←応援クリックよろしくもうすぐ娘・R(6才)の誕生日だということに気が付いて愕然とした。
いつも子供の誕生日を迎えると思うことがふたつある。それは
「ああ、ここまで無事に大きくなって」
という喜びと
「ああ、もうこんなに大きくなっちゃったんだ」
という焦りである。いつまでも小さくて可愛くい子供でいて欲しい。「親父ウゼえし」とか言われたくない。ずっと「パパパパ」と甘えてくる蜜月の関係を続けたい…。でもこれって親のエゴだよなあ…よくないよなあ…と反省する。
しかしそれでも年々この焦りが大きくなるのは何故だろう。ライチュウに進化させると可愛くないからピカチュウのままでいたいという感じ?似ているような喩えだが全然違うような気もする。
「5才」「6才」「7才」と年齢が大きくなることが、逆に僕には「娘とベタベタ出来る期間があと7年、6年、5年…」といったカウントダウンが進んでいるように感じられ、恐怖感が煽られるではないかと思われる。
現実的な問題として、子供達が反抗したり生理的に嫌われたりするのは年頃によっては仕方ないことだけれども、親として、人間として軽蔑されることだけはやらないでおきたい。
本当はもっとステイタスを上げて尊敬される親になるべきなんだろうけれども…出世とか金持ちになるとか…もう無理っぽそうだなあ…。せめて風呂に入って臭くないようにする、とか見た目や臭いでキモイと思われることは全力で避けるよう、小綺麗にしておきたい。
とか書いてる今、暑いのでTシャツにトランクス一丁であり、さらにトランクスから金玉を出して冷やし中という最悪な感じなんだけど。
翌朝、なんとなくダークな気持ちになってしまったので
「そういえばR、誕生日プレゼントはなにが欲しいんだい?」
と聞いてみたら
「決まってない」
とのこと。欲しいものがないなんて。2、3年前も同じことがあった。その時はトイザらスに連れて行ってその場で決めたが…今年はどうなることやら。
彼女に送るプレゼント、どんな品川よいのやら。
ああっ昨日に引き続き柳亭痴楽になってしまった。
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今日もアリガトウゴザイマシタ。