KENの日記
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2003年06月27日(金) 料金回収の仕事

新く私の責任になった料金回収業務ですが非常に難しいです。難しいところは沢山あるのですが、日本とはかけ離れた問題を紹介します。


それは銀行との関係です。スリランカでは国の資本の入った大きな(といっても支店の数がやたら多い)二つの銀行が庶民(一般の住民、中小企業)の銀行として有名です。都市に住む富裕層、中堅・大手のビジネス客は外国資本の銀行とかスマートな民営銀行を使います。こちらの銀行は支店の数が限られていて設備も整っていて近代的です。


問題は二つの庶民銀行。我社(SLT)の電話料金は銀行で支払い可能なのですが、これらの銀行は支店本店間のオンライン設備が整っていないのです。支店に入金があっても、その通知が本店に来ない。本店で支店からの紙での報告を手集計するので、本店から我通信会社へ収納連絡が来るまでお客様が支払ってから10日間くらいかかるのです。


実際、通話停止措置を受けた電話のユーザは、銀行に払ったので直ぐ通話停止解除してくれというのですが、我社ではその入金を確認できない。我社の基本ルールでは、通話停止を受けた客は銀行に払えないことになっているのですが、契約者は知らずに払うし、銀行は知っていても金を受け入れます。(金が入るだけ得ですから)。


銀行サービスは銀行間でものすごい差があるのです。そうした格差がある中で、すべての銀行に対して同じサービスを求めるのは困難です。自然と最悪の状態を前提に仕事をせざるを得ないという面があるのです。



2003年06月25日(水) 49日法要

五月末に親戚の葬式が同じ日に二つあり、それに参列しようと帰国を試みたのですが、搭乗予定の飛行機がキャンセルになり参列できませんでした。7月6日には49日法要がやはり同じ日に行われます。


葬式に参列できなかったので、この49日法要には顔を出そうと今帰国予定を立てています。土曜日の夜(正確には日曜日の朝)のタイ航空便を予約してます。今度は大丈夫だろうと思います。SARSの影響がまだ残っているのか、シンガポール経由便はけっこう込んでいて希望の便が取れませんでした。従って利用するのはバンコク経由のタイ航空便です。


3月に日本に注文して輸送してもらった日本食がほとんど終わってしまったので今回の帰国に際して大量に日本食を買って来ようと思います。一番大切なのは日本酒を持って帰ること。さらにマヨネーズ、ソース、醤油、みりんなどの調味料。インスタント食品(ラーメン、レトルトカレー、など)。それからシャンプーとか歯磨き粉とかの日用品。


これらの品は、帰国早々に調達して、箱詰めして成田に宅配便で送っておくのです。そうすると一仕事終了。ようやく帰国の際の段取りに慣れてきました。その次にチェロの「弦」1セット。そしてCD。今回はこれといって欲しいCDはないのですがショップをチェックしなくてはなりません。



2003年06月23日(月) お得なワイン

コロンボの宿舎となりにあるカーギルススーパーマーケットでお得なワインを購入しました。


オーストラリアの「De Bortoli」という会社の赤ワインです。ホームページは以下のとおり。なんといっても、2リットルの箱入りで、値段はRs1284(1500円くらい)。「Shiraz」のほかに「Chardoney」もあります。「Shiraz」は重くはないのですが、バランスがよく口当たりが軽やかなのです。
http://www.debortoli.com.au/debort/products/casks/2litre_shiraz.pdf


スリランカは非常に暑いのでワインを保存するのは難しいです。フランスワインは高価なこともあって、こちらで売っているのは、オーストラリア、チリ、アメリカ産の普及品がほとんどです。フランス産では「ドメイン名ワイン」どまりです。


そういう環境の中、廉価なワインで気分を出すために、こちらで入手した「ワインデカンタ」が活躍しています。「ペタ」にあるガラス屋さんで買ったフランス製のデカンタ(結構高級品)です。まずこれに入れ替えると高級感が増します。それだけでいい気分。デカンタに入れると不思議とメーカとかグレードはに対する興味が薄れます。


さらに、詳しくはわからないけど、デカンタに入れ替えるとことによって少し「酸化」が進むし、ワインを混ぜることによって、瓶の入り口部分と底部分のワインを混ぜ、ワイン全体を和ませることができるようです。


この2Lのワインを少しづつデカンタに移して冷蔵庫でじっくり冷やし「ちびちび」飲むのは安上がりの一方満足感が高いのです。のこりのワインは密封できるのでそのまま冷蔵庫で冷やしておけます。



2003年06月22日(日) 集中練習

21日・22日の土曜・日曜は、宿舎にこもってみっちり練習しました。こんなに集中して練習するのは随分ひさしぶりです。


というのは学生時代に比べると、就職、結婚、子育て(実際はそんなにやってませんが)で趣味に割く時間が随分減ってしまうことは仕方ないことでした。しかし、海外単身生活はすこし不便だけれど、自分の時間を確保できるのです(親戚筋との付き合いとかマンションの理事会の仕事とかを妻にお願いしているのは申し訳ないけれど)。


自分としては、なにか目標を立てるというよりは、普段の練習を楽しく出来ればいいのではないかと考えて練習してきたのですが、目標を立てて頑張るというのは大切なことだと今回あらためて実感しました。今回は、SOS(シンフォニー オーケストラ スリランカ)の演奏会が目標なのです。やはり恥ずかしいことはできません。


力が入りすぎていたり、音色が悪ければ、長時間の練習などできません。無理のない奏法にならざるを得ないのです。さらに、音色についていうと、しばらく悩んでいたのですが、長いトンネルをようやく通過することができたような気がします。もっともこれがいくつもあるトンネルの中で最初のものなのでしょうが・・・。


でも、日本から遠く離れてスリランカで暮らしていて、土曜・日曜に宿舎の部屋で、一歩も外に出ずに過ごすというのは、我ながら随分変っているのかなとも思います。贅沢というか、もったいないというか。



2003年06月21日(土) 阪神快進撃

今日NHK海外放送で「巨人×阪神」伝統の一戦を後楽園から中継していました。ついつい見てしまいました。結果は阪神の大勝。今年の阪神は優勝しそうですね。


今年の阪神は若手生え抜きと移籍組みがうまくかみ合って、チーム一丸となって戦っています。PLの片岡が移籍したし、兵庫出身の伊良部も加わりました。PL出身の清原は巨人より阪神があっているみたい。


私は平成の時代に入る直前に関西勤務がありました。大阪城の南側の上町大地に立つ関西支社での勤務でした。一家そろって東大阪に引越し、どっぷり河内のムードに浸りました。勤務最後の時期に妻が十二指腸潰瘍で入院したのですが。


当時の職場はまだ「阪神優勝」の余韻を残していました。同僚ほとんどが阪神ファンでした。酒を飲む機会があると決まって「阪神優勝」の昔話でした。バックスクリーン三連発とか、道頓堀での大騒ぎとか。最後は「六甲おろし」の大合唱になります。おかげで私も一応阪神ファンになりました。


関西の生活は非常に懐かしいです。


(追記)日曜日の試合も阪神が快勝。いよいよ本物みたいです。道頓堀を掃除して泳げるようにしておく必要があります。



2003年06月20日(金) シギリヤの美女

ホームページの表紙の写真を「象のルアン」から「シギリヤ美女」に変えました。このシギリヤロックの岩に描かれた「美人像」はスリランカでも最も有名な文化財のひとつです。もちろん世界遺産に登録されてます。


1500年以上前に築かれたシギリヤ宮殿ですが、色彩が鮮やかに残っていることに加えて、その構図、デザインもすばらしいです。さらに、実はこの壁画はとんでもないところに描かれているのです。今、シギリヤロックに関する情報を作成中です。もう少ししたら紹介します。



2003年06月18日(水) 雨季(梅雨?)

コロンボでは雨季に入ったため、最近天候が不順です。夜中に雨になるのですが、強い風も吹くため、雨が窓に吹き付けられます。相当な強風なので、宿舎の室内のドアが風圧で「ドンドンドン」音を立てます。結局夜中に起き出して、ドアの隙間に紙を折って挟みドアを固定し音を止めることになります。30階の部屋なので、風はかなり強いのです。


しかし、風と雨は不思議と朝には収まって、日中はカラッとしたいい天気になります。地中にたっぷり水分を蓄えて、日中に思いきり日光を浴びるので、植物が大きくなるはずです。昨年買った宿舎の「ピンクのブーゲンビリヤ」が始めて沢山のピンク花をつけています。実は先週大きな植木鉢に植え替えた効果も大きいようです。


このブーッゲンビリヤは、花を沢山付けているものを買ったのですが、それらが散った後ほぼ1年以上まともな花をつけませんでした。「業者が特殊な薬で花を咲かせたのだろう」と教えられて腹を立てていたのです。コロンボの街中では、いろいろな色のブーゲンビリヤが見られます。



2003年06月17日(火) 紛争解決

今日は2時間以上を一件の苦情処理に費やしました。ある契約者が我社ともめていて埒があかず、最終的に苦情が私のところに持ちこまれたのです。


会社側曰く「この契約者は電話申し込み書に違うサインを書いている。サインを変えるなんて信用できない。金を払うからといって、電話の通話停止解除は困難」というのです。


一方契約者は「自分は自分のサインを度々変えている。前のサインは、事故に遭ってから違うサインに変えた。いまのパスポートのサインはこれまた新しいサインで通っている」というのです。縁起を担いでいるらしいのです。


実は当事者どうし(片方は我が社員)がどうも商売上の利害関係があるらしく、こじれにこじれてしまっていました。


「サイン」が大切なのはわかるのですが、タミール・シンハラ・英語を必要に応じて使いこなしている社会だし、実際の識字率(書く方)は言われているほど高くないと思われるので、お役所的に物事を進めるのもどうかと思いました。実際、最初のサインはタミール語で、二番目のサインはシンハラ語のようなのです。


結局、契約者に古い「サイン」を再記入してもらって、私も同一人物のサインだと保証することによって、両者になんとか納得してもらいました。


こうした些細な紛争解決にも大きなエネルギー、真摯な対応、そして勘所をついた妥協案の提示が必要です。そして、なにより過去の確執の善悪を判断するのではなく、両者の利益のために現在の紛争を解決することを目的に据えることが大切です。ですが、つい過去の恨みから感情的になりがちです。

20年以上こじれたスリランカの民族紛争の解決は非常に難しいく、優れた知恵が必要だと思います。



2003年06月16日(月) 海外での犯罪

ヨルダンのアンマン空港で爆発事件を起こし、死傷者を出した毎日新聞記者に特赦を与える決定がなされました。日本政府が裏でどのような圧力を加えたかわかりませんが、すっきりしません。


というのも、まず、彼の行動は職業人が外国で働く(行動する)際に最低守らなければ基準を満たしていないからです。むしろ子供の延長みたいな行動だと思います。文化が違い、環境が違う海外では、日本以上に注意を払う必要があると思います。そうした配慮をしてこそ危険を回避できるのです。


そして、日本の政府・企業の対応も気になります。日本や韓国での米軍関係者の犯罪では被害者になってきておりながら、日本人の加害事件では、やはり同じような対応をとるのですね。


単純に云うと、日本で「アメリカ人が日本人に危害を加えた場合」に「日本人が日本人に危害を加えた場合」に適用される日本の罪刑が適用されることに何か違和感があるのかという問題です。ヨルダンで「日本人がヨルダン人に危害を加えた場合」にヨルダンの罪刑適用されるのは基本的には当たり前のことだと思います。


国よって罪刑の考え方、操作の方法等が違うのはわかりますが、外国で働くためには、基本的には現地の制度に従う覚悟が必要だと思います。



2003年06月15日(日) 心配な事件

6月10日に東京でのスリランカ復興支援会議が一応成功裏に終了したのですが、こちらスリランカでは6月14日土曜日夜明け前に、スリランカ北東部「ムライティヴ」の沖合いで、LTTEの小型の不審船を沈没させ乗員が行方不明になっています。


スリランカ海軍は「武器を輸送するための船が制止を聞かなかったので攻撃した」と公表しています。一方LTTE側は「石油を積んで船が公海上から領海に誘導されて沈められた」と反論しています。


いずれにしても、LTTEサイドは停戦下のおいても武器・弾薬の確保に一生懸命であるし政府側はそれを力ずくで阻止しようとやっきなのです。


怖いのはそうした緊張の中の暴発です。手榴弾一発のテロで戦闘再開しかねないのです。政府軍・LTTE軍が仕掛けなくとも、アングラ世界の人達が武器取引の利益欲しさに「きっかけ」を作りかねません。




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