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『ありふれた魔法』 盛田隆二 (光文社) - 2006年10月28日(土)


盛田 隆二 / 光文社
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中年男性読者への応援歌的作品

『散る。アウト』以来、約2年ぶりの新作長編。
氏の最高傑作と呼び声が高い『夜の果てまで』のような破滅的で悲壮感が漂う恋愛小説ではない。
ただ、本作は男性なら誰もが持ってもおかしくない淡い恋心を切実に綴っている。

女性読者が読まれたらそんなに男って若い子がいいの?というお叱りのお言葉を受けそうであるが、敢えて作者に代わって代弁すると『そのとおりです』という言葉になる。
誰しも茜みたいな若い女の子からビールを注いで貰いたいと思うはずだ。

スピッツの名曲の歌詞から取ったタイトル名の“ありふれた魔法”という言葉のとおり。主人公で大手銀行の次長を勤める働き盛りの44歳の秋野智之が惚れる(恋に落ちるという言葉のほうがピッタリかな)茜は一読者の私の推測からして作者の理想の女性像かなという思いながら読んでみた。

まあ、それにしても銀行内部のことをよく研究して書かれていること。
これには舌を巻いた。
かつて銀行に身を置いていた一読者としては、その仕事の辛さは人一倍わかっているつもりである。
主人公のストレスのたまる状況は容易に把握できるのですね。
家族のためにいままで頑張ってきた反動が出ただけよという捉え方も出来るが、いや、それだけじゃないと敢えて反論したい。

タイトルは“ありふれた”という言葉になっているが、2人の恋はありふれてはいない。
神様の粋なはからいが生んだ“素敵な恋”だと私は信じている。
お互いがお互いをいたわって行動しているところが読者には伝わるのである。
とりわけ大井競馬場でのデートシーンが脳裡に焼きついて離れない。
競馬のビギナーズラックが引き寄せてくれた究極の愛。
これを不倫と言う言葉だけで片付けたくないのである(笑)
本作を読んで是非確認してほしいな。

盛田作品の特徴でもある今の時代を切り取って描くという手法も本作においては描かれている。
SNSを登場させ小説としては最先端を行く作品だと言えよう。

ラストの清々しさ(少なくとも男性読者はそう感じられると思う)は他の盛田作品とは一線を画するものがある。
それは主人公の妻や子供たちには申し訳ないのであるが、銀行を辞めた主人公にある種の潔さと穏やかさを強く感じるからだ。

もちろん女性(妻側)にしてみたら一般的には裏切り行為だったのかもしれないが、ラスト近くで語られる後日談では何やら主人公の妻も茜の魅力を認めているようにも見受けられた。

秋野智之は後悔を良い想い出へと変えていけそうな人物だと信じている。
今後の秋野夫婦の幸せを心から念じて、本を閉じた。

面白い(8)

この作品は私が主催している第6回新刊グランプリ!にエントリーしております。
本作を読まれた方、是非お気軽にご投票いただけたら嬉しく思います。
(投票期間2007年2月28日迄)





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『チーム・バチスタの栄光』 海堂尊 (宝島社) - 2006年10月02日(月)


海堂 尊 / 宝島社(2006/01)
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<このミス大賞の価値を上げた傑作>

作者の海堂尊は現役医師。
素晴らしい新人の出現を心から歓迎したいと思う。
このミス大賞新設4回目、ご存知のようにベストセラーとなった第1回の『四日間の奇蹟』はインパクトがあったのであるが、第2回、第3回とややその賞新設の意図にそぐわなかったというイメージがつきまとっていたのである。
みなさんもこんな面白いミステリーがあったのかと驚愕してほしい。

チーム・バチスタとは心臓移植の代替手術の専門チーム、アメリカ帰りの桐生を中心に次々と手術を成功させていたチーム・バチスタ。奇跡のような成功が続いていたそんな中、三例続けての術中死が発生してその原因を探るために主人公の田口が任命されるのである。

通常“医療ミステリー”と言えば、一般的にはとっつきにくいというイメージがかなり浸透しているものだが、白鳥が読者をこの作品にどっぷりとエスコートしてくれつまらない先入観を取り払ってくれるのである。
奥田英朗氏の伊良部センセイを彷彿させる強烈キャラ。
医療の専門用語が出てきて多少なりとも難解なのも事実であるが、白鳥の人となりが和らいだ気分にさせてくれるから安心して本書を手に取ってほしい。

主人公の万年講師で不定愁訴外来担当の田口の視点はやはり、読者レベルの等身大の人物でこれも良い。
いや、主人公が田口だから白鳥が生かされたと捉えるのが正解なんだろう。
田口の無欲さと白鳥のハチャメチャキャラとが見事にバランスが取れているのだ。
無論、彼ら2人だけではない。
登場人物すべてが魅力的でキャラがたっている。
たとえばダンディなイメージの漂う天才外科医・桐生。
女性読者は桐生・鳴海義兄弟の愛情にうっとりされたかもしれない。
それも本作を読む楽しみのひとつである。

たまに批判的なご意見の方も見受けれるのであるが、何年・何十冊書いても本作の領域を超えれない作品・作家が星の数ほどあることを肝に銘じて欲しい。

本作の成功例はやはり、白鳥の超個性的な変人キャラが大きいのであるが、そこに作者の類まれなアイデアを知らされたつもりである。
それは医者としてでなく厚生労働省の人物として登場させている点。
もし田口が白鳥のキャラだったらもっとつまらない作品に落ち着いていたはずだ。
そこに作者の現役医師としての矜持を感じるのである。

ミステリーとしての意外性を期待されている方はちょっと肩透かしを喰らうかもしれない。
逆にひねりが少ないから物語全体がリアルに感じてしまうのである。
それよりも病院内の人間模様や医療界全体を感知すべく作品なのであろう。
ひとことで言えばバランスの取れたエンターテイメント作品と言えよう。
近年稀に見る傑作と言っても過言ではないであろう。

嬉しいことにまもなく続編が発売される。
続編を楽しみにされている方の数は計り知れないはずだ。

日頃ほとんど大きな病院に行く機会がない私である。
本作を読み終えて医者の人間らしさと威厳との両方を肌で感じ取った次第である。

健康に産んでくれた両親に感謝したい気持ちも湧いて出てきた。
命を粗末にしてはいけない。
作者の真に伝えたかったことはそういうことである。

曲解でも深読みでもないつもりである。
是非未読のあなたにも確かめて欲しいなと思うのである。

超オススメ(10)



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