| 2003年09月01日(月) |
コロンボフォート地区 |
コロンボの観光の目玉はなんといっても、植民地時代の建物が残っている「フォート」地区です。私の職場もそこにあるので毎日通勤で通過しています。古いですがカラフルで威厳のある建物は、昔の繁栄を忍ばせます。こんな観光資源があるのに、この国は活用していません。
つまり、この地区の奥に「大統領官邸」と「中央銀行」があるため、重点警戒区域になっていて観光客がほとんど近づけないなのです。
○道路通行制限で有名な「時計台」に近づくのも一苦労です。写真撮影禁止です ○大統領官邸、中央銀行近辺は進入禁止です ○銃をもった警備員がそこらじゅうで目を光らせています。 ○無愛想な金網バリケードがいたるところにあります。 ○観光客が多くないので、まともなレストランがありません。 ○昔から中継基地として栄えたコロンボ港には、海軍が居るので近寄れません。
こう書いてみると、本当に観光で客を呼ぼうとしているとは思えません。「中央銀行」はともかく、大統領はどこか遠くに引っ越すべきです。彼女のお陰で観光資源が台無しになっています。大統領邸を博物館か美術館にしたほうが、ずっと国民のためになります。ついでに彼女のための食堂をレストランとして開放したら、もっといいです。なんといっても一等地にあるし、豪華な設備でしょうから。せっかく国会を移転したのですから、大統領もついでに移転すれば良かった。
コロンボは潜在的の多くの観光資源があります。フォート地区、仏教寺院、ヒンズー教寺院、イスラムモスク、キリスト教会、シーク教教会と宗教の幅広さは大したものです。こうした複数の宗教を許容する発展途上国は珍しいと思います。その他に宝石、紅茶関係。こうしたものを総合的に売り出せば、キャンディなどの世界遺産に加えて観光の目玉になり得ます。
スリランカ政府はここらで観光資源開発に本腰を入れて取り組むべきです。
今年の春以来、故障続きの腕時計。特に飛行機に乗って気候の違うところに行くと、途端に水分がガラスの内側に付着し、そのうち動かなくなってしまうのでした。古い時計なので密閉が悪く、周囲の湿った空気が入り込んでしまうのでしょう。
特に暑い国では、外の気温が30度を越すのに、室内はクーラをギンギンに利かせて20度から23度くらいにしている場合が多いのです。湿気の多い外から帰ってきて急に冷やされるので、機密の悪い時計はたまりません。
しかし今回タイから帰っても、そんな症状がなく元気に動いています。当たり前なのですが、故障がないと非常にありがたいです。で、何か特別なことをしたかというと、タイで何回か水分がガラスの内側に液化して曇ったのですが、そのときに妻の考案で以下のような対策を取りました。
「腕時計の表のガラスと裏側の金属を摩擦して暖めて、液体をもう一度気体に戻して、螺子まきの穴から口で湿った空気を吸い出す」という原始的なもの。
でもその成果でスリランカに帰っても、水分がガラスに付着する問い現象は表れません。しばらく使えそうです。
SLT(スリランカの電話会社)に派遣されている日本人の同僚の奥さんが、原因不明の高熱を出しています。41度の高熱なのでこちらの病院に入院しています。前にこちらに赴任されていた方の情報では、ご家族で赴任された奥様が不調を訴えることは良くあることのようです。
気候、風土の違いは予想以上に身体に影響があるようです。その影響で身体が弱っているところに、デングやらマラリヤやら強烈な伝染病ウイルスにやられたらひとたまりもないのです。さらに正体不明の病気があるかもしれません。彼女の場合は原因はまだわかりません。
派遣者は毎日オフィスで日本と同じような仕事をするのですが、奥さんは日本とは全く違う環境で生活しなければならないので、さらに厳しいかもしれません。掃除・洗濯・食事をメイドに任せて、思いっきり海外生活を楽しむ等ということは日本人には到底できませんから。
ひとたび病気にかかると、また、大怪我をするとこれは大変なのです。まず医療施設が日本とは大きな差があります。輸血が必要な場合は本当に注意しなければなりません。緊急の場合は、シンガポールあるいは日本に緊急帰国して治療をうけなければなりません。私がここまで約2年間の間、重い病気にかかることなく、また事故もなく過ごせてこれたのは、ひとつには非常に「臆病」「心配症」であることが理由としてあげられます。
私としては始めての海外生活なので気を使っています。周りに迷惑をかけることのないようにすることも重要です。そのためにはひとつには「自分のペース」を出来るだけ崩さないようにすることが大切です。日本でなら家族の支えもありますし、病院設備も充実しているので、多少無理しても無理が通るのですが、こちらでは取り返しのつかないことになり兼ねません。
音楽と運動は「自分のペース」の重要な要素となっています。毎晩の「晩酌」もそのひとつだと思っています。
先週の水曜日から一週間「夏休み」を取りました。私が休みに入る前に、こまごまと仕事の指図をしておいたのです。決算発表が8月末なのでその準備とか、子会社の増資の準備作業とか色々あったのです。
しかし、私の居ない間、ほとんど仕事が進んでいませんでした。今週水曜日から非常に頭にきているのです。色々言い訳はするのです。やらなくてもいいと思っていたとか、貴方が帰ってくるまで待っていたとか、忙しかったとか・・・。
でも納得しました。自分が居たとしても、段取りをつけて、根回しをして、筋道を立てて仕事を進めないかぎり、仕事は進まないのです。こんなことはわかっていたはずなのです。過度な期待をするほうが間違っているのです。
でも非常に暗い気持ちになりました。
| 2003年08月27日(水) |
無事日本着(私ではありません) |
先週から色々手配してきた「日本へのスリランカ人派遣」の件ですが、一応無事到着したようです。
日本で活動が便利なように、訪問先に近く且つ関西新空港からアクセスが楽な京阪守口駅前のホテルを電話で予約はしておきました。問題は関西新空港から空港リムジンを使って京阪守口まで行けるかどうかです。
インターネットのホームページをコピーして、京阪守口行のバスのNo.、乗降口、料金、切符の買い方、関西新空港の見取り図などを詳しく教えておきました。京阪守口行のバスは6時45分と7時45分に関西新空港を出発することになっています。入国審査に大幅な時間を取られない限り、なんとかホテルまで辿りつ着けると思っていました。
一方で、バンコクでの休暇の際にコロンボから持ってきたGSM携帯電話が料金未納のための通話停止になっているし、バンコクのホテルのLANはビールスの仕業でダウンしていてインターネットがしばらく使えなかったりしたので、その後旅行日程等に変更が生じた場合に対処できないでいたのが不安だったのです。
予定では、彼は昨夜(26日深夜)バンコクを発って、今朝5時45分に関西新空港に到着したはずです。
今日コロンボ時間6時30分に(日本時間9時30分)日本のホテルの電話して、彼が到着しているかどうか確認しました。このときにはまだチェックインされていませんでした。入国審査に時間がかかってバスに乗れなかったら困ったことだと思っていました。
午前7時(日本時間10時)に電話したところ、無事チェックインを済ませたとのこと。安心しました。これで第1の関門は通過です。大事なのはこれから始まるビズネスの方なのですが、こればかりは私は容喙するわけには行きません。
| 2003年08月24日(日) |
タイでの夏休み(最終日) |
8月20日水曜日からタイで夏休みを過ごしました。私はスリランカから妻は日本からやってきて合流しました。タイは5年ぶりです。凄く変わっていてびっくりしました。
今日は最終日でホテルで荷造りを済ませて少しのんびりしています。今午後四時です。私の飛行機は午後9時45分コロンボ行き、妻の飛行機は11時10分の成田行きです。これからタクシーで空港に向かいます。
詳しい旅行記は別に書こうと思っています。
(P.S.) From the Don Muang Air port Lounge. I am going to Colombo by TG 307. My wife is going to Tokyo by other flight. All the best.
コロンボ時間の夜中24時過ぎ(月曜日)に無事、スリランカに戻りました。実質3時間のフライトです。面倒なのと、身体に良くないので、シャンパンだけ頂いて食事は取らずに眠りました。
バンダラナイケ国際空港は、日本人観光客で混雑していました。スリランカ航空の成田からの直行便で来たようです。妻の飛行機は日本時間の七時に成田に到着します。
私の職務と直接は関係ないのですけど、知り合いのスリランカ人を日本に出張に出すアレンジをしています。
日本のビザを取得するため、日本企業の招聘状をアレンジしたり、コロンボの日本大使館に電話してビザ発給のお願いをしたりこの辺はスリランカ側のアレンジ。
大変なのは、出張先が大阪の守口市なので、関西新空港からのアクセスの説明から、日本のホテルの予約、相手会社と連絡をとって、待ち合わせの手配をするなど事細かく計画を建てました。
おかげで、お昼御飯を食べるのをすっかり忘れていました。帰りに「弁当バック」を持ち上げたら、結構重いので、どうしたのかなと不思議に思ったのです。昼飯を食べることを忘れるなんて、年を取ってしまったみたいでショックでした。
しかし、日本語の話せない外国人にとっては、日本にひとりで行くことは、ものすごく心配なのです。英語がほとんど通じないと考えているし、すべて自分でやらなければならないことになれていません。日本のホテルや交通機関はもう少し国際化する必要があります。
さらに、私が心配するのは「考え方の違い」です。日本には多くの暗黙のルールがあったり、しきたりがあったりします。大抵の外国人は「郷にいっても郷には従いません」。日本人は日本にいるからには、日本流が当たり前だと考えるはずです。このことはビジネスで大きな危険要素なのです。
これまでに二回スリランカ人と一緒に日本へ出張しましたが、はっきり言って非常に疲れました。今回は自分は行かずに出張の手配です。なんだか一緒に言ったほうが気持ちは楽です。
ところで、そんなことを言いつつ、あすから夏休みをとります。今年は妻とバンコクで合流する予定です。ゆっくりするつもりですが、携帯とEメイルで手配の仕上げをすることになりそうです。
それほど強くはないけど、漠然とインド音楽に興味があったので、インド音楽専門のCDショップを教えてもらい何枚かCDを買いました。
場所はゴールロードの海側・バンバラピチヤの先です。インドから直輸入していると見えて、インドルピーで値段を表示したCDもあり紛らわしいです。でも色々なCDがあって見ていて飽きません。
今日は「サンタールの音楽(演奏:シビクマール・シャルマ)」、「シタール音楽(カルテリック・クマール他)」、現在流行しているボンベイバイキングのセカンドアルバムを買ってきました。
昨年「若い演奏家」を集めた演奏会で、本物のシタールの音楽を耳しましたがどうもよくわかりませんでした。やはり音楽の構造や背景を少し勉強しないとだめですね。ということで少しかじった音楽知識。インドの古典音楽(シタールの演奏会もそうですが)には、RAGAとTALAという形式があるそうです。ほかにも沢山あるのでしょうけど・・・。
まず音楽はゆっくりした「Raga」から始まります。これはインドの独特の音階を使った旋律的な音楽です。音の組み合わせとか、音の選び方に独特なものがあるようです。最初に主題の提示があって即興で進んでいくようです。どこまでが主題なのかわかりませんが。
ゆっくりした「RAGA」から次第にリズミックな「TALA」に変わっていきます。「TALA」はリズムの組み合わせが中心です。クライマックスでは演奏者の技巧を駆使して、シタールでも驚くほど早く16分音符を演奏します。これも演奏者の即興です。
楽器はというと、シタール、打楽器のターブラ、竹笛です。少しわかってくると面白いのではまりそうです。なお、ムンバイ映画音楽の大ヒット「ボチャリ」も大変素晴らしい曲です。
(追記) 韓国の国際放送「アリランTV」恒例の日曜コンサートでクラシック音楽を聞きました。曲目は、Korngoldのバイオリン協奏曲、ベートーベンの英雄。演奏はバイオリンはリー・キュン・スン、クオック・スン指揮のソウルフィルハーモニックオーケストラです。管楽器が積極的に演奏するので、日本のオケより面白いかったです。英雄は快適なテンポを維持して引き締まった演奏でした。
日本を含めて欧米で「ブラスタ」というコンピュータウィルスが猛威を振るっているようです。私の周辺ではまだ被害は出ていませんが、無防備であることには変わりがないので、宿舎の個人用パソコンのOS(WindowsXP)をアップデートしました。
昨年の春、ビールスに悩まされて、最終的にOSの再インストールまでいってしまったので、今回は事前に防備を固めて、被害を防ごうと思っています。
コロンボのインタネット(ダイヤルアップ)は夜9時から10時ごろ(日本時間0時から2時)非常に混み合って繋がりにくなります。さらに、Windowsの頁も混み合っているみたいでした。結局こちらの11時(日本時間2時)から「更新ソフト」(10本、15M)をダウンロードし始め、12時30分にはダウンロード終了。1時30分頃にはインストールを終了しました。
これで一安心。次は会社のコンピュータです。
(追記)
今年の日本の夏はとても涼しいようですね。梅雨明けが遅くて、さらに台風10号が日本縦断していつの間にか「お盆」になってしまいました。実はコロンボも昨年に比べると涼しいと思います。夜中に風邪と雨が激しく、安定した天候は続きません。先週ロンドンからお客様を迎えたのですが、ロンドンの方がずっと暑いといっていました。日本でもスリランカでも農作物の生産に影響がなければいいのですが・・・。
三連休の後の出勤日、身近なところで事故に遭った人が二人いました。幸い怪我は大したことないのですが、連休で車の出が多かったし、観光地は日本みたいに渋滞するだろうし、結構危険と背中合わせだということことを再認識しました。
日本でも高速道路などは危険がいっぱいなのだけど、こちらはそうした道路の状況に加えて、救急体制・病院設備は日本とは比べ物にならないのです。少し思い怪我をすると危ない状況になります。
一番危険を感ずるのは、運転マナーと車の整備状況。都市間を結ぶ高速バスは凄いスピードで走っています。また反対側斜線にはみ出して追い越しを掛けてくる車が多いので「防衛」運転が必要です。またタイヤは文字通り「擦り切れるまで」使いますので、何時パンクするかわかりません。道でタイヤ交換している姿は当たり前の風景です。
連休三日間だいじを取って宿舎にいたのですが、これは少しやりすぎでしたが、やはり慎重になること、危険を避けることは大切だと思いました。休暇をどう過ごすかは自由なのですが、高い契約金でスリランカに来ているからには、安全確保の義務もこちらにあると考えなければなりません。
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