ぼんやり日記
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2002年12月31日(火) そして夜が更ける

2002年が終わると少し寂しいのは、ビジョンメガネでもらった
2002サングラスをかけられなくなること。

もちろん2003サングラスもくれるらしいんだけど
やっぱり2002じゃないとねえ。




大晦日くらいちゃんと書こうよ<自分


2002年12月26日(木) トイレ・ウォッチャー

トイレ・ウォッチャーといえば、うちの子たちである。
外食すると必ず、その店のトイレへ入る。
食事をすると行きたくなるのは自然なことであるが
長女の場合、レストランでトイレに行くのが趣味のようなところがあり
つい5分前に別の所ですませていても行く。
彼女がその気になれば、立派なトイレ・ミシュランを作れるだろう。

でこれは、最近新装開店になったご近所のレストラン。
個室内に、何やらヘルスメーター状のものが。
よく見ると「フィッテング・ボード」とあり
カタンと下ろしてこの上で、着替えをしたりするためのものらしい。
なるほど!
靴を履いて自分で歩くけれど、おむつをしている子どもは
おむつ替えも工夫をしなければならない。
まず、洋式トイレで靴を脱がせ、便座を閉めた上にたたせる。
タイツやズボン、おむつを脱がせ、それをしかるべき場所に置き
便座を上げてトイレをし、汚物を捨てる。
その後また便座を閉めてその上に立たせ、新しいおむつを履かせ
靴を履かせて完了。

ところが、このフィッティング・ボードがあれば、便座の上に
立たせなくともここで一連の脱ぎ履きが可能である。
女性でも破れたストッキングの履き替えなんてこともできる。
(いやこれが主たる使い道かもしれないけれど)
なるほど〜。
まだまだ進化するところはあるんだなあ、と思いながら
トイレ内で写メールする自分が非常に後ろめたかったです。
(サイレントにしていても撮影の瞬間は「しゃらら〜ん」って鳴るのよ)


2001年12月26日(水) 祭りの後

2002年12月25日(水) 闇は光に打ち勝たなかった

いまは いまは ちっちゃいほのおだけれど
みんなが集まれば 大きなほのおになるよ
灯して 灯して 夜が明けるまで
灯して 灯して 主が来られるまで
灯して 灯して 夜が明けるまで
それは神の愛


クリスマスのキャンドルサービス。
会堂全体の電灯を消すと暗くてちょっと怖い。
一つの小さなろうそくの炎では、何のたしにもならない。
でも、それを一人一人が手にしているろうそくに火をリレーしていくと
会堂全体がほわっと暖かい灯りで満ちあふれる。

暗闇が濃くて深いほど
ほんの小さな灯りであっても、とても大きな希望となる。
世の暗闇が大きければ大きいほど。
こうしている今も、この日本で、もしかしたらすぐそばで
虐待されている人がいるかもしれない。
助けを求めることさえできない暗闇の中にいる人たちに
この光が届きますように。
世界中の暗闇に、アジアの、日本の、この地域の暗闇に
私の中の暗闇に、光が届きますように。

先日もあるニュースを聞いて、背中に冷や水をかぶせられたような
恐怖に襲われた。寝られなかった。
神様、どうすればいいのでしょう。恐怖で泣くこともできず
吐きそうになりながら震えていた。
私には何もできません。この暗闇と戦えません。
この暗闇の中で生きていくことはできません。
そう神様に語りながら、自分の弱さが悲しかった。

小さなほのおだけれど、神の愛を知ったから
祈るしかないけれど、祈ります。
暗闇を憎みつつ、そこに光が掲げられるように祈ります。

クリスマス、おめでとうございます。
空前絶後の暗闇の中、孤独に十字架の苦しみを受けられたイエス様に
驚くべき感謝と賛美をこめて。ありがとう。


2002年12月24日(火) ジョー・ストラマーに花束を

このニュースを知ったのは23日の夜。
イギリス時間22日、The Clashのリーダーでヴォーカルだった
Joe Strummerが自宅で心臓発作で死亡とのこと。

ジョーと無縁の生活をもう何年も送っていただけに
きつねにつままれたようなニュースだった。
私が知らなかっただけで、彼は新しいバンドを引き連れて
ここ数年続けて来日していたという。

きっとジョーはもう人生をリタイヤしているんだろう、そう思っていた。
それまでの、余りに激しい人生で神経も体もすり減って
とてもまともな状態とは思っていなかった。
だからこそ現在のジョーの情報を探す気にもなれなかった。

ところが今回、慌ててネットで彼の消息を調べていくうち
彼はきちんと前を向いて生きていた事を知った。
私なんかよりずっと前向きに。

相変わらず彼を身近で感じた人々のコメントは、彼への愛情で
満ちていた。
どれだけ裏切られ人間関係で傷ついた経験をもっても
彼はどうして人を信じるのだろう。受け入れ続けられたのだろう。
もちろん彼を愛する人たちがたくさん周囲にいたに違いないのだけれど、
私みたいにすぐ閉鎖的になる人間は、彼の器の大きさの前に
羨望と敬意をこめて立ちすくむだけ。

今日、立ち寄ったショップでクラッシュの輸入CDが平積みになっていた。
ちょっと迷ったけれど買ってしまった。(パパごめんなさい)
“LONDON CALLING”
聴いているうちに、もちろんレコードへの思い入れ、思い出もあり
自分が予測していた以上にたくさんのものを、このレコードから
(まあCDなんですけど)吸収している。

ヒロトが「ああ やさしいから すきなんだ」と歌ったように
クラッシュの、ジョーの音楽は優しい。すごく優しい。
そして真っ直ぐで強くて、鋭くて、か細くて、痛い。痛い。
でもクラッシュの凄いところはその上に暖かい。
熱いのはもちろんだけれど、寒い日に暖炉の前で暖まるように
あるいは暖かい毛布にくるまるような暖かさがある。
でも、そういう居心地の良さだけではなくて
いっぱい問題提起をしてくれる。
その驚きと痛さといったら、私はジョーを通して社会にある
いろんな矛盾に目を向けるようになった。
ジョーの音楽を聴かなくなった今でも未だ模索中。
そういう意味で、ジョーは私の中に生き続けているといえるだろう。

いろんなミュージシャンの悲報を聞いたけれど
お墓まいりまでしたいと思う人はいなかったな。


2002年12月23日(月) 親族一同のクリスマス

祖母を中心に叔母さん、息子娘家族そろってのクリスマス。
我が家に集まることが多い。
子ども達は赤ちゃんからの仲良しなので(総勢7名)楽しそう。
子どもが面倒がる年になれば自然とこんな集まりも減るだろう。

一応、1時に開始ということだったのだけれど
みんなほら、身内だから適当に来るから食事はじまったのが2時前。
次女はそれまでに2回低血糖をおこした。
そして怒濤のごちそうが目の前にあるものだから歯止めきかず。
おまけにおやつのクリスマスケーキとフルーツ。
血糖値はガンガン上がり、インスリンもそれに追加打ちをするけれど
間に合わないくらい上がりっぱなし。
それでも、みんなが嬉々として食べているのに一人だけ
「ダメ」と言えない。後の精神的反動が恐いので、今日だけは
目をつぶろうと思っていた。
でも予想以上の血糖値の上がり具合で、もう気が気でなかった。
夜中の0:00に測ったら500を越えていた・・・
インスリンも大変な量を打たざるを得なくなり、自分の浅はかさと
次女の人生に今後起こりうる、こういう事態を想像しては恐くなった。

もちろん一日だけのことで、それが人生にどれだけの影響を与えるかと
いうと大した事はない、というのは頭でわかる。
でも、次女が自制を覚えつつみんなと同じように楽しめるバランスを
どうとっていくか、やっぱりしっかり考えていかなきゃなあ。
親がうまくそれを導いてやれば、本人もそれを自分のものとして
これからの長い人生を合併症が出ることなく乗り切っていけるだろう。
うまくそれができますように。神様、知恵を与えて下さい。

身内にもしっかり説明しないといけないなあ。
でもさ、うちはこういう病気だから血糖値測定しインスリンを
注射するから、これだけ食べたらこれだけのインスリンが体内に
分泌されているものだと実感できるのだけれど
普通の人はそんな目に見えないホルモンの分泌なんてわからない。
私もちょっと食べ過ぎちゃったなあ、胃がもたれるなあ、くらいか。
そういう意味では、自分の体を大切にしなくちゃ!って実感できる
この病気はある意味、「神様からのよい贈り物」ともいえるのだろう。
なかなかこんな事言えるものではないし、決して他人からは
言われたくないのだけれど(ううう、このへんの心情わかってください)
でも、神様の前に行くとそういうことがわかってくる。
人間が今、見ている幸福の価値観なんてほんの一面かもしれない。
そういう言葉が、やっと最近になってほんの少しずつ理解しはじめた。
この世の価値観から自由になりたいなあ。
(本当は自由にされてるんだけど)


2002年12月22日(日) 教会のクリスマス

今日の礼拝はクリスマス祝会。
我が家のパパ、長女、次女が劇に出演する。
子ども達、一番小さい子は4歳の男の子。
でも頑張ってセリフを覚えて素晴らしい出来だった。

今年は大人の劇と子どもの劇が合体していた。
今、巷で使いすぎのコラボレーションってやつでしょうか。
パパはどちらの劇にも参加していて、え〜っと・・・・
子どもの劇はマックス・ルケードの絵本「たいせつなきみ」。
その中で、創造主なる神を思い出させるエリの役。
大人の劇の方は酔っぱらいのリストラ親父。
そのはじけ方が凄くて赤面。

この人、ちょっとこんな人やったっけ??

そんなこんなで心労のママはぐったり。
近所の子ども達が7人来てくれて、それはそれでよかった。
「たいせつなきみ」おすすめしまくりの一冊です。


2002年12月21日(土) ノリ、近鉄残留によせて

昨夜の昨夜までみんな「メッツに決めた」と思いこんでいた。
それが一点「近鉄残留」
ネットニュースを見て声が出た。驚いた。そして嬉しかった。
どうして嬉しいんだろう?

大体、今回のFA宣言以来の騒動はおかしな具合だった。
そもそも近鉄に残留するなら、どうしてFA宣言したのか。
あくまで推論だが、彼はきっと近鉄球団に対して何らかの不満を
持っていたのではないか。
赤字球団でもあるし、近鉄は野茂の時代からなんだかんだと
選手達から不満のたえないところだというイメージがある。
それに、近鉄でどんなに活躍してもスポーツ新聞の一面を
飾ることはちょっと考えられない。
そんな近鉄にいる自分が井の中の蛙なのか確かめてみたいという
気持ちもあったに違いない。
それが聞けば鼻持ちならない「中村というブランド」という言葉に
なったのだろうと思われる。

読売に対する対応は関西でも大絶賛だった。
それなのに、こと対阪神では関西では大ブーイングの嵐となった。
阪神ファンは「あんなヤツもう来んでええ」と思った人が大半だとか。
何をそんなに怒っているのだろう。
ノリは最初から「12月半ばごろ決める」と明言していたのに。
それを「わかった」といったり「早よせえ」といったり
全く阪神の態度ときたら、どんどんノリを追い込んでしまう。
星野監督もうまい事いうだけで、なんかなあ。
私でさえ、ちょっとイライラしていたのだから、当人にすれば
「胃が痛む思い」というのも当然であろう。
迷いに迷って「12月13日には国内をしぼる」と言ってしまったのは
阪神側と関西報道陣のとんでもないプレッシャーゆえであろう。
でも、そこで「延期」する意志を持てたところがノリだ。

結局、最後まで約束を守ったのは近鉄。
最初の話し合いから12月13日まで(まあ解禁日ね)動かず。
じっとノリの動向を見守った近鉄に信頼を寄せるのも無理はない。
私も「こんなに紳士的な球団やったかな」と思った。
そしてナイスタイミングで昨夜、梨田監督が中村夫妻との話し合い。
いやはや、梨田さんが男を上げてしまいましたとさ。

かなりノリ寄りな意見を述べたけれど、ハッキリ言ってこれは
阪神寄りな風潮の世間に対するアンチな気持ちからです。

それでノリに対する注文。
こうなったら近鉄に骨を埋めるしか道が無くなったのだから
今季後半のやる気のない気の抜けたようなプレーは絶対しないで。
9月の近鉄が腑抜けだったのは君のせいだと思ってしまったぞ。


2001年12月21日(金) 公開番組に行こう!

2002年12月19日(木) ゆーえすえー ふぉー あふりか

今TVで放映してたのよ。
何やら80年代のスーパースター達(アメリカ主体)の映像を
放映していたらしいけれど、私ゃ明日ある次女検診の準備に
大わらわでTVを凝視している暇がなかった。
やっと見られる、と思ったら最後の曲に。
スーパースターというのだから、もうこのクリップが
トリというのは致し方ない。

久しぶりに見たですよ。
もうこのビデオクリップは当時何度も何度も見て
その度に友人とお腹をかかえながらツッコミを入れまくったものだ。
その時の会話を思い出しながら、一人でTVの前でへらへら。
曲はともかく(どうしてS・ワンダーに作曲依頼をしなかったんだ、
どうせならアメリカなんだからC&Wの大御所K・ロジャースか
W・ネルソンに作ってもらえばよかったのに、どうしてマイケルと
R・リッチーが作ったんだよっという所からツッコミはスタートしている)
それなりに順繰りにスターさんが歌っているというのに、
M・ジャクソンのところでまずドテッと転ぶ。
なんだこのふわふわ声。後ろから膝の裏突かれたみたいな脱力。
そのふわふわに立ち直れていない所に気の抜けたコーラのような
ヴォイスはD・ロス。ああああ。
気を取り直して歌が進む中、いきなり背後から大きな顔が
近づいたと思ったら今までの全てをうち消すノイジーな嗚咽声
“We are the World〜!”はB・スプリングスティーン。
結局なんだかんだで最後の最後まで印象に残ってしまったのは
ブルースだったというこの曲であった。

それにしても当時も謎だとされていた事が今回これを見て
ちっとも解明されていなかったという事実に気がついた。

大きな謎その1。
何故ハリー・ベラフォンテはソロに入れてもらえなかったのか?
(ジョン・オーツと同じ扱いというのはいかがなものか)

さらに大きな謎その2。
そのベラフォンテの近く、後方列にいる眼鏡のおじさんは誰?
当時メイキングものも放映していたのでそれも何度も見た記憶がある。
メインで歌った人以外のメンバーも紹介テロップが出されていたのだが、
この眼鏡さんだけはどうしてもわからなかった。誰なんだ?
すごく有名な人だったら、それに気がつかない私もビデオ作った人も
失礼きわまりないことである。びくびく。
それとも本当にその辺の記者あたりが何かの拍子で紛れ込んで
しまったのだろうか?
そうだとしたらなんで誰も気づかなかったのだろう?
それも世界各国でこの曲を買った人がいるのだから、世界の人に
失礼つかまつったではないのか?

この深い謎をご存じの方、無知蒙昧な私にぴしっと教えてやって
下さいませ。

イギリス版の“BAND AID”はビデオ・クリップ買っちゃった(笑)。
これも歌があんなでも、メイキングの方はイギリスらしくて
面白い場面が。
P・ウェラーなんてB・ゲルドフから誘われたとき
「僕はミュージシャンに嫌われてるから」と断ったのを無理矢理
説き伏せられてやってきたもんだから、終始一人。孤高。
何となくびくついているようで可愛い(笑)。
ボーノあたりと仲良くしてりゃいいものを。
他にもF・コリンズにいじめられる大御所化石スター(苦笑)とか
意外に面白いビデオでした。


2002年12月18日(水) 大きなお世話



カットベーコンというのを生協で買ったのね。
で、使おうと思って袋を切る場所を探したの。
ぴっと三角に切り込みのあるところね。でも無かったの。
だからキッチンばさみを出してきたのよ。そしたら右の写真に気がついたの。
「ハサミでお切りください」って書いてあってハサミのイラストに加え
切り取り線までご親切にも印刷されてあるのよ。

わかるっちゅうねん!
指で袋を切られへんのやったら、ハサミなり、包丁なり、カッターなり、あるいは
歯でかみ切るなり自分で考えるっちゅうねん。
「ハサミでお切りください」って切る道具の指定をしてくるばかりか
文字だけでは理解できないのではと思ったのか、ハサミのイラストまで入れ
あまっさえ切り取り線まで。ええい、どこ切ってもええやんか。

と、一人で横山やっさんのようにツッコミ入れまくって作った料理は
ミネストローネでした。


2002年12月17日(火) ネット生活

インターネットを始めて4年が経った。
ああ、もうそんなになるのかというのが実感。
最初に検索したのは「西武ライオンズ」はは。
様々なファンサイト(当時は今より少なかったですけどね)で
初めてライオンズファンという方達とコミュニケイトした。
ネットがなければ出会わなかった人たち。
おそらく球場へも一人では行かなかっただろうから
私の生活も変わっていただろうな。

クリスチャン関係の検索も、当初は思ったような情報が
得られなかったけれど、少しずつ素敵なサイトを知り
BBSでの何気ないお話の中でも神様の恵みをいただいている。

それから遠方でなかなか話す機会のとれなかった友人達とも
Eメール等で話ができるようになった。嬉しい収穫。

先日、長女がいつ測っても体温が37℃代なので不安になった。
特にパパは「長女まで何か得体の知れない病気なんじゃ」とおろおろ。
私も平熱が37.5℃という8歳児はおかしいのかな、と思いはじめた。
そしてすぐ行動したのはPCを立ち上げgoogle検索。
いくつかのサイトをのぞいた結果
「学童の平熱は37.5℃がボーダーライン」という情報をキャッチ。
そんな風に何かを調べる時かなり重宝している。

ただ、うまく使わないと「PCに使われる(支配される)自分」に
なっていないか時々気になる。
そういう反省もふまえつつ、出会った人々に感謝しつつ。


2002年12月16日(月) IDDM≠糖尿病?

昨日、IDDM親の会の総会があり出席した。
ご自身がIDDMであり医師である方の講演があった。
その方のお話が、いわゆる医師的な話しぶりではなく
より具体的よりストレートな感情吐露もあり、面白かった。

いろいろお話されていたが、一番心に残ったのは以下のこと。
20年前、発症された当時、医師の処方は
「まず運動療法そして食事療法(というか食事制限)それでも
うまくいかなければ薬物投与」というものだった。
(あれ、これって生活習慣病の糖尿病の考えじゃ・・・? 私)
先生曰く、入院中は強制されてやっとできていた運動も食事も
退院してからは「とうてい出来ない」ことに気づいたそうだ。
どういう療法だったかわからないけれど、とにかく大変だったようだ。
様々な葛藤を経て、現在医師という立場でもある彼の結論は
「IDDMは単にインスリンが自己分泌できなくなった病気である。
だから必要なインスリンを投与さえすればよいのである。
つまり血糖コントロールが良好で体重が増えなければ
何を食べても良いしどんな運動(生活)をしてもOK」

一見乱暴に聞こえるかもしれない(誤解を生むかもしれない)話だが
これを聞いていて私の中の固定観念が崩れてしまった。
もちろん血糖コントロールをよくするためには、
何をどのように食べるか、普段の生活をどうするか、運動についても
しっかり考えながら生きていかなければならないのだから
暴飲暴食OKと言っているわけではない事はよくわかる。

でも、そうなんだなあ。
むりやり運動して、これを食べて、あれを制限して、それは絶対だめ。
そういうものではないんだなあ。
やはりそれを考えると、生活習慣病の糖尿病
(面倒なので以降NIDDMとします)とはまるきり違う考えをしないと
いけなくなるんだなあ。

そもそも病気になる原因がまるきり違うんだから、同じ病名というのは
おかしいんじゃないだろうか?
そういう意見が世にあるというのは聞いたことがあるけれど
先生のお話を聞いて、やっとその意味が理解できた。
だよなあ。ほんとに。患者のごく身内でさえ誤解してるし。
治療法も根本的に違うものと考えた方がいいんじゃないだろうか。

次女が入院した病院では、食事についてはNIDDMの成人向きの
栄養指導を徹底的に教えて下さった。
徹底的にしてもらえたおかげで、それは現在の食事作りの基礎となり
その事については本当に感謝している。
でも、小児の特に暴飲暴食しているわけでもない幼児のための食事
(これから脳を含め体が成長する時期の子という意味で)
というところのツボを押さえてはいなかった。
IDDMの専門スタッフがいるわけではないので当然だし
精一杯の教育をして下さったと思う。
当時の主治医も「基本的な治療を(強化インスリン法)しました。
今後、もっと細かいケアを受けられるように専門スタッフのいる
病院をご紹介します」と最善を尽くしつつ後々を考えて
転院を勧めてくださったのだから良い病院だったと思う。
でも、それを考えるとやはり、小児のIDDMは成人になってかかる
NIDDMとは別の病気と考えた方がわかりやすくないだろうか?
(成人になってIDDMになる人もいるし、学童期にNIDDMに
なる人もいます。念のため)

ややこしい話ですみません。
やっぱりIDDMの話と普段の日記は分けた方が懸命か(笑)


2002年12月15日(日) 聞いてちゃぶ台音頭

あ、いや急に思い出しちゃったもんで。

最近、自分の家を眺めてみたら、あまりに家具が多すぎて
人がこじんまりとしか生きていかれないなあ、としみじみ思った。

ちゃぶ台の合理的効用についてはよく聞くところだ。
用のある時にテーブルを出し、用がなくなれば片づける。
少し前の日本人は、物を出しっぱなしにする事をしなかった。
ふうん。

西洋人は。
立派な家具、いろいろな装飾品、写真なんかを居間に置く。
でも、家財道具の数は我が家よりずっと少ないらしい。
だから部屋は広々しているらしい。
ふうん。

どっちもできない自分だ。
「捨てる技術」を読んで、おお、これからは包装紙もリボンも空き箱も
捨てまくってやるぞ!と意気込んでいたものの
幼稚園から「作品展のためにいろいろ持ってきてください」という案内が来て
何にも持っていく物がなくて大騒ぎした。
なんか、何やっても中途半端だなあ。

「住まいの設計」や「ハウジング」といった雑誌を最近見るのだけれど
そこにある写真のリビングやキッチンは人の匂いがしない。
まだ新築ほやほやなんだろうか、と思ってよく見ると築数年経っている。
一体どうやって住んでいるんだろう?
しかも「居心地が良くてほっとします」なんてコメントまである。
そ、そんな何にもない部屋で、ほっとするの?
急にくしゃみが出て鼻がかみたかったら、どこからティッシュを出すの?
どこにも調理器具の出ていない台所で、毎回食事を作ってるの?
三食の度、間食の度、コーヒー出す度に必要な調理器具を出し
いちいちその都度しまい込むの?
それが「ほっとする」の????

人によって感性が違うから、そういう人も実際いるのだろう。
じゃあ自分の住みやすい家ってどういうのだろう。
考えすぎて頭が凍りついている。
やっぱりティッシュとゴミ箱はすぐ手の届く所に欲しいなあ。
とりあえずそれだけは心に決めた。

あ、ちゃんちゃらおかピー音頭もあったなあ(笑)


2002年12月14日(土) 年俸

このところプロ野球の契約更改ニュースが相次いでいる。
オリックスの選手は一度目の話し合いで保留したのは二人だけ。
あとの選手はもともとの年俸が少なかったこともあり
納得のサインが多かったようだ。
橋本先生の10万円UPというのは微笑ましいというか・・・
来季は絶対怪我しないでブルーウェーブのユニを着てください。
(ずっとサーパスだったもんね)
萩原への評価もきちんとしてもらえたので嬉しかった。

金田が涙の保留をしましたが、まあ彼の希望の倍増一億円というのは
多い気もするので、妥当なところですりあわせをするでしょう。

気の毒なのは西武投手陣。
儲かってもないのに年俸をばんばん上げるのはナンセンスだと思うけれど
投手でナンバーワン評価という豊田への金額は、確かに厳しい。
記者会見で「僕の考えが間違っているのでしょうか」と言った彼の
怒りと混乱ぶりが写真から伝わってくる。

豊田を見たくて球場へ行ったファンは少ないのか?
カブレラを、松坂を、稼頭央を観に球場へ行ったファンは多いだろう。
でも、豊田はそれに劣らない魅力のある選手だと思う。
私個人がそう思うだけで、実際の営業勘定としては
そんな事はないのだろう。
でも、本当に豊田の今季の活躍は尋常じゃなかったのに。
これは決して豊田への同情で書いているのではなくて、
私が今季、野球を観てお金を払って観たいプレイをしてくれた
彼に対してまっとうな評価をしたいという思いから書いている。
評価する見方が違うとはいえ。

でも2億でなくてもいいと思う。ごめん、とよりん。(笑)

松坂が年俸ダウンで会見の模様をTVで観たけれど、
どうやら投手起用の仕方についてのお願いをしてきたようだ。
実は彼へのインタビュー記事を読んで、肘の故障で不安がまだ
残っていたにもかかわらず、首脳陣から「投げられそうなら
投げてくれ」と言われて「はい」と言ってしまった反省を
口にしていたことから、それじゃだめだろうと思った事がある。
首脳陣もちゃんと見極めて投手起用をしてよ、と不満だった。

他の投手陣にも同様の事が考えられるので、
よくぞ言ってくれたと思った。
勝つためには計算どおり動いてもらわないといけないから
「調子が少しでも良くなったら出ろ」と言いたいのだろうけれど
それがかえって本人の体調をますます悪化させてしまう。
そのへんの見極めが今季はちょっと・・・・
そう思うと東尾さんは投手陣にとってはわかってもらえる監督
だったのだなあ。
でも、甘いこと言っていたら優勝はできないのかなあ。
難しいね。(だからこそ投手は分業制なのか)

さて、実は我が夫も会社員ながら年俸制である。
だから毎月の給料明細は不動の数字。
年俸査定にしても、どういう基準で決められているかわかりづらいし
結構不満もあったりするので、選手もこんな感じかなと思ったりする
今日この頃(笑)。


2002年12月13日(金) き〜てきてあたしんち♪

幼稚園の発表会の日だった。
姉妹で通算5年通っていると発表会への興奮度も冷めてくる。

にもかかわらず今回はめちゃくちゃ緊張した。
最後にいつもママさんコーラスの発表をするのだが
一昨年からただのコーラスから仮装行列みたいなものに変わりつつあり
もう二度と参加するものかい、と固く心に誓っていた。
ところが役員の友人に強引に名前を参加登録されてしまった。

まあ辛抱してかぶり物の後ろで歌っていればいいや、と思っていたら
「みいさんの隣りに『あたしんち』の“おかあさん”が来るから
いろいろリアクションしてね」
は?

私の隣に漫画の“おかあさん”が来るというの?来るってどゆこと?
「あたしんち」て何だ?
その話の後、あわててTVを見たらマンボウのような豪快かあさんが。
あ、あのマンボウが私の隣りに来てコーラスをするのですか・・・?
意味わからんよ。

当日(つまり今日)その意味がはっきりとした。
文字通り私の隣りに「あたしんち」の“おかあさん”がいるのだ。
もちろんコスプレし、漫画どおりのお面(つーか模造紙つーか)を
かぶったまぎれもない“おかあさん”が。
むちゃくちゃ緊張した。だって“おかあさん”の隣りで一緒に
コーラスするなんて私でなくても緊張すると思うよ。
驚いたふりをしろ、と指示されていたけどホントに驚いてしまって
リアクションなんてできない。あああああ。

あわあわしている間にドタバタコーラスと踊りは幕をおりた。
マジで恐かったよ、あの“おかあさん”・・・・


2002年12月12日(木) 家電の広告にからんでみよう

ボーナス時期というわけで新聞折り込み、DMと家電の広告が目に付く。
“最新のもの”に疎くなっているので、たまには勉強のつもりで
見てみるか、と手にしたものの・・・何書いてるかわかんないよ。

プラズマTVって何だろう。
プラズマといえばプラズマX(byパタリロ!)とは違うのか。

HDD&DVDレコーダーって、はて。
最長50時間録音可能って、世俗なTV番組をもったいなくも
HDDに録音するというのだろうか?
大体DVDもよくわかんない私にHDDって。

あかん。AV機器は歯が立たない。
どうせ私ゃ「一番忠実に音を再現できるのはオープンリール」と
説明を受けた人間ですとも。
ええNHK−FMの時報の音で録音レベルを毎回セットしていましたもの。
メタルテープというものが登場して、なななんとカセットテープでも
オープンリールに近い音が再現できるのかと驚愕しましたなあ。
ソニーからはエルカセットなんちゅう訳のわからんものまで出て
結局ちっとも売れないでCDというデジタル録音機器の前に撃沈。
そんなオーディオのクロニクルをかいま見た世代なのよ。
もっと言うたろか。(いやいや)

洗濯機はどうよ。
今はやりのドラム式乾燥洗濯機は私も知ってる。
うちは粉石けんを使用するためドラム式の方がいいと聞いたので
いつかドラム式を買いたいと思っていた。
でも14万円じゃなあ。ぶつぶつ。
今のご時世で、やっぱり14万円も出して洗濯機は買わんでしょう。
なになに「超音波で洗う」って何じゃそら。
超音波といえばこうもりが・・・

今夜は私、壊れてるみたいなのでもう寝ます。


2002年12月11日(水) 寒い冬に聴きたい曲

今日は風がとっても冷たい。
今までは外に出た瞬間は寒く感じても、自転車で5分もこぐと
外気に慣れ、かえって室内に入ると気持ち悪いくらいだったのに
さっきは5分も自転車に乗っていたら、鼻ががちがち、手がひりひり。

帰宅して飲む熱いコーヒーは美味しい〜
こんな時に聴きたい曲・・・
昔から冬になるとU2が聴きたくなった。
手持ちのテープでエッジのギターを堪能した。
エッジのギターもどきは、今やありふれてしまってるけど
初めてU2を聴いた時の心地よさは今も何となく記憶にある。
あまりギターの音色に興味ないけど、エッジ以降おっと思ったギターは
ジョニー・マーであった、やはりやはり。

冬に聴きたい曲。
あとはエコバニやニューオーダーも聴きたくなるなあ。
間違ってもキッド・クレオールは聴きたくないなあ。

と思ったら今FMから流れてきたのはヘアカット100
わははは。
なんでやね〜ん

_______________________________

先日、パパのお誕生会をした際に、長女がテーブルセッティングを
担当してくれた。
(つーか気がついたら勝手にやってくれてたんだけど)
なかなか凝ってくれるじゃないの。
ナイフとフォークを針金で
(袋入りのパンなんかをくりんと包むやつね)
ペアでセットにしている。
親がこんなんでも、子どもはいろいろ学んでくるんだな。
洗い物が増えて困るんだよ、なんて言っちゃだめね。


2002年12月10日(火) 注射まちがい

ああああ、やっちゃったよ。

次女への注射、夕食前に50Rを6打ったのよ。
それなのに寝る前にラピを1とNを3.5打っちゃった。
夕食前にラピを打ったと思いこんでいたのね。
要するに、い〜っぱい注射打ってしまったのね。夜中に効くのに。
夜中に効く、ということは本人は寝てるから様子がわからんので
こちらが血糖値を確認して、補食の段取りをしないといけない。

で、夜中は1時間おきに血糖値測定、へろへろ(笑)
それと関係あるのか、次女は一度吐いてしまうし。
私も寝ぼけまなこだから、次女が吐いたと言っているのに
血糖値測定の準備をしようとしてるし
パジャマが汚れたと言っているのに、タンスの前でうろうろするし。

結局、低血糖はまぬがれて朝を迎えた。眠い。
でも恐かった。処置してなかったら昏睡状態になるんだよなあ。
慣れてきたといっても恐い病気なんだなあ。
不安だ。

でも次女は元気に幼稚園へ行った。
最近コントロール悪いのよねえ。冬になって外遊びが減ってるし。
幼稚園でも発表会の練習ばっかりだから体あんまり使わないし。
食べる量は増えてるのに・・・・ふう。


2002年12月08日(日) 梅干し大王



帰省途中でいつも見る、梅干しの広告タワー。
設置されて日が経っているのだろう、色合いが枯れた感じになっている。
これ、梅干しに見えますか?


今日は大阪も冷たい雨がしょぼしょぼ降っていて寒かった。
ぶたこはお腹がピーピーに。風邪のようだ。
教会へおむつを3枚持っていったが足りなくなった。
慌てて近所へ紙おむつを買いに出かけた。
とりあえずコンビニを二軒まわったが、赤ちゃん用の小さいサイズの
紙おむつはあるものの「はかせるおむつ」がない。
薬局でも、と探したがことごとく休み。
あれえ?じゃスーパーは・・・と探すがないない。
「スーパーもうすぐ」の広告表示を見つけて歩き出すも
なかなかそれらしい店が見つからない。
結構な住宅街なのにどうしてないんだよっ

そしてやっと見つけたスーパーには置いてなかった。
やけになって歩いたら、すごく遠くまで来てしまい、道順を変えて
帰途についたら、やっとドラッグストアを一軒見つけた。

某商店街も行ってみたが、この辺は活気もなく寂しい。
雨が降ってるからよけいなのかもしれないけれど、人気(ひとけ)がない。
住んでいる人達はどこで買い物をしているのかな・・・・

と考えながら教会まで戻ったら、ぶたこが疲れて寝ていた。
パパがコンビニで小さいおむつ買って換えたそうだ。
「なんで戻ってけえへんの」「携帯持って行ってないの?」と
あきれまくったパパに散々叱られた。
・・・・・
寒いなあ。喉痛いなあ。スリッポンで歩いたから靴下までびしょびしょ。
足も痛いなあ。ぐすん。どうせあほですよ。ほんまに。


2002年12月07日(土) こども画伯のさくひん

いやー、やっと年賀状を作らねばと思いはじめた。
年賀状作成ソフトは試用品しか持ってないので(けちっ)
ウィンドウズのパワーポイントで適当に作る。
来年受け取られる方、味も素っ気もないハガキですいません。

デジカメ写真を見ていたら、11月にあった次女の幼稚園での
作品展を撮ったものに目がとまった。


絵手紙らしい。
年長さん(5,6歳児)が描いたものだが可愛いくてついつい。
右上の「りんごガリガリしたい」は秀逸。
真ん中下のコメントは魚の絵を描いて「ほそいな」・・・
やられたっと心で叫びつつシャッターを切りました。
リサイズしたら画像が粗くなっちゃったな。




で、こちらは猿。
来年が申年だったらどんなにいいかと年賀状を作りながら
口惜しく思った作品。
うちにも次女が持ち帰った猿がカーテンのすそに隠れてます。

あ〜あ。
遊んでないで年賀状つーくろっと。
猿と細長い魚の夢を見そうだわ。


2002年12月06日(金) パパ

誕生日おめでとう。

老眼鏡を作ったっていいやん(ばらすなってか)
頭が久信でもいいやん
お腹が荒木大輔でもいいやん(一般的でない例え)
服が結婚前から同じでもいいやん

柔和で優しくて男らしいパパへ
ますます素敵になってゆくパパへ

おめでとう。


パパなんて呼んじゃだめね、ほんとは。




2002年12月04日(水) インフルエンザ予防接種

土曜日に「みんなでちゅうしゃにいこう!」と出かけた。
楽しそうに言うと子ども達も楽しいものかと勘違いして(してない)
サイクリング気分でついてきた。

長女は体温が高くてパス。(喜んでいたがまた来るよ)
この子はいつ測っても高いようだ。平熱37.5℃っておかしい?
次女と三女(ぶたこ)が注射をして
「また2,3週間後に来てください」と言われる。
受付で注射の料金を聞いてびっくりした。
「6000円です」へ?
ってことは一人3000円で、それを2回打つのだから
一人6000円。かける3人・・・・18000円!

確か昨年受診した病院では1回の注射が2000円だったよ。
病院によって値段は違うというけどキツイなあ。
本当は大人も受けたいんだけど遠慮しますです。

ほんと言うと次女がIDDMでなかったら、みんな健康だし
お値段高いので予防接種はしなかったと思う。
うーん私が小学校の頃は、集団接種があったよなあ。
ってことは無料だったんじゃないの?
今はダメなのか・・・インフルエンザは恐いと思うけどなあ。
おばあちゃんは1000円で受けられるらしいけど。


2002年12月02日(月) 花は桜木・・・



男は岩鬼!





野球群像のおまけ(つーか本体というべきか)はコレでした。
最初組み立てたとき、なんか間抜けな顔だなあと思ったら
葉っぱが無かったからでした。
口のまわりをよく見ると小さい穴があったので慌てて葉っぱさがし。
包んでいた袋を捨てたゴミ箱をあさって見つけました。
高校時代なので金属バット。
やぁまだは確か高校の時から木製を使ってたんだっけ。

さて、これをどうしよう。
飾るといってもアレだし。
とりあえず引き出しに入れとこう。

さてお菓子売り場で売っていたものの、
中に入っていたお菓子はこれ。
ラムネでした。とほほ。
最近、駄菓子が増えて困ってます。
うまい棒とかさ、美味しいか?
うちの子たちは食べないんだけど。
砕いてスープに混ぜてみようか。(げ、まずそう・・)


2002年12月01日(日) Happy Wedding / 初スタバ

教会の仲間たちの結婚式。
お二人の希望はもちろん教会での司式だったのだけれど
両家親族の関係でホテルでの挙式、披露宴となった。
いつも思うのだけれど、どうして自分たちの結婚式なのに
自分たちの希望が通らないのだろう。
莫大なお金を出して家のために執り行う結婚式と披露宴。。。。

それでも彼女たちは頑張って、ホテルでの司式だったのに
列席してみると司会も牧師もみーんな教会のメンバー。
ホテルに出前挙式か?と笑ってしまった。
とっても素敵でしたよ。
モデルみたいに綺麗なお二人。

牧師のメッセージは「二人三脚」
今まで別々だったお互いが、まるで一人のようになるのが結婚。
足並みを揃えて、ちゃんと声をかけ合わないと倒れてしまう。
どちらかが我慢を強いられたり、それを当然と思わせたり
後ろからついてこい、ではないのが神様のもとにある結婚。
相手の調子を気遣いながら、この歩みでOKか確認しあいながら
それはとても大変な事だけれど、それ故祝福があるもの。
私達も9年の歩みを振り返りながら大きくうなづいておりました。

_____________________________

なんと今まで行った事がなかったスターバックス・カフェ。
とりあえずノーマルなラテを頼んでみた。
・・・・ちょっと薄い。
体が温まってほっとしたけれど、
所詮はアメリカンということをうっかり忘れていた。
シナモンロールは思ったよりもあっさりしていたかな。
(アメリカだからもっと甘いかと。予想屋失格)
ちなみに左の写真、ピンぼけですが
パパがトレイを持ってきてくれているところです。
ぶたこはチョコマフィンとチョコチップを交互に食べご満悦。
ぶたこになるぞ〜!


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