ジョージ北峰の日記
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2006年08月29日(火) オーロラの伝説ー続き

 それにしても不思議だったのは、アレクが危険な戦場から帰ってきたばかりなのに、戦争の現状分析を、それ程興奮した風もなく、冷静に淡々と話したことだった。勿論パトラも、何事もなかったように議事の進行を玉座から静かに見守っていた。
 私の常識からは、生死を賭けた戦場から帰ってきた戦士に恐怖心や強い感情の昂ぶりが見られないことが、どうしても理解できなかった。彼らはスポーツの試合後のようにさえ見えた。単に視察に参加した私でさえ、まだ興奮冷めやらぬ状態が続いていた。
 会議の後、この事について学者風の元老と話す機会があったので、この点について「どのように考えているのですか」と、質すと、「あなたは戦争のない国から来た人だから無理もないと思う」がと苦笑しながら「この国では王も含め戦士は”戦う”ことが任務、とりわけ”将”は戦闘能力が卓越していると自信をもっているので、戦うことが好きな人間なのだ」
 「しかし、王が戦死するようなことがあれば、この国は如何なるのですか?」と尋ねると即座に「勿論この国は、他国の属国に成り下がるだろう・・・」肩をすくめて、静かではあるがしかし厳然とした口調で応えた。
 「・・・・」
 退席途中、私達の会話に加わったパトラは「しかし私は、自分達が敗北すると考えたこともありません。それにあなたは非戦闘員ですから余計なことを考えることはないのですよ」と優しくなだめる様な口調で話を挟んだ。
 しかし私には、やはり疑問が残った。「この国は豊かで、生活に困窮しているわけでもないのに、どうして戦争する必要があるのでしょう?」
 「相手が攻めてくるからです」とパトラ。
 「話し合いで解決できないのですか?」と、元老は「それは無理だ。どちらの国がより優れているのか、私たちも相手方も知りたいのだから」
 さらに続けて、彼は戦争の必然性について興味ある考え方を語った。
 「生物は絶えず進化し続けなければ地球上から絶滅してしまう。生物は自然淘汰の流れの中で種の保存が決定されている。つまりどの種の生物が保存されるのか?は”突然変異と生存競争で選択淘汰”される、と言うダーウインの自然淘汰理論が、今もなお確かな真理だと私は考えている。この原理に基づいて、生物界ではバランスの取れた発生と消滅が繰り返され”種の進化”が進められてきた。しかし科学技術を利用するようになって、生物界に人類が異常繁殖、王のように君臨するようになって事情は一変した。
 最近ご承知のようにある種の生物は次々絶滅していっている。これらは人類の異常繁殖の結果、自然淘汰のサイクルから外れた種なのです。
 一方生命の裾野に位置する微生物、殊にウイルス、細菌などの下等生物は人類の科学技術の進歩に影響を受けずに絶滅するどころか、むしろエネルギッシュに一層の進化をし続けている。つまり高等生物を取り巻く環境の中で下等生物界だけが人類に影響を受けずに活発に変化・進化しているのです。
 一方高等生物(植物も含めて)の進化は彼らに比べると難しく、時間がかかり過ぎる。だからその環境変化に追い越された種は滅びるだけなのです。。実は多くの生物は、このような理由で、人類の影響もあってすでに絶滅しつつあるのです。しかし、これまでの人類は、他生物種と違って、自分達の進化の遅れを科学技術で補ってきた。そして敵対する生物種を科学技術で滅ぼしてきたとさえ極論できる。その結果、今では地球上で最も繁栄する生物種になったのです。しかしこれは、生物進化の原理から、明らかに外れている。人類文明の進歩は、ものすごい勢いで周囲生物界の進化に影響を与え狂わせつつある。
 ある種の生物は人間との不当な生存競争で滅ぼされ、ある種の生物は、新たに発生した性質の悪いウイルスや細菌の攻撃にさらされ抵抗出来ず絶滅しつつある。
 しかし私たち人類も例外ではないと考える。
 人類自慢の科学技術をもってしても、いったん崩れた環境変化は如何ともし難く、環境を戻しきれなくなった人類は、いずれ自らが招いた逆境の波間に溺れ沈んでいくことになるだろう。
 人類が自慢にしてきた文明が、皮肉にも人類の破滅を招くのだ。
 だから私は、現代の切羽詰った状況を打開し、地球の生物界を救出するには常套手段では到底無理、革命的な方法を用いなければ、絶対出来ないと考えている。
 生命の絶滅を防ぐ手立てはひとつ、それは生物界が進化する機構、つまりシステムとそれを動かすエンジンを健全に保つこと、つまり絶えず良い遺伝子を作り出し、種内に保存する、それには優秀な生物種(優秀な遺伝子を有す)が”公平な戦い””競争”(人類だけが一人勝ちするような競争ではない)を通して生き残りうるシステムを再構築することなのだ。
 人類が科学技術に守られてぬくぬくと生き延びられると考えているとしたら、それは神を冒涜するとんでもない思い上がりだ。むしろ私達人類は最もワイルド(野蛮)と考えられる手段で”変化する環境”に対抗しうる生物種であり続けることこそが神の思し召しなのだ。
 真の戦い(ワイルドな)で勝ち残るエネルギーを失った生物は進化のエンジンを失い、神にも見捨てられ、絶滅するしかないと私は考えている」とゆっくり、確信的な口調で語った。
 「だから私達は、生き残る種であるためには戦い続けなければならないのです。それこそが私達の遺伝子を保存していく唯一の手段でありエンジンなのです」似たような口調で、パトラは元老の話を引き継ぎ、私のほうを振り返るとウインクしながら部屋を出て行った。
 私は、急な話の展開に、当時の私にはとてもついていけないように思えた。この国が遂行している人工的な動物進化の方向こそ誤っていると考えていたからだ。
 しかし、かの元老は有名な数理進化論の大家であった。彼の理論によると、人類は明らかに遺伝的破滅の方向に向かっているということだった。


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