春の天皇賞。テイエムオペラオーが勝ちました。これで2000年の春の天皇賞から、2000年秋、2001年春と天皇賞三連勝となりました。
今日は長男の大学の入学式に行ってきました。北の丸の日本武道館には希望に溢れた若者とその家族が大勢集まっていて非常に晴れやかでした。子供の希望が実現したという喜びと「やれやれ」という安堵感でしょうか同じような顔つきの家族が多くいたように思えます。自分たちの頃はこんなに晴れやかだった記憶はありません。20年以上も前なので時代は大きく変わっているのだなと実感しました。彼らは21世紀最初の入学式に望んでいるのですね。
今日は少し寒いけれど絶好の花見日和なので、近くの遊歩道を通って別所沼公園に花見に出かけました。沢山の花見客が桜の下で宴を楽しんでいました。別所沼公園には、アヒル、ねこ、すずめ他の多くの動物が集まってきますが、今日は鳩と付き合いました。
別所沼公園行く時は鳩のために「食パン」を持っていきます。餌を撒き始めると20〜30羽以上の鳩が集まり鳩達は集団心理なのか餌を求めて半ばパニックになり人間を全く恐れなくなります。別所沼では釣りができるので釣り客の中のマナーを守らない人が釣り糸を捨てていきます。その被害に遭うのがアヒルとか鳩のような、餌をもとめて水辺や岸を歩き回る鳥です。
これまでも多くの鳩が足に釣り糸を巻きつけているのを見ました。その中の2〜3羽くらいは捕まえて取ってやりました。今日も片足を不便そうにしている鳩を餌で近くにおびき寄せて捕まえて、足から釣り糸を取ってやりました。釣り糸が足に何重にも絡まり食い込ん痛そうでした。放っておいたら組織は死んでしまうところでしょう。花見のためのカメラを持っていきましたので画像で報告します。 
今日足の釣り糸をとってやった鳩です。捕まえて10分ぐらい釣り糸を取るために奮闘していたので、鳩にとっては「焼き鳥」にされると勘違いしても不思議はありません。下が糸を取った直後の様子。放したあともショックでしばらく動けないようでした。池で釣りをする人はマナーを守ってほしいものです。
昨日(24日)すみだトリフォニーで「マタイ受難曲」を聞いてきました。演奏者は以下のとおりでした。
指揮:ゲルハルト・ボッセ、 オーケストラ:新日本フィルハーモニー交響楽団 福音史家・テノール:畑儀文、イエス:多田羅迪夫、ソプラノ:平松英子、アルト:寺谷千枝子 バス:三原剛、ビオラダガンバ:パオロ・パンドルフォ、合唱:晋友会合唱団、東京少年少女合唱隊
今年の復活祭は4月15日だそうです(復活祭は春分のあとの最初の満月のあとの最初の日曜日)。バッハ没後250年の今年はバッハ関係の演奏会が多いのですが、21世紀の最初の復活祭を前に、「マタイ受難曲」が非常に聞きたくなったので土曜日の夜でしたが埼玉から出かけました。指揮のボッセさんはライプツィヒゲバントハウス管弦楽団のコンマスを勤めた人で、生まれはライプツィヒ近郊。ライプツィヒはバッハがオルガン奏者を勤めていた街ですから、音楽的に非常につながりが深いはずです。
この演奏会では日本語対訳(磯山雅訳)がついておりそれを見ながら聞いていたので細かい筋がよくわかりました。3時間を越す演奏でしたが、最後の有名な悲しみの合唱を待ち遠しいと思うよりは、もう少し遠回りしたいと思うような格調の高い感動的な演奏でした。オーケストラは曲が進むほど集中力が高まっていき引き込まれていきました。とくに第一オーケストラのフルート・オーボエ・ファゴットはいい味をだしていたと思います。フルートの音はキンキンすることなく音楽の雰囲気にあっていました。福音史家は非常に格調たかく、その他のソリストも役をうまく表現していたと思います。
晋友会合唱団はうわさとおりの実力で、とくに3回でてくる有名なコラールでフェルマータの後のアウフタクトの音をソプラノが気持ちをこめて歌ったのがとても印象的でした。また第一部で最初と最後にでてくる少年少女の歌は澄み切っていて天使の声のようでした(途中退屈そうでしたが)。
全体でいうとやはりバッハの故郷うまれのボッセさんの淡々としたテンポとキチンとした音楽つくりが、深い悲しみと大きな感動を表現していたと思います。もうすこし内容を勉強してから聞くとさらにおもしろいことがあるのでしょう。チャンスを待ちたいと思います。
埼玉県もADSLの時代に入ります。明日から浦和市など埼玉県下10市でNTTのADSLの申し込み開始です。我が家では夫婦二人に加えて四月から長男が大学生になるので、常時接続タイプのインターネットアクセスが必要になっており、埼玉県下でのADSLサービス開始を首を長くして待っていました。さっそく申し込むつもりです。通信速度の速さにもかなり期待しています。今までのダイアルアップ接続では何時間もかかるのであきらめていたダウンロードなどもかなりすばやくできるようになるでしょう。
一方、武蔵浦和駅東口に建設中だった高層マンションと下駄履き商店が完成しました。須原屋という浦和では大きな本屋さんが出展したので便利になります。昨年西口の「サティー」が撤退したのでしばらく不便していましたが、今度は東口に「東部ストア」ができたのでまた便利になりました。レジのアルバイトの人はまだ慣れていないようです。マンションは100戸以上の大規模なものなので、埼京線が益々混雑しそうで心配です。
今日は長男の高校の卒業式でした。この学校は例年18日に卒業式を行うことになっているそうです。今年は日曜日にあたるので、夫婦二人で参列してきました。とてもまじめな学校なので卒業式も厳粛でした。親の転勤で小学校3つ、中学校2つ経験している長男にとっては入学した学校を卒業するのは初めてであり、ひとつの学校に3年通ったのも初めてでした。4月から新たな生活がはじまります。精一杯頑張ってもらいたいと思います。
東京芸術劇場でモーツアルトの「ハフナーセレナーデ」KV250を聞いてきました。演奏はアマデウス・アンサンブル東京。朝枝信彦氏をコンサートマスターとして、N響トップ奏者ら内外の演奏家で構成する実力派です。
弦楽5部はどんな早いパッセージも全員そろってバリバリ弾けるすごいメンバーが揃っていて、それに管楽器がとても柔らかい音で溶け込みます。今日はロンドンフィル主席チェロのロバート・トルーマンさんが加わりました。曲の合間に中村メイコさんの語りでモーツアルトの手紙の紹介がなされました。個人的に最近吉田秀和氏の「モーツアルトの手紙」を読んだところなので語りも面白く聞くことだできました。
モーツアルトはものすごい量の手紙を残しているのです。現代の私たちはそれらから、当時の楽壇の状況、モーツアルトがどのような気持ちで作曲していたか、著作権のない当時作曲家は非常に苦しい境遇にあったこと等々多くの情報を得ることができます。その中でもっとも心を打つものは、モーツアルト一家の緊密関係でしょう。
モーツアルトは父、母、姉に率直で非常に心温まる手紙を書いています。ひとつの例。モーツアルトが母親と二人でパリにきているときに、旅先で母親が亡くなってしまいます。それをザルツブルグの父親に知らせるにあたり、父親への衝撃の大きさ考え、モーツアルトは最初に「母の病気が重い」という手紙を書いて最悪の状況になったときの心構えをさせるという気配りをするのです。電話・電報のない時代はたいへんだったと思います。
モーツアルトの内面を語るナレーションの内容と演奏曲目の「ハフナーセレナーデ」が直接関係ないので唐突な感じは否めませんでした。モーツアルトの人生紹介を中心に据えるのであれば曲目は名曲抜粋でもよかったのではないでしょうか。
「ハフナーセレナーデ」は1776年モーツアルトが20歳の時にザルツブルク市長ジークムント・ハフナーの娘エリザベートの結婚式前夜(7月21日)のために作曲されたものです。全曲で1時間程度の長い曲で華やかなものですが、モーツアルトの晩年の雰囲気をちらほら聞くことができます。晩年といっても20歳のモーツアルトにはあと15年間しか残されていなかったのです。独奏バイオリンの均一で美しい音とそれを支えるバックが確実でとても柔らかい音が印象的でした。トランペットが二本入っているのですが終始柔らかい音でいい味付けをしていました。
指揮者を置いていないので、遅い楽章でテンポの揺れるところはすこし不安定だったかなと思いました。会場は満員でしたが、聴衆がすこし堅かったせいかそれを気にしてコンサートマスターがオーバーアクションになっていたのではないかとおもいます。主催は「ビックカメラグループ」で、三宅島被災者支援のチャリティコンサートでした。
すみだトリフォニーホールへ新日フィルのコンサートへ行ってきました。プログラムはオールバッハ。遅れて聞けなかったオルガン独奏コラール前奏曲BMV622(武久源造氏演奏)に始まり、カンタータ51番、ブランデンブルグ協奏曲第5番、管弦楽組曲第3番というもので、バッハの音楽でも徐々に規模が大きくなっていくものです。正直言うとトリフォニーホールのオルガンを聞いたことがなかったので最初のプログラムがいちばん興味がありました。
カンタータはよくわかりませんでした。声を殆ど楽器のように使い早いパッセージが長く続き、その間ブレスをするところが難しそうでした。トランペットがいい雰囲気を出していたので、オルガン独奏を聞いた後なら音色の幅の増加でもう少し楽しめたのでしょう。
ブランデンブルグ5番は最初あまり「シャキ」っとしないなと思いましたが、一楽章最後の方に「チェンバロ」独奏あたりから演奏者全体に元気と張りがでてきたように思われます。ニ楽章・三楽章ともチェンバロの明確なリズムに支えられて楽しめました。管弦楽組曲第3番はなんといってもアリアがすばらしい演奏でした。フレーズの終わりのデミュニェンドと次のフレーズに入る前に挿入される「間」がなんともいえない味をだしていました。これはアンコールで再び演奏されました。独奏から声楽が入るカンタータ、フルート一本追加のブランデンブルグ、ティンパニ、オーボエ、トランペット入りの管弦楽組曲と音色の変化・規模が違うバッハの作品を一夜で楽しめるいうのは非常に贅沢だと思いました。一方で一回の出番で真価を発揮しないとならない演奏家には少々辛いものかもしれません。
先週の15日、「近所の猫」に書いていた子猫が死んでしまいました。数日前から雄猫が周りを取り巻いていて、本人は初めての「恋の季節」に戸惑っている様子でした。猫は「恋の季節」になると餌に目もくれず、人間の存在・車の存在も忘れてそれに熱中するようです。急に車道に飛び出して事故にあったらしく歩道の脇にタオルが掛けられて横たわっていました。タオルからはみ出た三毛のお尻あたりが妙に太っていて毛艶がよく、例の我侭に育ったメス猫だとわかりました。野良猫は長生きしないものです。
本日買ったCD。新橋のキムラヤで「シューベルトの室内楽音楽」という7枚組のCDを購入。値段はなんと「1760円(税込みで1848円)」でした。一枚あたりでは251円です。最近のキムラヤは一枚ずつのCDを売るというよりは、全集ものをまとめて売る方式に変わったようで、バッハのオルガン曲全集・カンタータ全集だとか、モーツアルトのピアノソナタ全集だとかセットものがCD棚のほとんどを占めています。
買う時には「全部聞くには何日かかるかな」とか「録音は大丈夫かな」とは色々心配しつつ「安いから」という理由で買ってしまいます。今2枚目の弦楽四重奏曲の「ロザムンデ」と「死と乙女」を聞き終ろうとしていますが、演奏・録音も非常に水準が高く大変満足しています(演奏はブランディス四重奏団)。ちなみに外の6枚は、「弦楽四重奏曲D703、D887」、「弦楽五重奏曲」「ます五重奏曲」「ピアノトリオD898ほか」「ピアノトリオD929ほか」「八重奏曲」です。デジタル録音なので音も非常にクリアです。
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