ジョージ北峰の日記
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2009年10月16日(金) オーロラ

  突然、テレビ放送、ラジオ放送などの通信手段が途絶してしまいました。私達の島に完全に孤立してしまったのです。本土方面の灯りも消えていました。さらに最悪は青空が消失したことでした。昼でさえ、太陽光線が厚い雲で遮断され、まるで夜の様な暗さでしたが、夜は月の光も全く届かず漆黒の闇夜になるのでした。隣人の顔さえ見えない程でした。幸い私達の地下施設には、地熱を利用した自家発電の設備があり、日常生活には支障はありませんでした。
  しかし、本土は恐らく大混乱に陥っていたに違いありません。その状況を想像してみても恐ろしいことでした。社会を維持する通信システムが全く機能していないのですから、社会秩序は次第に崩壊し、生きる夢を失った人達の中から暴徒化するグループが出るに違いありませんでした。物資のグローバル化が進んだ現代では、通信・運輸手段の崩壊は、社会の崩壊を意味していたからです。
  弱肉強食の論理が跋扈(ばっこ)するのです。
 私達の島でも事態に如何対応するか連日会議が持たれていました。太陽光線が遮断されたことによる気温の低下や放射能を含んだ灰や雨に対して如何対処するかが中心の課題になりした。地下施設から外出する時は放射能に対する防護服を着て出なければなりません。そんな状況下では動物を飼育することも、農地を耕すことも不可能なのです。
  まず、食物の確保をどうするか?大問題になります。そればかりではありません。太陽光が遮断された状況下で気温はどんどん下がりつつありました。このままでは海は凍りついてしまうかもしれません。つまり気温対策が最も大切な課題でした。
  何もしなければ、氷河期を迎えることになるかも知れません。そうすると氷河期に恐竜が絶滅したように、私達もまた絶滅することになるかもしれないのです。
  「幸いこの島では地熱が利用できる。電力を失うことはありません。さらに表面が氷で覆いつくされれば、放射能を氷の中に閉じ込めることが出来ます。地下に放射能が侵入することも防げます。とすれば放射能から自分達を守ることが可能になるでしょう。完全に氷河期が来れば安全に外出することだって可能になります。つまり地下に生活圏を築けば、私達は安全に生き抜くことが出来るのではないでしょうか?」と若い物理学者が物静かに言いました。
  思いもつかない彼の提案に「逆転の発想だ。面白い」と私は考えました。彼の計画を聞いているうちに、少年の頃、冒険小説「15少年漂流記」読んだことを思い出ました。そして少しは気が楽になるのでした。
  幸い島の住人は若い。体力もある。「このまま死を待つ手はない。皆で力を合わせて地下に私達の生活圏を築こうではないか」と私は決断したのです。
  一方暗黒の世界になってから、パトラからは何の連絡もありませんでした。しかし私には確信がありました。「パトラは死んではいない。必ず帰って来ると---何時もそうだったから---」と、それ迄私達は生き残りをかけて全力を尽くそうと考えたのです。
  皆が連日寝る暇もない作業を続けていました。陸や海が完全に凍りつく前に、作業を進めなければならなかったからです。
ある日、皆が身も心も疲れ果て、休息室に集まって来ました。「これ以上働いても無駄ではないか」と弱音を吐く人も出てきたのです。

  「久しぶりにご馳走を食べて元気を出そう」と呼びかけました。
そして、私達は大切残してきたビールを出して乾杯することにしました。「これが最後の晩餐でなければいいが---」と冗談を言っても誰も笑いませんでした。しばらく沈黙が続きました。

  と、突然女の子が、大声で叫びながら「おじさん、外の様子がおかしい」と駆け込んできたのです。何時も、子供が外に出ることは硬く禁じていたのですが、その日は皆、気が緩んでいたのでしょうか。彼女は誰かに呼ばれたような気がして飛び出したというのです。そして外界の異変に気付いたと言うのです。
  私達も慌てて外へ飛び出しまた----驚いたことに辺り一面が明るくなっていたのです。

  見上げると西空に雲の裂け目があり、其処からサーチライトの様に光が地上に差し込んでいたのです。何段にも垂れ下がる劇場の幕のような黒雲は割れ目の周囲を波打つ様に移動していました。雲の割れ目は金環日食の様に金色に縁取りされ輝いていました。地獄の沙汰に天国を見たとはこのことでした。
「なんと美しい光!」
 皆は疲れも忘れて一瞬見とれてしまいました。 
 こんなに美しい光を太陽が地上に送っていたとは考えてもみませんでした。
 遠く雲間のスリットから差し込んでくる光がプリズムを通したかのように海にキラキラ反射して七色に輝く波の力強い揺れがまるで自分達と同じ生物の様に見えたのです。

 誰かが「万歳!」と大声で叫びました。するとつられて皆が「万歳!」、「万歳!」と歓喜の声を上げました。 そして手を取り合ったり抱き合ったりして大喜びしたのでした。


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