コレを書いている時点で、最終回まであがったんですが すいません、12話じゃ終わりませんでした; ということで、急遽12話を3分割してなんとか 計14話ですな;まぁ、そういうこともあります。 …俺にはよくあることです(笑…えねぇ) 最後まで楽しんでもらえれば幸いです
むかしむかしあるところに…
萱草に寄す (立原道造「萱草に寄す」より)
一人の男の子がおりました 男の子はなんでも出来る子でした なにをやらせても上手にこなしてしまいます
一人の男の子がおりました 男の子はなんでもやろうとする子でした どんなことでも自分でやろうとするのです
男の子はどこにでもいる男の子でした 男の子もどこにでもいる男の子でした もう一人男の子がいましたが、彼はすこしヤンチャな男の子でした
昔話はココでおしまいです。
「ジロー」 「…んぅ……」
昔話は終わりましたが男の子たちの日々は終わりません なんでも出来る男の子は、なんでもやろうとする子に出逢いました なんでもやろうとする子は、ヤンチャな男の子に出会いました ヤンチャな男の子と、なんでもできる子もであいました 彼らは”幼なじみ”になりました
「ジロー」 「んーんー…ぐぅぐぅ…んにゃ…」
なんでもやろうとする子は、なんでも出来る子が少し苦手でした それだけの才能があったら自分はもっと凄いことができるのに 男の子はいつも思っていました なんでも出来る子は、なんでもやろうとする子が少し心配でした あぶなっかしくて、きになって、なんだかほうっておけません 男の子はいつも思っていました ヤンチャな男の子は、そのころから苦労性でした またか 男の子はいつも思っていました
「ったく」 「ぐぅぐぅ…んー…ぐぅぐぅぐぅ…」
男の子たちはそんな距離のまま育ちました いつもお日様が真っ赤に染まる時間まで遊びました なんでも出来る子はなんだかんだいいながら二人のことが好きでした なんでもやろうとする子はなんだかんだいいながら二人のことが好きでした ヤンチャな子はなんだかんだいいながら二人のことが好きでした 広い空は夕暮れ 男の子の好きなオレンジ色 ひぐらしの声が聞こえはじめると手をつないでお家に帰ります 幼稚園で習っているお歌も聞こえます
「…」 「ぐぅー…」
お話がここで終わりなら世界はシアワセのままでした なんでも出来る子は、なんでも出来る少年になって、なんでも出来る大人になります なんでもやろうとする子は、なんでもやろうとする少年になって、なんでもやろうとする大人になります ヤンチャな子は、ヤンチャな少年になって、ヤンチャな大人になるでしょう 昔話は終わります でも男の子たちの日々は終わることはないのです
最初に変わったのは、なんでもやろうとする子でした
なんでもやろうとする子は、いつの間にか、なんでも出来る子になっていました なんでもやろうとする子は、なんでもやろうとする子のまま、なんでも出来る子になりました なんでもできるようになりました でも、なぜかちっとも楽しくありません それでも男の子は自分でなんでもやろうとしました
嬉しいことも自分でやりました 楽しいことも自分でやりました なんでも自分でやりました つまらないことも自分でやりました くだらないことも自分でやりました なんでも自分でやりました 腹のたつことも自分でやりました ムカつくことも自分でやりました なんでも自分でやりました 悲しいことも自分でやりました 哀しいことも自分でやりました なんでも自分でやりました なんでも自分でやりました なんでも自分で出来るようになったのです なんでも自分でやりました
そして、男の子は思いました
『世界なんてくだらない』
でも、男の子は自分を救うことだけはできなかったのです
「ジロ…」 「…んー、んぁ?…あとべぇ?」
あぁ、なんでも出来るなんて、なんてつまらない世界だろう 男の子の世界を壊したのは、男の子自身です だから誰を攻めることもできません それでも、男の子は攻めずにはいられました 攻めることができるならなんでも、だれでも、どうでもよかったのです 男の子はなんでも自分でやろうとする子でした 男の子はなんでも自分で出来る子でした
男の子は自分を責めました
おとこのこはこわれてしまいました
「…」 「ん、どーしたんだよ…跡部…」
壊れた男の子をヤンチャな男の子はずっと待っていました ヤンチャな男の子も変わっていました ヤンチャな男の子は、待つことのできる男の子になっていたのです
『世界なんてくだらない』 『…』 『世界なんてつまらない』 『…』 『世界なんてなくなってしまえばいい』 『…』
男の子は壊れていました それでも、男の子は知っていたのです 本当にくだらないのは自分 本当につまらないのは自分 本当になくなってしまえばいいのは自分 世界はなにも変わりません 変わってしまったのは自分 綺麗にみえていたものを、汚いと思ってしまった 悪いのが本当は自分の方だと、男の子は知っていました
『…』
ヤンチャな子は、ただただ、男の子の言葉を黙って聞いていました ずっと待っていました 男の子は、壊れてしまった彼のことが好きでした とても大切な幼なじみでした けれど、自分になにができるというのでしょう? 男の子はずっとずっと待っていました 待つことしかできませんでした それでも、待てるうちはまっていようと思いました 心の中では、ずっと”たすけて”と繰り返しながら
助けて欲しかったのは壊れてしまった子のことです 助けて欲しかったのは待つことしかできない自分のことです 助けて欲しかったのは… 誰も助けることができない自分たちでした
「なんでもねぇよ」 「…ふぅん」
『だいじょうぶ』
そういったのは、なんでも出来る子でした
結論からいうと、なんでも出来る子も、壊れた子を救うことはできませんでした なんでも出来る子も、ただ待つことしかできない子を助けることはできませんでした なんでも出来るけれど、それだけはできなかったのです だから …だけど
『だいじょうぶ』
それはたぶん お陽様の光では強すぎて 解けてしまう言葉 でも お月様の光では冷たすぎて 凍ってしまうココロ ひぐらしのなく頃に たとえば 夕暮れの光なら きっとうまく伝えられるはずのモノ
『だいじょうぶだよ、けぇちゃん』
広い空は夕暮れ 男の子の好きなオレンジ色 ひぐらしの声が聞こえはじめると手をつないでお家に帰ります 幼稚園で習っているお歌も聞こえます 男の子は一人で立ちつくしていました ただ、ただ、うごけませんでした 男の子は何も言わずに彼をまっています そして、男の子は…
『これからは、たのしいことや、きれいなものだけ、あつめよう』
そういう男の子の顔はとても綺麗で
『それでも、けぇちゃんがなくときは、オレがずっとそばにいてやる』
そういってつないだ男の子の手はとても温かくて
やさしくて ぬくたくて いとしくて うれしくて
『だから、けぇちゃんは、もうひとりでなかなくてもいいんだよ』
そう言う男の子の目には涙が溢れていました 言葉を返すかわりに男の子も泣きました 男の子は二人をずっと待っていました ひぐらしだけがそれを知っています
「ジロー、俺のこと、好きか?」 「なにいってんだよ?きまってるだろ。俺は跡部のこと大好きだよ」
『けぇちゃんがけぇちゃんを許せないなら、俺が許す』
なんでも出来る子は、壊れた子を許しました なんでも出来る子は、待つことしかできない子を許しました 救うことはできませんでした 助けることもできませんでした だから、かわりに、許すことにしました 自分を許せない壊れた子を許しました 自分を許せない待つことしかできない子を許しました 彼らが自分を許せないなら 彼らを許すことの出来る人間になりたいと思ったのです だから、許しました 許しました 許すことしかできませんでした 男の子には、もう、時間がなかったのです
「キスするぞ」 「…え?…んっぅ…」
もう時間が…
「あとべっ…ちょっ」 「ジロー」 「まてよ、まてって…なんだよ」 「いや、か?」 「そうじゃないけど…んっ」 「時間がないんだ」 「え?」
なんでも出来る子は夢の世界の人でした 夢と現実を毎日いったりきたりしています どちらかというと、夢の世界の方にながくいるようです 男の子はとても怖がりました あっちの世界にいって、彼が帰れなくなったらどうしよう? だから、彼が夢の世界にいってる間 男の子はずっと起きて待っていました ずっと ずっと…
「跡部」 「…」
昔話は終わりましたが男の子たちの日々は終わりません 男の子は、中学生になりました。それでも相変わらず、夢の世界の人です 男の子も、中学生になりました。テニス部の部長で、生徒会長です 男の子だって、中学生になりました。黒髪ロングのサラサラストレートです でも、彼らは相変わらず”幼なじみ”でした。
「なにが怖いんだよ?」 「なにもかも、だ」 「…わがままだなぁ」 「悪いか?」 「悪かぁないけど…」 「ジロー」
どこか遠くの方で、ひぐらしがないています
「だいじょうぶ」 「…」 「だいじょうぶ、だよ」 「愛しているんだ」 「うん、知ってる」 「…ジロー」
彼らの日々は続いていきます 今日も 明日も 明後日も …次の日も たとえ、物語が終わっても 彼らの日々は終わらないのです
| 2005年10月22日(土) |
もうじき終わります…の日 |
9話!予定ではあと3話! 終わるかな?終わると良いな。っていうか、終われ でも、少し書きたいCPがあるので、もう少しテニプリ週間は続き そうです
「あ。侑ちゃんだ」
つめたい海の水銀が (宮沢賢治「心象スケッチ 春と修羅」)
「ジロー」 目覚めると、綺麗な葵眼が俺を覗き込んでいた 「けぇちゃん…?」 あ、言っちまった また怒られるかな でも、まぁ、実は俺、跡部に怒られるのは嫌いじゃないし 「どこか痛いところはないか?」 あれ? 「ん…ない」 気分はふわふわ きもちいい 夢心地、夢気分 跡部はほぅと安堵をひとつ 「心配したんだぞ」 言葉といっしょに手が伸びてきて くしゃくしゃと髪を撫でてくれる こうしてくれる時の跡部はすごく優しい顔をしている だから、俺は跡部に髪を撫でてもらうのが大好き 「夢を見てたよ」 「ゆめ?」 「侑ちゃんが鍵を忘れて取りに帰るの。俺は一人で家まで帰るんだ」 「…」 ピタリと、跡部の手が、とまった 「ジロー」 「うん?」 「もう、忍足とは、帰るな」 「どして?」 「それは夢じゃないからだ」 … あぁ、そうか よくよく見れば、ここは俺の家じゃない 白い壁、白いふとん、窓から見える景色は違って、消毒液のにおい そうか、夢じゃなかったのか 「侑ちゃんのせいじゃないよ」 一応、約束はしたけれど 『俺のこと、家までちゃんと送ってくれるなら、侑ちゃんと帰っても良い』 でもさ 「俺はうまく説明できる自信がなかったから、侑ちゃんに理由をいってないし 戻るって言った侑ちゃんと一緒に学校まで戻ることだってできた 分かれて一人で家に帰るって決めたのは俺なんだよ。跡部」 「…」 俺は確かに、いつも夢と現実をフラフラしている できることもそんなに多くない それでも いや、だからこそ 俺は俺がしたことからは、絶対に逃げないときめた 「侑ちゃんと一緒に帰る。って決断を下したのは俺自身なんだ、だから…」 俺は手を伸ばす 触れた跡部の頬は冷たい ずっと俺を待っていてくれんだろう? 他に用事がないかぎり 跡部は俺が目覚めるまで、待っていてくれる だから俺も 永遠の眠りの世界ではなくて 跡部のいるこちら側で目覚めたいと思うんだ いつも、いつも、いつだって 本当に跡部には感謝しているんだよ だから…
「だから、跡部のせいでもない」
そんな顔しないで いつもの跡部でいて欲しい 「ジロー…」
「跡部が跡部自身を許せないなら、俺が許す」
「…」 「だから、責めちゃ駄目だ」 「そう、だな」 許してください 素直になれなかった自分も 今、後悔で苦しんでいるだろう彼も それは罪ではないのだから 誰も悪くはないのだから 「忍足には、謝っておく…それから、お前のことを話そう」 あきれたように笑う跡部は、いつもの跡部景吾で 「へへ…俺さぁ、けぇちゃんのそういうところ、大好きだよ」 「調子にのるな。もう幼稚園児じゃねぇんだ…景ちゃんはよせ」 おこられた。
閑話休題
「宍戸、岳人、鳳、日吉」 急に名前を呼ばれて、体制が崩れた バタバタバタッ あぶないな 完全にばれていたらしい 仕方なく、扉をあけて、中にはいる 「跡部…」 宍戸先輩が名前を呼んだけれど、跡部部長はそれには返さず 「岳人」 「ん?」 「忍足に”悪かった”と伝えておけ」 「は?!」 「どうせ電話してやるんだろうが?今回のことは、忍足だけの責任じゃない 変な意地をはって、忍足に事情を話さなかった俺も、悪かった」 「…わかった」 「俺は監督とジローの家族に連絡を入れてくる。宍戸、少しの間、ジローを頼む」 「りょーかい」 そういって、跡部部長は病室をでていく、宍戸先輩がかわりにイスへ座る 向日先輩は芥川先輩の様子を少しだけみると、一足先に引き上げた 鳳のやつは今にも泣き出しそうな顔で、芥川先輩を覗き込む … すやすやと気持ちよさそうに眠り込んでいる芥川先輩 この人、いつも気持ちよさそうに寝るよな まさか理由があるなんて、思ってもいなかったけれど そんな様子、微塵も見せないから、わからなかった 「日吉、お前ももういいぞ。悪かったな」 「いえ」 宍戸先輩にそういわれても、なんとく動く気がしなかった … 「跡部先輩はすごい人ですよ」 つぶやきは驚くほど自然とこぼれる 「あ?」 「自分で自分の過ちを認める強さをもっている」 俺は 俺ならできただろうか 相手のせいにして、被害者をきめこんでしまわないだろうか 自分の無知と罪に真正面から向き合う強さは、あるのだろうか 「…跡部には、ジローがいるからな」 「………」 さっきの二人の、会話 ひどく甘くて、優しくて、愛しくて 懐かしい 忘れかけていたものを呼び覚ますような、空気 なんとなく、わかった 忍足先輩は、あの空気に魅せられたのだ 「跡部は昔から、素直じゃねぇから…意地を張っちまうともう戻れなくなる それでいて実力もあるもんだから、余計に始末が悪い…俺は、あいつがこうと決めちまったら、待っていてやることしかできねぇ」 苦しんでいる姿を見て助けられない それを見せ付けられて それでも待つことのできる貴方も、十分に強い人ですよ 「跡部が意地をはって戻れなくなって、自分自身ですら許せなくなったとき…跡部を許したのはジローだった」 許すのだと ”跡部が跡部自身を許せないなら、俺が許す” 自分を許すのは難しい そんなこと、俺はできない 引け目はできる 傷痕は残る しこりは消えない けれど ”許す” 芥川先輩のたった一言が、跡部部長を救ってしまった 「芥川先輩は、たとえ…この世界の人間すべてが跡部部長を許さなくても、きっと、許してしまうんでしょうね」 そのたった一言で 「跡部だけじゃねぇけどな。こいつはきっと、誰だって許しちまうんだ」 そういう宍戸先輩の姿は、なにか、尊いものを守っているようで あぁ 貴方も許された側の人間なのか 「俺の先輩は本当に凄い人たちばっかりだ…下克上のしがいがありますよ」 俺は最後にそういって、その部屋をあとにした
珪酸ナトリウムを水に溶かす 塩化コバルト、硫酸鉄、硫酸ニッケル、硫酸銅、硝酸クロムの種をまく 種は発芽し、水硝子の中はあっという間に水族館になった 科学の庭…ケミカル・ガーデン 世界はソレに似ていると想う 今日の水硝子の色は、オレンジ 俺の大好きな、オレンジ色 つめたい海の水銀が ゆっくりととけてまじわっていく 硅化花園 あぁ、ぬくたそうだ それは人の体温に似ていると想う 眠くなる温度 夕方が好き 俺の好きなオレンジの世界 そんな ひぐらしのなく頃に
ガチャ
扉があいた
「あ。侑ちゃんだ」
はいってきたのは、侑ちゃん 手には袋 おぉ 「ポッキーだ!」 コンビニの薄い袋から透けて見えるのは、黒いパッケージ 侑ちゃんは、少し拍子抜けしたようなまぬけ顔をすると 「そや。…ジロちゃん好きやろ?」 「おぅ」 受け取る おぉ、新作だ、期間限定だ、何味だろ? 焼き鳥の絵…んと…偽魂丸味 …微妙だけど、面白いから、ま、いっか 「ありがとな、侑ちゃん」 「ん」 侑ちゃんはにこりと笑ってくれた ペリペリ 「跡部は?」 「飯食べにいった」 「ふぅん」 ガサガサ いっただきまーす ぱくりっ うわぁ… 「凄いか?」 「すげぇ…」 未知の体験でした いろんな意味ですげぇ 魂も抜けるよ、こりゃ 誰か止めるやついなかったのかな それでも面白いので、せっせと食べる うん、なかなか と 「ジロちゃん」 名前を呼ばれるのといっしょに、侑ちゃんの手が、俺の前髪をかきあげた 「うん?」 「傷、痛ない?」 「ない」 「なら、よかった…」 … 侑ちゃんの顔がすぐそばで、まるで泣いてるように、笑う うわ、綺麗な顔 すこし、どきどき、した 「ジロちゃん」 「うん?」 「ごめんな、ジロちゃん。約束、やぶってもうて」 そのまま そのまま、侑ちゃんは俺を抱きしめてくれた あぁ、ぬくたい 人の体温っていいものだと思う 眠くなる温度に似ている だから俺は、だれかれかまわず、べたべたひっつくのが大好き 樺地とか最高 「俺もごめん、侑ちゃん」 「ん」 「ちゃんと侑ちゃんに言わなきゃ駄目だったんだよな」 「あぁ、いうてほしかったな…」 ぬくい ねむい …ちょっと似てるかも 「あのね、侑ちゃん。あとで跡部が詳しく説明してくれるだろうけど、俺の話、聞けよ」 「ん」 「俺な、病気なの。なんとか症候群っていって、そのせいで、眠らないと壊れちまうんだって」 それを見つけてくれたのは跡部だった 幼稚園のときの話 まだ症例も少なく、認知度も低い、その病気を調べてくれた 何件も何件も、病院やお医者さんにかかって それでも、原因をみつけてくれた 「だから、登下校は事情を知ってる跡部か、樺地か宍戸といっしょなんだ」 「学校には?」 「監督と、一部の先生は知ってる。けど、俺の場合は基本的に睡眠が多いだけで生活に支障はないから」 氷帝学園は実力主義 普段の行いよりも、結果が優先される 経過をとわれず、結果だけをだせばいいのは俺にとってとても都合がよかった 「ごめんな、侑ちゃん」 「もうええよ。こうして話してくれたし…俺はジロちゃんを許したる」 「ありがと、侑ちゃん」 「それに、”家までちゃんと送る”いう約束を破ったことにはかわりないんやから…ほんま、ごめんな…ジロちゃん」 「うん。俺も忍足を許すよ」 「…おおきに」 腕に力がこもった ちょっと苦しい そして眠い ぬくたい 外は鮮やかなオレンジ色 俺の大好きな色 病室の白い壁にうつって、すごい綺麗だ ひぐらしの声がする カナカナカナ…カナ… 夜よこい 「侑ちゃん、じゃぁ、今度こそ、約束な」 「あぁ」 いつか交わした約束
「俺のこと、家までちゃんと送ってくれるなら、侑ちゃんと帰る」 「もちろん、えぇよ…必ず、ジロちゃんを家まで届たる」
今度こそ 途切れないように やぶれないように はなさないように
ゆびきり
そして
「ジロちゃん」 「んーぅ?」 あぁ、だめだ もうかなり眠い 侑ちゃんもやっと俺を放してくれたし 跡部ももどってこないし うとうとしつつ、ベッドに潜り込む …そのとき
「ジロちゃん、好き、や」
侑ちゃんのメガネに夕陽がうつる その奥の、侑ちゃんの目もオレンジに濡れる あぁ、その色が好きだ きれいだなぁ そんなことを思いながら
俺は侑ちゃんにキスされた
| 2005年10月21日(金) |
起承転結の「転」の日 |
起承転結でいうと、たぶん「転」の部分にあたります。 おいらの書く話の中では珍しいほど、起承転結がはっきりしている話 ですな。(全体を通して)
俺は勘違いをしとったんや
二十億光年の孤独 (谷川俊太郎「二十億光年の孤独」より)
最初は驚いた 『けぇちゃん』 あの跡部をそう呼ぶ、ジロちゃんの声が甘くて優しくて愛しくて それに返す跡部の声も懐かしい響きでいっぱいで 本当をいうと、新しい生活に少しばかり疲れとったんかもしれん 疲れには甘いものがよく効くいうし そのとおりに、あの二人の空気は、疲れとった俺の心に染みたんよ 黄昏の教室で、俺はただ二人に驚いとった
「ジロちゃん、帰ろか」 「おぅ」
二度目はうらやましかった ジロちゃんにとって跡部は特別で 跡部にとってジロちゃんは特別で 夕暮れの図書室で、俺にはないものをもってる二人がうらやましかった けれど、ジロちゃんが 『忍足、またな』 そういって、その欠片をわけてくれたから 俺は笑って「あぁ、またな」って返すことができたんや
「今日は跡部、部長会議やて?」 「おぅ。跡部新部長様の初仕事」
茜色のテニスコートで、三回目 あの衝撃を俺は一生忘れへん 願っても覆らんスコアボードの試合結果も 夢をみるように負けてしもうた試合も 完全に覚醒した”芥川慈朗”いう人間も そして… 『明日、部活は無いけどな』 跡部の放ったものすごいオチも
「生徒会もあるやろうし、ほんま、大変やなぁ」 「跡部だから大丈夫」
それはつい最近 橙に染まった部室 最初にあこがれたものと、まったく同じ声音で 『侑ちゃん』 そういって、俺に、特別な名前をくれた そして俺も、はじめてジロちゃんって呼んだ 芥川からジロちゃんになった日 名前をひとつ繰り返すたびに、俺らの距離は近くなって
「あれ?」 「どした?」
そして 再び、ひぐらしのなく帰り道 広い空は夕暮れ ジロちゃんの大好きなオレンジ色 聞こえてくるのはひぐらしが夜を呼ぶ歌 いつかどこかできいた懐歌 紙風船…はここにはないけど 隣にはジロちゃん
「いや、鍵が…」 ない、ない、ないわ いかん、忘れてきてもうたようや 「ないのか?」 「あぁ…学校やろう」 ふいに思い出す そうや、たしか、一番最初も俺が鍵を忘れたところからやったなぁ 「ちょお、とりにもどるわ」 「ん」
俺は完全に忘れとった
「ジロちゃん、また明日…な」 「おぅ。侑ちゃん、また明日な」
跡部がなんで俺といっしょに帰ったらいかん言うたのか ジロちゃんがどうして跡部の言うことに従っとったんか 俺はそないなことに理由があるなんて微塵も考えず いや 心のどこかではわかっとたんかもしれん だって跡部は、横暴ではあるが理由のない理不尽なことはせん奴やし ジロちゃんは、きちんと譲れない一線をもっとる けど、俺には所詮、関係のないことやったのも確かで 無意識のうちに、考えんようにしとったいうんも、ある なかば、意地になっとたんかも、しれん…
また、明日
そういって、明日へ繋ぐ約束 そないなもんより、もっと大事な約束を 俺は完全に忘れとったんや
跡部が本気で人を殴るのを、俺ははじめて見た なにか言おうと口が動いとったが、言葉にならず噛み締める 殴られる人間も痛いが、殴る人間も痛いんやろうな 一瞬の浮遊感のあと、後ろの壁に激突する 痛みは少し遅れてやってきた 本当に痛いいうんは、あとでくるもんなんやな 跡部はもう俺を見んかった
あぁ…
「忍足先輩、だいじょうぶですか?」 鳳だけが、駆け寄ってくる けど 優しゅうせんといてくれ 俺は本当に、ほんの一瞬だけやけど、死を願った 心配そうに差し出される鳳の手を振り払う 「…せんぱ…」 「かまわんといてくれ」 悪いな鳳 けれどこれは、俺の痛みや この罪は俺ひとりのもんなんや だから、堪忍な…
ふらつく足でたちあがる うまく立てへん 脳震盪でも軽くおこっとるんやろう 壁伝いに、扉をあけた
「後で連絡してやるよ」
「おおきに…」
岳人の言葉にかろうじて言葉がこぼれた あとは、ただ後悔、後悔、後悔 今の俺は後悔でできとる 金太郎飴みたいにどこを切っても後悔や
鍵は部室に置き忘れとった 中にはいると会議を終えた跡部に、鳳、宍戸、日吉、それに岳人と樺地 『んだよ、侑士、また鍵忘れたのかよ』 あきれた声を出したのは岳人 『また、て…そんな俺がしょっちゅうしょっちゅう忘れ物しとるみたいに言いなや』 俺は苦笑しながら中にはいる と 『おい、ジローは?』 跡部の第一声はそれやった 『え?ジロちゃんは帰ったで?』 跡部と宍戸の顔色が変わる 『帰った?一人でか?』 『そ、そやけど』 『どこからだ?』 『どこて…あの、大きな坂道の途中で別れた…』
バンッ
先に部屋を飛び出したのは宍戸のほうやった 『し、宍戸さん?!』 あわてて鳳も後に続く 跡部は携帯を取り出した そして 『………』 しばらくのコール音 なんや? なんやの? パチッ ドクンッ 携帯をたたむ音がやけに大きく聞こえた それとほぼ同時に、俺の心臓の音も跳ね上がる 『…探すぞ。樺地』 『ウス』 それだけいうと、さっきの宍戸と同じように外へ飛び出す 跡部の目は、もう俺をみとらんかった …
サガス?
誰、を?
『なにやってんだ、侑士!いくぞっ!』 扉のところで岳人が叫ぶ 『どういうことですか?』 俺と同じなんか、わけわからんいう顔で、日吉が聞いた 『ジローを探すんだよ!』 『え?』 『ジローのあれ…眠っちまうやつ、あれ、病気なんだ、あいつの意思じゃどうにもなんねぇんだよ』 ウソ、や 『そういう症例なんだと、だからまだ帰ってねぇってことはどこかで眠ってるんだ』 『そんな…おおげさな…眠ってるだけでしょう?』 ウソ、やろう? 『前もあったんだよ、ジローが一人で家に帰って、急に眠っちまって…あいつ、川に落ちて溺れかけたんだ 道路で眠って車とぶつかったこともあるし、ショーウィンドウに突っ込んでガラスぶち破ったことだって…』
ウソ、て、いうて、くれ
ジロちゃん…
岳人を押しのけて外に飛び出る
うそや
『んー、あのな侑ちゃん、俺、説明下手だから簡単に言うけど』
いや
『俺のこと、家までちゃんと送ってくれるなら、侑ちゃんと帰っても良い』
ジロちゃんはちゃんと言うとった それが条件 俺は確かに約束したやんか
『あぁ、あぁ…もちろん、えぇよ』
”なんやそんなことやったんか”
確かに、そう、思たやないか! なんで”そんなこと”が守れんかったんや! 俺のアホが!!
俺は走る あぁ、もう夕方も終わる 夜がくる 暗くて、よう見えん 頼む 頼むから、おひさん もう少しだけ待ってや もうあと少し ジロちゃんを見つけるまで ほんのすこしだけ、待ってくれ
ジロちゃんを見つけたんは、跡部やった
家まであと数百メートルいう距離で、眠りに落ちたジロちゃんは 電柱の下で丸くなって眠とったそうや 倒れるときに頭をぶつけたらしい 額の左側がパックリ割れて…血が………
『明日、目覚ましたら、いちおー検査するんだと…跡部は付き添って今日泊まるってよ』 「ほうか…」 『それから、あの傷、見た目ほど深くねぇって。痕にもならないらしいぜ』 「…」 『侑士』 「ん?」 『やっちまったことは消せねぇよ』 「…わかっとるよ」 岳人は優しいんやな ”気にするな”でもなく ”お前のせいじゃない”でもなく 前を向けといってくれる 『わかってんなら、いい。もう俺からは何も言わねぇ』 あとは自分で決めろ、と おおきにな、岳人 突き飛ばす優しさも、人間にはあるんやろうね 『それから跡部が…』 「ん?」 『”悪かった”ってよ』 なして? あぁ、いや…そうか 『”変な意地をはって、忍足に事情を話さなかった俺も、悪かった”』 そうやね 知っとったら 少なくとも、ジロちゃんが犠牲になることはなかった 「ほんま…かなわんわ、跡部には」 俺に押し付けるのは簡単やろうに 俺の罪だけを叫ぶこともできるやろうに 自分の過ちを誤るんか 自分の罪を認めるんか ほんまに… 『いいか、侑士。俺も、跡部も、宍戸も…お前自身も、誰もお前を罰せねぇ』 「…」 『お前の罪を罰せるのは、ジローだけだ』 ジロちゃん 『だから、明日、かならず、ジローに会えよ』 ガチャン 電話は、そこで、切れた
花やと、思たんや ただ、ただ、太陽にむかって咲き続ける花 自分の影を知ることもなく けれど、違った 俺は勘違いをしとったんや
「ジローはな、愛されてるんだよ。…神様に」
翌日 検査が終わって落ち着くのをまってから、俺はジロちゃんにあいにいった …今日、一日、なにしとったか、よう覚えておらん 気がついたら日が暮れとって 俺はぼんやりとした気持ちで、病院の廊下をあるいとった ふと宍戸と目があう あぁ、じゃぁそこがジロちゃんの病室か 「まぁ、もしも、神様がいたらの話だけどよ」 宍戸はそういって、自慢の長い黒髪をかきむしる 「天才ってのは、天が才能を与えるからそう呼ばれてるんだろ? 俺はそういうの信じたくねぇが、お前や跡部をみてると、そういうのもありかなって思う」 「…」 「ジローはな、違うんだよ。あいつはなんていうか、愛されてるんだよな。 天才にも努力は必要だ、けど、ジローにはそれがない…」
サヴァン症候群いうのが、ある 知能障害をもちながらも、特定の分野で異常なまでの才能を発揮する たとえば、九九もいえんのに、今日が何年の何月何日何曜日何時何分何秒なのかすぐ言えたり 自分の名前も覚えとらんのに、一度見た風景を、まるで写真のように絵にすることができたり 一度聞いただけの曲を、ピアノで完璧に演奏しきってみせたり 天才と呼ばれる病気 ジロちゃんもこの症例の一部にあたるらしい 症例いうても、ピンキリで言われても一般人と区別がつかんような奴もおれば、人目でそれとわかる奴もおる ジロちゃんの場合、知能障害などはない けれど、言われてみれば思い当たる節もあった 眠ってばかりいるのに、実力主義・氷帝学園の正レギュラー 興味のある試合と、そうでない試合の、テンションの差 テスト前に跡部のノートを見ただけで、全国模試でもそれなりの点数をだしよる それらはすべて、異常なまでの集中力の賜なのだと もちろん、リスクも、ある サヴァン症候群に伴う、過眠症 ジロちゃんが眠りに落ちるのは、脳が許容範囲をオーバーしたために自動でシャットダウンの形になるらしい そうしなければ、命に関わる それは一種の強迫症でもあったんや わいらにはなんでもないことも、ジロちゃんの脳にとっては生死に関わる重大な規律 破れば、自分で自分の首をしめる 人間は所詮、脳に生かされている生き物や いくら心臓が動こうと どれだけ肺が働こうと 脳が死んでしまえば、それまで
そのことを裏付けるように サヴァン症候群の発症者は、そのほとんどが
短命
脳が生きることを拒否する
死ニ至ル病…
俺は勘違いをしとったんや
花やと、思た ただ、ただ、太陽にむかって咲き続ける花 自分の影を知ることもなく けれど、違った それは俺の勘違い
ジロちゃんは、月
二十億光年の孤独を優しい輝きに変えるおつきさま 闇夜を照らす冷たいくせにどこか愛しく美しい無邪気な夜空の支配者 太陽の光の欠片を、無と静寂の世界に分け与えるモノ
『跡部は太陽や…絶対に手には入らん…けど、俺なら簡単に手に入るんよ?』
跡部は太陽 ジロちゃんは月
『太陽ってそんなに遠いもの?』
そうやな、手に入れる必要なんかない そして二人は、俺に手を伸ばす必要も…ない
黄昏に濡れる教室で 俺は、湖水に写った月を、花やと勘違いしとった どんだけ手を伸ばしても届くはずなんか、ない
水面にうつった葡萄を取ろうとした、愚かな狐の話
『まるでお前みたいだな』
あぁ、跡部 跡部は知っとったんやな 俺が間違えていることを とんでもない、勘違いをしていることを
『お前には手にはいらねぇよ』
濃厚な葡萄の香りが漂う、誰彼時の部室 あのときの跡部の言葉の意味を 俺はやっと理解する そのとき
「あきらめるなよ、忍足」
ふいに、宍戸の声が、した 「え?」 「違うのかよ?世界が終わったみてーな顔しやがって。激ダサだぜ」 「そないなことは…」 「おおげさなんだよ。おめーも、跡部も、他の奴らも…ジローはなにも考えてないだけだ」 それは それは、血相変えて、真っ先に部室を飛び出した奴の言葉としては、どうやの? 「何も考えてねぇよ。だから、てめーのことも”おみやげなにかなぁ”くらいにしか考えてねぇに決まってる」 ガサリ 手に持っている袋には、ジロちゃんの好きなポッキー 「ぐだぐだ悩むより、さっさと動けよ。なまけてんなよ。百聞は一見にしかずとかいうだろうが」 は? 「百回悩むより、一回逢えば済むって話だよ。顔みりゃ、悩んでたのが馬鹿らしくなるくらい…」
ふいにジロちゃんの言葉を思い出す 『亮ちゃんは…』
「自分がどうしたいのかわかるもんだぜ?」
『亮ちゃんは俺がなんだって構わないでいてくれるから。だから俺と亮ちゃんはずっとずっと変わらない』
そっか そうやな 百回同じことを考えるより 一回だけでもジロちゃんに逢えばわかることか ジロちゃん ジロちゃんの幼なじみは、すごい奴やわ
「おおきに」 「おぅ」
宍戸は軽く手をあげて答えると、廊下を去っていった その後ろ姿に、俺は小さく頭を下げる ほんま、おおきに、な。宍戸…
窓から差し込む光 黄金色の病院の廊下 どこかでひぐらしがないている 俺は鈍く光るドアノブにふれた 冷たさが頭にキィンと響いて、意識をクリアにする ひとつ 息を整えて
ガチャ
扉をあける
日替わり連載ですが、正式版は燐葉堂にUPされてる方になります 誤字脱字をなるべく直して、微妙にセリフが違ったり、付け加えられて いたりします。まぁ、そういうこともあります。 そんなわけで7話いってみよー
お前には手にはいらねぇよ
湖水 (金子光晴「蛾」)
水面にうつった葡萄を取ろうとした、愚かな狐の話
「まるでお前みたいだな」
言って笑ってやる
「は?」
やつはなんのことかわからない顔をしていた
「この葡萄、美味いよな」 「あぁ、監督もたまには気の利いた差し入れしてくれるぜ」 「ウス」 部室にあふれかえるのは、濃厚な葡萄の香り 監督の出張土産だそうだ 俺としてはそんなに珍しいものでもないのだが、庶民である宍戸たちはそれなりに必死で食べている まぁ、この光景も微笑ましくないといえば嘘になるしな …まざるつもりは毛頭ないが 「跡部は食べないの?」 「あぁ」 「おぼっちゃまのお口にはあわんのとちゃう?」 「余計なこというなよ、取り分が減るだろ」 「岳人先輩、そんな…」 「いや、岳人のいうとおりだ。どうせ跡部はもっといい葡萄食えるんだからほっとけよ」 「はぁ…」 箱ひとつ分あった葡萄も、7人で食べればあっという間になくなる 「あー、美味かった」 そういって満足そうに笑うやつらをみるのも、なかなか一興 ん? 「ジロー」 「んぁ?」 俺はジローの名を呼ぶと同時に、制服からハンカチを… 「ジロちゃん、口に果汁がついとるで」 一瞬早く、忍足の手がジローの顔にふれた そのまま
ぺろっ
「「「?!っ」」」
なっ…
「なんだよ、侑ちゃん、きたないなぁ」 「すまんなぁ、ついやってもうた」 「意地汚いんだから、もう」 忍足に舐められたところを、面倒くさそうにジローが袖でぬぐう … 「ジロー」 「ん?」 「顔を洗って来い」 「なんですと?!」 「洗ってこいよ、ジロー」 「そうだ。洗って来い」 「洗ってきたほうがいいですよ」 「さっさと洗ってきたらどうですか」 「ウス」 「そうだね、じゃぁいってきまーす」 ジローはそういうと、部室をあとに、した 「ひどいわぁ、めっちゃ傷つくし」 うるせぇ、この馬鹿メガネが だいたいこいつはあったときから気に入らなかった 確かにテニスの腕はなかなかだが その京都弁のまじった関西弁も テニスプレーヤーのくせに伊達メガネをしてるのも あからさまに人を小馬鹿にした態度も いや、そんな小さなことはこのさい大目にみてやったとしても
「ジロちゃん、はよ戻ってこんかなぁ」
それだけは許すことができねぇ
なぜかはわからんが 他の誰が…たとえば、宍戸や、岳人が…しても許せることが、どうして忍足になると許せないのか … いや、その理由はわかっている こいつは危険だ 俺たちの日常を脅かす 忍足侑士はそんな存在だ
あの日
ジローが起きるのを待っていた黄昏の教室 突然とびこんできた異邦人 俺のことを見て驚いた それはいい けれど こいつは、ジローをみて表情を変えたのだ 今まで それこそ、幼稚舎にはいる前からずっとジローとはいっしょにいたが (ついでに宍戸もいたが、まぁそれはこの際どうでもいい) 俺ではなくジローに反応を示したのは、この男だけだった … それは俺の考えすぎかもしれない たまたま、忍足がジローのことを知らなかっただけかもしれない ぐっすり眠るジローをただうらやましく思っただけなのかもしれない けれど 予想を裏切らず、その後もこいつはジローにばかり興味を示した 夕暮れの図書室で 茜色のテニスコートで 橙に染まった部室で ひぐらしのなく帰り道で そして 再び、黄昏に濡れる教室で
『覚えておいてや…ジロちゃんが望めば、俺はいつだってジロちゃんのものになったるから』
俺の目の前で、堂々とそう言い放った
”だいじょうぶ”
覚えているのは舌足らずな声
”だいじょうぶだよ、けぇちゃん”
どんなときでも、思い出すのは、その言葉
(大丈夫)
広い空は夕暮れ ジローの好きなオレンジ色 聞こえてくるのはひぐらしが夜を呼ぶ声 いつかどこかできいた童謡 俺は一人で立ちつくす ただ、ただ、動けずにいる 宍戸は何も言わずに俺を待つ そして、ジローは…
それはもう何年も何年も繰り返してきた景色 俺たちはわずかばかりの黄昏の世界を歩く 手を繋いでひぐらしのなく家路を帰る けれど 俺は変わってしまった ジローは変わらない 俺は変わった 手をつなぐと安心できた 今では、この腕に抱いても不安が消えない 笑顔を見ると笑顔になった 今では、顔を見るだけで口づけがしたくなる 眠っている姿を護ってやりたかった いまでは… 俺は変わったんだ、ジロー けれどジローはかわらない 遠いあの日 あのひぐらしのなく頃から 時間を止めたまま
『俺はジロちゃんが好きやねん』
扉にかけた手がとまる 時間も止まる
『だから、ジロちゃんと一緒に帰りたい…それじゃあかんか?』 『…そっか』 『どうや?』 『んー、あのな侑ちゃん、俺、説明下手だから簡単に言うけど』
いつでも 素直じゃないのは俺のほうだった 俺はなんだって出来たし どんなことでも一人でやってこれた だから、素直な子供ではなかったと思う そんな俺を 宍戸は何も言わずに待ってくれていた ただ、ただ、俺の気が済むまで待っていてくれた そして、ジローは… (だいじょうぶ) ジローはいつだって俺のことを許すのだ
『俺のこと、家までちゃんと送ってくれるなら、侑ちゃんと帰っても良い』
駄目、だ 駄目なんだ、ジロー その男だけは 忍足だけは そいつは、俺たちの関係を壊す 壊してしまう
『あぁ、あぁ…もちろん、えぇよ』 『遠回りになっちゃうよ?』 『かまわんよ。俺はジロちゃんと少しでも長う一緒におりたいから』 『じゃぁ、いい。今度からは侑ちゃんとも一緒にかえる』
わかってない その男は、なにもわかっていないのに 扉にかけた手が震える このままあけて飛び出していきたい俺と 様子を見ようと狡猾に思う俺がいて あぁ、俺は本当に素直じゃない
『侑ちゃん苦しい』 『ありがとな、ジロちゃん』 『ん』
二人は一歩一歩近づいていく ゆっくりと、しかし 確実に
『でも、ほんとにジロちゃんは、跡部の言うことよく聞くんやね』
”だいじょうぶ” ふいに、ジローの声が聞こえた気がした
『跡部は俺の特別だから』
”これからは、たのしいことや、きれいなものだけ、あつめよう” 遠い昔の約束 ひぐらしだけが聞いていた 俺とジローの、永遠の誓い ”それでも、けぇちゃんがなくときは、オレがずっとそばにいてやる” だから ”だから、けぇちゃんは、もうひとりでなかなくてもいいんだよ”
『そう、なんや…でも、なして?たとえば、ほら、宍戸も幼なじみやろ?』
宍戸はずっと俺たちを待っていた 待っていてくれた 変わらない あのころから、俺たちはずっと、かわらないまま
『亮ちゃんも好きだよ。亮ちゃんは俺がなんだって構わないでいてくれるから。だから俺と亮ちゃんはずっとずっと変わらない 跡部はね、跡部は俺をわかってくれて、それで特別にしてくれた、だから、俺にとっても跡部は特別になったの』
俺が己の無力に初めて泣いた日 宍戸がずっと俺の涙が乾くのを待っていてくれた日 そして ジローが俺を許してくれた日 無力な俺を許し そして、俺たちは永遠の約束を交わした
”もうひとりでなかなくてもいいんだよ”
あの日から 俺はジローのためだけに生きようと誓ったんだ
忍足とジローの会話が続く 俺がジローの前からいなくなることはないのに、馬鹿な仮説をたててやがる 愚かな男 それは、てめぇの願望だろうが だが、俺はジローから離れるつもりはない たとえジローがそれを望んだとしても … さっきまで、あれほど心乱された二人の会話に 今度は逆に安堵を覚える だいじょうぶ けっきょく
忍足は”芥川慈郎”を理解していない
『跡部は太陽や…絶対に手には入らん…けど、俺なら簡単に手に入るんよ?』
なんだ なんだ、その程度、かよ ため息がこぼれた ふいに、ひぐらしの合唱が耳に飛び込んでくる そのまま、思考を埋め尽くす
カナカナカナカナ…
まるで笑うように それは祝福のようにも聞こえ
俺が太陽で 忍足が花なら ジローは…
それは 水面にうつった葡萄を取ろうとした、愚かな狐の話
届くものか 一生、お前の手にははいらない ずっとそうやって、湖水を見つめていればいい 気づくことなく どうして自分が、そこまでジローに惹かれているのか その理由を知ることもなく
「洗ってきたー」 「よし」 「もう、お前らほんまおおげさやわ」 「キショイことする侑士が悪いんだろ?」 「まったくだ」 「くぅー」 「でも、葡萄おいしかったですよね」 わいわいと葡萄の話に戻る ふとそんなことを思い出していた 水面にうつった葡萄を取ろうとした、愚かな狐の話 「まるでお前みたいだな」 言って笑ってやる 「は?」 やつはなんのことかわからない顔をしていた
馬鹿な男 愚かな男
手、だすんじゃねぇよ
ジローは俺のだ
ずっとずっと、俺のなんだ
お前はせいぜい、湖水にうつった姿を花だと思いこんでいればいい
「お前には手にはいらねぇよ」
そんな間抜け面をさらしているうちは、絶対にな
6話!半分まで着ました ちなみにこの時点で、8話までかきあがっています もうあと少しですが、どうかよろしくお付き合いください がんばりますv
跡部は太陽や
幻・方法 (吉野弘「幻・方法」より)
「跡部すげーすげー」 「そやねぇ」 教室の窓から見えるのは、夕焼けのグラウンド なぜか競技はサッカー それにしても 「また決めた!やりぃ!」 「なんていうか、ほんま、容赦ないやっちゃなぁ」 相手のチームがかわいそうになってきた 点差は圧倒的 …サッカーにもコールド負けいうんがあったらええのにな そんなことを思うほどに しかも、圧倒的にリードしながらも最後の一点まで諦めへん そういう男や 跡部景吾いうんは… 「おぉ、勝った」 「えらい長引いたなぁ」 すっかり陽も暮れとる どこかでひぐらしがないとった もうじき夜が来る ひぐらしの声いうんは、なんていうか、夜を呼ぶ声なんやろうね 「ふぁ…んー、なんか眠い…」 一通りはしゃぎ疲れたんか、ジロちゃんはそういって欠伸をひとつ その様子を微笑ましゅう眺めて 「テニス以外では珍しいほどに起きとったもんなぁ」 「んー、だってワクワクするC…跡部はすげーから」 「…そやな」 ストン 窓枠から手を離して、ジロちゃんが立ち上がる そのまま、すぐ後ろの席に腰掛けた 「寝てまうの?じきに跡部もくるで?」 「んー、跡部きたら帰る…それまで寝る」 「寝たらおきんやん、自分」 「じゃぁ、跡部がひきづってつれて帰ってくれるよ」 それはそうなんやろうけれど 「…あんなぁジロちゃん。だったらなんで、最初に俺が帰ろういうた時に帰らんかったん?」 駄目だといったのはジロちゃんや 跡部を待つんやと だからこうして、黄昏に染まる教室でふたり それはそれでいいんやけどね 「んー、忍足とは帰っちゃ駄目だって、跡部が…」
きこえるのはひぐらしの声 夜を呼ぶ歌
「あかんよ、ジロちゃん。起きぃ」 「んー」 ゆさゆさ揺すると、眠そうに目をこする 「なぁ、ジロちゃん、なして跡部は俺と帰ったらいかんなんていうたん?」 「…んー?」 夢うつつのジロちゃんに問いただす なんやそのほうが、真実に近づける気がした そもそも 跡部 なにが気に入らんかって、そういう態度や ジロちゃんのことは、自分だけがわかっていればいい 口にも態度にもあらわさんけど、存在がそういうてるのが気に入らん まだ、正々堂々と宣戦布告されたほうがマシや そもそもなんや、一緒に帰っちゃいけません。て 俺が送り狼にでもなると思てるんやろか 「侑ちゃんは俺のことが…好きだから?んー?」 「…ふぅん」 違うやろ、跡部が俺のことを嫌いやからやろ 「俺は侑ちゃんのこと好きだけどねぇ」 「なら、跡部のいうことなんて聞かんとけばええやん」 「……うーん、でも…俺じゃうまくいえないから…」 ? 言えんてなにを? 「俺ね、跡部に、侑ちゃんは頭がいいから大丈夫っていったの、でも跡部はなにもいわなかったC」 「?ジロちゃん、それ、なんの話や?」 「俺の話」 わけわからん ただ、わかるのは
跡部は俺になにかを隠しとる?
風が吹いた 明け放れた窓から 夕暮れの風は冷たい もう秋か
「ジロちゃん、見てみ、夕陽が綺麗やで」 「うん?」 「ジロちゃんの好きなオレンジ色や」 ぴくりと頭が動いた のそりのそりと顔をあげる 暖色のくせにどこか冷たい感じのする橙色が俺たちを照らして あぁ
「ジロちゃんは、俺と跡部とどっちが好きやの?」 「…ふたりとも好きだよ?」 「比べれんくらい?」 「くらべらんないよ」 「じゃぁ、俺と一緒に帰ってもええやん」 「んー」 「それは跡部が決めることちゃうやろ?ジロちゃんが決めればええことやで」 「…侑ちゃんはどうして俺と帰りたいの?」 決まってるやろ
「俺はジロちゃんが好きやねん」
「だから、ジロちゃんと一緒に帰りたい…それじゃあかんか?」 「…そっか」 「どうや?」 「んー、あのな侑ちゃん、俺、説明下手だから簡単に言うけど」 ジロちゃんは少しだけ考えるそぶりを見せると 「俺のこと、家までちゃんと送ってくれるなら、侑ちゃんと帰っても良い」 … 少し拍子抜けした たぶん、俺はかなり間抜けな顔をしたと思う けど 「あぁ、あぁ…もちろん、えぇよ」 なんやそんなことやったんか 「遠回りになっちゃうよ?」 「かまわんよ。俺はジロちゃんと少しでも長う一緒におりたいから」 「じゃぁ、いい。今度からは侑ちゃんとも一緒にかえる」 そう言うてくれたジロちゃんを抱きしめた ぎゅうぎゅう抱きしめると、苦しそうに身もだえする そのうち 「侑ちゃん苦しい」 そういって訴えられた でも、嬉しいんや 堪忍してな 「ありがとな、ジロちゃん」 「ん」
俺らは一歩一歩近づいていく ゆっくりとやけど 確実に
「でも、ほんとにジロちゃんは、跡部の言うことよく聞くんやね」 苦笑とともにこぼれ落ちたつぶやき けれど 答えは
「跡部は俺の特別だから」
その答えを俺は知ってるはずやった 何度も何度も 確認しとった 見せつけられとった わかっとるはずやった なのに 「そう、なんや…でも、なして?たとえば、ほら、宍戸も幼なじみやろ?」 声が震えとる 情けないくらいに けれど、ジロちゃんはそれに気づかずに
「亮ちゃんも好きだよ。亮ちゃんは俺がなんだって構わないでいてくれるから。だから俺と亮ちゃんはずっとずっと変わらない 跡部はね、跡部は俺をわかってくれて、それで特別にしてくれた、だから、俺にとっても跡部は特別になったの」
なんやの、それ 「…よぅ、わからんわ…幼なじみに違いなんて…あるん?」 「ちがわないよ。違うように見えるのは、侑ちゃんがそう思うから」 「…っ」 ジロちゃんを見る 目はとろんとまどろんだまま 表情は眠そうなまま 「そか…。まぁ、わいにはわからんことやなぁ」 疎外感ばりばり あぁ、格好悪いなぁ 「ねぇ、侑ちゃん…」 「ん?」
「侑ちゃんはいつも、なににおびえているの?」
ひぐらしの声がする
「…せやね。俺はこれが初恋やから、力加減がわからん…だから、ずっとびくびくしとるんやろうね」 どこまで押せばいいのか どこで引けばいいのか 本気の駆け引きはこれがはじめて 「ふぅん」 「どうやったら、ジロちゃんを壊さんように俺のこと好いてもらえるか、ずっと怖がっとるよ」 「そうか。…侑ちゃんは侑ちゃんの幻に怯えてるのか」 それは大変だなぁと、ジロちゃんは納得したようにうなづいた 幻? これは、俺の幻なんか… 奪ってしまえばいいという俺も そっと見守ってやりたい思う俺も どちらも幻 だったら 今日はもう一押し 背にした夕陽は暖かく 「俺はな、心配なんよ。ジロちゃんはいつも跡部、跡部いうから、跡部がいなくなったらどうなってまうのか」 「…跡部がいなくなる?」 「そや。今はいっしょにおれても、いつかはいっしょにおられんようになるやろ?」 「…うん?」 ジロちゃんが不思議そうに首をかしげる あぁ こんなとき、幼馴染いうんは本当にやっかいやね 「実感わかん?まぁ、急にいうても無理やろうけど」 「んー」 「俺はな、跡部は太陽や思うねん」 孤高の空の支配者 絶対的な力と崇拝 「昔な、太陽に近づきたいおもうて、蝋で固めた鳥の羽で空飛んだイカロスっておじさんがおったんやけど。 もう少し、あと少しいうて太陽に近づきすぎてしもうて。蝋が溶けて羽がなくなって落ちてしもうたんよ」 「…ふぅん」 「跡部は太陽や。俺は跡部に近づきたいし、ジロちゃんもそうやろ?」 「おぅ」 「俺たちは跡部いう太陽にむかって咲く花やと思うん、届きたい、届きたいってこの手を伸ばすことはできるけど…近づきすぎると死んでまう」 ピクリとジロちゃんが反応をみせた なんやろう? なにか考えてるような、そぶり けれど、俺の話はとまることなく 「この星の上で、どんなに手を伸ばしても、太陽には届かん…なぁ、ジロちゃん。跡部は太陽や」 もう一押し
「跡部は太陽や…絶対に手には入らん…けど、俺なら簡単に手に入るんよ?」
ジロちゃんさえ手を伸ばしてくれれば 太陽ではなく、ほんのすぐ隣をみてくれたなら 俺は簡単に手に入ってしまうのに だから なぁ、ジロちゃん 俺を選んでや
「ねぇ、侑ちゃん…」
跡部でなく、俺を
「太陽ってそんなに遠いもの?」
ひどく ジロちゃんを とおく かんじた
「…ジロちゃん?」 「侑ちゃん、夕陽がきれいだよ。あれも太陽だよね」 「あぁ」 「俺たちと太陽ってそんなに遠い?お日様はいつだって朝がくるとお空にあるし… 夜にはかくれてしまうけど、曇りや雨の日にはみえないけれど…でも、ずっとずっとそこにはあるんだよ?」 ずっとずっと… そこにある たとえ今は見えなくとも たとえそばにはおらんでも ジロちゃんのそばには、ずっと 跡部の影 「でも、手にははいらんやん…」 「どうして手に入らないと駄目なの?お日様はずっとかわらずそこにいてくれるんだから、それじゃ駄目か?」 「駄目や、ないけど…」 「たとえ遠く離れていても…手の届く距離にはないとしても…俺たちと太陽を隔てているのは、ただの空気だけだし?」 だったら1mmだろうが、一億光年だろうが同じ それはかわることのない 絶対の絆 「…そうやね」 「侑ちゃんはおもしろいこというな」 ふやふやとジロちゃんが笑う あぁ 届かん ジロちゃんは俺にも手を伸ばしてくれよった けれど、太陽にばかり目を向けていた俺には 太陽でできた幻にただ怯えとった俺は その手に届かん 「そうやね。今の話は無しな」 ジロちゃんは知っとるんやね 太陽を手に入れる方法を だから、跡部でさえも微笑みかける ただ、ただ、太陽にむかって咲き続けるその花は 自分の影を知ることはない
「おい、帰るぞ」
ガラリとあいて、制服姿の跡部がはいってきた 「あ、跡部ー」 ジロちゃんが駆け出す 「なぁ跡部、侑ちゃんがさ、跡部のこと、太陽だって」 はぅあっ 「あーん?」 ジロリと視線がこちらにくる ジロちゃん、それは内緒や 不機嫌なまなざしに俺は必死でたえると 跡部はあきれたようにため息をついて 「…ったく。それならお前のほうだろう?日なたくさいにおいさせやがって、また寝てたな?」 「んぅー、違うよ。ずっと跡部を見てたんだよ」 ずっとずっと ずっと… ジロちゃんが跡部をみとるように 俺もジロちゃんをみとるよ だから
「なぁ、ジロちゃん」
「うん?」
これだけは覚えておいて
「覚えておいてや…ジロちゃんが望めば、俺はいつだってジロちゃんのものになったるから」
次の話で折り返しです。 今回はジロちゃん視点! ぼちぼち展開が転がり始めます
今度はもっと高くあげよう
紙風船 (黒田三郎「もっと高く」より)
紙風船が好き そっと上げないと壊れてしまうところとか ぽすんっって鳴る、独特の音とか お日様の光を透かしてキラキラまぶしい紙風船
「これなんや」 「あ、紙風船だ」 侑ちゃんの手には紙風船 「実家からの荷物の中にまざっとったんや。自分、こんなの好きやろ?」 そういって、侑ちゃんはソレを俺にくれた 「おぅ。すげー好き。ありがとな侑ちゃん」 どういたしまして、と侑ちゃんは笑う 貰ったのは俺なのに、嬉しそうなのは何故か侑ちゃんのほうで 俺はその笑顔に笑顔をかえした
侑ちゃんは優しい 侑ちゃんの優しさは目に見える優しさ 紙風船みたい
俺は、ぷぅぷぅと紙風船を膨らましながらそんなことを想った
「今日は跡部、先に帰ったんやって?」 「ん。なんか家の用事」 「あいつも大変やなぁ」 「跡部だから大丈夫」 「ま、それもそうか…なら、ジロちゃん、今日は俺といっしょに帰ろうか?」 「侑ちゃんと?」 「そや…嫌か?」 「嫌ってわけじゃないけど、跡部が迎えにくるだろうし」 「跡部は先に帰ったんやろ?」 「それでも迎えにくるんだよ」 どうしても跡部自身が迎えにこれないときは、樺地か亮ちゃんに連絡がいく それか、跡部の家の車がきてくれるんだ もちろん跡部から俺に連絡もくる 俺は携帯を見た 着信履歴も、メールもなし 跡部はたぶん、迎えにきてくれる 「なんや、跡部はえらい過保護やねぇ」 侑ちゃんは笑って 「じゃぁ、跡部に連絡いれといたらええやん。俺といっしょに帰るって 跡部もわざわざ学校に戻ってこんでええし」 「そーだなぁ」 俺はそう答えて、紙風船をぽーんと放り上げた だから、その時の侑ちゃんの表情を見ていない
紙風船 たかくたかくあげよう この空の彼方まで
「ジロちゃんは誰か好きなヤツっておるの?」 「うん?」 かえりみち 侑ちゃんがポツリとそんなことを言った 「むずかしーしつもんですな」
父さん、母さん、にいちゃん、いもうと 跡部に亮ちゃん 岳人と侑ちゃん 樺地やチョタ えーと、立海の丸井ブン太 テニスの上手いヤツはみんな好き
どこから話そうか考えていると、侑ちゃんが先に口を開いた
「そいつはえらい幸せものやね…」
そいつ? どいつ? 侑ちゃんもはいってるんだよ 俺はそう言ってやろうと思って、侑ちゃんを見た けれど
ぽすん
存在を忘れられた紙風船が落ちる 「落ちたで?」 侑ちゃんが拾ってくれた 「ほい」 そういって手渡される ありがとうの言葉のかわりに 「侑ちゃんのことも好きだよ?」 さっき言えなかった言葉を告げた すると侑ちゃんは、ちょっとびっくりしたような顔をして 「そか。おおきにな」 まるで泣いているような笑顔でそういった ありがたいと思っているんなら、もっと嬉しそうな顔しろよ なんとなくそんなことを思ったけれど、言わない いえない…
ぽーん
かわりに紙風船をたかくたかくとばした
紙風船 たかくたかく飛べ 落ちてきたら 今度はもっとたかくあげてやるから
「ほな。わいはこっちやし」 「おぅ。侑ちゃん、また明日な」 あぁ…という形に侑ちゃんの口が動いて止まる ? 不思議に思うのとほぼ同時
「ジロー」
背中から聞きなれた声がした 「跡部」 振り向くと案の定、跡部が立っていて もう用事は終わったのかな? 腕を組んで、何故か不機嫌そうにしている跡部の立ち姿に ぼんやりとそんなことを思いながら突っ立っていると
「ジロちゃん。また明日…な」
侑ちゃんはそう言って、さっさと向こうへ行ってしまった。
「帰るぞ、ジロー」 「あ、うん…跡部、家の用事は?」 跡部もそう言って、さっさと行ってしまう 俺は跡部を追いかけながら、とりあえず話題を振ってみた 「もう終わらせた」 「そっか」 大した用事じゃないって言ってたしな 「ジロー、帰るときは、樺地か宍戸にしろ。忍足は駄目だ」 「…どーして?」 ここで跡部が話しても良いと思っているんなら 『勝手にしろ、もう俺は知らねぇぞ』 過保護な跡部だけど、俺がちゃんと考えて出した結論なら意味もなく反対はしない 逆の場合は 『俺の言うことが聞けないのか』 そういわれてしまうと俺もそれ以上、がんばる気持ちもないので大人しく従う で、跡部の返事は
「忍足は、お前のことが好きなんだろうな」
ぽつりと呟かれた跡部の言葉 俺は跡部を見上げた
広い空は夕暮れ 俺の大好きなオレンジ色 聞こえてくるのはひぐらしの鳴き声 いつかどこかできいた童歌 ふと 紙風船がなくなったことに気が付いて俺は振り返る ころころ 夕凪に転がる紙風船 それを拾い上げて、ふと目にした空は端から藍色に変わっていく 茜空を夜が食べてしまうようで 俺はこわくなって、また紙風船を落としてしまった 「ジロー」 優しく名前を呼んで、紙風船を拾ってくれたのは跡部 その少し先で亮ちゃんが呆れ顔をしながら俺たちをまっていてくれる
それはもう何年も何年も繰り返してきた景色 跡部が拾ってくれた紙風船を抱きしめて 手を繋いでひぐらしのなく家路を帰る あの頃から、俺たちはなにも変わっていない なにも変わっていないはず かわっていないはずなんだ だから、跡部 そんな顔するなよ ソレはさっきの侑ちゃんと同じ泣きそうな笑顔で
「俺も侑ちゃんのこと好きだよ」 「…そうか」 「でも、跡部も好き」 俺はさっきの言葉をもう一度繰り返す 「当たり前だろうが」 そういう跡部の顔は嬉しそう 俺は俺の言葉がちゃんと伝わったことを確認できて嬉しくなる 侑ちゃんはわかってくれなかったけれど
跡部も優しい 跡部の優しさは目に見えない優しさ やっぱり紙風船みたいだ
いつか、侑ちゃんにも伝わるといいのに
そんなことを願いながら俺は紙風船を飛ばした たかくたかく… この空の彼方まで どうか届きますように
まるで願い事のように まるで祈りのように 想いをこめて 紙風船 とばそう、たとえ、おちてきてしまっても 今度はたかく、もっとたかく、なんどだって、あげてやるから
「ジロー」 「うん?」
「お前のことを一番想っているのは、俺様だ」
「…あとべ」 「忍足でも、他のだれでもない…いいな」
あぁ…
でも、一番わかっていないのは俺なのかもしれない
紙風船の行方はどちら?
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| 2005年10月17日(月) |
日替わり連載4日目の日 |
あはは、もう完全に日替わり連載ですな; そういうこともあります(あるのかよ) 今日は午後から頭痛が酷くって、薬飲んだり、睡眠とってもなかなか 治らなかったのですが…自棄になって漫画を読み始めたら 全巻読み終わる頃には気分爽快、完治しておりました: 寒気までしてふるえていたのが嘘のようです! 酒は百薬の長といいますが、おいらの場合は漫画が百薬の長みたいです (落ち込んでるときも、具合の悪いときも、漫画があれば元気になるので) 逆に漫画がなくなると人生に絶望してみたりもしますが…諸刃…
閑話休題
在りし日の歌 (中原中也「在りし日の歌」より)
どっか遠くでひぐらしがないとる そないな夕暮れ時
「けぇちゃん」 「何度いえばわかるんだ?もう景ちゃんはよせっていっただろ」 「あれぇ?俺、また呼んでた?」 「ったく。今度いったらもう二度と返事しねぇぞ」 「おぅ」
ふやふやと寝起きの顔で芥川が笑う あぁ、かわええなぁ しかし
「なんであかんの?えぇやん。景ちゃん」 「うるせぇ。殺すぞ忍足。キモイんだよ」
三連コンボ… 容赦なさすぎやで、自分 それにしても
「亮ちゃん」 「んだよ?」 宍戸は亮ちゃん 跡部と芥川と宍戸は幼稚園にはいる前からの幼友達らしい 「宍戸は亮ちゃんなんや」 「あ?別にそんなもん気にするほどのことじゃねーだろ」 ちらりと跡部をみる ぷぷっ、ちょっと固まってるわ いい気味や 男らしさじゃ宍戸のほうが上やな 「えへー、亮ちゃん好きー」 「あーわかったわかった」
「岳っくん、岳っくん」 「なんだよ」 岳人は岳っくん まぁ、これは俺も呼んどるし 最初は仲悪いんか、思た二人やけど 実際は意外と仲良しや うるさがりながらも岳人は芥川の面倒をようみるし 邪険にされながらも芥川から声をかけよる 「岳っくんも好きー」 「そうかよ」 しっかし、ほんま、岳人はドライやわ たぶんこのメンバーで一番漢前なのは岳人やろうなぁ
「チョタ」 「はい、なんですか」 ぴっかぴかの一年生いうんがピッタリくるのは鳳 芥川に名前呼ばれて嬉しそうにする 自分よりも身長の高い後輩に、芥川は無邪気にじゃれつく 「チョタ好きー」 「はい、ありがとうございます」 体育会系ばりばりのハキハキとした返事 芥川に負けんくらいのキラキラの笑顔 まるで大型犬と小型犬がじゃれおうてるようで見てるこっちが和む
「かばじー」 「ウス」 どーんと構えているのは樺地 芥川もどーんとぶつかる しかし流石は樺地 微妙だにするどころか、どっしりと受け止めた 「うはー、かばじーちょー好きー」 「ウス」 無表情、無口が売りの樺地も頬を少し赤らめる 鳳とのじゃれあいも和むが、こっちも和むわ 樺地は無垢やから、そういうところからマイナスイオンが出とる気がする
「なんやえぇなぁ」 「なにが?」 「あだ名っていうか、そういうの。なんか、仲良しって感じがするやん?」 和みオーラにつられて口をすべらす と 「なにいってんだよ、忍足」 「そうだよ。キモイよ、侑士!」 容赦のない奴らがここにもおった 「えへへー、でしょ?俺らちょー仲良しだし」 あぁ、ほんま芥川はえぇ子や 何が良かったって 芥川と跡部、別に付きおうてるわけやあらへんのやって 幼なじみ特有のあの空気を恋人同士や勘違いした俺もはやとちりやけど 今はなんや感謝したい気持ちでいっぱいや 「でも、跡部はもう呼んじゃ駄目だっていうんだ」 ふと、芥川は寂しそうにつぶやく まぁ中学生にもなって、幼稚園の頃の呼び方を許せるともおもえんけど それこそ、宍戸なみの図太さか、岳人ほどのドライさがないと無理やろし 加えてあの跡部やもんな 他人の見本にならなあかんいうプライドや事情があるんやろ それを芥川も知っとるから、大人しく言うこと聞いとる 幼なじみいうんも、良いことばかりとちゃうんやろうね 「ほうか…」 悲しそうに目を伏せる芥川にかける言葉がみつからへん 名前いうんは大事なもんやからな 理解しとっても、納得いかんこともある 今まで呼んでいた名前を否定されるいうことは、今までの時間を否定されるようなもんやし そういう俺は、そんなあだ名みたいなんで呼ばれたことないけどな
「あ、そういえば忍足はずっと忍足のまんまだったな」
…ときどき、芥川はテレパスなんやないかと思う
「えっと、忍足の名前ってなんだっけ?」 「侑士や、忍足侑士」 「そか。よし、じゃぁ…」
「侑ちゃん」
まるで歌うように芥川がそう呼んでくれた あぁ、えぇなぁ 「なんだよそれ。何一つ、捻ってないじゃねぇか」 岳人がツッコム 邪魔せんといてくれ 「もう少しまともな名前を付けてやれよ」 宍戸までツッコム ほうっておいてや たしかにそのとおりなんやけど でも 「えへー、侑ちゃん」 芥川のこのふわふわの笑顔にそう呼ばれるんなら、もうどうでもいいわ 「侑ちゃんかぁ、またえらい簡単やねぇ」 嬉しいけど 「じゃぁ、俺も芥川のことなんかあだ名で呼ばないかんね」 「おぅ。好きに呼べ」 んー
「ジロちゃん」
シンプルにはシンプル 微妙なポイントは、ジローって伸ばさんところ 「お前ら、アホアホだな」 「激ダサだぜ」 お前らうるさいわ
「ジロちゃん?」 「そや、気に入らん?」
花っていうんは、たぶん、こういう風に開くんやろうね
「ちょー嬉C〜」
あぁ、やっぱ、好き、やなぁ
「お前らなにやってんだ?」 バタンと扉が開いて、跡部が戻ってきた 俺らはにっこりと顔を見合わせて笑うと
「なんでもあらへんなぁ。ジロちゃん」 「おぅ。侑ちゃん」
「あ?」
跡部の眉間に皺がよる そして、その顔が一瞬、なにかに気づいたようにゆがんだのを俺は見逃さなんだ 羨ましいやろ? 自分からそれを放棄した跡部には、もう二度と手にはいらんもんやもんな
「侑ちゃん」
その日 俺は少しだけ跡部を可愛そうに思った
「なんや、ジロちゃん」
かつて跡部とジロちゃんの間に在りし日の歌 その欠片 俺たちの前に、それはこれから広がっている 優しい名前といっしょに
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