| 2004年03月03日(水) |
スリランカの選挙の心配な点 |
4月2日の投票に向けて、選挙運動が非常に活発なスリランカなのですが、ニュースで非常に心配なことを知りました。スリランカの選挙には暴力が付き物なので、殺人事件があったりするのにはそれほど驚かないのですが。
今回の総選挙に仏教の僧侶の方250人以上立候補しているのだそうです。この僧侶の方たちは、これまでの政治家の政治の進め方に不満で、さらに仏教以外の宗教の広がりにも懸念をもって、立候補したのです。
実は昨年暮れくらいから、過激な仏教僧侶のキリスト教会破壊のような蛮行もちらほら聞こえてきていたのでした。仏教界の別のグループからは政治に進出することは批判されています。しかし一部の僧侶は非常に過激です。
スリランカの「憲法」では仏教に「基づく」政治を行う旨が定められていて、政治と仏教は切り離せないのですが、政治と宗教のケジメをきちんとしないと非常に危険な感じがします。
おりしも、イラクのイスラム教の重要な行事の日に、シーア派とスンニー派の対立も一つの原因と見られるテロがあり、150人以上の死者がでました。オームのことを引き合いに出すと、行き過ぎですが、宗教には一つ間違うととんでもないものになってしまう危険性があると思います。
今日母と一緒に長野県の実家に行ってきました。母は昨年の12月22日に小田原の弟の家に来て、冬の寒さを凌いでいたのです。二年位前までは信州の一番寒いときは、埼玉の私のマンションに数週間来たことがあったのですが、こんなに長く冬を過ごしたのは初めてです。母は今年80歳なのでだんだん冬が辛くなってのです。
さてJR小田原駅で弟の奥さんに東海道新幹線に乗せてもらい、何号車に乗ったのかは携帯電話で知らせてもらって、私が東京駅の東海道新幹線到着ホームで出迎えました。
東京駅で長野新幹線に乗り換えると、長野まではは1時間30分です。便利になりました。実は東京駅から大宮駅まで30分かかるので、私の埼玉のマンションからだともっと便利なのです。実家は新幹線終点の長野から「長野電鉄」線で須坂までいくのですが。
長野でお世話になっている親戚と、実家の隣の「Wさん」にご挨拶してきました。この方達は高齢で一人暮らしの母を色々心配してくれていたのです。二ヶ月以上実家から離れていた母はさすがに安心て落ち着いたようです。寒いですが、住み慣れた家はやはりいいみたいです。急に活発に動き出すのが不思議です。
スリランカから送った荷物がまだ整理がついていません。狭いマンションの一部屋を占領してしまっています。少しずつ入らない物をすてています。勿論スリランカからはるばる到着した荷物でも不要な物はその対象です。
それでも整理がつかないので、以前から考えていたベランダ物置を購入することにしました。昨日の土曜日にベランダ二箇所の寸法を測って、与野にある「Doit」に見に行ってきました。外に見本がおいてあり、幾つか見ましたが、今ひとつ現実感がわかないので、決めませんでした。
今日はインターネットで「物置」販売店のページを見て周り、適当なものがあったので注文しました。
こういう買物はインターネット買物が格段に便利です。色々なメーカのサイトにいって、比べる事ができます。また詳細な仕様を知る事ができます。実際の店舗に見に行くとすると、何件も回らなければなりません。支払いは銀行振り込みにして、日曜ですが手続きを完了しました。後は配送を待つだけ。便利になったものです。
今日、川越市に住んでいる「M」さんにお会いするために、川越のMさんの自宅までいってきました。さて「M」さんですが、こういう関係を夏目漱石ならどのように表現するか。私の説明で分かるかどうか。
「M」さんのお兄さんは、お医者さんでドイツに長く住んでいたのです。そのお兄さんには二人の子供がいるのですが、お二人ともドイツで生まれ、ドイツで育ったので日本語は全く分からないそうです。このお兄さんは昨年の夏亡くなられたのでした。
スリランカのコロンボでお世話になった「Dr.シーバラトナム」はかつて国際赤十字の勤めていて、実はケルンに勤務していたときに、このドイツ在住の日本人医師と非常に懇意になったのだそうです。これは随分昔の話しだそうで、約40年位前だそうです。同じ東洋人だったことがそうさせたのかもしれません。
その関係で、「Dr.シーバラトナム」は35年ほど前に日本にきて、「M」さんの実家にお世話になったのだそうです。「お兄さん」はドイツいる時で、DR.はひとりやってきたのだそうです。それをお世話したのが、妹の「M」さん。当時は独身で学校の美術の先生をしていたそうです。専門は彫刻だったとか。
一方、DR.には二人の娘さんがいて、一人はドイツで医者をしているのです。このお嬢さんの関係を通じても、Mさんの「お兄さん」とDR.は繋がっています。その関係で、「お兄さん」の長男の「Ken」さんとも、DR.は知り合いなのです。
さて、「M」さんの実家は日暮里にあるのです。そこの土地・建物の財産は「M」さんのお兄さんが相続したのだそうです。ところが、その「おにいさん」が長らくドイツに住んでいて、昨年亡くなった。ここで発生したのが、「日暮里」の財産の相続問題。
相続する人達はドイツに住んでいて、日本語は全く分からない。多分ドイツにも相続すべき財産はあるでしょう。日本の財産相続の手続きをどうするのか。「Ken」さんは、DR.に相談したようです。Dr.は法律のDr.ですから。Dr.は日本に帰ることにになった「私」に相談したというもの。
「M」さんは、今彫刻に加えて、版画もやっています。素晴らしい作品を飾ったお部屋で二時間くらいお話しをしました。全く初対面なのに不思議に色々な話しをしました。これも素晴らしい「Dr.」のおかげです。
「M」さんの問題は難しいです。難しいことが沢山あります。日本の相続手続きをドイツの「Ken」さんに教えなければなりません。またドイツ語で書かれた相続に関する書類(死亡届とか戸籍の書類とか)を、日本語に訳さなければなりません。しかも然るべき公証できる人でなくては意味がありません。これは大変な作業です。私も出来るところ(あまりないですが)はお手伝いしようと思っています。
今日、ようやくスリランカから引越し荷物が到着しました。確かコロンボでは1月中旬に船が出ているはずでしたので、一ヶ月以上かかっています。今週の火曜日17日に横浜港に船が着き、税関の検査を済ませて、今日配達されたのです。
さて、一番心配だった「チェロ」ですが、無事でした。スリランカでは、ハードケースをダンボールでカバーして、さらに特性(?)の木の箱に入れてきてくれました。壊れないように大事に扱ってくれと言って置いた甲斐がありました。というのも一年前に知り合いがスリランカからチェロを日本に送った際に、胴体の共鳴板が割れていたそうなのです。
さらに、他の荷物、例えば「ウイスキー」とか「ワイン」のビンも無事でした。もちろん、梱包は開封されていて、中身が調べられていましたが。さて、この引越し荷物の整理が大変です。私がスリランカに行っていた間にも、さいたまのマンションでは荷物が増えているのです。主に妻のパソコン関係ですが。さらに、そこに私の荷物が純増となるのです。
最大の懸案は「本」。私の荷物が来る前でさえ、我が家の本棚は本であふれていたのです。どのように収納するか考えなくてはなりません。いらない本を捨てるのが先決です。さらに、スリランカでもらった「お土産」類もばかになりません。壁掛け類がたくさんあるのですが、マンションにはそんなに壁はないのです。また、私がスリランカで買い求めた「置物」。最大の「仏陀像」は会社に寄付してきたのですが、小振りの「像」は持ち帰りました。これらの梱包を解いてみると、部屋は骨董品屋さんみたいになってしまいました。「狭いマンション!そんなに買ってどこに置く。」今後も注意が必要です。
(P.S.)急遽仕事の打合せが3時から行われることになり、引越し荷物を広げたまま会社に出勤しました。
今日、妻が「梅の花」を見に行ってきたそうです。自宅の目の前にある畑の梅も白い花をつけています。そこは半分駐車場になりましたが、まだ4〜5本の梅の木があります。ベランダの植木鉢に植えてある「沈丁花」の花も咲き出しました。
スリランカのコロンボでは一年中花の咲く「ブーゲンビリヤ」を育てていたので、日本に帰ってきて、「春」の訪れを待つ心地を味わっています。
「変だな」と考えているのは、花粉症のくしゃみ、鼻水、涙の症状が全然でていないことです。2年間スギ花粉のないところに住んでいたので忘れていたのですが、春の花の便りを聞くと気になりだします。
妻によると、昨年の冷夏のせいで、今年のスギ花粉の発生状況は極端に少ないのだそうです。そのせいで私の症状がでないのかもしれません。しかし、スギ花粉に敏感な人は少しのスギ花粉でも反応するはずなので、2年間のブランクで身体の抗体の反応が鈍くなったのかもしれません。いずれにしろ、快適な「春」が迎えられるとすれば素晴らしいことです。
スリランカから帰ってきて一ヶ月経ち、健康診断に行ってきました。この一ヶ月間で日本の気候・食べ物・通勤などの環境に慣れて、身体が定常状態になったような気がしていますので、前と比べることが出来ると思ったからです。
血液検査の結果については、即日とは行きません。その他の項目は、驚くいたことに、スリランカに行く前と殆ど同じです。血圧にいたっては、スリランカ渡航前より良くなっています。実は、以前は少し高血圧気味だったのです。
スリランカでの生活が結構、規則正しかったこと、さらにスリランカの人があまりお酒を飲まないことが原因でしょう。私もこの二年間のアルコール摂取絶対量は減っているはずです。
さて、問題はこれからです。戻ってきた日本んも職場は新橋にあります。埼京線は12時まで走っています。「誘い」は非常に多いです。
2年間で体のコンディションが変わらなかったといっても、年齢は2歳上がっています。せっかくいい方向に向かったのですから、日本でも少し気を付けたいと思います。
SLT(スリランカテレコム)の調達部門の社員がJICA研修で日本に来ています。また、コロンボでお世話になった「IMAIさん」が日本に里帰りしたので、お二人の都合を合わせてもらって今日懇親会をしました。
SLT社員のロハーナ氏は、日本に来て二週間以上経っているので、最初から日本酒の熱燗を頼んでいました。寒さを少し緩んできたので、彼はそれほど寒そうにはしていません。
今日は横須賀のNTTの研究所を見学したあとに、新橋駅前のSLのところで待ち合わせしました。きっちり6時30分に現れました。スリランカの人には珍しく時間が正確です。
コロンボから帰ったばかりの「IMAIさん」はとても寒そうでした。共通の友達の「某ドクター」からの私への土産、ジャフナアラックを持ってきてくれました。この「酒」は、ジャフナから車の旅で10時間、コロンボから東京ま で飛行機の旅15時間を経てやってきました。
昔話やら、現在のスリランカの話やら、楽しい話を聞く事ができました。2時間があっという間に過ぎてしまいました。
今日午後から大学時代のゼミの同期会がありました。山口県に住んでいる田中さんが、久し振りで、比較的長い東京出張のチャンスができたので、東京在住の野田さんが幹事を買って出たのでした。
場所は新宿。実は数年前に私が幹事でやっと時と同じ中華料理店(シェンロン)。飲茶が美味しくて、個室なので大声で昔話ができるのがいいのですけど、せっかく横浜に新線が出来たのですから、横浜でやっても良かったなとも思いました。
今年は大学卒業25周年という節目の年です。田中さんとは随分久し振りでした。私が広島勤務の時に彼の実家に招待されたとき以来です。 とても懐かしかったので、色々な話をして、3時間があっという間に過ぎてしまいました。なお、詳しい模様をホームページに掲載予定。(おたのしみに)
アメリカ産牛肉が狂牛病関係で輸入禁止になったことにより、吉野家の牛丼は明日で販売停止になります。ということで、今日の夕御飯は新橋西口の吉野家にいって牛丼(並)を食べました。当面最後の牛丼となりました。
私の会社(NTTCom)の本社は新橋にあるのですが、私が入社したのは、まだ「電電公社」だった時で、その頃、新橋東口には吉野家の大きな店がありました。今の場外車券売り場のあたりです。
当時、ミズホファイナンシャルグループ本店、つまり昔の第一勧業銀行本店はまだ建設が始まったばかりでした。昔の思い出といえば、勧銀本店工事と吉野家の大きなテンポでした。
もちろん大学在学中も吉野家にはお世話になりました。長男が大学生になって吉野家のお世話になっているので、二代に渡って食べている事になります。
ところで吉野家は日本の他にアメリカにも店舗があるのです。私はシンガポールで牛丼を食べたことがあります。すでに日本だけの味ではないのです。日本で食べられなくとも、外国で食べることができるのです。この状況は少し厄介です。日本だけがそんなに厳しくしてどうするのだろうかと思います。
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