ジョージ北峰の日記
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2005年12月22日(木) オーロラの伝説ー続き

パドラは、壁画のほうに振り向きながら、遠くを眺めるような表情に変わり、ゆっくり噛み締めるような口調で次のような話しを始めました。
 「愛には大きく分けて2通りあるでしょう?広い意味での、一般的な愛、例えば家族愛、親子愛、同胞愛などの愛は、人々の心を広く、優しく、豊かにし、争いのない平和な社会を築く為に特に必要なものなのです。
しかし、一方男女の愛は、人の心を狭く独善的にし、しかも残念なことに、この愛は永遠に続くものではありません。熱しやすく冷めやすい性格のものなのです。その上、これまで歴史上で知られている有名な戦争も、この種の偏狭な独占愛が原因で勃発したことさえあったのをあなたも知っているでしょう?そして、この一見些細ともいえる独占愛が原因で、大帝国でさえ歴史上から姿を消していったことも--。
 人間が示すこの反社会的ともいえる愛を、人々が陥りやすい「業」と捉え、如何すればこの「業」から人間を解放することが出来るのか? ラムダ国の指導者は真剣に考えてきたのです。そして、昔から文学などではしばしば「賛美の対象」にさえしてきた、恋愛物語から人々を解放する事が、人間社会を平和にする最も根本的な「解決方法」と考え--だから“その方法を考えることこそ国の最優先事項”に決定するという結論に達したのです。
そして個人的な恋愛感情からセックスすることを教育も含めて禁止する方策を色々考えてきたのです。
今では、この国では、男も女も、支配者も被支配者も、誰も、もちろん私でさえ人の心を独占したいとは思わなくなっているのです。
このルールを徹底して実施したおかげで、この国では、どれ程多くの人々が男女間の諍い(いさかい)から救われてきたか分かりません)--と。
 「なるほど、しかしこの国では、男に女を選択する権利も、愛する権利も奪われています。しかも“性の儀式”では男は目隠しされているので、誰とセックスしているのかさえ分かりません。男にとって、とても不利益なルールではないですか?--私には、誰もが納得するルールとはとても思えません」と強い口調で答えますと、それに対してパトラは「先程、ルールと言いましたが、あなたの考えているルールとは少し違うかも知れません。私達のルールはもう既に人々の心の中に根付いて慣習になっていると言ったほうが正しいかも知れません」と言うのです。さらに、セックスに関して、女が相手を自由に選ぶ、そして男は誰とセックスしているか分からない、この形式こそ “性の呪縛”から人々を解放する最も理想的な方法と考えているのです」続けて「セックスは唯物的・物質的と言うより、むしろもっと観念的・精神的な部分が大きいのです、だから恋愛が時に男女間のトラブルの大きな原因になるのです」とたたみかけるように「しかしこの国では男は女性から選択されるよう絶えず努力しなければなりません。それにこの国では心のトラブルが問題とされる男の性的不能者は全く存在しないのです。それは男にとっても、良いことではないのですか?」と答えるのでした。
 私はパトラの言うこの国の“性と愛”について、あまりにも合理的な考え方に少なからず抵抗を覚えました。
人類に見られる遺伝的多様性の重要さ、その基礎は、男女の自由恋愛と自由な性行動に基づいてきたという歴史的事実を考えてみても、この人間存続にとって最も基礎的とも言える自由な恋愛行為を外から抑圧し封じ込めることが本当に正しいことなのか?--集団遺伝学的観点から考えても、とても納得出来ることには思えませんでした。


 壁画は、何時の間にか夜の風景に移っていました。
 対岸には、凹凸に並ぶ墨絵のような建物の窓から仄かにもれ出るオレンジ色の光が暗黒の地上と深く広い星空をくっきり印すかのように放射され、そのシルエットはあたかも幼少の頃よく見かけた懐かしい影絵の動画を見ているような印象を受けたのでした。
 一方風が強くなり、大きくうねるような波が海岸に打ち寄せる頃には、私がアルコールに酔っていた所為(せい)もあって、印象派の画家がよく描く、色気溢(あふ)るる豊満な肉体の裸婦が、あたかも生きている様に艶(なまめ)かしく、動きだしたように見えたのです。私にはもうこれ以上パトラと議論する理性は残されてはいない様に思えるのでした。
 衝動に駈られて私がパトラの体を抱き寄せますと、彼女はほとんど何の抵抗も示さず、まるで映画のシーンのように、むしろ積極的に優しいキスで答えてくれたのです。さらに私が彼女のドレスを開けようとしますと、彼女はやはり抵抗する風もなく、逆に私の動作を容易にするように体を動かしてくれるのでした—私は理性をすっかり失って、夢中になって彼女のドレスを脱がそうと試みました。すると予想に反して、パトラはやはり抵抗する様子を見せず、一糸纏わぬ自然のままの姿になってくれたのでした。 
彼女の日頃の機敏で男性的な様子からは、とても想像できない、一層女らしい形のよい胸の膨らみや引き締まった腰、ふくよかな太腿が、私の眼に飛び込んできたのでした。それはギリシャ神話に出てくる、生きた女神の彫刻のようで、神々しく息を飲むような姿でした。私が彼女の肩、腰に手を回しますと、しっとり重みのある肌の感触、どっしりとした重量感が伝わって来るのです。私は夢中で首筋から乳房そして腰に、愛撫を繰り返し、時折唇、舌を這わせますがパトラは抵抗する素振を示さず、むしろ、何かに耐えるような表情を見せるかと思うと、時には全身の力を失い、のけ反る様な反応さえ示したのです。その度に彼女の重量感溢れる体重が私の両腕にかかってくるのでした。まさか女王パトラが、私にこのような人間らしい姿を見せてくれるとは夢にも想っていませんでしたので、私は本当に感激していました。
さらに彼女の体からほのかに発散される、椿の花の様な心地よい甘い芳香に、私の気持ちは一層高まり、興奮はさらに増すばかりで、私は眩暈(めまい)の為、頭の中が真っ白になるのでした。
私が堪え(こらえ)きれずに、ベッドに倒れ込みますと、彼女は私の股間に何気なく触れながら、そして堅く屹立(きつりつ)する私の敏感な部分を優しく軽く握るのです。
それだけでも私には驚くほどよい気持ちになるのでした。
興奮のあまり私が頂点に達しかけると、彼女は手を離すのです。
 私は、苛立ちがつのり彼女の下半身に手を伸ばそうとすると「だめよ!」とパトラは身をよじり、そして「これ以上は性の儀式に参加しなさい」と、少しかすれたような声で言うのでした。
 しかしそんな彼女からは、女王としてのいつもの毅然とした “オーラ”が消えているように思いました。
この時点では、パトラが何を考えているのか、やはり私にはよく分かりませんでした。


2005年12月04日(日) オーロラの伝説ー続き

 その夜、初めて私は、自分の腕でパトラを抱き寄せたので、感激していました。だが、あまり突然のことでもあり、それにパトラの意図が理解できないこともあって、私は金縛りにあったような状態で、それ以上どうすればよいのか分からないまま、静かな沈黙の時間が経過したように思います。パドラは、私から腕をゆっくり解き、立ち上がると「面白いものを、お見せしましょう」と言って、キーボードを叩くと、驚いたことに壁が緩やかに移動し、壁一杯に広がるスクリーンが現れました。そのスクリーン上にヨーロッパ印象派の絵を想像させるような映像が写しだされていました。さらにスクリーン上のアイコンをクリックすると画面が動き始めました。と! 部屋全体がパッと夕日に照らされたように明るくなりました。同時に何処からともなく、気持ちよい微風が自然のリズムで肌をかすめ始めたのです。その状況は、現実に高い塔からヨーロッパの港町を眺望しているような錯覚さえ憶えたほどでした。
遠景には古い教会やそそり立つ城壁の黒い影、前景には夕日にキラキラ、鮮やかに反射する穏やかな波が眩しい海、その波の合間を帆船がすべる様に移動して行く、さながら夕暮れを背景にしたヨーロッパの古い港町を見ているような印象を受けました。
私は清清しく暮れ行くひと時を、ベンチでパトラと仲睦ましく語り合う恋人同士のような錯覚に陥ったほどでした。「まるで古いヨーロッパの港町を二人で旅行しているような気分ですね」と囁くと、彼女は嬉しそうに「これはラムダ国の芸術家の作品なのよ」と微笑みながら肯くのです。この時のパトラの表情からは王女の威厳はすっかり消えていました。
 恋する若い娘のようでもありました。私は初めの興奮から少し目も覚め、心は徐々に雰囲気に和んでいくように感じられたのでした。
 しかしこの恋の戯れに(たわむれ)終わりはありませんでした。
時折見せるパトラのしっとりぬれた、男を誘うような眼差しに、引き込まれるようにパトラの肩に手をかけると、彼女は敢えて抵抗する風もなく、私の腕の中に寄りかかってくるのです。さらに彼女の胸、腰、大腿に私の体が触れても怒る風でもなく、少し興奮したかのような大きなため息をつくのです。
 彼女は、男が発する刺激に明らかに反応する様子を示したのです。
 それどころか、パドラは私の大腿から股間に手を伸ばし、私が興奮していることを確認すると「何故、あなたは“性の儀式”に参加しないのですか?」と少しなじる様な口調で詰問するのです。
 この質問については、私が最も気にしていることでしたので、少し反抗するように「研究のことで、頭の中が一杯なのです。それに--」と答えかけたが、私が気にしている、もう一つの本当の理由について話すことには、少し躊躇い(ためらい)がありました。
しかし彼女は追っかけるように「それに?--何なのですか?」と少し眉をよせながら「あなたが来るのを心待ちにしている女も大勢いるのですよ。あなたには女の気持ちが理解できないのですか?」と怪訝そうな表情を見せるのです。ああ!この時のパドラのドキッとするほどの美しい横顔!しかも、だからこそどうしようもなく強い嫉妬で狂いそうになるほどの穏やかな顔----やっとの思いで激情を抑えると、私は自分の思っている事、つまりこの国に見られる男女の愛と性のあり方について、この時こそと、パドラに疑問をぶっつけたのです。「いえ、私にはこの国の恋愛のあり方やしきたりが我慢できないのです。この国には、男女の本当の愛がないように思えるのです。私には愛のない性はありえないと考えているのです」
 パドラは一瞬困ったような表情を見せましたが、ゆっくり立ち上がり、私を説得するように「男女の愛はこの国にも勿論あるのです」と答え、続けて「しかしラムダ国人は愛と性とは別の次元の話と考えているのです」「少し長い話になりますが聞きますか?」と真剣な顔に戻って私を見つめました。
 画面は、やがて夕日が沈み、街や帆船に灯が点り(ともり)その仄明るい光と星の青い光がまるで宝石のように暗黒の画面に浮かび上がり始めました。
時折流れ星が夜空を裂くように消えていきました。


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