スカーレットの心のつぶやき
つぶやき 目次過去未来


2009年05月31日(日) 達成感

昨日、私たち愛媛県支部は本部の活動に合わせて、

いよてつ高島屋前で、

午後1時から3時まで街頭署名活動を行った。

参加者は会員(男性3名、女性2名)

お手伝いに来てくれた女性1名、計6人、

揃いの黒のシャツ・パーカーを着用、

チラシ200枚を配布しながら、

通行する人たちへ署名をお願いした。

後ろには日本国旗を掲げ、

拡声器付きマイクで、

NHKの大罪、受信料契約の自由契約化、

そしてNHKの体質を改善することが、

日本を再生させる第一歩であると大きな声を上げた。

しかし、悲しいかな、愛媛は東京や大阪と違い、田舎だ。

今回のNHKの歪曲報道に無関心であるばかりか、

国旗を掲げた私たちを

まるで右翼を見るような白い目でにらんでいった人もいた。

チラシは200枚すべて配布し、

足りないくらいだったが、

署名は40人しか集まらなかった。

でも、署名の数を問題にはしていない。

一人でも多くの人たちに訴えることで、

今は何も感じていない人が、

今後、NHKの番組を見て

おかしいなあ・・と思ったとき、

ああ〜そういえば、

おばさんがマイクで訴えていたな・・と思いだしてくれれば

意義があると思っている。

大東亜戦争を体験されたお年寄りに、

私たちの抗議に立ち止まり、耳を傾け

賛同して署名してくださった方が比較的多かったように思う。

また、ブログに掲載したいからと言って、

マイクで訴えている私たちの姿を携帯で

動画撮影してくれた女性も居た。

東京からたまたま来ていた中年男性は、

「渋谷のNHKの近くに住んでいる、

あのNHKは許せない、

愛媛でもこんな運動をしているのですね。

東京へ帰ったら皆に言います、

頑張ってください。」と励ましてくれた。

午後3時、

帰ろうとした私たちに若い女性が駆け寄って来た。

そして、「あの番組は許せないと思っていた。

ユーチューブでチャンネル桜を見ている。

台湾にも行ったけど、全く違っていた」と怒りをぶつけてきた。

そして、早速チャンネル桜を見るために

So−TV視聴者になるし、

私たち支える会にも

入会したいと言ってくれた。

愛媛にもこういった人たちが居るのだと思うと、

胸が熱くなり、

やって良かったという達成かを味わった。

私たちの会は発足してまだ一か月も経っていない。

しかし、NHK松山放送局へ抗議文を持って抗議に行き、

昨日は署名活動を行うことができた。

少人数だったが、仲間たちが一丸となって、

日本のため・公のために行動を起こすことができたことは、

本当に意義あるものだと思う。

今の私たちは、いわば卵の殻を破ってひよこが出てきたばかりの状態だ。

これからも力を合わせて、一歩ずつ歩いて行きたい。



2009年05月30日(土) 奇跡?

これを奇跡と言わずして何と言うだろう。

昨日、午後2時から4時まで

母はハンドヒーリングをしてもらった。

正直言って、母の心の底には

疑いではないが、ちょっとは不信感もあったのではないだろうか。

まず、母は椅子に座って

首のリンパから始まって

肺、すい臓、胃腸と順番に手をあてて

それぞれの血液やリンパ液の流れを促した。

首の後と肩のあたりを軽くもんでもらった。

それから、母が長時間椅子に座っているのもしんどいので

絨毯の上に敷布団を敷いて

その上に寝てやってもらうことになった。

母は布団の上に寝ることも

寝返りを打つことも

仰向けに寝ることも

うつ伏せに寝ることも

全てが苦しくて顔を歪ませる。

今回もうつ伏せに寝れないので

私の腕を借りて、必死の思いで仰向けになった。

その後順々に進み、

右向き・左向きと姿勢を変える時

さっと出来たのだ。

嘘!え〜〜!

本当に信じられない思いだった。

し初めて2時間ちょっと

私が叔母と電話をしている間に

寝返りをさっと楽にできたこと、

そして、そのあとも仰向けからうつ伏せから

さっと立ったり、寝たり・・

嘘のようだが、

実際に私がこの目で見た事実だ。

感動で涙が出た。

誰にも手伝ってもらうことなく

つかまるものもなしで

絨毯に敷いた布団からさっと立ったのだ。

そして背の丸さも少し減っているではないか。

驚いた。

母の背筋がすっとなって背も伸びた気がした。

表情も明るくなり、若々しくなった。

母自身が一番分かると思う。

そして。見ていた私もその違いが分かりました。

理論的なものがあってのハンドヒーリング

決して詐欺や宗教や得体のしれないなどというものではない。

その効果を確信した。

私が母の様子をお知らせしながら

またしてみてほしい。

ほんとに良かった。


2009年05月29日(金) 少しでも

昨日は午前中、

警察署へ行き、明日の署名活動の申請許可証をもらってきた。

帰りに、親友と待ち合わせ

入院している友人の所は行った。

大部屋・4人部屋に3人が入院していたが

介護病棟なので

静かでただ、横になっているだけの部屋は

淋しくて、淋しくて

悲しくて、悲しくて

窓から吹いてくる風が肌寒くて

心の中まで冷たい風が吹いてきた気がした。

ラジオを持って行ってはいたが

かけている様子もなく

スイッチを入れてFM放送を流した。

少しでも脳細胞に刺激があれば良い。

親友と彼女に話しかけると

表情が変わる。

せめて返事の意志表示ができれば良いのに

目でイエスノーを合図出来れば良いのに、

そんなことを話しながら

普通に接してはいたものの

親友も私もきっと同じ思いだったと思う。

何か、彼女のためになることはできないか?

友人がボランティアでしている

ハンドヒーリングをしてもらったら

もしかして奇跡が起きるかもしれない。

でも、勝手にはできないし

病院が知ったら態度が変わるかもしれない。

だから、私たちも躊躇っている。

でも、そんなことは二の次。

彼女のためになるなら

どんなことでもやってみてあげたい。

今日は私の母をハンドヒーリングしてくれることになっている。

頼んでみたいけど

勝手にはできないし・・・

少しでも良くなるためなら

何でもしてあげたい。


2009年05月28日(木) バタバタと

昨日は一日中

事務的なことでバタバタしていた。

今度の署名活動に関して

資料の作成、

印刷、

送付。

その間に

電話がかかってきたり

こちらから電話連絡したり。

座ったり立ったり・・

その間に家のこともしているうちに

お昼ころ

バセドウ病の症状に似た感じになった。

このまま倒れるかと思いながら

それでも、しないといけないことは山ほどある。

休んでいる暇はない。

夕方になっても忙しく

昨夜寝たのは日付が変わったころだった。

寝る前にNHKへ出す手紙の作成。

今日の夕方から必要になる

資料の仕分け。

郵送分の仕分けをしてチェック。

会社つとめの人は

一日中こんなことをしているのだろう。

やはり家で主婦をするのが一番楽だ。

元気で居られること

誰かのお役に立てることができること

その幸せを感じる一日だった。

今日も忙しなりそうだ。


2009年05月27日(水) 言葉

言葉の力って凄い。

何かを悩んでいる時に

ふと目にした本の中にひとつの言葉や

誰かに話した時に

かけてくれた言葉に

はっとする時がある。

数日前からくよくよしている私に

何人かのひとたちが

励ましの言葉をかけてくれた。

「ひとのことなど気にしないで、自分がやれることをやればいい」

「過去と他人は変えられない、未来と自分は変えられる」

「切り捨てることも大事」

「階段を一歩ずつ上って行こう」

「結果は気にしないで」

「走り出すまでには時間がかかる」

「自分次第」

等々・・・

尊敬する天風先生の著の中にも

「とらわれない、とらわれることはそのひとの下になることだ」

「車窓に流れる風景を見るがごとく」

あるが、まさに今の私にとって

どの言葉も的を射ている。

そのような言葉を

自分の心の中で繰り返しつぶやいていると

なんだか勇気がわいてくる。

結果を気にしていたら何もできない。

結果は後からついてくるものなのだ。

結果が問題ではなく

過程が大切なのだ。

何度も何度もそう繰り返し唱えているうちに

少しずつではあるが

元気が戻ってきた気がする。

言葉って本当に凄い。

そして、言葉を持つ人間って怖いと思う。

言葉の使い方ひとつで

相手を打ち負かすこともできれば

生きる勇気を与えることもできる。

まさに言霊。

そんなことを思っている私。


2009年05月26日(火) 嫌な一日

昨日は、本当に最悪の日だった。

30数年前以来というか

私が鬱になりそうなくらいに落ち込んだ日だった。

そして、人間性を疑うような人に

今まで信じついて行っていた自分自身が

とても情けなく感じる日だった。

愚痴るのはいけないと思いながら・・・

ついついこぼしてしまう自分が

本当に嫌になってしまった。

でも、食事をする気にもなれず

ただぼんやりとして

何も手につかず、

夫の話にも乗れず

夫も私の態度が変だと感じて

今の私の悩みから解放されるためには

どうしたら良いかと考えてくれている様子だった。

人に頼って解決する問題ではない。

私が考え方を変えなければ何も変わらない。

色んな人の考え方があり

一人ひとり皆同じではない。

だから、それを統一するのはとても困難だ。

私が上に立つ器ではないということだろうが

それでも、一旦やり始めたのだから

やりとおすしかないと思っている。

どこまでやれるか?

失敗しながらやれば良い。

「過去と他人は変えられない」

「未来と自分は変えられる」

と言う言葉をいただいた。

後ろを見ず、ひとのいうことにとらわれず

私がいま、何をすべきかを考えて

進むしかないのだと思う。

嫌な一日は過去のものになるのだから。



2009年05月25日(月) 自衛隊へ

昨日は、松山にある

陸上自衛隊松山駐屯地の

創立54周年記念行事に行って来た。

小野にあるのは知っていたし

前をよく通るけれど

今までは、入ったことがなかった。

元自衛官だった方に誘われ

同じ会の人と二人で行って来た。

訓練も見えるというのでどんなのかな?という

淡い期待もあったのだが

行ってみて、それは素晴らしいものだということがわかった。

9時開門よりも早く行ったがもう行列ができていた。

グランドには戦車や対戦車誘導弾

短距離対空誘導弾

近距離対空誘導弾

オートバイ

高機動車

指揮通信車

偵察警戒車などが

でーんと止まっていた。

圧倒される雰囲気だった、

観閲式の後音楽演奏

そしていよいよ訓練が展開された。

一言で言って迫力があり

空砲の音は耳をふさぐように言われるほど

お腹の底まで響いてくる大きな音だった。

自衛隊への評価はずいぶん低い。

特に今の日本は自衛隊=軍隊=戦争を起こす

という見方をされ

先の田母神氏の論文問題でも

軍人がまるで暴走するような受け止め方がされている。

しかし、これは間違いだ。

自国を守る軍隊がなくて

どうして安心して生活できるだろう。

観閲式に来賓として挨拶された

あの「ヒゲの隊長」佐藤正久参議院議員の話は

自衛隊を評価し、

感謝しなければならないと訴えていた。

そのとおりだと思った。

感動した。

祝賀会食している元自衛官たちの集まりが終わるのを

この機会に挨拶をしたらよいと言われて

階段の踊り場で待って居た時

丁度、佐藤氏が会場を出て降りて来られて

私の前でふと立ち止まり

話しかけられた。

私も佐藤議員に頑張ってくださいと激励の言葉を返した。

すると握手を求められ、何と握手をしてもらい

名刺までいただいた。

感激のひとコマだった。

3時まで居て帰ったのだが

自衛隊への認識はさらに良いものへ変わった。

日本は軍事費を削減され

必要な戦車やその他の戦力が持てなくなりつつある。

自衛隊員の中にはその狭間で悩んで

精神的におかしくなる人が多いとも聞く。

こんな状態で、いざというとき

日本を守ることができるだろうか。

自衛隊は災難救助をするが

元はと言えば日本を守る軍隊なのだ。

その意識を持って、もっと自衛隊への評価と感謝の気持ちを

持たねばならないとつくづく思う。

昨日は行ってよかった。


2009年05月24日(日) 少し疲れが?

昨日は午前11時半に

30日の街頭署名活動の打ち合わせで

4人が集まった。

お昼を食べた後

どういう風にするのが良いか

私が提案したものを検討して

まあ、こんな風にやってみようということが決まった。

その後1時間ほどは雑談。

政治の話、日本の今の状況の話、

マスコミ・NHKへ批判等々・・

元自衛官の方が色んなことを話してくれたので

もっぱら聞き役に回った私だったが

とても勉強になり今後のやる気にもつながった。

あっと言う間に3時間弱が過ぎた。

ちょっと遠いところから来られている人を

高島屋前まで送る。

車ならどこでも思いついたら行けるが

こうして電車やバスを乗り継いで来てくださった人に

心から感謝している。

同じ志を持つものが

その志に向かって歩いて行ける喜びを感じた。

右とが左とか、そういったものは関係なく

何か一つのものに向かって

それを信じ、進める幸せを思う。

そのためには健康が一番。

私も今月になっていろんなことをして

少しお疲れモードかも?

昨夜はしんどくて眠くて・・・

10時前にはベッドイン。

今朝はいつもと同じ4時起床。

今日もまたお天気もよく良い日になりそうだ。

疲れを吹っ飛ばす元気を持ちたい。


2009年05月23日(土) 言葉のない歌曲

今朝、いつものように朝の家事をしていると

TVからピアノ曲が流れてきた。

NHKの5時半から始まる番組ぴあのピアで、

今日はシューベルトの

4つの即興曲集 作品90から 第3曲変ト長調の演奏だった。

このシューベルトの即興曲は

最晩年に作った彼のピアノ曲の代表作だ。

非常に親しみやすい曲集でありながら、

常に新鮮さを保ち、

通俗的にならない作品で、

ピアノ曲史に残る名作だそうだ。

言葉のない歌曲と言っていたが

確かに、奏でられる旋律は

まるで歌っているようだった。

「シューベルト版無言歌」と言われる所以だろう。

歌に満ちた楽章だ。

幻想的で優雅で透明感のある音色に

家事の手を休めて聞き入ってしまった。

昨夜は寝る前に

ある人からのメールで嫌な気分になった。

夢の中にも出てきた。

だから、目覚めも決して良いものではなかった。

でも、朝、このシューベルトの

言葉のない歌曲と呼ばれる

即興曲の調べを聞いて

そんなことでくよくよしている自分が馬鹿らしくなった。

気を取り直した。

これが音楽の良さだと思う。

聴いている人の心を癒し

また、励まし、

夢と希望を与え

安心させたり勇気を湧かせたりする。

今、私にとって何が大事なのかを考えれば

人の言った言葉など気にしている暇はない。

気にしないで、前を見て歩きたい。

シューベルトの即興曲第3番を聞くことができて

本当に良かった。

シューベルトの想いを大切にしたいと思う。



2009年05月22日(金) 久し振りに

昨日は、本当に久しぶりに

私の唯一の親友と会って話をすることができた。

彼女とは毎日とは言わないが

それでも、電話でよく話しをするし

メールで話もしている。

しかし、最近、私にとってちょっと嫌なことがあったし

直接彼女の顔を見て話をしたくなった。

時間の関係で12時から3時までしか

(普通は5時間は話している)

話すことができなかった。

待ち合わせたのは、あるお店。

そこは朝、昼、夜ともバイキング料理を出している店で

今まで何度も利用したことがある。

値段と量と味の点で満足はしないが

長居出来るのが利点だった。

しかし、昨日は12時に店に行っても

並んでいる人も居ないし、空席が目立った。

少し遅れてきた彼女を待って

早速、お皿を手にバイキング料理を取りにいった。

開口一番「えっ〜!これだけ!」

思わずそう言ってしまった。

以前は品数もそれなりに揃っていたし

デザートも果物や何種類かあったが

昨日は本当に見た目でわかるくらい

品揃えが物足らなかった。

お客さんも段々減っているようだ。

味もそんなに美味しいものではない。

正直損をした気分になった。

店の存続も危ういのではないかと思ったほどだ。

まあ、彼女と会って

言いたいことを言い合って笑って食べて

その点では会ったことは良かった。

次回は別の店にしようと決めた。

久し振りにストレス解消ができた。


2009年05月21日(木) 感染広がり

新型インフルエンザが

神戸・大阪だけではなく

滋賀でも大学生が感染、

そして、東京や川崎でも患者が出たと言う。

恐れていたパンデミックだ。

私が住む地域の店にはマスクが売り切れ状態となっている。

しかし、近所の人もほとんどマスクを使用していない。

会社等が組織的に買い集めているのだろう。

マスク着用がインフルエンザ予防になると信じていたが

確かなところからの情報では

1.WHO(世界保健機構)の勧告や、

  米国CDC(疾病センター)の基準によれば、

  国境閉鎖や学級閉鎖がインフルエンザの流行防止に対して意味がない。

2.インフルエンザにかかってもいない人がマスクをするのも日本人だけ。  
  マスクがインフルエンザ感染を予防したという医学的な根拠はない。

3.国民が出来る備えは、

 他の気道感染性のウイルス感冒の予防と同様に、

 手洗い・うがいをしっかりやる。

 それからウイルスに負けない抵抗力を持つために、

 休養をちゃんと取って

 バランスのよい食事をしてストレスを溜め込まないことが大事。

とのこと。

休講になっている娘へ電話しても

なかなかつながらない。

もしかして、演劇練習をしているのかも?

娘の住む池田でも発生したと聞く。

人ごみへは行かない方が良いと言っているのだが、

大丈夫だろうか?

関西・関東だけではなく

もしかしたら、日本中至る所に

感染者が潜んでいるかもしれない。

公にしないで、ただの風邪だと思って

安静治療をして治った人もいるかもしれない。

怖ろしいと言っても逃げるわけにはいかないのだから

免疫力を高め、自分自身で強い体になって

感染を阻止するしか方法がない。

出来るだけ、外出を控え

栄養と休息を取り、過労をしないこと。

私も忙しいが十分気をつけようと思う。
  


2009年05月20日(水) 第二弾

18日の月曜日に

NHKへの抗議文を持って行って

結果的にはうまく行ったのだが

第二弾として30日の

チャンネル桜の一斉抗議活動に合わせて

支部としても第二弾の活動をしようということになった。

本当なら東京のデモ活動に参加したいと思ったが

地方での活動も重要なものだと思ったので

今回の抗議文に引き続いて

愛媛支部として街頭署名活動をすることにした。

まだ、何も決まってはいない。

決まるまでには本部の了承や支持を仰ぐ必要がある。

了承を得てこちら側が決めてできることがわかれば

それなりの準備をしようと思う。

もし、必要なら警察からの指示通りしないといけない。

30日までには10日あるから

準備もきっとできるだろう。

月曜日の抗議が済みホッとしたけれど

これはホッとする暇はなさそうだ。

それでも、日本のためだ

力の限り頑張りたいと思う。

気の張りはそのひとを元気にしてくれる。

気の張りがなくなれば

一気に病気がやってきそうだ。

そうだからこそ、今出来ることを

地味でも継続していかなければならない。


2009年05月19日(火) 感染拡大

とうとう、娘の通う大学が休講になったと連絡が入った。

今回の関西での新型インフルエンザの発症と感染拡大は

娘の大学キャンパスのある

豊中と吹田両市にもみられるからだろう。

昨日、娘からの電話で休講になったことを知り

あまり外に出ないようにと言っておいた。

過剰反応しすぎてもいけないが

用心するに越したことはない。

しかし、娘のように一人暮らしをしている人が

もし、新型インフルエンザに感染し

入院はできないから自宅で寝ていろと言われても

看護する人も居ない状況の下

どんなことになるのかととても不安になった。

娘は元々神経質なので

今回の感染拡大をとても気にしている。

友人の中には何も心配しない人もいるとか。

出来たら外出を控えて家で勉強でもしていてほしい。

食料品をいっぱい買い置きしておいて

一週間くらいはそれで食いつなげることができたら良い。

友人の中には実家に帰る人もいるという。

母は娘に帰ってきたらいいと言っているが

今の段階で移動するのもちょっとなあ・・と思う。

もしも、娘が感染していて症状もなく

その感染が分からなかったとして

こちらに帰って症状が出始めたら

私にもうつる可能性があるし

愛媛県第一号にもなりかねない。

他の人たちへの配慮をすれば

娘は帰らず一週間は耐え忍ぶ生活をしなくては。

それにしても、まだまだ感染は広がるのだろうか。

普通のインフルエンザと同じレベルなら

あまり過敏反応しない方がいいように思う。


2009年05月18日(月) 筋を通したい

物事にはすべて道理がある。

勿論、道理を優先さすことが

人間と人間との間にはあるということも分かっている。

しかし、割り切って道理を通すことも必要なのではないだろうか。

今回のNHKへの抗議活動でもそうだが

何かやろうとすると意見が分かれる。

しかし、解決するためには

どの方法が一番いいか?

道理が通っているか?

誰が聞いてもそれが尤もだと思えるか?

その点を考えることが大切だと思う。

人は皆、色んな考え方がある。

決して同じ人はいない。

それがひととひととの関係だ。

私は今まで生きてきて

自分と違う考えの人を寄せ付けなくないという

誠に身勝手な考え方をしたことがある。

そんな時は、自らが身を引き

トラブルにならぬようにしてきた。

卑怯かもしれないが

無駄なトラブルを起こしたくないからだ。

しかし、時には、自分の気持ちを押し殺し

相手に合わせることも必要だ。

反対に、自分の意見を押し通し

相手にどんなに思われようが

これが正しいと思ったことは

やりとおす強さも必要だ。

今回のNHKへの抗議については

産経新聞の東京版に

全面意見広告は掲載されたという。

大阪版は明日になるのだろう。

その全面意見広告を見ても

この問題がいかに大きな問題であり

NHKへの抗議がまともなものであるかがわかる。

この国民運動が

NHKを良い方向へ動かすことができたら

どんなに良いだろう。

やらねばならない時はやる。

これは大事なことなのだ。

筋を通したい。


2009年05月17日(日) 新型インフルエンザ

ついに、新型インフルエンザが

国内で発生してしまった。

神戸の高校生が8人

大阪の女子高校生1人にもウイルスが発見されたらしい。

これは懸念されていたパンデミックの始まりだろうか。

海外渡航の経験もない高校生が感染したということは

自覚症状がありながらも

新型インフルエンザだと気付かす

日常生活を送っている人たちが

まだまだ居る可能性は大だ。

連休に、大阪の娘の所に行っていた時

娘が38度台の高熱を出し

病院で新型インフルエンザの検査をされ

陰性と出て診察してもらったのだが

もし、娘に疑いがかかっていたら

私は今、ここに居ないかもしれない。

あまり過剰反応をするのはいけないが

そうかと言って楽観視するのも考えものだ。

それぞれが注意して感染しないように

気をつけないといけないと思う。

以前、これは細菌ばらまき戦だと言った人が居た。

それはないだろうけれど

神様の警告かもしれない。

あまりにも進歩しすぎた世界は

基本的な何かを忘れているのかもしれない。


2009年05月16日(土) 延期

今日の午前中に予定していた

NHKへの抗議活動が

明後日、月曜日の午後に延期になった。

土曜日はNHKは開いているものの

担当責任者が休みの可能性があり

仲間たちと話した結果

今日は止めて日を改めることにしたのだ。

昨日、NHKへ電話をして

私たちが抗議に行きたいと話した。

責任者に直に会って話をしたいと申し入れた。

NHK側で検討し、打ち合わせたのだろう

午後になって連絡が入った。

明後日の午後に応対してくれるとのこと。

責任者が二人

時間は60分、

内容については満足できる話はできないかもしれないが

それは東京へ送って回答をいただけると約束した。

ただし、ビデオ撮影は禁止だと言う。

理由を尋ねたが明確な答えは返ってこなかった。

ただ、私たちの目的が取材ではなく

抗議なので、ビデオ撮影はできないと言った。

禁止されているのに無理やり撮影するのは違法だ。

後でこちらが批判の対象になりかねない。

スナップ写真程度なら一、二枚は良いとのこと。

私たちの抗議やNHK側の応えを

証拠として残す必要がある。

抗議した内容を後で文字に起こすにしても

内容を間違わないようにするのは難しい。

そのためにもせめて録音だけでもさせてもらおうと思う。

それさえ拒否されたら・・

その時はその時だ。

他県では結構強い行動に出たらしいが

私たちは、きちんとした手順を踏んでやりたいと思う。

抗議文の手直しはもうやめた。

簡単にまとめたものを添付しようと思う。

今日、明日の間に準備をしたい。

東京、青森、名古屋、福岡などでは

抗議デモが行われる。

集会もあり講演もあるようだ。

皆、NHKへの不満や抗議を訴え

NHKに体質改善を望んでいるのだ。

今回の件で、NHKの体質改善が少しはされると良いが・・・


2009年05月15日(金) バタバタの日々

毎日、本当に忙しい。

専業主婦は暇で友人たちと

お茶をしてお喋りに時間を費やしているというのは

一部にはいるかもしれないが

私には全く当てはまらない。

午前4時起床、

8時半過ぎには掃除を終え

洗濯も終え

夕ごはんの仕上げのみを残して

主婦の家事のほとんどは済んでいる。

じゃあ、あとは何をするの?

そう思われるだろう。

それがである。

じっとしている時間は

こうしてPCの前に座っている時と

食事をしている時

本を読んでいる時くらいだ。

その本も最近は読めないほどだ。

先日、チャンネル桜を支える会・愛媛県支部を立ち上げてから

その資料作りや

送付の準備と送付

資料の作りなおし、

NHKへの抗議文の作成と修正

それの繰り返しの日々だ。

その間には母を病院へ連れて行くこともある。

昨日は母と二人で例のじゃこてんを買いに

双海まで行って来た。

海が穏やかで綺麗だった。

母と食べたかきあげうどんも美味しかった。

母と色んな話もできた。

帰宅してからは

抗議文の確かめと番組のチェック。

その間に携帯へかかってきた電話の応対。

姉や友人やチャンネル桜から・・・

睡眠はこのところ5時間足らずの日々が続いている。

正直目がつぶれそうになるほど眠くなる。

今日も今治へ行くことになっている。

居眠りをしないように気をつけなくっちゃ。

夫も毎日忙しく、昨日はとても疲れているようだった。

夫婦そろって忙しい。

落ち着いて会話もしていない。

否、出来る時間がないのだ。

明日NHKへ行く予定だったが

事情があり月曜日になった。

明日、明後日は最終的な抗議文を作成し直そうと思っている。

月曜日の夜はめざす会の役員会。

それが済んだら、少しはゆっくりできると楽しみにしている。


2009年05月14日(木) 父のお墓参り

昨日は母と二人で

父の月命日のお墓参りに行って来た。

来月の13日は祥月命日

父が亡くなってちょうど三年になる。

最近は何かをしている時に

ふと父のことを思い出すことが多くなった。

多分、母が米寿を迎えたせいだろう。

父と母が二人揃って米寿を迎えることができたら良いと

私自身思っていたからだろうと思う。

昨日はまるで初夏のように日差しも強く

暑い一日だった。

お墓は陰がない。

日傘をさしては掃除もできないから

時間的には短かったけれど

日焼けしたような気がする。

父の御墓をブラシで洗いながら

父が綺麗好きだったこと、

掃除好きだったことを母と話した。

きっとお墓も綺麗にしてほしいと思っているに違いない。

ブラシでこすって水洗いをして

タオルで水気を拭いてあげた。

さっぱりしたと喜んでいるだろう。

お花の水が腐ったような臭いがしていた。

これからはひと月放っておいたら

花も茶色に枯れ、水も腐るのだろう。

本当ならもっと度々行ってあげることができたら良い。

御線香をあげ、父の好物を備えて手を合わせた。

来月は姉も一緒にお墓参りをする予定だ。

亡くなったら何も分からないというのはどうかな・・

私は自分の御墓などどうでもいいという考えだったけれど

やはり残されたものとしては

放っておくのは嫌だろう。

娘が私の御墓に手を合わせてくれる姿が想像できない。

もし本当にそうなったとしても

それはそれで仕方ないと思う。

父の御墓の前でそんなことを考えた。


2009年05月12日(火) 米寿

昨日、5月11日は

私の母の88歳の誕生日だった。

母は米寿を迎えたことになる。

父が健在だった頃(父は三年前に亡くなった)

同い年の父と母なので

揃って米寿を迎えることができたら

どんなに良いだろうとよく話していた。

母も同じように思っていたので

昨日、母がその話をした。

私は母がこうして元気で米寿を迎えることができたことだけでも

本当に嬉しい。

母の米寿のお祝いは

去年の冬、娘が帰省している時に

早いけれど、母、姉夫婦、私たち家族の計6人で

ささやかなお祝いの席を設けて祝っている。

母はもうそれだけでも良いと言っていたが

昨日は母の大好きな真白な大きな百合の花を持って行った。

前日の母の日にはサンダルとイエローのカーネーションの鉢植えを

プレゼントした。

母は今、花をもらうととても嬉しいと言う。

だから、母の家の中には至る所花が飾られている。

カーネーションはげた箱の上、

昨日の百合は玄関の大きな壺に生けられた。

昨夜は、母の所に行き、改めて「おめでとう」を言った。

母が元気で居てくれることだけでも嬉しい。

まして、まだ私のことや娘のことを気遣ってくれているし

私自身お風呂に入れてもらっている。

母にはいくら尽くしても尽くし足らないと思っている。

私が若いころに母に心配をかけた分

今、こうして私ができることを返しているのだと思っている。

母にはいつまでも元気で長生きしてもらいたい。

母の居ない私の人生など考えられない。

母が居たからこそ、今の私が生きているのだ。

私にとっての母は特別な存在だ。

これからも体に気をつけて

無理をせず、長生きしてもらいたい。

そして、母が91歳になって

父の七回忌を母の手であげてあげることができたら

どんなに良いだろう。

改めて「母ちゃん、お誕生日おめでとう」

   「元気で長生きしてね」


2009年05月11日(月) チャンネル桜を支える会・愛媛県支部の立ち上げ

昨日は「チャンネル桜を支える会・愛媛県支部」が無事結成された。

これはチャンネル桜・二千人委員会の地方での活動をするためのものだ。

現在、数県で支部が結成されている。

私は去年の9月、委員会ができた9月に入会した。

そして、支部結成をしているということを知り

是非、愛媛県でも支部を作りたいと思っていた。

めざす会の仲間と相談して結成しようと言う話になり

チャンネル桜に連絡してからひと月以上経つ。

まだまだ先だと思っていたが

やっとそれが現実となった。

愛媛県で賛同してくれた人は12名、

三分の一の人だ。

少ないと思ったが、他の県でも同じだし

三分の一が参加は優秀だと言ってもらえた。

私の力がもっとあれば多くの人たちを集めることができたのだろう。

専業主婦は顔が狭いからこんな時に情けなく思う。

でも、昨日集まってくれた人たちは

皆日本のことを憂え、どうにかしないといけないと思う

熱心な方々で少数精鋭主義で頑張ろうと思った。

2時間の話し合いの中で

役員や会則や活動内容について討論した。

そして、発足記念決議として

先月放映されたNHKの捏造番組「アジアの一等国」についての

抗議文をNHKへ持って行こうということになった。

昨日は、夜、報告書を作成し、

欠席された人たちへ資料等を郵送する準備をした。

時間もかかったし、費用もかかったが

これも世のため人のためだ。

私ができることはやりたい。

そして、今日からNHKへの抗議文を作成しようと思っている。

母の病院や父の月命日のお墓参りと

用事があって忙しいが

何とか今週中に持参できるように頑張りたいと思う。


2009年05月10日(日) 衣替えの季節

私が大阪から帰った途端

まるで夏到来かと思うような暑い日となった。

我が家はまだ布団も冬用のままだった。

おまけにファンヒーターまで部屋に座っている。

昨日など、扇風機が欲しいと思ったくらいだ。

お天気も良かったので

大きな洗濯を何度もした。

娘が冬休みに寝ていた冬用の布団のカバーや毛布、ボアシーツの洗濯をし

押入れを片づけて収納した。

また、着るものも冬用をあらってしまい

夏ようのものを出した。

私は色々な家事の中で

昨日した衣替えが一番苦手で嫌いだ。

本当に疲れる。

出来たら一年分を出しておけるスペースがあれば良いなんて

虫の良いことを考える。

大阪では娘の衣替えをしてきたところだったので

余計にしんどかったのかもしれない。

後はファンヒーターの掃除をして収納し

代わりに扇風機を出せば良い。

それと敷物を夏用に、座布団も夏用に、

夫と私の布団も夏用にしたい。

まあ、無理をせず出来ることからやっていこう。

それにしても毎年恒例の衣替えって本当に疲れる。


2009年05月09日(土) 疲れた〜〜

ああ〜しんどかった。

連休の大阪行きは楽しかったこともあったけれど

何だか、疲れに行ったような感じだった。

最初の予定では

3日に娘の部屋の片づけを夫として

4日には奈良へ行き

5日には帰宅することになっていた。

3日に行ってみてやはり!!!

娘の部屋は今回が最高の汚さ。

段々ひどくなっている。

この前に行ったのは盲腸炎の手術の時だったから

3か月前になる。

3か月も放ったままは今度が初めて。

覚悟はしていたものの夫と黙々と片付ける。

娘曰く「やはり片づけられない病気だ」

仕方ないか・・と思いながらも情けなくなった。

4日は奈良の義兄と4人で奈良へ。

奈良公園、東大寺、若草山、春日大社と

一日よく歩いた。

娘の念願の鹿へえさやりもできたし

春日大社へのお参りは私の念願でもあった。

お天気は暑くもなく寒くもない丁度良い天気で気温。

一日歩いて足は疲れたがそれなりに楽しかった。

奈良へ行く日の朝、娘は風邪気味で熱があった。

それでも、鹿に餌をやりたいという思いで行ったのがいけなかった。

帰宅するまで表情にも出さなかったが

やはり無理をしたのだろう。

夜になって38,5度の熱を出した。

その夜は救急病院へ。

新型インフルエンザの疑いをかけられて

鼻の粘膜を採取されて検査。

結果は陰性で医者に診てもらえた。

5日には帰宅するつもりだったが

夫一人が先に帰り

私は昨日まで大阪に居た。

娘が大学へ行ったのを見届けて帰った。

でも、まだ本調子ではない。

鼻水も咳もしている。

心配だが、明日は私の正念場が待っている。

その準備もあり仕方なく帰宅した。

めざす会のHPの更新もさっきやった。

疲れた!!

でも、頑張らないと。



2009年05月02日(土) 明日から大阪へ

5月に入った。

まさに「風薫る五月」。

気持ちの良い日が続いている。

連休に帰省する予定だった娘が

大学祭があって忙しく帰れないと連絡があった。

夫も連休後、図書館で催し物があるので

その準備で今日も仕事に行っている。

4月に20歳になった娘の誕生祝いもしていない。

本当なら、京都で舞妓姿になりたいという

娘の夢を叶えてやるつもりだった。

でも、予約がいっぱいでダメだった。

連休だから仕方ない。

忙しいという夫を誘って悪いとは思ったが

久し振りに三人で食事をするのも良いだろう。

高速は車が多くて渋滞する覚悟はできている。

さっき、娘に電話をして、明日の件の確認をした。

会えるのが楽しみだ。


2009年05月01日(金) 退会

先月の初めに気まぐれに入会した

趣味人倶楽部を、昨日退会した。

入会した時は

日ごろの疲れた心を少しは癒してもらえるかな?と

思っていたが、段々負担になってきて

結局は退会することになった。

以前、PCを始めたころシニアライフというサイトがあって

今のメル友さんの殆どはこのシニアライフで知り合った人たちだ。

ここでも、私は経験しなかったが

結構トラブルもあったようで

中で揉めていた人たちも居た。

私がシニアライフで知り合った人たちは

皆、とてもいい人たちばかりで

その後メール交換やオフ会もして

友好を深めて行った。

でも、今回の趣味人では違っていた。

というか、前のシニアライフの時と

今回の趣味人とでは

私自身の環境も生活も変化して

ネット上のお付き合いに興味もなく

公のこと、日本のことに関する話題で話す人もいなかった。

これが大きな原因となっている。

そして、極め付けが一昨日のオフ会だった。

結論を先に言えば

「時間とお金と体力の浪費」だった。

集まったのは男性が3人で女性が私を入れて2人の計5人だった。

和顔愛語をモットーにしている私は

内なる心を落ち着かそうとこの言葉を唱えた。

でも、嫌な思いは続いた。

カラオケに行っても同じだった。

もう正直いいや・・と思った。

二度と参加する気はなく

結局、趣味人を退会することにした。

これで良い。

元の私に戻れる。

何かに迷っただけだった。

私には私の目標がある。

それに向かって真っすぐに歩こう。

退会して後悔は全くしていない。


スカーレット