2001年12月30日(日)

■ 年の瀬だから

年の瀬の街が好きだ。
そういう街でひとり、本やCDを探すひとときはいいものだ。

それが神保町とか宇田川町とか西新宿とかだったりするとなおよいが、
独り身でもなく、勤め先が都内でもなくなった今のぼくにははっきりいって贅沢だ。

だもんで、今日も半径1キロ内でCD屋と本屋を回っている。
スーパーの前で妻と別れた後にである。

で、買ってきたのが「2002年版最新エレクトリック・ギター・カタログ」。
前に見かけたときは、こんなものを買ってどうするんだと立読みだけですませた。
しかし、同じ本が同じ書店の同じ場所にひっそりあるのを見てしまうともうだめだ。
こいつはぼくに買われるのを待っている。

などと思いつめたりする必要は全然ない。
たかが1400円である。
痛いのか? 1400円が痛いのか?
……い、痛いわけがないわっ。

というわけで、もはやバレバレかもしれないが、
トップページや掲示板をこっそりいじったことについては今日は触れない。
年の瀬だから。


My追加?

    2001年12月28日(金)

■ どこが茅ヶ崎やねん?

今日もまたあれこれ考えている。
といっても、昨夜のような見た目だけのリニューアルについてではない。
内容について考えているのである。

そもそも、ぼくはこの場でいったいなにがしたいのか。
これで勝負だというものに絞ってこそ、特色というものが出るのではなかろうか。
「強み」とか「売り」とかいったものは、そうした後に自ずと現われてくるのではなかろうか。

などと考えていくと、ぼくの場合、アジアのポップスに絞るのが正解かもしれない。
なにより遺産をたくさん持っている。リンク先にも事欠かない。

だが、である。しかし、である。
ぼくのここ数年のテーマは、音楽を語る場においていかに音楽から逸脱するかであった。
といえばもっともらしいが、その実態はといえば、
ある歌い手について語るようにみせかけて、
実は自分のことばかり言いつのっているのであった。

これはダメだ。
こんな調子ではイケない。

というわけで、メインは音楽ではなく自分である。
自分を中心に、たぶん半径3メートルほどの日常が語られていくのである。

いや、テーマらしきものなら、もうひとつあった。
「どこが茅ヶ崎やねん?」。
これだ。


My追加?

    2001年12月27日(木)

■ 気分のいいカウンター

リニューアルしたくなっている。

オープンから4日めにして、早くもリニューアルしたくなっているのだ。
……大丈夫か、おい。

まず、トップページが気に入らない。
スクロールさせなければならないのがうざいではないか。
トップページぐらいは1画面に収めておくべきだろう。
そういう心境になってきた。

次に、カウンターが気になって嫌だ。
表示された数字を見ると、まぁそんなものだろうと思う。
むしろ健闘しているというべきかもしれない。
しかし、そこに数字がある以上、気にならないはずがない。
いちいち気にしている自分が嫌だ。

だったら、いっそ外してしまえという意見もある。
確かに安息は得られるだろう。
しかし、励みもなく虚しい人生ではないか、それは。
実はまるでアクセスされていないのを本人は知らずにいるという事実もありそうで怖い。

そこで、見た目にも精神衛生上にもよいカウンターを考えた。
ありそうで気分のいい、でたらめな数字を表示するのだ。
「ありそうで実はでたらめ」というのがミソだ。

1度のアクセスでぽんと3個増え、5時間おくとぽーんと5個増え、
1日おくとぽんぽーんと24個ぐらい増えたりする。
そいで、トップに「NEW」の文字がある日は、一気に40ぐらい増える。

でたらめであることはもちろん内緒だ。
ただ「気分のいいカウンター」として売り込む。
実際、これを使用した人はみな気分がいい。
「おー、俺ってやっぱし人気者だったんだ。ふふ」ってなもんだ。
万事丸く収まる。

というようなアクセスカウンターを誰か作ってくれという話ではなかった。
早くもリニューアルしたくなっているという話であった。
困った脱線ヘキである。


My追加?

    2001年12月25日(火)

■ コントラダンツァ

テレビから流れてきた曲に、妻もぼくも「お?」となった。
いい曲だった。

ちょっといい曲じゃんと言いながら、ふたりして「え?」となった。
知っている曲だった。

知ってるよな、なんで知ってんだろと言いながら、妻もぼくもて「ん?」となった。
うちにそのCDがあることを思い出したのだ。

あるよな、確かにうちにあるよなと言いながら、ふたりして「は?」となった。
誰のなんという曲なのかが出てこないのであった。

やがて妻が言った。「ほら、ジャネット・リンに似た名前の人」。誰だ、それは。
とか言いながら、次の瞬間にぼくは思い出していた。「ヴァネッサ・メイ! ビンゴ!」。

注目すべきことは、ジャネット・リンとヴァネッサ・メイは似た名前だと
ぼくも妻も認識していたということである。
なにが似ているかというと、拗促音の位置と字数だ。

しかし、日本人だとこうはいかない。
拗促音を含む名前が限られてくるからだ。
この場合、ヴァネッサ・メイは日本人でなくてよかったというべきだろう。

で、問題の曲は、「コントラダンツァ」といった。
もともと覚えてもいないタイトルを、思い出せるわけがないのであった。


My追加?

    2001年12月24日(月)

■ ただ遠巻きに眺めるだけ

トップ画像に烏帽子岩を持ってくれば許されるというものではないだろう。
しかも、URLにはkamakuraなどとあったりする。
どこらへんが「茅ヶ崎」なのかが謎である。

それらしいコンテンツを用意すべきなのだろうか。
明らかに名前負けしているラチエン通りの真実を暴露すべきなのだろうか。

さらに、掲示板に「風雲びぃびぃえす」とあるのはいかがなものだろう。
風雲とはつまり嵐を呼ぶもののはず。
そして掲示板とは、荒らしには押し寄せてもらいたくはないところのものであるはずだ。
わかっていてやっているのだろうか。

実はつい先ほど、そこに思い至った次第である。
かくして「茅ヶ崎」のみならず、「風雲」も謎の名称と決定した。

意味も語呂もそこにはない。脈絡なんてあるわけない。
思えば虚しい名前である。恥ずかしい名称である。
口にすべきではない。入力すべきでもない。

ただ遠巻きに眺めるだけにしておくのが賢明というものだ。


My追加?

    2001年12月23日(日)

■ 危ない橋を今渡る

家庭内での立場を著しく悪化させている。
こんなことを始めてしまったからだ。
こんなことにかまけてばかりいるからだ。

家庭持ちはホームページなど作るべきではないのかもしれない。
というか、ネットになんぞ夢中になるべきではないのだろう。
というか、そもそもパソコンなんかにさわるべきではないのだ。

たぶんそういうことなのだ。
その方が無難であることは確かなのだ。
分担された家事をおろそかにしてしまうのなら。
話しかけられたことに生返事を繰り返してしまうのなら。

危ない橋を、ぼくはいま渡ろうとしている。


My追加?

  目次とか次回とか 掲示板とか