大学のころ、祖母が突然「インド旅行へいかないか」と電話がかかってきた。旅行の日程はちょうど秋休み中であったため即答をした。インドという響きだけでなんとなく興味がわいたのだ。 そのツアーの内容を詳しく聞くと、実は仏教遺跡をめぐって、カースト制度について考える旅行ということであった。当日、集合場所へいくと右も左も高齢の方ばかりのツアーであった。私はもちろんダントツの最年少であった。どうなるかの不安はまだこのときにはなかった。 いざ、空港からインドに降り立ったとき第一印象からすごかった。夜中に降り立った空港は日本ではあまりないオレンジ色の光で暗闇を照らしていた。その下には、たくさんの人が待っていた。ざわざわした雰囲気が印象的であった。この先どうなるのだろう・・・ 翌日からは貸し切りバスで観光に行き、さまざまな遺跡をめぐったが、そのつど日本ではない現地インド人流商売人がいるのだ。私たちのバスが到着するや否や、バスの出口に集まり、観光を始めるとその回りに人が集まってくる。そのうち商売人だけでなく、幼い子どもや障害を持った方々が、お布施といって観光客からお金をもらいにくる。向こうでは、お金を持っている人が貧しい人に援助をする風習があるため、私たち外国から観光に来た人に対して求めてくるのが普通のようだ。 そこで一緒にいったおばあちゃんを始め、ほかの同行者はかわいそうといってお小遣い程度の気持ちでひとりにあげる。するとその後ろからほかの子が手を出してくる。そのうちたくさんの人に囲まれ身動き取れなくなるのだ。そこで、私はまずほんとにお小遣いを上げることがその子どもたちにとって幸せなのか、観光客に頼って生きていくのが幸せなのかを考えた。そしてそれをみんなに伝え、子どもたちにかわいそうな気もするが、かまわないようにしたし、おばあちゃんやおじいちゃんたちに近づけないようにした。他のしつこい物売りを追い払ったり、現地の人に囲まれているときの荷物を運んだり、管理したりもした。 そしてインド各地をめぐり、たくさんの人に出会い長いインドの歴史も実感できたし、深い宗教観も私にはないものだけど、この土地で生きていくには必要不可欠で、大きな気持ちの支えになると理解できた。 2週間をすごし、インドを離れる前にはもう一度、今度は自分の足で歩いてみたいと思っていた。貸し切りバスや、飛行機だけでなく、地元の人と電車に乗りバスから見た小道を歩いてみたりと、もっと深くまで知りたいと思っていた。 飛行機に乗り、新幹線で東京から帰る途中、一緒に同行した人たちから感謝の言葉をもらった。「ほんとにありがとうね。」とそれも複数の人から。とてもびっくりして私は初め理解できなかった。それほど感謝をされる、何か特別なことをした覚えもないのに。聞くと荷物を持ったり気を配ったりと、現地でおじいちゃんやおばあちゃんにしたらとても心強く感じられたそうで、その感謝だったのだ。 無意識でしていたことが、感謝の言葉で意識できるようになり、実感できたことで、実は始めて気がついたことがあった。 私が感謝されたのは、私が意識的にしたことではなく、自然と体が動いてくれたことに対してである。つまりは、今まで私が生活してきた中で見につけたこと。私を育ててくれた両親や、先生。そして友達、先輩や後輩。たどっていくとその人たちを囲んでいる人たち。 私たちを囲んでいる環境すべてに感謝の気持ちを持てた。 初めの言葉をくれた人々に、そしてその機会を与えてくれたインドに出会えてよかった。
その1年半後に私はひとりで、中国からチベットネパールを経て再びインドを目指すのであった・・・
|