今日UA(ユナイテッドエアライン)が破産を申請したそうです。アメリカ第二位の航空会社なのですが、昨年の9.11テロ以降の乗客減少が大打撃を与えたことに加えて、組合が強くて合理化が進まなかったようです。アジア線は成田夜出発とか、朝出発便が多くてそんなに便利ではないのですが、私はUAでマイレージを貯めていたのです。
今日UAからメールが入って「ご心配なく、マイレージは今後とも従来どおり使えます」とのことですが正直言って少し心配です。早く消化してしまった方がいいかもしれません。
コロンボレストラン報告です。「地球の歩き方」に紹介されている「ホテル・デ・ブハリ」にいってきました。マラダーナジャンクションのすぐそばの繁華街なので駐車場がないため、これまでチャンスがなかったのです。昼飯を既に済ませたドライバー氏に車を預けて昼飯(もちろんチキンブリヤニ)を食べてきました。
ローカルの人もうまいというだけあって値段は100ルピーほどですがとてもおいしかったです。あえて難をいうとすれば、ついてくるチキンが少し小さいかなというものです。それほど辛くなく外国人でも大丈夫です。ふと日本の吉野家を思い出しました。
金曜日がラマダン明けけの休日だったので、土曜・日曜と併せて三連休でした。でも金曜日は午後から会社で会議があったし、土曜のチェロレッスンに向け練習曲をさらったりで忙しくすごしました。土曜・日曜と少し時間が取れたのでホームページに書こうとおもっていた「象のRaja」の記事をまとめました。
毎週見舞いに行っているのですが、象の「Ruwan Raja」の状態は良くないです。二月にガンガラーマヤのペラハラを控えているのですがこの調子だとRajaは参加できそうにありません。傷の治りが良くなく傷口は開いたままになっています。
12月になるとコロンボの町中でクリスマスの飾りつけが見られます。国会議員選挙だ民族紛争だで大変だったのですが、今年は未来に希望の持てるクリスマスになりそうです。
さて、我がSLT社の株ですが、29日に購入申し込みが締め切られ、おかげさまで「オーバーブッキング」を達成することができました。コロンボ証券取引所始まって以来の大型IPOなので少し心配はしていたのです。私の親会社NTT株式での散々な経験を生かし(?)SLT社の株主になりました。1月に取引が開始されるのですが、その後の値動きが気になるところです。
今日12月1日は、スリランカ日本人会のソフトボール大会がありました。普段は水泳とランニングくらいしか運動をしてないので、会社の同僚を誘って参加しました。我々のチームは「建設・通信」で前回の優勝チームなのです。多少年齢層は高いですが、「体が資本」的な面もある業界なので上手そうな人が沢山います。他には、「大使館チーム」「日本人学校チーム」「JAICAチーム」「商社チーム」でした。結果は「JAICAチーム」の優勝、我がチームは二位に入りました。私は足を引っ張ったほうですが、誘った同僚が大活躍したので、SLTとして貢献できたと思います。JAICAチームは若くて上手な人が沢山いてチームもよくまとまっていました。
さて、ソフトボールというスポーツですが、このスリランカではまったくマイナーなスポーツです。こちらはとにかく「クリケット」。バットで玉を打つところは似ていますが、ルールはまったく違うようです。残念なのは、我々はクリケットを知らないしスリランカ人はソフトボールを知らないので、親善試合ができないことです。
| 2002年11月26日(火) |
SLT(スリランカテレコム)の株 |
私の勤めているSLT(スリランカテレコム)の株が売り出されています。いわゆるIPO(Initial Public Offer)というやつです。この11月28日が申し込み締め切りです。値段は一株Rs15(日本円で19円くらい)で最低100株から購入できます。と宣伝しても日本では買えないと思いますが。
SLTは1991年に政府からすべての資産を引き継いで、政府が株式100%を保有する株式会社になりました。その後1997年8月に、当時のNTTが株式の35%を取得するとともに経営に参画してきました。そして2002年11月に政府保有株式の12%を売り出すことになったのです。これまでの株売却の企てはあったのですが、スリランカ国内の内戦とか株式市況の低迷等で見送られてきたのです。
昨年から続いている停戦に加え、政府と反政府組織の和平会議が進展していることから、日本をはじめ援助国が莫大な金額の復興支援を約束しているので、来年あたりからスリランカが復興ブームになりそうな気配です。今買っておいて損はないのではないか個人的には思っています。
25日からコロンボにおいて日本スリランカ経済協力委員会が開催され、日本から大勢に代表団が来錫されました。まずは相互理解が必要なのでこうした往来は必要だと思います。海外企業の進出の雛型は、まず安い労働力を活用した輸出産業への参入なのですが、その前提として社会インフラ整備が不可欠です。電力・水道・道路港湾空港整備、鉄道事業といったインフラは非常に貧弱であると言わざるを得ません。
インフラ整備はただ資金援助するだけではなく、ビジネスとしてどのように運営していくかも大切な要素なのです。今後のこの国におけるインフラ復興においてSLTの経験が少しでも役に立てばいいなと思っています。
今週、日本では、NHK交響楽団とゲルギエフのコンサートが開催されています。先週までは、ポルリーニが訪日しソロコンサートのほかアムステルダムコンセルトヘボー・リッカルドシャイーとのコンビでベートーベンの皇帝を演奏したとのこと。ゲルギエフはNHK交響楽団とのコンサートの後にキーロフ歌劇場オケと全国ツアーが待っています。日本にいたら無理してでも出かけていた顔ぶれです。ほうとうに羨ましく思います。
前にも書きましたが、1977年収録のポルリーニの皇帝を何度も取り出して聞いているので、25年隔てたポルリーニがどんな演奏をするのか聞いてみたいのです。またNHK交響楽団とゲルギエフのコンビは、ずいぶん前の「展覧会の絵」において、最初の数分間NHK交響楽団の変貌の可能性を感じさせたものの、途中からいつものNHK交響楽団に戻ってしまった苦い経験があるだけに、デュトアに鍛えられたNHK交響楽団どこまでゲルギエフに食らいついていくのか非常に興味があるところです。インターネット上での「春の祭典」評を見る限り今回はNHK交響楽団は変貌を遂げているようです。
ウィーンフィル、ベルリンフィルというトップオケが、ゲルギエフとのコンビですばらしい演奏を聞かせているということは、芸術家にとって出会いが重要であり、相互に影響しあって火花を散らす、非常に高いレベルでぶつかりあいが、非常にすばらしい演奏に繋がることを示しています。今回NHK交響楽団は相撲の横綱決戦のように正面から正攻法でぶつかっていったようです。
今日は11月の「Poya(満月)ディ」で休日でした。ちょうど日本からお客さんがきていたので、日帰りでキャンディ方面を案内しました。仏教に興味がある人を案内するのなら、キャンディの仏歯寺がメインポイントになるのですが、そうでない人にとってはキャンディへ行く途中の「象の孤児院」に時間を割くがいい案だと思います。
この「象の孤児院」でのイベントは、「子ども像へのミルク時間」と全部の象が揃って近くの川に「水遊びをする時間」なのですが、これがそれぞれ9時15分からと10時からということなので、コロンボをゆっくり出発していたのでは間に合わないのです。今日はコロンボを7時ちょうどに出発しました。途中の道が空いていたこともあって、9時15分のミルク時間に間に合うように辿り着くことができました。そしてその後に川まで移動して象達の水遊びにやってくるのをを待ちました。
象たちが川に通ずる細い道を集団で行進する様子は大変迫力がありました。象がやってくる時間になるとサイレンが鳴らされ、人間は道から外れて待機するようになっています。象たちもこれから水遊びだということがわかっているので、嬉しそうに小走りでやってきて人間にはメモくれず川に直行します。象たちが気持ちよさそうに水遊びしている様はいつみても面白いものです。
| 2002年11月17日(日) |
ヒラリー・ハーンのブラームス |
8月に買ったヒラリー・ハーンのブラームスのバイオリン協奏曲(CD)を取り出して聞きました。これまで2回くらい聞きましたが正直言ってあまり印象が良くなかったのです。ブラームスのヴァイオリン協奏曲は、シェリング・ドラティー盤も持ってきているので、ハーンを取り出す機会はそれほど多くないのです。今日はステレオの音響を少し大きくして聞いてみました。
今日はとても気持ちよく聞くことができました。ハーンの音量はそれほど大きくなく、演奏も派手なところは少しもないのですが、完璧な音程が特に和音を奏でるときに響きを透明にしているのです。透明過ぎてすごさに気がつかなかったようです。こういう清純なブラームスはとても新鮮でした。心が洗われる感じがしました。ムローバとかケネディ、チョンといった熱演型のブラームスを聞いてきた経験から、ハーンの表現に物足りなさを感じていたのだと思います。
ヴァイオリン競争曲の魅力はもちろんソリストの演奏ですが、ブラームスに限ってはニ楽章のオーボエソロがとても重要な役割りを演じます。この主題の演奏しだいで全体の雰囲気を決定してしまうほどです。ハーンの伴奏はアカデミーセントマーチンとマリナーが勤めていますが、オーボエはハーンの演奏をよく理解した清らかな演奏です。この曲はブラームス45歳の作品です。ブラームスがどんな思いでこのニ楽章の旋律を書いたのか知りたいものです。
15日金曜日に「European Union Chamber Orchestre」(EUCO)のコンサートにいってきました。場所は私の宿舎から近い「BiShop’s Colleage」の講堂でした。曲目は「バッハの二つのバイオリンのための協奏曲」、レスピーギの「古風なアリアと舞曲」、それにヨーロッパで活躍するスリランカ人のソプラノ「Preshanthi Navatanam」のソロを入れてのヘンデルアリア3曲というものでした。
まずホールですが、室内楽コンサートには程よい大きさで、椅子の大きさも十分ですし、なんといってもエアコンが効いているので「汗だく」にならずに済むことがいいです。でも舞台が大分高く作ってるので、音が頭の上を通過していくような感じでした。ちなみに昨夜の席は、前から3列目の中央で値段は1000ルピーでした。入場料が高額なため、周りはほとんど外国人ばかりでした。
EUCOは昨年に続いての二回目の来錫です。第一バイオリンから5・4・3・2・1(コントラバス)という弦楽器だけの編成です。コンサートマスターはベルリン国立歌劇場のセカンドヴァイオリン主席の「Kunt Zimmermann」という人です。彼を中心にとても息のあった演奏を聞かせてくれました。チェロ主席の女性は伝統服の「サリー」を着て演奏していました。昨年の来錫でスリランカが気に入ったものと見えます。
コンサートに先立って国歌演奏があったのですが、スリランカ国歌に続いて演奏されたのはベートーベン第9交響曲の合唱の主題でした。楽団の名前に付けられている「EU」を考えるとき、クラシック音楽においていかにEUの存在の大きいか痛感させられます。この楽団はそうした文化紹介の役割を担っているようです。バッハ、ヘンデル、モーツアルト(アンコール)の曲がそれぞれにおいて「これが本物なのですよ」といったメッセージが嫌味にならずに伝わってくるのです。すばらしいコンサートでした。
この11月がらコロンボとインドの「ブッダガヤ」を結ぶ直行便が週一回運行を始めました。スリランカ人の大多数を占める仏教徒にとって、スリランカ国内の仏教遺跡を巡礼する以上に、本場インドの仏教遺跡を訪れることは非常に大きな夢なのです。ところが、インドの仏教遺跡はインド北部に集中しており、インドの政治・経済中心であるムンバイやデリーからはかなり遠いのです。飛行機はそれら大都市向けに周航しているので、これまでの聖地巡礼は大変時間がかかったのです。
「ブッダガヤ」空港はブッダガヤ(仏陀が悟りを開いた地)の地の約30Km北に位置するということ。飛行時間はコロンボから約4時間とのことで、スリランカからこの聖地への旅は格段に便利になります。インド航空では同様な「ブッダガヤ」便をバンコクから運行することを計画しているようです。
インドの変化の変化は注目に値するでしょう。こうしたビジネスに目を向ける素地ができているのです。広大なインドには仏教・ヒンドゥー教・イスラム教などの宗教遺跡が多数あるのです。IT技術、英語会話圏という特性に加え、これら宗教遺跡を活用できれば、インドは中国に続いて国際舞台にその存在感を示す日も遠くないと思われます。
今日は天気が今一歩の日曜日なので、日本から持ってきたビデオテープで音楽をじっくり聴きました。曲目はベートーベンのピアノ協奏曲3番・4番・5番です。演奏は3番・5番がポルリーニ・ベーム・ウィーンフィル(1977年の録画)、4番はバックハウス・ベーム・ウィーンフィル(1967年の録画)といものです。
1977年というと私の大学時代であります。確か1977年か78年のはずですが、ポルリーニの二回目の来日の演奏会を上野文化会館に聞きに行きました。演奏曲目はシューマンの「交響的練習曲」と「シューベルトの変ロ長調D960ソナタ」でした。どっちを先に演奏したのか思い出せません。でもそれ以来この二曲は私の気にかかる曲になりました。ポルリーニを凌ぐ演奏を捜す楽しみができたのです。演奏会でのピアノの音はラジオを通して想像していた通りの音(特に和音)でした。
ベームの指揮は晩年の印象等から、亡くなってから敬遠がちだったのですが、この三曲の協奏曲はとても溌剌としているし、適度に引き締まっていて非常に好感がもてました。もっとも本当のところは、ウィーンフィルと独奏者が上手に音楽を作り上げているだけまもしれません。ベームの曖昧な指揮の下でポルリーニとウィーンフィルが全く隙のない完璧な合奏を展開しているのです。ポルリーニは髪の毛が豊富で若いです。私はモーツァルトの肖像画に似ていると思っていました。また、三番ではコンマス、そして五番では故ヘッツェル氏の横で弾いているウィーンフィルのキュッヒル氏も髪の毛が豊富で若々しいです。
ポルリーニをバックハウスを比べるのは無謀ですが、ポルリーニのテクニックはすごいです。どんなパッセージでも手・指の形が一定で余裕があり、10本の指がそれぞれ別な生き物のように動きます。その特徴は特に和音の音がとても透き通って聞こえることに繋がります。でもバックハウスの音のやさしさはポルリーニを凌ぎます。和音や早いパッセージが濁って聞こえるのは、ポルリーニの後から聴くと止む得ないでしょう。しかし慈愛に満ちた音はやはりすごいです。4番だからなおさらそのように弾いているのか知れません。
この11月にポルリーニが来日していて日本で演奏会を開いているとのこと。しかし、25年前のベートーベンの演奏でポルリーニは既に十分成熟しています。これ以上なにを望む必要があるのかと思います。私も25年程まえの演奏会以降、何度もポルリーニを聞いていますが(CDとかテレビです)、最初があまりにも強烈だったためか、それ以降「こんなはずではない」という印象の方が強いのです。勝手に言わせてもらうと、ポルリーニは当時すでに完成していたのではないかと思われるのです。当時、完璧なテクニックと純粋な音楽への情熱はすでに奇跡を生んでいたのだと思います。
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