OH GREAT RABI RABI

ヒーロー
2002年02月27日(水)

みんなで 声をあわせて


大きな声で呼んだんだ、


そしたら ほんとうに飛んできてくれた、


ずっと発射台にスタンバイしていたように


まばたきしたら


もう 彼の姿がみえたんだ


彼は 街にのしかかる


巨大なやるせなさを 両手で持ちあげて


あっけなく その胸で抱きつぶした


そうして振りむいた彼のてのひらには


やるせなさの気配が まだらなすみれいろに残っていた


僕は ぽけっとを探ったが


チョコレイトの銀紙しか見つからず


せめて 僕のてのひらでぬぐってあげようとした


けれども 彼は


あとずさりして いびつに笑いながら





「  」





夕日のまんなかへ飛びたっていったんだ











『ヒーロー』











僕は ほがらかということばを知っている


その時に使う 足取りも


けれども僕の靴は それ以上に濡れていた、


そして 水たまりが乾くようすもなかった





「しけ」が来たのだ


と 人々は云う、


だけど 僕は「しっけ」のまちがいだと思う


建物も 道路も 僕のからだも


こんなに湿っていて 重たいのだもの。





ひとあしごとに 靴底からしぶきが飛び


きゅうきゅうと 音をたてる


(僕はもう子供じゃないのに)


「しっけ」が来てから


空は 一日じゅう うなるようになった


飛行機が 水分の重みで低空飛行をするためだ


僕たちは バランスに気をつけなければならない


うっかり涙を流せば 空気中の湿度が増加し


気圧に変化が起こって


飛行機は墜落するかもしれない


水に浸された世界の淵は それほどに


繊細なバランスをとっているのだった





あまりに 水分が飽和しすぎると


ようやく にじみだすように


雨が降る、


(おんなのこが かざぐるまを持ってしゃがんでいる


かざぐるまは雨に打たれて 水車のように回転する


おんなのこは からから と口ずさむ)


誰も 傘をささなくなって


海にゆく人もなくなった


鳥は地面を這うようになり


ひきずる羽根が なめくじのような跡を残した





(用水路に腰かけた 少年と少女が


しきりに 互いをまさぐっている


少年は 少女の胸にえらを探し


少女は 少年の手に水かきを求めている)





やがて 科学者がつきとめた


街をおおっているのは


「しけ」でも「しっけ」でもなく


巨大なやるせなさなのだ と


そして それを救うのは


人類の偉大なるジャンプだと云う


けれども 水を吸った僕たちが飛べるはずもない。





ひとりの子供が 彼の名前を呼んだ時


誰も 彼が来るとは信じなかった


(彼のマントだって 深く水を吸っているのだろうから)


けれども ふたり さんにん よにん ごにん


いつしか街じゅうの子供たちが 彼を呼びはじめ


やがて 僕たちも声をあわせていた


そう、


彼は 1メートル進むごとにマントを絞りながらでも


かならず飛んでくる、


僕たちを助けてくれる


そういうふうに決まってるんだ





ずっと昔から。





彼は飛んできて


あっけなく街を救い


僕たちは 呆然と見返した


彼は 一度だけ口をきいた





「さあ、」





僕たちは手をつないで 一列に並んだ


そして せーの でジャンプした


人類の偉大なるジャンプは


彼の活躍以上にあっけない


が その地響きは


地面の水分を絞りだし


湧きでた水は 新しい湖を作った


そして 地面にはりついていた鳥たちは


はずみで 空中に弾きとばされ


その勢いで 再び空を飛びはじめた





街は救われて 彼が去る時が来ると


とつぜん夕日が差してきた


シルエットになった彼が


いつ 背中を向けたのかわからない


彼は夕日のまんなかへ帰っていった


もしかすると 背泳ぎをするように


あおむけに飛んでいるのかもしれない と想像して


僕は少し笑った





僕たちは ほがらかさを体現するようになった


でも ほがらかなのどはあまりにも乾いていて


彼の名前を声にすることはできない


だから 僕は意味なくジャンプして


彼のことを忘れないように努めている





けれども夕暮れの空が すみれいろに傾いてゆくと


僕は やるせなさの気配を思いだして


ふと 彼の名前を 声にできそうになる。













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