スカーレットの心のつぶやき
つぶやき 目次過去未来


2013年08月28日(水) 藤圭子の死

藤圭子が自殺した。

ひとりの歌手が死んだことが

こんなにも私の心に衝撃を与えていることを

私以外の誰も気づかないだろう。

藤圭子の歌手としての存在を

知っている人は

それなりに年を取った人だ。

今の若い人たちは

宇多田ヒカルの母として彼女の存在を認識するだけだろう。

藤圭子は私とほぼ同じ年齢だ。

私が大学生の頃にデビューした。

「圭子の夢は夜ひらく」や「新宿の女」は

低音部が特に良くて

低く響くその声に憧れたりもした。

彼女の生い立ちを知った時

私とは全く違うものだと思ったが

その後の彼女の生き方というか性格が

私に似ていると気づいたのは

今回の彼女の死によってだった。

彼女を死に追いやったものは

精神的なものだったと聞く。

それをただ、テレビの情報で知るだけだが

何か、私自身と重ね合うことが出来た。

そして、同時に

今まで、私の周りの人たちに与えてきた

気遣いや心配や腹立たしさや諦めや

様々な思いに対して

本当に申し訳ない気持ちになった。

また、こうして生きていられることに

夫や娘、そして姉や友人

勿論、亡き両親の御陰だという思いが強くなった。

私は、今とても迷っている。

悩んでいる。

今のままの生き方で良いのか?

もっと自分自身のことを思い

自分にとって幸せだと感じる生き方をしたい。

私が幸せだと感じることが

結局、私の周りの人たちを安心させ

幸せな気持ちになってもらえるのだから。

藤圭子の死によって

私もまた、ある意味、生まれ変わろうとしている。


2013年08月27日(火) 季節の早取り

昨日も午後からエミフルへ歩きに行った。

この数日、雨で気温も猛暑程ではなく

昨日は長袖が着たいくらいだった。

お洒落な人は季節の早取りをする。

そこで、私も夏に着ていたものとは違う

秋らしいというか

色が濃いものを着ようと思い

朝のうちに衣装の整理をした。

そして、引き出しは黒や茶、グレー、モスグリーンで

いっぱいになった。

ああ〜それにワインカラーを追加(*´∀`*)

色や薄色のものは着ないようにしようと思った。

エミフルはこの間まで夏物一斉バーゲンをしていたけれど

今は、殆どの店が秋ものをおいていて

隅っこの方に少しだけ

夏物バーゲン品が

ワゴンの上に置かれている状態だ。

買い物はないが見て回るのは面白い。

たまに、目玉商品に出会うこともある。

昨日、私が着ていたのは

黒のロングのキュロットスカートの上に

黒とグレーのツートンのランニングのインナー

その上にグレーの肘まである袖丈の

プルオーバー。

エミフルの中を歩く人たちの格好は様々で

ノースリーブの人もいれば

足元はサンダル履きの人が殆ど。

その中でひとりすれ違った人が

ロングブーツを履いていたのには驚いた。

服装は黒っぽい色のワンピーず。

膝丈だったからブーツがマッチしている。

でも、見た目には涼しそうではない。

寧ろ暑苦しい気もした、

お洒落な人なのだろうなあ・・

またもうひとりは、やはり黒っぽい濃い色で

重ね着をしているが秋もの。

勿論長袖。

それが暑苦しくなくにあっていた。

そんなこんなで色んな人の姿を見ていて

やはり、季節に送れないのがいいのだと思った。

玄関に飾っているひまわりの

花や置物やタベストリーを片付けて

今度は秋桜でいっぱいにしたい。

季節は確実に秋に向かってゴール寸前だ。


2013年08月26日(月) すごく久しぶり

ここに書くのが凄い久しぶりみたい。

娘が帰省したのが今月2日から4日だった。

随分前のように思えるが

まだひと月も経っていない。

今年は猛暑で毎日毎日

これでもかこれでもかと太陽が照りつけている。

と思えば、豪雨で被害が出ている所もある。

私が住む四国は雨も少なく

早明浦ダムは沈んでいる役場の屋根も見える程だ。

そんな時

一昨日、昨日と雨が降った。

もっと降ってほしいと思うが

それでも、雨は有難い。

今朝も先ほどまで降っていたが

今日は止むみたい。

あずきは散歩が出来ないから可哀想だけれど

4時に起きても間に合うので私には有難い。

このひと月色んなことを考えていた。

今までの生き方、そして、これからの私の人生について。

何が大切なのか?

何をするのか?

今、私は揺れ動いている。

今のままではない。

何かきちんとしたものを見つけて

それに向かって歩いていこうと思っている。

急ぐことはないという私の中の声と

一日も早く決断すべきだという声と

どうでもいいじゃんという声と

色んな思いが交錯している。

決断ありきで進むべきか

決断するまではファジー状態で居るべきか?

正直分からない。

でも、ひと月が経ってしまった。

今年もお盆が過ぎてますます早く暮れるはず。

来年までにはどうにか決めたい。

久しぶりのつぶやきが

こんなものでごめんなさい。


2013年08月02日(金) 日本のマスコミの大罪

数年前に、捏造・歪曲報道をしたNHKに対して

チャンネル桜はNHK抗議デモを行い

私たちもデモをした。

私は個人的に知人とNHK訴訟を起こした。

今回の麻生さんの「憲法改正発言」は

麻生さんが言ったことの一部だけを捉え

虫眼鏡的に拡大解釈

それも、間違った解釈をして

一斉に麻生批判を書いている。

麻生さんの発言を全部読めば

なんのことはない、当然のことなのだ。

憲法改正を喧騒の中でやるべきではないし

靖国参拝も日本国内で騒ぐべきことでもない。

ヒトラーは民主主義で国民が選んだ人だ。

結果的にはああいうことになったけれど

ヒトラーが勝手に何でも決めたのでもない。

朝日新聞は今回の捏造報道について

どう責任を取るのか。

報道する側の人間として

恥ずかしくないのか。

以下の麻生さんの発言を読めば

皆、分かると思う。

何処がおかしいのだろう。

麻生副総理「憲法改正発言」全文

護憲と叫んでいれば平和が来ると思っているのは大間違いだし、改憲できても『世の中すべて円満に』と、全然違う。改憲は単なる手段だ。目的は国家の安全と安寧と国土、我々の生命、財産の保全、国家の誇り。狂騒、狂乱のなかで決めてほしくない。落ち着いて、我々を取り巻く環境は何なのか、この状況をよく見てください、という世論の上に憲法改正は成し遂げるべきだ。そうしないと間違ったものになりかねない。

ヒトラーは民主主義によって、議会で多数を握って出てきた。いかにも軍事力で(政権を)とったように思われる。全然違う。ヒトラーは選挙で選ばれた。ドイツ国民はヒトラーを選んだ。ワイマール憲法という当時欧州で最も進んだ憲法下にヒトラーが出てきた。常に、憲法はよくてもそういうことはありうる。

今回の憲法の話も狂騒のなかでやってほしくない。靖国神社も静かに参拝すべきだ。お国のために命を投げ出してくれた人に敬意と感謝の念を払わない方がおかしい。いつからか騒ぎになった。騒がれたら中国も騒がざるをえない。韓国も騒ぎますよ。だから静かにやろうや、と。憲法はある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。あの手口に学んだらどうかね。わーわー騒がないで。本当にみんないい憲法と、みんな納得してあの憲法変わっているからね。ぼくは民主主義を否定するつもりはまったくありませんが、私どもは重ねていいますが、喧噪(けんそう)のなかで決めてほしくない。



2013年08月01日(木) 興味が段々と

何か、気に入ったものを見つけると

他のものに目がいかず

それに向かってまっしぐらに進む

そんな私は

一方ではもうこれには関心がないと思ったら

嫌になってしまう傾向がある。

今回、あれほど熱心にしていた

フェイスブックも

最近はあまり更新する気がしない。

結構熱心にやっていたから

友達も400人を越えてしまった。

こんなに友達の数が増えても

その中で、実際に話すのは数人。

それも、知り合いばかり。

気が入らないとやる気もしない。

でも、一日一回は覗いている。

こんな調子なら

携帯をスマートフォンに変える必要はない

そう思えるようになった。

PCも昔のようにmailや書き込みはほとんどしない。

相手からの情報を受け取ることができれば

それで十分だ。

飽きやすいのかな・・・

それにしたら

このつぶやきはよく続いている。

10年以上になると思う。

気ままに書けば良いから

そして

誰のためでもなく

私の自己満足で書けば良いから

続いているのだろう。

そうだ、

責任が伴わないことは楽なのだ!

というわけで

フェイスブックとは

距離をおこうと思う。

結局、こういった類のものは

性に合わないのだろう。

mixiもTwitterも休止しているのだから。

これで、FBも同じ運命をたどるかも?


スカーレット