KENの日記
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2003年04月27日(日) 休養

先週の水曜日・木曜日に思いっきり忙しい思いをしたので、金曜日から肩がものすごく凝っています。一方でチェロの練習は力を抜くことが課題なので、正直言ってこの週末は練習してもなかなか旨く行きません。日曜日に変更になったレッスンも不本意なものでした。身体の回復を図ることが大切なので日曜日はゆっくり休養しました。


スリランカで働いている限り、日本で働くみたいに時間厳守で仕上がりを気にしていたら、身体や神経を正常にかつ健康に保つことは非常に大変なことです。こちらのペースで進めるべきなのかもしれません。


しかし、日本人を雇っている会社側の立場で考えると(財務部門を預かっているので全部の数字を把握できています)、ローカルの人の何十倍もの給料を払っているし、宿舎・車の配備等の金もばかにならないので、日本人にはスーパーマンのような働きをしてもらわないと割りに合いません。


結局、ものすごく肩が凝るような心配をするし、自ら動いて仕事を片付けることになります。とはいっても東京に勤務しているときより身体的に厳しいかというとそうでもありません。スリランカに来る前には、夜中の12時前に家に帰るのはそれほど多くはありませんでした。結構しんどい生活でした。


今から考えると、日本の生活は、
「まわりの人間も同じ気持ち、雰囲気で働いている」
「愚痴をこぼす同僚、夜の新橋という格好のストレス発散の場があった」
「家族がいて仕事を離れてのんびりすることができた」
というような条件が揃っていたからこそやってこれたのだと思います。海外単身赴任の難しさを感じています。



2003年04月26日(土) 顰蹙をかった作曲家

前回から、Bernhard Romberg(1767−1841)と言う人のソナタ(作品43の2)を課題として与えられました。Rombergは自らチェリストでチェロの曲を沢山書いています。


以下ドュッシュ先生の話です。
「ベートーベン(1770−1827)がこのロンベルトを大変尊敬していて、ベートーベンはロンベルトのためにチェロ協奏曲を作曲することを申し入れたそうです。しかし、ロンベルトは自ら作曲家であったため、自分で作曲できるのでベートーベンに作ってもらう必要はないといって、断ったのだそうです。結局ベートーベンはチェロ協奏曲は書かなかったのです。後世のチェロ奏者にとっては非常に残念な話です」。


ほんとうに残念です。ベートーベンがもしチェロ協奏曲を書いていたら、バイオリン、ピアノ協奏曲とならんで、チェロ奏者にとって最も重要なレパートリーのひとつになっていたはずです。極端な話、ロンバーグが謙虚にベートーベンの才能を見ぬいていたら、後世に残る「人類の財産」が増えていたはずなのです。そんな恨みを感じつつ練習しています。



2003年04月25日(金) 警備強化だそうです。

今週初めのLTTEの和平交渉出席中断を受けて、政府(といっても野党出身の大統領周辺が過剰に反応しているようですが)は警備を強化するのだそうです。


コロンボ市内の検問所とか地方の町の入り口の検問所は、和平交渉の進展の中で少しずつ緊張が緩んできて、警備の兵士にも笑顔があったのですが、また緊張の時代に逆もどりかもしれません。平和の象徴だったLTTE支配地域を縦断するA9道路(キャンディー・ジャフナ道路)も交通規制が厳しくなっているそうです。


ほんとうにどうなっているのかわかりません。私には政府・LTTEの民族対立とは別に、紛争で利益を得る人達(アンダーグランド勢力)・現政権の得点獲得に苛立っている人達が邪魔をしているとしか思えません。私のドライバー氏の話では、これまで何人もの人望の厚い政治家が暗殺されたとのですが、犯人は反政府組織のLTTEではなく、闇の勢力に殺されたのだそうです。なんとか踏みとどまって和平交渉を再開してもらいたいです。


(別件)
30年以上使っていた腕時計が故障しました。飛行機に乗ると泊まったり、暑いところ・湿気の多いところで止まったりしてたのですが、本格的に止まってしまいました。この時計は叔父から頂いたもので愛着があったのです。なんといっても長野の広いスキーゲレンデで落としたとき、滑ったあとをたどって奇跡的に見つけたことを始め、数々の困難にあっても不思議に生き延びて付き合ってきてくれました。これまで東京の会社に出入りしている時計修理さんが3回修理してくれました。その時計屋さんもこんな古い時計はそう簡単には直せないと行っています。今回は直るかどうか。帰国まで休んでいてもらいます。



2003年04月24日(木) 疲れる仕事

昨日・今日と非常に疲れました。というのも、取引にかかわる銀行保証業務を取り仕切る必要があったからです。我が社の子会社のビジネスで親会社が保証を与える必要が生じて、今日中に銀行との契約を済ませなければなりませんでした。登場人物は、銀行(2から3行)、子会社(財務部門、取締役会)、親会社(財務部門、取締役会)。


「大変さ」の大きな原因は、銀行保証のために取締役の承認を得る必要があることです。我が社の取締役は4人が日本人なので、日本に資料を送付して了解を得なくてなりません。今回はそのうちの一人が海外出張中なので、KLのホテルまで追いかける必要があります。先ほどFAXを送りましたが、まだホテルに着いていませんでした。それと日本とスリランカの時差が3時間あるので、日本の役員の方に少し待機してもらわないとなりませんでした。(予定より作業が遅れるのが普通なのです)


今回、夕方5時頃から日本にFAX送信するとともに、コロンボの取締役に回覧したのですが、最初に回した財務省の取締役がチェックしたいから少し時間をくれといって回覧が止まってしまいました。今日中に全員をサインを貰う必要があるので、直ぐに財務省に走り「気合」で説明しサインを貰いました。しかし25頁もある二つの銀行保証契約書なので無茶をしているのです。とにかく私に任せて貰うしか方法はありませn。


また内容が内容だけに、今日の午前中でさえ、保証金額が確定しなかったのです。つまり銀行対応が決着しないのです。保証金額が増えれば別の銀行を探さなければなりません。幸い二つの銀行で済みましたが、しかし銀行との交渉は細部について最後までもめました。ただこれはビジネスですから仕方ありません。お互いもっとも有利な条件を得るために努力するのは当然です。


このほか、やはり「仕事の段取り」の問題があります。時間の配分と仕事の完成度を勘案して、100%完全を求めるところ、90%でもOKなもの、少しミスがあっても自分の責任の範囲で危険を負担できるところ等、仕事の性質と順番を押さえて段取りを組めば無駄は省けます。ところがこの仕事の見極めが一番難しいのです。財務はビジネスの最後の部分なのでどうしても、それまでの積み残しを整理することになります。さらに金勘定はミスは許されません。


今回も「何とか」マネージすることが出来ました。日本人のチームならもう少し円滑にいくところですが、やはりこちらでは難しい、疲れました。(英語での遣り取りということもありますが)



2003年04月23日(水) 和平協議

LTTEは5月に予定されていた第七回の和平交渉への出席を当分の間取りやめました。これはタイのバンコクで開催予定だったものです。


第6回目の和平交渉は3月末に日本の「箱根」で行われたのでした。それまで表面的には順調に進捗してきたのに「箱根」の交渉の後に交渉が中断されたということは、日本人として非常に残念です。


「箱根」交渉の後になにが起こったか、それは「米英等連合軍の圧倒的な力によるイラク制圧」でした。LTTEはアメリカからテロリスト集団として認識されているのです。こうした大きな国際情勢の動きも今回の事態に影響しているはずです。


しかし、基本的には6回に及ぶ和平交渉が進展していなかったというのが本当のところでようです。進展しない和平交渉は単なる時間の浪費であり、財政基盤の極めて弱いLTTEはその間の生活の糧をえることが大変なのです。和平交渉のお膳立てをした日本政府も考えが甘かったのではないでしょうか。


昨年行われた小泉首相の北朝鮮外交のようにおかしなことにならなければいいのですが。米国のイラクでの行為を正当化するつもりはないけれど、日本政府が本当にスリランカの和平交渉を仲介しようとするなら、相当な覚悟で臨まないかぎり茶番に終わってしまう危険があります。



2003年04月22日(火) 追加+ストックホルム税金事情

今朝22日の新聞は、LTTEが政府との和平交渉のテーブルから撤退するというショッキングなニュースを伝えてました。実質的に2001年のクリスマスから始まった停戦ですがここにきて雲行きが怪しくなってきました。


なんども書きましたが、政治・経済の中心地コロンボはLTTEのテロさえなければ非常に快適で安全です。コロンボに住む一部の実業家達はこの平和を謳歌しています。一旦減少した観光客の数も増加傾向ですが、彼らのお金は設備の整った有名ホテルに落ち、決して紛争地域には回りません。


20年続いた内戦の間に、道路・水道・電気・電話さらにマーケットなどの商業設備を含めた社会インフラの南北格差は大きく広がってしまいました。これをなんとかしない限り本当の平和は訪れません。政府が進める外資導入にしても、コロンボ等の一部地域のことです。社会インフラが徹底的に破壊された北部には他人の話にすぎないのです。コロンボの一部の人達には本当に長期的な視野にたって考えてもらいたいものです。


(ストックホルム税金事情)
スウェーデンは社会福祉が充実していて義務教育も無料です。スリランカも社会主義的な制度をとっていて義務教育は無料です。でもそのために国は多額の税金を徴収しなくてはなりません。


ストックホルムで買ったお土産の税金関係を記録しておきます。お土産は木彫りの馬ですが税抜きの値段はSEK286(1クローネ:14.8円、4月13日)。これにVATが25%の71円、その他の課徴金(不明)6%の17円かかり、支払額はSEK376となりました。


200SEK以上の買物には、空港で10%の税金還付が受けられるので、空港で時間がなかったのですが頑張ってSEK35を還付してもらいました。そのためには土産店で密封してもらい、税金還付証を発行してもらい、空港の税金還付窓口(両替所です)でそれを提示して還付してもらうのです。


ビールとかワインなどのアルコールの税金はさらに高いようです。さらにそうした間接税を払う前段で税率の高い所得税を払うのです。日曜日に案内してもらったガイドさんは所得税は約40%だといっていました。すごい税金です。



2003年04月20日(日) SARS依然として猛威

SARSが猛威を奮っています。我が家族は先月末シンガポールの家族旅行した関係で一時は非常に心配していました(結局大丈夫でしたが)。でも色々考えることがありました。


帰国の日のチャンギ空港の薬局で「マスク」を買おうと思いましたが、売り切れでした。マスクをした白人の方が「マスクは必需品ですよ」といってマスクを捜し求めていました。でも、そのときはシンガポールの街中でも、空港でもマスクをしている人はほとんどいなかったのです。現地の人がマスクをしないのに「観光客」がマスクをしているって何か変な感じです。そこまでするなら旅行は止めたほうがいいです。


今日中国政府がSARSの患者数・死亡者数を大幅に情報修正しました。もともと昨年11月に広東省で原因不明の病気が発生したことが原因なのです。観光のこと・経済交流のことを考えると、楽観的に考えたい気持ちはわからないではないですが、今回の中国の対応はまずいと思います。シンガポールは華僑社会なので香港との関係・中国と関係が深いので今回感染者が多いのですが、シンガポールのすばやい対応は立派だと思います。


今回のウイルスは全く新種のようですが、そもそも自然界には様々なウイルスがうじゃうじゃいるのです。人間が衛生的になって雑菌に弱くなってきていることは大きな問題だと思います。また人間の作為によって自然界のバランスが狂って人間に害を及ぼしている事象(花粉症が典型です)も見受けられます。自然を理解して共存することをもう少し重く考えるべきだと思います。たくさんの犬・猫・カラス・牛・(たまに象)と出くわすスリランカで実感しています。



2003年04月19日(土) 暑い春

NHK海外放送で知ったのですが、昨日の日本は非常に扱ったようです。静岡県で摂氏31度あがったそうで、静岡のおばさんのコメントを何回も放送していました。寒さの適応していた身体が暑さに適応できないのでしょう。


19日(土)のコロンボも大変暑かったです。昨日までは午後は夕立があって暑さといっても「大したことないな」と思っていたのですが、今日は強烈でした。CNNの世界天気予報では32度の予想でしたが、実際はそれ以上だったでしょう。太陽の光が強くて、Tシャツを着ていても日に焼ける感じです。すごいエネルギーです。


そんな中で予ねて準備していた「釣り」に行ってきたのでした。ぜんぜんつれませんでした。さすがに暑いので帽子・サングラスで日除けしましたが、竿先に集中していたので、釣りをしている間は暑さを感じませんでした。行きかえり車は蒸し風呂のようでしたが・・・。


大型コンテナ船も接岸できるコロンボ港はセキュリティ管理が厳しく、立ち入り禁止、写真禁止、釣り禁止です。またコロンボ市民の憩いの場所(カップルの溜まり場)ゴールフェイス緑地も含めて、コロンボ市の海岸は釣り禁止なのです。従ってコロンボから南下してパナドラ近くの漁港までいきました。やはり最初は岸壁釣りです。でも小さな漁港なので推進が浅く魚があまり入ってこない場所みたいです。次は地元の人に場所を確認して行こうと思います。釣果はゼロですが、買ってきた「釣り針」すべてをなくしてしまいました。コロンボ市内で釣具店を探して補給しなくてはなりません。



2003年04月18日(金) CDショップ

インタネットを通してクラシックCDの新譜情報が得られるのですが、日本を離れていると欲しいCDがほとんど手に入りません。日本までは遠くてもシンガポールは近いので買物が可能なのです。そのシンガポールのクラシックCD事情ですが、随分進歩したと思いますが、日本に比べるとやはり今一歩という感じです。


最大手のオーチャード通りのHMVが一番品揃えが豊富です。演奏家を選ばなければそれなりに楽しめます。有名な演奏家の新録音は揃っています。私はそういうものはあまり買いません。このHMVは三階建てなので、クラシック以外のジャンルは品揃えが豊富なのかもしれません。


ストックホルムに出張したついでに、当地のCDショップを覗いてみました。ホテルの人に紹介してもらったのですが、市の中心部の「Ahlens」という百貨店の地下一階です。クラシックコーナーはそれなりの品揃えでした。特に「NAXOS」レーベルを幅広く置いています。スェーデンといえば合唱なので記念にと探したのですが、これといったものは見つかりませんでした。


やはり日本のショップの品揃えは大したものです。眺めているだけで2時間くらいすぐ経ってしまいます。この楽しみは私だけのものです。妻を連れて行くとゆっくり眺められないのです。



2003年04月17日(木) スリランカ帰国

本日17日の朝5時過ぎ無事にスリランカに帰国しました。帰りの飛行機のチューリッヒ−コロンボ便は、一旦フランクフルトに寄ってからコロンボに向かうので、行きより大分時間がかかりました。


昨日は満月でした。夜中とか早朝移動したので、月を見る機会が多かったです。ストックホルムの満月も、コロンボの満月もとてもきれいでした。少し休んでから会社の行きます。今回の出張の感想を追記します。


まず、飛行機での旅程ですがアジアの大きさを再認識しました。コロンボからはインドのムンバイ、イランのテヘラン近郊の上空を通過し、黒海を跨いでヨーロッパに入ります。実はヨーロッパに入ると直ぐスイスについてしまいました。インドも大きいし中東も広大です。


チューリッヒの空港で気になったことは、やたらと「喫煙コーナー」が幅を利かせていること。スリランカでもシンガポールでも原則禁煙という雰囲気ですが、喫煙・禁煙半々と言った感じです。喫煙コーナーがきちんと隔離されていないので空港内が煙く感じました。




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