのですがガンジーに関する本は以外に少ないのです。今度日本に帰ったときに伝記を買ってこようと思います。今日本屋さんで見つけて確認してきた本は3冊。ルピー残高が少ないので来週以降買うかどうか決めるのですが。


1.英語・ヒンズー辞典。もちろん日・ヒンズー辞典などは売っていませんからこれしかないのです。でも購入はもう少し勉強が進んでからにしようと思います。これはRs330


2.劇画「マハーバーラタ」。探していた3冊の分厚い漫画です。ゴルゴ13みたいなタッチなので面白そうなのです。これはRs980


3.今日発売の「ムンバイのパルシー写真集」。ムンバイに住むパルシーの人の写真がぎっしり詰まっています。「拝火教」の宗教儀式は部外者には一切見ることが出来ないので非常に興味のアル写真集です。でも値段がRs2500。立ち読みで我慢することにしました。



2004年10月01日(金) 下半期

10月1日から2004年度下半期に入ります。ということは9月末で半期決算を締め切らなければならないといいことであります。インド事務所は9月から活動開始しているので、一か月分の決算が必要でした。この決算が面倒なこともあって、9月の支出は最低限必要なものに限っていたのでした。


決算処理は今日と来週の月曜日で終わる予定です。本当は今日取引銀行から月末残高通知を受け取る予定であったのですが、無理でした。実はインドも4月から翌3月までの決算なので、各会社ともこの時期は忙しそうです。その影響もあって残高確認は来週持ち越しです。


自分で一人で小切手を書いて払い出しているので間違いが無いかどうか心配なのです。色々な方面にローカル社員の紹介を頼んでいるのですが、まだ決まりません。来週から精力的に面接を行う予定なのです。


(追伸)
今日からブロードバンドのインターネットが開通しました。事務所が入居している大家さんに頼んでいたところ、きっちり1日からOKでした。ブロードバンドといっても100から150Kbpsがいいところです。それでもダイヤルアップ接続よりはずっと早いです。


前から少し知っていたのですが、大家さんのところのインターネット技術者が10年前位に阪大に留学していたとのことで日本語が少し話せるのです。彼は店子として「日本人」が来たということで大喜びです。非常に優秀な技術者です。仕事を始めてから30分でつながりました。


彼はクリスチャンで何でも食べられるので、日本で生活はとても楽しかったようです。ラーメンとか鍋物とかお好み焼きとか、日本食を懐かしがっていました。今度お土産でも持ってきてやろうかと思っています。


さて、ブロードバンドがつながったので、日本から持ってきたウェブカメラの実験をしました。実家のパソコン内蔵カメラでは写りはよくありません。こっちの画像は結構きれいに写るみたいです。スリランカ時代は、もっぱらチャットでしたが、今度は映像付きの音声チャットが出来そうです。



2004年09月28日(火) ガネーシュ祭り最終日

昨日はガネ−シュ祭りの最終日でした。従って、各町内会に臨時に飾れらた「ガネーシュ像」が海に流されたのです。(追記)新聞報道によると、各町内のガネーシュ像が8,093体、各家庭のガネーシュ像が139,000体ほどあって、それらが海・川に流されるのだそうです。


ムンバイ市南部に広がる観光スポット「マリンドライブ」という海岸の一角に、砂浜があって、そこがガネーシュを海に流す一つのポイントになっています。私のオフィスビルでも、ヒンズー教の人達は午後に2時間位早く帰りました。オフィスビルも午後は少し静かでした。


せっかくなので、近くまで行ってみました。でも途中で断念しました。凄い人込みです。道は車で大渋。それでも、各町内会から続々と大小のガネーシュ像が運ばれていきます。町内の金持ちの企業がいたりすると、大きなガネーシュ像を作る事ができるのです。最大のものは高さ18メートルものであったと新聞に書いてありました。


最後の日は、町内会の人達の多くがガネーシュを海まで見送るようです。踊ったり歌ったり、太鼓をたたいて、チャルメラを吹くバンドが続きます。大変にぎやかでいした。見物人の多くは家族連れで、砂浜から少し離れた海岸の防波堤に座って見学します。日が暮れて、火の点された無数のガネーシュ像が海に流されていくのを見守るのです。


日本は台風シーズン真っ盛りで、これから秋を迎えますが、インドのムンバイはガネーシュ祭りが終わる頃に、モンスーンが終了して、これから一年で一番良い季節を迎えるようです。


こういう祭りが、インド各地に残っているのでしょうが、全くインド人ばかりが楽しんでいて、外国人のことなんかちっとも気にしません。その辺が残念ですが、インド人のやり方なのかもしれませn。



2004年09月27日(月) 遺産相続問題(他人のものです)

スリランカと暫く連絡を取らずに居たのですが「ドクター・シーバ」の関係する遺産相続問題は進展していなくて困っているようです。2004年2月22日の日記関連。もう一度関係者を整理します。


私と「Iさん」日本人。Iさんはコロンボ在住で私はインド在住。2人ともにスリランカのコロンボに住むタミール人の「ドクター・シーバ」さんの友人。


ドクター・シーバさん。スイスの国際赤十字に長らく勤務していた。現在はコロンボ在住。日本人医師の故「Mさん」と親友。シーバさんの2人の娘さんの一人が「Mさん」の息子の「Kenさん」と結婚。つまり「Kenさん」の義理の父。


日本人医師の故「Mさん」。長らくドイツに住んでいた医師でドイツ人の妻との間に2人の子供あり。2人ともドイツで生まれたため日本語は全く話せない。英語も苦手。長男が「Kenさん」、下のお子様がお嬢さん。商家の生まれで東京の日暮里に相続した「問題の家」を所有。昨年ドイツで亡くなられた。兄弟は川越に「妹さん」が住んでいる。


「Mさんの妹さん」。川越在住。お兄さんのMさんの日本の財産を管理していた模様。美術学校で彫刻を専攻されて今も創作活動を続けている。最近は川越の風景を版画で表現して評判を呼んでいる。私は2月22日に川越の自宅にお邪魔した。


言葉の問題も重要なのでここで整理しておく。(順番は優先順位)
「Ken」さん:ドイツ語、
「ドクター・シーバ」:タミール語、英語、フランス語、ドイツ語
「Mさんの妹さん」:日本語
「Iさん」:日本語、英語、シンハラ語
私:日本語、英語


問題はドイツで「Mさん」が亡くなられ、息子の「Kenさん」が「Mさん」の遺産を相続処理して処分したいと考えことが始まりでした。もっとも大事なことは「Kenさん」と「Mさんの妹さん」の関係です。遺産相続権者と、遺産を管理してきた人です。しかし、この2人はほとんど面識が無く、言葉も全く通じないのです。「Ken」さんは「Mさんの妹さん」に遺産を処分してくれるように頼んだのでした。ところが日本の遺産相続はそう簡単には進みません。


遺産処分が進まないことと、意思が通じないことによって、「Ken」さんは「Mさんの妹さん」が悪意を持っているのではないかという疑念が抱いてしまったようなのです。一方、「Mさんの妹さん」はというと、日本の遺産相続事務所に必要な書類作成(当然日本語)を「Ken」さんに頼んでいるようなのですが、これも全然進まない。


困っているのは「Kenさん」の義理のお父さんであるドクター・シーバ。ここに日本人の友人の私と「Iさん」が登場するわけです。ドクター・シーバと「Mさんの妹さん」は随分昔に東京で会っていて、ドクター・シーバは「妹さん」が悪い人でない事は十分承知しているのです。


ドクター・シーバは先週ドイツに行って「Kenさん」に会って、10月か11月に一緒に日本に行って「Mさんの妹さん」に面会することを計画してれいます。彼等2人が日本に行っても言葉が通じないので、「Iさん」の会社の仕事で日本に帰る予定に合わせるのだそうです。(私が日本に居たら、少しはお手伝いできたでしょうが)


問題は、言葉の壁に加えて専門知識としっかりした手続きを取れる体制を準備することがあります。日本とドイツの相続に関する法律知識、さらに必要な書類を必要とされる言語で準備すること。


これは専門家に任せるのがいいでしょう。私もインドに事務所を立ち上げるために、日本の会社の「定款」を英訳して、公証してもらいましたが、外国語に翻訳して、正規な物を認めてもらうためには、大変面倒な手続きが必要なことを実感しました。これは、手間と稼動と根気が必要です。さて、10月、11月にどのように進展するでしょうか。



2004年09月26日(日) シッディ・ヴィナーヤク

妻の日記はパソコンのことばかり、私の日記はヒンズー教のことばかりで、物理的にも、興味の点でも全く接点のない夫婦ですが・・・。


今日も引き続き同じ話題です。土曜日も出勤してゆっくり出来なかったので、今日はのんびりしようと決めていたのですが、午後に延ばしてもらった部屋の掃除で係りの人がせかすものですから、ムンバイのガネーシュ祭りの中心地の「シッディ・ビナーヤク寺院」に行くことにしました。実は先週の日曜日も行ったのですが、参拝人が多すぎて近くまで行くのを断念したのでした。今朝知り合いの日本人から、Rs50出せば列に並ばずに横から入ることができるという情報をもらっていたのでした。


ホテルからタクシーを飛ばしてRs120程度。すこし遠いのです。この寺はガネーシュを祭るヒンズー寺院なのですが、寺といっても街角のビルなのです。現代様式のヒンズー寺院と呼ぶに相応しいです。南インドのドラビダ様式とか、ヒンズー寺院にも地域・時代によって形式がありますが、経済の中心のムンバイに新しく建てられた「寺院」としては、まさしく現代様式を採ったということでしょう。


さて、今日はRs50払って、堂々と近くまで入ってガネーシュ神を参拝してきました。今日も一般参拝客の列はかなり長く続いていました。折角なので「シッディー・ビナーヤク」タイプのガネーシュ像を購入してきました。「シッディ・ビナーヤク」像の鼻は、普通のガネーシュ象とは反対方向に曲がっているのです。


時間があったので、帰り道の途中にあるイスラム寺院の「ハジ・アリ」によって見ました。ヒンズー寺院には既に何の違和感もなく入れるのですが、イスラム寺院はそれほど経験がないので少々心構えが必要なのです。というのも偶像崇拝禁止ですから、寺院の中は基本的には何もないはずなのです。で何を見に行くのか・・・。


でも強烈な印象でした。「ハジ・アリ」は海の中の島みたいになっていて、そこまで細いコーズウェイを通っていきます。遠くから見ると多くの人が歩いていてきれいなのですが、実際通ってみると結構辛い思いをします。この狭いコーズウェイの参道には、ぎっしりと身体障害者とか、そうでない単に貧しい人とかが腰を降ろしていて声をかけて来るのです。


最近、インドの人口調査の宗教人口の件が新聞で問題になりました。問題というのは「イスラム教徒」人口の伸びが著しく統計が正確なのかどうかということと、「イスラム教徒」人口の増加を認めるとしても、その原因として「イスラム教が人工中絶を認めていないからだ」とか、イスラム教徒の貧困が問題なのだとかいうものでした。


ヒンズー教の身分制度の呪縛から逃れようと「イスラム教」に改宗する人々がいたし、現在もいるようですが、それらの人は基本的に貧しい人なのです。貧しくとも神が救ってくれる方が幸せなのでしょう。仏陀が新しい教えを考えたのも、実はヒンズー教の最下層の人達を救うためだったという説があります。仏陀が歩いた昔のインドと今私が見ているインドに大きな差はないように思えます。貧しい人達はずっと貧しいままのようです。


ヒンズー寺院「シッディ・ビナーヤク」では、インドの人達の意欲を強烈に感ずることができました。そして、ヒンズー寺院「ハジ・アリ」では頑張っても上手くいかない人達、元々ハンディを背負った人達の呻きが聞こえ慰めあう姿をみるような気がしました。重いです。(もっと良く知ると多分考え方は変わるでしょうが。)



2004年09月25日(土) インドのマクドナルド

土曜日の昼食は外に出て食べることが多いです。普通の日は事務所の入っているビルの食堂にサンドイッチを注文することが多いのです。とにかく、外に出ると時間がかかるし、暑いので汗びっしょりになってしまいます。


土曜日はカジュアルで出勤することが多いのです。(こちらは土曜日も普通に仕事をしています。オフィス就業ルールがまだないので、普通は土曜日も出てきて一週間の整理をしています)


で、昼飯は迷うのですが、ついつい気楽で「早い」マクドナルドに行ってしまいます。「早い」のがとりえです。インドのレストランに行くと食事するだけで1時間くらいかかってしまうのです。


マクドナルドにも「ベジ」「ノンベジ」があります。「ベジ」マークは緑の日の丸印で、「ノンベジ」は赤い日の丸印です。ポテトフライは「ベジ」です。
今日食べた物の記録です。


ミディアムサイズのコカコーラ:Rs23.5
マックチキン(ノンベジ):Rs72
チーズ追加(チキンチーズに格上げ):Rs6.5
合計金額 Rs102でした。
(ポテトフライはサービスで付いてきます)
暑いのでたっぷり水を飲むので昼飯は軽く済ませています。




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