KENの日記
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2013年05月04日(土) 中山市の孫文故居記念館訪問

本日の移動
○徒歩 :コタイコンラッドホテル → マカオ蓮花路出入国管理事務所
○バス :澳門出入国管理事務所 → 中国横琴口岸(出入国管理事務所、運賃3ドル)
○車 :横琴口岸 → 珠海漁乙女像 → 孫文故居記念館 → 昼食 → 横琴口岸
○バス :中国横琴口岸 → 澳門出入国管理事務所(3ドル)
○ホテルシャトルバス :澳門出入国管理事務所 → コタイコンラッドホテル
○ホテルシャトルバス :コタイコンラッドホテル → 澳門外港フェリーターミナル
○澳門ターボジェット :澳門外港フェリーターミナル → 香港上環フェリーターミナル
○徒歩 :上環フェリーターミナル → 香港のホテル
○バタフライオンハリウッドホテル

本日の食事
朝食:コタイサンズ3Fフードコート ラーメン、オムレツ
昼食:珠海市 飲茶
有職:上環 飲茶

マカオから中国に入国して中山市の「孫中山故居記念館」に行ってきました。マカオから中国への入国口の「横琴入管」を通って入国し、そこで事前に頼んでおいた珠海のガイドの「温」さんと合流しました。この「横琴」は比較的新しい入管で非常に空いていたので、待ち合わせの約束の午前9時30分に通過することができました。マカオから中国に入国する従来のゴンベイ入管では数時間またされることもあると聞いていたのでラッキーでした。

入管から車で珠海市に入り、広州市に通ずる新幹線の巨大な駅やら、大規模なモールのあるゴンベイ入管の下を通って珠海市観光名所の「真珠海女像」を見ました。広大な珠江湾は珠江が海に流れ込む場所で、それに面する珠海市の海岸はプロムナードとして整備されています。その一角にある「真珠海女像」の公園は観光客で混雑していました。珠海ではかつて真珠の養殖が行われていたのでこの名前が付けられたものだそうですが、今は途絶えているようです。

「温」さんによると、改革開放前の珠海市は人口5万人の小さな漁村だったのだそうです。その漁村が今では150万人の都会に成長しました。お隣のマカオが発展してきたとは言え人口数十万なので、あっという間に追い越してしまったのです。それは珠海の対岸の深セン市でも同じ状況です。珠海の道路は整備されていて高速道路は北京まで通しているのだそうです。2000Km以上離れた北京まで3日かかると言うことです。

「孫中山故居記念館」は珠海市内から車で30分位でしょうか。珠海市の北の中山市の南部にあります。広州の行くよりはマカオ・香港に行くほうがずっと近い場所にあります。広東・マカオはイギリスのアヘン貿易の拠点だった場所で阿片戦争が始まった場所です。マカオは阿片戦争後に香港とともに外国に割譲されました。その後マカオはポルトガル、香港はイギリスの植民地となります。そうした植民地近くの中山(当時は香山県)に生まれた「孫文」は、戦争に敗れた清朝の衰退と西洋文化を身近に育ったのでした。

「孫文」の生まれ故郷の「孫中山故居記念館」は孫文の生家とともに記念館を設けて孫文関係の文物を展示しています。マカオの孫文記念館に較べると大規模で整備されています。またマカオの孫文記念館は全くガラガラでしたが、そこは多くの観光客で賑わっていました。

「マカオの孫文記念館」では台湾の国民党に関係する展示が多かったのです。そこでは孫文の国民党創始者としての一面を強調しているようでした。一方「中山の孫文記念館」は近代中国者としての中国や、中国共産党の名誉主席として孫文死後も活躍した「宋慶齢」に関する展示の結構多くの面積を割いています。この辺りは辛亥革命後の中国の政治情勢を反映していて非常に微妙なところです。しかし「孫文」に関する限り「国民党」「共産党」の党派を超えて中国国民のことを考えていたことから「国父」となっているのです。

そのような「孫文」の革命運動に対する「日本人」の支援活動に関することも少ないながらキチンと展示されています。これは避けて通れない歴史的事実なので中国でも評価されています。日本人を評価している展示は現在の中国でも数少ないものではないでしょうか。辛亥革命以降中国への侵略によって日本は大分迷惑(この言葉は田中元総理の発言で中国から反発を買いましたが)を掛けましたが、梅屋庄吉、山田良政・純三郎兄弟、宮崎虎蔵などの文字通り「献身的」な支援によって孫文の活動が支えられたのでした。

「孫中山故居記念館」記念館見学の後珠海市に戻り昼食を食べてから横琴の入管に向かいました。「温」さんに案内してもらった「飲茶」のレストランは「金悦軒」というレストランで珠海市でもおいしいという評判なのだそうです。ひろいレストランフロアは多くの客で賑わっていました。ここで食べた「飲茶」は本当に美味しく「飲茶」の魅力を存分に楽しむことができました。

注文した「茶」はウーロン茶ですがいつまでも美味しく料理にぴったりでした。これは茶葉もさることながらレストランの店員さんがタイミングよく茶碗につぎお湯を足してくれたからと思います。「温」さんによると広州の「飲茶」は素材の良さとバランスにあるということでした。香菜を上手に使って複雑で上品な味に仕上がっています。食事と一緒にアルコールを飲んで味覚を鈍らせるのが勿体なく思えました。それなので「飲茶」なのだと実感しました。
広州人は一般的に「アルコール」が弱いのだそうですが、食事がこんなに美味しくて、まるいテーブルを囲んで楽しく時間が過ごせるならば「アルコール」の出番は無いように思えました。

横琴入管から中国を出てマカオに戻りました。マカオ側にはカジノの送迎バスが待っているのでそのバスを利用してホテルに戻りました。マカオのコタイ地区は横琴入管と目と鼻の先の距離にあります。付近は新たなカジノ建設のための工事が幾つかの場所で進められています。5年もすると物凄いカジノ地区に変身するでしょう。

マカオからフェリーに乗って香港に移動しました。現在珠海を横断する香港−珠海高速道路を建設中です。これができると中国大陸と香港の距離は更に近くなります。但し、香港・マカオでは自動車は左側通行、中国国内は右側通行です。高速道路を接続するとこれを上手に連結しなくてはなりません。

香港サイドのフェリー発着場所は香港島西側の「上環」です。ホテルはその近くに確保したので歩いてホテルに向かいました。この地区は下町で香港ローカルのレストランが多いので食事を楽しむには絶好の場所だと思います。




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