30年以上前に叔父からもらい大切に使ってきた腕時計が故障したので、「思い切って」スリランカで修理しています。日本に帰ってから直そうかとも思ったのですが、古い時計で部品がないのは世界共通だろうからと思い、コロンボの「RADO」代理店に修理に出したのでした。
実は先週末に修理が終了して受領したのですが(ドライバー氏にすべて依頼したのです)文字盤がガタガタするので再度修理してもらっていたのです。今日聞いたら「螺子巻きの軸が折れた」ということなので、心配になって店に行ってみました。
場所はコロンボフォート駅正面の薄暗い露地を入った2階にありました。すごく怪しげなのですが「RADO」の看板があり、中で職人さんが私の時計を修理していました。こういう専門性の高い職業は店構えで判断してはいけないと自分に言い聞かせました。「直るから心配するな」というのですが正直言って非常に不安です。中の駆動部分は大丈夫なようなので無理しないで欲しいと言ってきました。一両日中に直せるかどうか結論がでます。
私もスリランカに慣れてきた様で「だめになってもあきらめよう」という最後の覚悟はできています。「作ったものは何れは壊れる」「貴重品を持ってきて壊しても持ってくるほうが悪い」程度は考えておかないと、外国に住むことはできないでしょう。
五月に入ってから雨が多くなりました。今日は朝から一日中雨です。時々雷が鳴っています。
ヒッカドアコーラルガーデンホテルのSCUBA店「アンダウオータサファリ」は四月一杯スリランカ南部で営業していて、五月から北部のトリンマーレに移るといっていましたが、本当にぴったりのタイミングです。五月に入るとスリランカ南西部では午前中でも海の波が高いです。
今日は一日中雨なので、朝から音楽を聞いたり練習したり、どっぷり音楽に浸っています。
スリランカに持ち込んだCDでこれまでほとんど聞いていなかった「くるみ割り人形」を大音量で聞いてみました。演奏はハインツ・レーグナー指揮のベルリン放送交響楽団。淡々とした演奏ですがキレがいいので面白いです。特に「パドゥドゥ」は美しい表現なので何度も聞いてしまいました。バレエはそれほど多くはないけれど結構息長くファンです。初めて見たのは中学の頃、貯金を貯めて長野へ見に行きました。確かボリショイだったはず。その後もロシア中心に時々みました。ロシアの「若い」女性は本当に綺麗です。今はやはりキーロフでしょう。
チェロをしっかり弾いたのでようやく少し前のレベルに戻った気がします。海外出張があったり、仕事が忙しくて肩が凝ったりして、思うように弾けず、実はスランプに陥っていたのです。実は昨日の土曜日のレッスンが急に中止になってしまったのですが、頑張って練習して前に進もうと思っているのです。
スリランカでは来週水曜日から週末まで連休になります。べサックの時期です。仏教徒にとっては非常に重要な祝日です。私の職場でも社員有志で仏教の僧をよんで話を聞くというので、少しばかり寄付を行いました。さらにせっかくだから我が家の仏陀像(スリランカの風景参照)を職場に運んで説教に場に設えました。
こういうのは個人の話なのでいいのですが、政府を始め、コロンボの大企業が、大々的にベッサクを飾り付ける装飾を施そうとしているのです。我がSLT(テレコム)も同様で去年とは比べものにならないような金を使っています。今日その予算でもめてきたのですが・・・。
飾り付けというのは、何千という電球を使った「ライトアップ」とか旗などを目一杯吊るしたりするのです。ビルの壁面や道の中央分離帯に設けられます。設備調達に加えて、電力消費量は大変なものだと思います。昨年は電力不足の中でよくやったなという感じでしたが、今年は停戦継続中なのでさらに盛大のようです。
でも、昨日も書いたように反政府組織はスリランカ政府の思いやりのなさに業を煮やして和平交渉から去ったのです。平和を謳歌するコロンボとは対照的に、北部・東部地域では電力はおろか、水・食料の不足に苦しむ人たちがいるのです。コロンボの裕福な人達はそれがわからないのかしら。実際ひとつの国の中でこんな格差があってはとてもまとまりません。大きな力の結集はできません。
さらに残念なことは、たしなめるべき仏教僧・寺院が政府と歩調をともにしている点です。「仏陀の教えはそういうことだったですか?」と大きな疑問を持ちます。はっきりいうと「そんな金があったら、北部・東部の困っている人に寄付せよ」です。外国に平和をアピールしたい・観光客を呼ぶためにイベントをしたいのはわかりますが、すぐ近くに仕事がなく食料がなくて苦労している人がいて、実はその人達と長く争っていたところを仲直りしようとしている時期に、その人達へ配慮せず、自分達だけが浪費をするのは罪悪というものです。
仏教徒のお祭りである「ベサック」が民族対立を助長するようなことがあったら大変です。社会の成熟度ばかりでなく、スリランカの仏教そのものに疑問を持ち始めています。
6月に東京で「スリランカ援助国会議」が開催されます。今日はそれに出席する予定のBOI(海外投資を管轄する役所)の長官の開催する小さなミーティングに出席してきました。
スリランカ政府はこの援助国会議を投資呼びこみの大きなチャンスとみて、既にスリランカで一定の成果をあげている企業に、その情報網を使って、スリランカ投資に意欲のある日本企業を紹介して欲しいという訳です。
統計的には膨大な人口を抱えるインドに近く、仏教国で日本と繋がりの太いスリランカですから無理な話ではないのですが・・・。
でも話を聞いていると非常にむなしくなってきます。「紹介してくれ。アポイントを取ってくれ。できたらスリランカでの成功話をしてもらって興味を引いてくれないか」。これから離陸を目指して頑張ろうという国の長官がこれでは時間がかかるな、という印象です。
スリランカ反政府組織LTTEの和平交渉出席拒否をいう事態を受けて、この五月初めから日本の明石特別大使が来錫され、政府・LTTEと勢力的に交渉されています。
首相との会談に引き続き、昨日は北部のバニに移動して、LTTEの責任者との会談が設定されました。LTTE側は基本的に明石大使の調整を評価しつつも、政府に対して、「緊急的な人道的・復興支援」が十分になされていないことに不満を表明しました。
明石大使は、6月に東京で開催される援助国会議までに、和平交渉を再びもとに戻して、日本の面目を保ちたいところでしょうが、果してうまく行くかどうか。援助の金をチラつかせてもLTTEは動かないかもしれません。なぜなら、外国の援助・投資が、北東部の貧しい人達の生活にどれくらい影響を与えるのかわからないからです。
ここは、じっくり両者を説得する覚悟が必要です。援助国会議を材料にするのは良くないのではないかとおもいます。
スリランカでは来週水曜日から三日間祝日です。
14日(水)は「聖なる預言者モハメッド」の誕生日、15日は5月の「満月」。16日は「ベサック満月に続く休日」。
土日を繋げると5連休です。地元ではベサック休暇を家族で楽しみます。外国人は母国に帰省したり、旅行に出たりします。実は私はこのチャンスを利用して旅行しようとおもっていたのでした。
しかし、子会社モビテル社のプロジェクトの関係で忙しくなりそうで、旅行計画は中止にしました。せいぜい仕事を進めようとおもいます。
でもまた疲れがたまりそうなのです。こういう期限を切った仕事が曲者。
まず、「期限」の考え方が違うかもしれない。一般的には「期限」は「それまでに目的が達成される期日」と考えられますが、実はそうではないかもしれない。
(解釈1)目的が達成されるかどうかわからないが、さしあたり自分の役割を果たす目標期日。
(解釈2)目的達成はもちろん自分の責任範囲ではない上、自分の役割も全部必要かどうかわからないから、さしあたり無難な範囲は処理して、様子を見ていよう。その中に自然と期限は過ぎていくものだ。
(解釈3)皆予定通りはかどるとは思っていないのだから、無理するのは損。そこそこ付き合っていよう。
このほかにも色々な考え方があるかもしれない。そういう状況の中で、最終の金支払いを担当する財務の職場は本当に疲れます。
今日土曜日はレッスンが急遽中止になってしまったので、午後から釣りに出かけました。といってもはじめから魚を釣ろうという気持ちよりは、郊外の海でボケっとしようかという感じです。メードを頼んでいるシータの親友がコロンボ南のワッドゥワに住んでいて遭いに行くということなので、丁度そこが釣ポイントでもあることから、車で一緒に行くことにしました。
今日は「釣り」の話はしません。 シータの親友というのは相当貧しい家庭の人でさらに身体障害者なのです。シータの家も山の中で電気が行ってなくて結構苦しい家庭事情なのですが、彼女が同情するくらいだから大変だろうなと想像していきました。
ワッドゥアはコロンボ南部約20Kmくらいのところにあります。海辺はところどころリゾートホテルが建設されています。彼女の友人の家は浜辺の椰子の林の中にありました。まわりには同じような小さな家(材木と椰子の皮で作られています)が並んでいます。もちろん電気はありません。井戸で水を汲んでいました。一家総出で私を歓迎してくれました。動物がすごいです。やぎの一家(10匹以上)と犬、鶏、猫みんな家族です。ちかくに子豚が走り回っていましたがこれは隣の住人のようです。
彼女の友人は足が不自由で松葉杖と車椅子での生活ですが、とても明るくかわいらしい方でした。友達の友達は友達です。シータがこの友人の家にしばしば泊まってくるので、どうやって寝ているのか聞いたら、彼女の寝床でくっ付いて寝るのだそうです。友達との関係もそこまで行くとすごいです。
正直いって彼等は私がどう見たのか非常に不安でした。別世界の人間であるに違いありません。実際私の一食分の食事代で家族全員どれくらい食べていけるか計算するのは怖いです。こんの気持ちを和らげてくれたのは彼等の明るさであり、帰り際に出くわした夕餉の喧騒でした。電気がないからでしょうが、隣近所の子供たちも大人たちも動物も、夕食を控えて外に出てくつろいでいました。道は大混雑です。でもそこには何とも言えない懐かしさがありました。
「失われた10年」・・・いろいろなところで使われています。日本ではバブル崩壊後処理できない不良債権を背負い停滞する経済を指しています。これは10年では済まないでしょう。
スリランカでは、10年前の今日、当時の大統領「プレマダーサ」がメイデー行進の最中に銃弾に倒れました。今日はその10回目の命日です。その後、政治は混迷し、民族紛争の泥沼化して、この10年間はスリランカ国民に大きな停滞を与えてしまったのです。
「プレマダーサ」は何を考えていたか。それは発展途上国の「貧困」問題です。彼の最も重要な政策は「住宅政策」であったのです。彼は国内に多くの住宅地を造成し、貧しい人達に生活の基盤を与えました。先進国においても投資の重要な要素は「住宅建設」です。住宅建設は森林伐採、土地開発、土木作業、住宅建設、電気ガス水道のインフラ整備等の需要を喚起します。そして多くの様々な雇用を生み出します。彼は並行して農業用地を整備し地方の産業振興を図りました。こうした活動を通して、地方に労働需要を起こし、貧しい人達に基本的なインフラ設備を供給したのでした。
彼は、民族対立問題、発展途上国の主要課題を正確に把握していました。「貧困対策」に加えて「教育問題」にも腐心し、初等教育を充実させ、次代を担う子供たちに夢と希望を与えたのです。
その後の10年がどうであったか。今はどうなのか。直視することがつらいです。政府の経済政策は外資導入・経済の自由化です。確かに我がNTTを初め、Shellとか、マレーシアの会社とかが投資を行い、基本的なインフラ整備は進んでいます。しかし、政府が外資導入と同時に外資と約束したことは「料金の値上げ」なのです。相当の賃上げ(インフレ)がない限り、一般庶民はそうした恩恵を受けることはできないのです。外資導入が成功するには、それと歩調をあわせた着実な「貧困」の解消がない限り貴重な「富」は海外に流出するだけです。
石油とか金が採掘されれば別ですが、そうでない限り基本的に農業政策をしっかり確立し、地方の貧困問題を解決することが大切だと思います。IT産業振興とか、金融ハブなどの夢はありますが、まず足元を固める必要があります。教育問題はさらに深刻です。子供の将来を考える人達は無理して、一部の有名学校に進学させます。しかし大学教育は停滞しています。さらに大学を出ても職はありません。10年前から全体の識字率があがっているとは思えません。
その意味で、今こそ「プレマダーサ」大統領の政策に立ち戻る必要があります。特にスリランカ北部の貧困対策は深刻です。この解決がない限り、民族紛争の再燃は避けられません。
日本でスリランカプロジェクトを支援してくれている方からビデオテープを送ってもらいました。誘惑の宝島スリランカ・天空王宮の謎(2003年4月19日放送)です。
日本で放送されたスリランカを題材にしたクイズ番組です。コロンボの宿舎でメードのシータと一緒に見ました。彼女は日本語はわからないけれど興味深くみていました。取材先は、コロンボ、アヌラダプラ、シギリヤ、キャンディ、カタラガマ等。カタラガマは少しマニアっぽいですが、代表的な観光ポイントは押さえています。こういう番組が増えて、日本人観光客が多く来てくれればありがたいです。
アヌラダプラの聖菩提樹(仏陀が悟りを開いたときに見守っていた菩提樹の子孫)を取り上げていたのはヒットだと思います。やはりスリランカを語る時には仏教ははずせません。大乗・小乗というような違いは別として、生活の中に入ったスリランカ仏教をもう少し深く紹介してほしいと思いました。
今日から日本ではゴールデンウィーク。一方スリランカでは5月1日だけが休みです。
スリランカ南西部(コロンボを含む)はこれから雨季に入ります。反対にスリランカ北東部は乾季になり、安定した天候が続くのです。スリランカ南西ヒッカドアに拠点をおいていた「アンダウオータサファリ」(私がSCUBAライセンスを取得したところ)は、四月末までヒッカドアで営業し、5月からは北部のトリンコマーレに移動します。
トリンコマーレはコロンボから300Km以上離れているので、そう簡単に行くことは出来ません。コロンボ南部で雨季でも営業しているSCUBAクラブを探そうかと思っています。
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