ジョージ北峰の日記
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2007年11月11日(日) オーロラの伝説ー続き

  まるで大型のスクリーンで映画を見ているような、そんな状況を想像していただければ、少しは私の心理状態を理解していただけるかもしれません。
 X山、Y山に位置する赤の集団が徐々に青の集団に目がけて移動していく。戦況は刻々と移り変わっていく。画面で見ている限り、事態は淡々と事務的に進んでいるように見えたが、戦場ではかなり激しい戦いが繰り広げられていた。
 生か死か、2者択一の戦場に向かうことは普通なら確かに恐怖を伴うだろう。しかし当時、私は若かった、それに状況も状況だった。今、振り返ってみると、やはり若さ故の血気だったのだろうと思うが、じっと眺めている自分がとても不甲斐なく卑怯で、居ても立ってもいられない気持ちで焦っていた。今考えれば無謀だったかも知れないが「私にも戦に参加させてください」と言うと、「戦場をもう少しズームアップしてみよう」と老博士は言った。
 すると画面にギリシャ・ローマ時代の戦争を髣髴(ほうふつ)させる甲冑で身を固めた、戦士達が槍、刀や盾を激しく振り回し必死に戦う姿が画面上に飛び込んできた。戦場では、すでに戦いに敗れた多くの戦士達が倒れていた。一方戦う能力のある戦士たちは倒れて苦しんでいる戦士達に目もくれないで次の相手に向かっていく。
 一人の戦士が数人の戦士と戦っている。一人の戦士が倒れると“ハッ”とする間もなく数人の敵の餌食になる。しかし敵の戦士、味方の戦士共に倒れても、倒されてもすぐ立ち上がり、それこそ動けなくなるまで渾身の戦いを続けていた---こんな凄惨で惨(むご)い場面は、もちろん本当の戦争を知らない私の想像をはるかに超えていた。映画で見るのとは訳が違っていた。
「こんな状況でも、ドクターは戦場に行くかね」私の決意を確かめるように博士が尋ねる。「勿論です!パトラのために!」私は、その時パトラのためなら如何なっても構わないと思っていたからだ。「ラムダ国のためじゃないのかね?」彼は少し皮肉な笑みを浮かべながら言った。「いえ、パトラのために戦うことが国の為になると信じています?」老博士は「その通り」と言うような素振りを示しながら小さく頷いた。
  ところで、さらにもう一つこの国の風変わりな戦争についても話さなければならないでしょう。
 すなわち、戦っているのは人間だけではなかった。動物達も戦士たちと一緒に戦争に参加していた。ラムダ国からは大型のカラスが参戦したことを話しましたが、ズームアップした画面をよく見ると小さなネズミの様な動物が戦場を駆け回っているのが見えた。老博士によると、彼らはラムダ国が上陸に際して連れてきた大型のラットだった。最初味方の守りが総崩れになったのは、彼らのせいだったのだ。
  読者の皆さんにも容易にわかると思いますが、戦闘の最中、足元で例えネズミと言えども走り回られると気が散って存分に戦えない、さらに彼らが攻撃を仕掛けてくると一応防がなければならない。その為、戦士の集中力が分散される。それが最初敵の攻撃を優勢にし、味方の前線が総崩れになった原因だったのだ。しかしそれに対抗して放たれたラムダ国のカラスがネズミ軍団に攻撃をしかけ、彼らの態勢が崩れ始めると、逆にラムダ国の戦士たちの戦闘力もフルに発揮できるようになったのである。
 動物と人間が渾然一体となったまるで御伽噺(おとぎばなし)の様な戦(いくさ)!
 それに最初赤や青の火と考えていた灯りは、実は戦士が着用している甲冑から発せられる蛍光のような光だった。だから暗夜といえども敵、味方の区別が可能になるのだった。
 私が咄嗟に「敵の鎧を身に着けて敵を欺くことだって可能ではないですか?」と尋ねると、老博士は「いや、ラムダ国とオメガ国の戦争では、そのようなことは絶対にない。彼らは正々堂々と戦うことに誇りを持った戦士たちだ」
「もしそのような行為をした場合は、その戦士は直ちに両国から処刑されるだろう」と、彼は断言した。「この国の科学の進歩から考えたら、さらに効率の良い兵器だって開発可能なのではないのでしょうか?」すると老博士は少し間を置いて「ドクターの言っているのは、大砲や原子力爆弾の様な近代兵器を使っての戦争のことかね?」と語気を強めた。
「そうです」すると彼は首を左右に振りながら「現代の地球人の戦争には哲学がない。大量破壊兵器を使って無差別に、人間のみならず多くの生物を虐殺している。このことが地球にとってどんな結果をもたらすか考えたことがあるかね?」と私の顔を見据えるように言った。
 「---」老博士の強い言葉の勢いに私にはすぐ答えることが出来なかった。
「先にも言ったとおり、人間の遺伝子システムはは人間のため為にのみ設計されたされたものではないのだ。すべての生態系のシステムの一部として設計されたものなのだ」
「20世紀の戦争による、我々の想像を絶する生態系の無差別破壊は、倫理を失った人間の企業開発が及ぼす気候や生態系への影響どころの騒ぎではないのだよ。もうすでにどれだけ多くの重要な遺伝子が、戦争の結果地球上から消失したか」悔しそうに一瞬口をつぐむと続けて「その損失は計り知れないものだ」と訴えるような口調で話した。
「消えた遺伝子は、人の未来に何らかの影響を与えるのでしょうか?」
博士は少し沈黙していたが、静かな口調に戻って「勿論だとも、人間も含めて、生物界の遺伝子は相互に交換したり、増えたり、減ったり長い目で見れば、絶えず流動的に生態系全体を渡り歩いていると言っても過言はないのだ」と語る。「とすると、重要な遺伝子が地上から消されていくと、例えば人間はどうなるのでしょう?間違ったあるいは思わぬ方向へ、さらに将来的には絶滅の方向へ進んでいくと言うことでしょうか?」
「その通りだ!だからこそ今我々は新しい生態系を設計しなおさなければならないのだ」
「そのような博士の危機的な認識が、オメガ国とラムダ国のあり方、生態系の遺伝子システム設計の方向性を強めているのですね!」
[---]
「今はその実験中と言う訳ですか!」
「---」
「それでその実験は成功しつつあるのでしょうか?」
 老博士は、一瞬口をつぐんだ後「良い方向に進みつつあるとだけ言っておこう」すこし躊躇う(ためらう)口調で言った。さらに「これからラムダ国人やオメガ国人を地球に送り出す当たってドクターのような橋渡し出来る人間が必要なるのだよ」私の血気をたしなめるようにいった。
「---]
「だからドクターが戦場で倒れてもらっては困るのだ」と付け加えた。
 画面からは、人間や動物達の発する怒声、悲鳴、ばかりが聞こえていた。画面が遠景に戻ると、赤い光の軍団が徐々に優勢のようで青い光“軍団”を押し返しつつあるように見えた。

 はるか何処までも続く真っ暗な闇と海、海岸線では白い波しぶきがまるで生き物のように打ち寄せるのが僅かに見えた。しかし一方ではキラキラ輝くサファイアを散りばめたような星空が海中へ溶け合うように沈み込む水平線、そして時々その合間を縫うようにオレンジ色の光を放射するUFOが音もなく着水してしてくる。
 陸上では、赤と青の光が火の玉のように揺れている、それらが渾然一体となって、あたかも死者を送る日本の真夏の夜の夢“灯篭流し”を見ているような印象を受けた。


ジョージ北峰 |MAIL