KENの日記
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2002年01月04日(金) 謹賀新年

明けましておめでとうございます。

「Ken」のスリランカ赴任でこの日記帳もあまり更新が見込めなくなりました。しかし感動したこと、心に残る出来事などがあった時は日本の妻に頼んで書くことがあるかもしれません。その場合は表紙に更新日付が加えられますのでご覧ください。では、今年もよろしくお願い致します。



2001年12月27日(木) クリスマスコーラス



仏教国スリランカにはキリスト教信者も結構います。フランシスコ・ザビエルがインドのゴアを拠点に布教を行い、スリランカにも多くの宣教師がやってきました。仏教国ですがキリスト教徒の最大のイベントのクリスマスは多くの国民が祝います。会社では有志が集まって中庭でクリスマスを祝うコーラスコンサートがありました。12月でも日差しが強く汗だくのクリスマスセレモニーとなっています。



2001年12月22日(土) コロンボのテレビ放送

スリランカ・コロンボのコンドミニアムで視聴可能なテレビチャンネルを紹介します。外国人が多く利用するコンドミニアムだけに色々な国の番組を見ることができます。良く見るチャンネルは英語放送の「BBCWorld」と「CNN」、日本語方法では「NHK海外放送」です。日本語の番組は国営「NHK」だけですから、日本に民放の人気番組も織り込んでくれれば良いのにと思います。

地元スリランカとインドの放送番組でほとんどいつの時間もインド(風)の映画が視聴可能です。言葉はわかりませんが、ストーリーが比較的単純で「勧善懲悪」ものが多く、例のテンポの速い歌と踊りがしばしば現れます。ストーリーと展開とあまり関係なく集団の踊りが始まるようです。主演の女優さんはものすごく美人で踊りもうまい。主演男優は二枚目というより腕は立つけれど三枚目というキャラクタが多いようです。

チャンネル1:ITN。(Sinhala)Independent Television Network.スリランカの放送。ニュースは夕方5時30分Tamil語、7時からShinhala語、9時から英語放送です。

チャンネル2:STARSPORT。とにかくスポーツばっかり。クリケットとサッカーとバスケット。

チャンネル3:National・Geographic。日本の教育テレビの英語版。画像が奇麗だし、撮影も凝っているのでおもしろい。

チャンネル4:NHK(海外向け日本語放送)。北条時宗は日曜日午後5時から始まります。

チャンエル5:BBCWorld。一日中ニュースを流しています。CNNと並んで情報源。朝7時15分からアジアビジネスでシンガポールから放送。

チャンエル6:B4Umovie。(English)インドの放送みたいです。インドの映画(紹介)を流しています。

チャンネル7:Hallmark。一日中、アメリカの映画を流しています。

チャンネル8:AXNasia。日本のアニメ、アジアの映画を結構流しています。

チャンネル9:Sirasa。(Shinhala) スリランカ放送。英語の放送はほとんどなし。

チャンネル10:Swarnavini(Shinhala) スリランカの放送の中では一番垢抜けています。選挙報道も立派でした。(言葉はわからないけど)

チャンネル11:ESPR。スポーツ放送。英国プレミアリーグの試合を中継します。プレミアリーグの試合は毎回ものすごく白熱し、日本のJリーグとは格の差を感じます。観客もほぼ満員です。

チャンネル12:HBOAsia(Home Box Office)シンガポールの放送。結構新しい映画を流します。

チャンネル13:DW(ドイツ語放送) スリランカはイギリス統治の以前ドイツが進出していたのです。

チャンネル14:TV5(フランス語放送) フランス人向けです。

チャンネル15:TNL。(Shinhala)スリランカの放送局です。午前中の放送開始は9時55分からで朝の放送はありません。

チャンネル16:ChannelEye。(Shinhala) スリランカの放送局。午後9時から英語でニュースを流します。

チャンネル17:MTVスリランカ。歌番組の間にBBCニュースを流します。MTVのスリランカ判。

チャンネル18:ドバイ放送。全くわかりません。

チャンネル19:PTV2放送(パキスタン) 全くわかりません。

チャンネル20:CNN。9月11日以来、アフガニスタン放送中心。特派員を一週間単位くらいで変えています。長期戦に備えているのでしょうか。

チャンネル21:ETV。(Shinhala) BBCニュースを流したり、結構英語の放送は多いです。

チャンネル22:CINEMAX。英語の映画を絶えず放映しています。

チャンネル23:Rupavahini(スリランカの一番古い放送)(Shinhala)。午後8時から英語ニュースがあります。

チャンネル24:MTV。本家MTV。歌番組ばかりです。

チャンネル25:CartoonNetwork。ドラゴンボールZ(英語版)とかTom&Jerryなどです。昔のポパイもやっています。とても懐かしです。



2001年12月01日(土) 国会議員選挙

12月5日はスリランカ議会の総選挙ですので少し政治情勢を紹介します。

スリランカの国会は一院制で定数は225議席、任期は6年です。議会は「Parliament」です。従って国会議員はMP「Member of Parliament」となります。行政は大統領制をっており大統領が閣僚を任命します。大統領は任期6年。現大統領は1999年12月に選出されており、任期は2005年までです。その大統領が議会の解散権を持っています。

さて実は昨年の10月にも議会総選挙がありました。その選挙ではどこの政党も過半数が取れず結局大統領が属するPA「Peoples' Alliance」が他の少数政党と連立を組んで与党となり政権を維持することができました。

しかし国内の民族対立への対応と、現政権の政策への不満等から連立を組んだ少数党が6月に連立から離脱し、野党に回ってしまったので、現政権が過半数を取れなくなってしまったのです。憲法では議会総選挙の後1年間は大統領は議会を解散できないことになっています。大統領は大統領は国民投票を計画したのですが、野党側は国会での大統領不信任決議を求めて対立が続いたのです。大統領は国会は閉鎖して打開策を探しました。しかし最後の手段は前回の選挙からの一周年の10月まで待って議会を解散することでした。

さらに、7月にコロンボ近郊の国際空港で爆弾テロ事件があり、スリランカへの観光客が極端に減少してたことに加えて、9月11日のニューヨークのテロ以降さらに飛行便数・観光客が減り国内の経済も冷え込んみました。

その後、大統領は野党第一党のUNP(United National Party)との連立を目指して水面下での交渉が続きましたが、10月10日、与党PA党議員7名がUNPに寝返るという事態に陥り、ついに大統領は国会を解散したというわけです。

議会解散以降、12月5日投票に向け選挙運動が続いています。新聞紙上は暴力事件の報道やら、対立議員の誹謗中傷で毎日話題に事欠きません。もちろん最大の課題は「民族対立をどう解決していくのか」ということです。野党第一党のUNPはLTTE(タミールの虎:国際的にはテロ集団と見られている)との対話を通じて解決しようとの方針ですが、タミール人の票目当てというのはミエミエです。PAも汚職イメージが払拭できず過半数獲得は困難と見られています。

選挙運動では、それぞれの政党がシンボルを掲げてポスターやらテレビ広告を行っています。PAのシンボルカラーはブルー、シンボルマークは椅子です。UNPのシンボルカラーはグリーン、シンボルマークは像です。また第三党のJVP(共産党)のシンボルカラーは赤、シンボルマークはベルです。町はこれらのシンボルで満ち溢れている状態です。これは寺を読めない人、書けない人用にわかり易くするためのものだそうです。

12月5日の選挙の結果、この国に安定・紛争解決は訪れるかどうか、難しそうですが期待したいところです。



2001年11月16日(金) 引越し荷物到着

昨日(11月15日)日本から送った荷物(航空便)が届きました。こちらの11月14日が休日だったため配達は今日になりましたが、空港には13日に届いていたようです。日本で自宅から積み出したのが11月5日ですので約1週間で届きました。運送業者の宣伝をするわけではないのですが、運送をお願いした「楠原運送」さんはしっかりした、とても段取りのうまい会社だと思いました。

まず日本での荷造りを短時間でキチンとやってもらいました。想像するに「船便・航空便」それぞれの揺れ方だとか各空港での扱い方、また現地の状況をよくわかっている方達なのでしょう。国内での引越しを何度か経験している私達ですが、今回の梱包作業には本当に感心しました。というのも、大変かさばって壊れやすい「チェロ」を持ち込もうと考え梱包をお願いしたのです。短時間で特性のダンボール箱を作って上手に梱包してもらいました。

またこちらでは、15日昼前に電話がかかってきたのですが、宿舎で待っているとそれほど待たずに到着しました。これはすごいことです。こちらのスリランカ人の対応もしっかりしていました。荷物のほとんどは大丈夫でした。ほとんどといったのは、私の荷物の中に私の物ではない雑誌が一冊入っていたからです。税関かどこかで荷物を一つ一つ開けたという証拠です。証拠のために残したのか、他人の荷物が入り込んだのか。他人の物が入り込んだとすると、私の荷物も他人のところに行っている可能性があるということです。細かいところまで覚えていませんが、今のところ無くなっているものはありません。

貴重品(楽器)はまったく損傷がありませんでした。すべての梱包に一度開けて見られた痕跡がありました。何はともあれ、これで引越し作業はすべて終了し本格的にこちらの生活が始まります。



2001年11月14日(水) ヒンドゥー教の正月

今日11月14日はヒンドゥー教の正月にあたります。スリランカでは仏教徒も含めてこの日は休日です。こういうことについては柔軟というか、都合が良くできています。この正月は「ディバリ祭」と呼ばれています。昨日からヒンドゥー寺院(Templeではなく正式にはKovilというのだそうです)は非常に賑やかでした。この日はほかの宗教の正月と一緒で家族や友人と集まって盛り上がるのだそうです。今日のコロンボは晴天で気温は30度Cくらいです。



2001年11月09日(金) スリランカ赴任

11月7日の正午成田発のシンガポール航空便でスリランカに正式に赴任しました。スリランカ到着最初の日から結構惨めな思いをしました。というのも兼ねて連絡を取っていたドライバーとの到着日の打ち合わせが不十分だったことから、8日の朝(といっても午前1時ごろ)にドライバーがバンダラナイケ国際空港に現れなかったのです。彼は一日間違えていて9日の朝と勘違いしていたのでした。

二時間近く空港の「車寄せ」で待った末に、ドライバーを諦めてタクシーを頼んで宿舎に向かいました。深夜になじみのない空港で寂しく待つのは辛いものでした。しかし、ここで自分に言い聞かせました。こんなことはまだ序の口だろう。こんなことで頭にきていたらスリランカではやっていけないから笑顔でやり過ごそう・・・と。

住み着いた住まい(コンドミニアム)は非常に立派で気分は上々です。コロンボ中心街からほんの少しはなれたところにある外国人が多く住む施設です。建物の30階にある部屋なので車の騒音はほとんどなく、窓からインド洋が見渡せます。コロンボ市内は緑が多く、上から眺めると本当にきれいな町です。実際に歩いて近くから見ると結構ごみがあったりして汚れてはいますが。

コンドミニアムのある建物の一階(下駄履き)に日本食レストラン「日本橋」ができるということで、今日は32階の「空き室ペントハウス」を借り切ってそのお披露目がありました。マンションの日本人とかコロンボ在住の日本人が沢山招待されていました。会社の関係で日本人会の理事になるようです。そうすると政府と交渉したり、日本人会の集まりにでたり結構大変なようです。少々億劫なのですが仕方ないですね。

こちらについてから、まだ日本との時差(三時間)は解消されておらず、毎朝4時には目が覚めます。明日は土曜なのでゆっくり休みます。写真はまだ撮っていません。撮ったら日記に添付していこうと思っています。



2001年09月16日(日) 神奈川フィルハーモニー演奏会

さいたま芸術劇場(さいたま市)でブラームスプロジェクトという演奏会を聞いてきました。演奏曲目はブラームスの悲劇的序曲、バイオリン協奏曲(独奏竹澤恭子)、交響曲第二番で、神奈川フィルハーモニー、指揮は現田茂夫さんです。

少し前からブラームスのバイオリン協奏曲が気になっていてCDやテレビの番組でも注目してみてきたのですが、今日の演奏はそれらの中でも最高の部類に入るものでしょう。竹澤さんのバイオリンは音が素晴らしくてテクニックも確かな上に、気力充実といったものでぐいぐい音楽を引っ張っていきました。二楽章の丁寧な重音の演奏は白眉であったと思います。バックの神奈川フィルは、管楽器については個人技というよりは二楽章のオーボエに代表されるようにしっかり、ハーモニーを聞かせバランスよくサポートに徹する一方、弦楽器(特に1stバイオリン)はソロに対抗して溌剌とした音楽を聞かせていました。竹澤さんも演奏に満足していたようです。

最後の交響曲第二番は終楽章こそ盛り上がりましたが若干印象の薄いものとなってしました。私としては一楽章のテンポがしっくり来ませんでした(普段古い演奏ばかり聞いているからかも知れませんが)。神奈川フィルは大変バランスの良いオーケストラだと思いました。木管楽器の音程と音質がかなり高いレベルで調和しているし、金管楽器は最後までにごらない音できれいなハーモニーを聞かせていました(もう一段の音量を要求されたときどうなるのかわかりませんが)。

弦楽器はコンマスを筆頭して各パートのプルートの順番どおりに熱演が展開されていました。偶に後の方の奏者が頑張ると音に厚みが増すのがはっきり分かりました。この辺はつらいところだと思います。葉書で応募し見事当たった招待券で聞いてこんな生意気な事を書いてはいけません。横浜から埼玉まで来ていただいて本当にありがとうございました。



2001年09月08日(土) 福井敬さん、緑川まりさんのコンサート

「イタリヤの旅」と題した歌曲の夕べに行ってきました。さいたま市誕生記念のコンサートで「スペインの旅」「ドイツの旅」「フランスの旅」と続く全四夜のコンサートの第一回目です。出演はテノールの福井敬さんとソプラノの緑川まりさん。緑川さんのお姉さんのピアノ伴奏。日本を代表するテノールの福井さんと6月の新国立劇場で「蝶々婦人」が大評判だった緑川さんの競演です。お二人は二期会の同期だそうでミラノへの留学も同時期だったそうです。曲の間に楽しいお話をしてくださいました。

歌われた曲は、ラ・ボエームから「冷たい手を」「私の名はミミ」「愛らしい乙女」、トスカから「妙なる調和」「歌に生き、恋に生き」「二人の愛の家へ」、その他にお二人の得意なところで「女心の歌」「誰も寝てはならぬ」と「ある晴れた日に」「神よ平和を与えたまえ」といった有名なものでした。ラ・ボエームはお二人が二期会でデビューした時の演目だそうで舞台上での演技もなれたものです。他の曲もお二人の得意な曲です(今の日本ではそれらの曲の第一人者といえるでしょう)。

福井さんの熱唱は素晴らしいものでした。舞台が近いので顔がだんだん赤くなっていくところがわかりました。リゴレットでは舞台から客席に降りて歌うというサービスまでありました。福井さんの歌は福井さんの誠実な人柄がそのまま歌に表れていて、聞いている人を幸せにします。緑川さんはユニークなキャラクターで人を引きつけました。「ある晴れた日に」と「歌に生き、恋に生き」ですばらしい高音を聞かせてくれましたし、表現の幅が非常にひろく「世界に通用する」という言葉が頷ける歌でした。こんな素晴らしいコンサートが小さなホールで、限られた人しか聞くことができないことを非常に残念に思いました。また、これだけ有名な曲を次々に熱唱されるとどう拍手をすべきか困りました。最初から何回も舞台に呼び出すのも変ではあるものの、素晴らしい歌なので拍手はしたいし。とにかくめったに聞くことができないほどの演奏会あったことは確かです。アンコール「乾杯の歌」のあとに、このコンサートを企画したのは先日亡くなった團伊久磨さんで、團さんが司会もするはずだったということを聞きました。最後には團さんを偲んで「花の街」を会場全員で歌いました。(さいたま文化センター小ホール)



2001年08月25日(土) スプーンが曲がった

夜のテレビ番組で超能力の「スプーン曲げ」の紹介がありました。そういう番組は好きなのでテレビを見ながらスプーンを持ってきて真似をします。これまでも同じような番組を見ながら家族皆で何度も挑戦したことがありましたが、スプーンには変化の起きた試しはありませんでした。しかし今回、私が不思議にスプーンが柔らかいなと思いつつ、「フニュッ」という感じで曲げてしまいました。残りの家族は全くだめでした。私に超能力のあるのかしら。それとも水泳を続けているので単に「バカヂカラ」がついたのか。左がその証拠写真です。もったいないので他のスプーンでは試してはいません。




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