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「ね、サーフ。アルジラ、ヤキモチ焼いてるよ」
無邪気な声に、サーフは自分の隣に立つ黒髪の少女へ目をやった。 鈍い鉛色の空に向かって、黒煙が上がっている。ところどころ無惨に破壊された街の外壁が、ここで何があったかを無言で語っていた。 そんな煤けた景色の中で、セラの声はやや場違いに明るく、サーフは小首を傾げる。 セラが発した言葉の意味が、わからない。 薄い幕がかかったような記憶を探ってみるが、やはりわからない。セラの声のトーンから推察すれば、楽しいことのようにも思える。が、アルジラは不愉快そうだ。 いくら考えても、思い出せなかった。 セラに聞いた方が早いかもしれないと、サーフが口を開きかけたその時、前方の扉から、ゲイルとシエロが姿を現わした。 「ここは、特に大きな変化はないようだ」 「んじゃ、もう行こうぜ〜。もたもたしてっと、ブルーティッシュのヤツらに先手とられちまう」 「後方がざわついていては、作戦の確実な遂行に支障をきたすからな」 「あー、かったりぃ。行くぞ、サーフ」 「…ああ」 ―まあ、いいか。 さしあたって、知らなくても困らない事項であるとサーフは判断した。今考えるべきは、いかにして敵対するトライブを斥け、ニルヴァーナへ上るかだ。 仲間の後を追って歩き出した時には、サーフの思考からそれは完全に追い出されていた。
薄暗い地下水路内に、血の匂いが充満している。 サーフの眼下には、大きな獣が横たわっている。その体躯から溢れ出る血が、音もなく壁を伝い、雨水と混じりあって、さらさらとどこかへ流れてゆく。 サーフは、獣に添えられたゲイルの手を見つめていた。本来、ひとつしかないはずの無機質な指輪が、ふたつ嵌められた手。サーフの位置からは、フードに覆われて、表情を読む事はできない。だが、何よりもその手が、彼の心を雄弁に語っているように思われた。 知らず、サーフは目を背けた。 どこか、身体の奥深いところで、ちりちりと何かが焦げるような感覚を覚えた。
「これから、どうするの」 鉄条網の向こうにそびえたつ、どこか歪な建物。 六人は、それぞれの感慨を胸に、しばし無言でそれを見上げる。張りつめた空気を静かに破ったのは、アルジラだった。 「どうもくそもあるか、このままバロンの野郎をぶっ潰すに決まってんだろ」 「でも、スワディスターナを出てから、ずっと戦いずめだったでしょう。皆の消耗も激しいし、一度体勢を立て直した方がいいんじゃないかしら」 「けど、せっかくここまで来たんだぜ?一気にやっちまったほうがいいんじゃね?それにホラ、俺なら全然平気だって!」 シエロはその場でぴょんぴょんと跳んでみせたが、アルジラは答えを求めるようにサーフを見る。傍らで目を閉じたまま考え込んでいたサーフは、やがて顔を上げた。 「…一度、アジトへ戻る」 「はあ!?正気か!?もうバロンは目の前だってのに、てめえ、まさか怖じ気付いたとか言うんじゃねえだろうな?」 「そうじゃない」 「じゃあなんだ!」 「…俺達はともかく」 サーフは、ちらりと斜後ろを見た。 「セラを、休ませた方がいい」 「あ…」 皆、一斉にセラを振り返った。 地下水道に入った頃から表情が冴えなかったが、今は輪をかけて顔色が悪い。口数もあきらかに減っている。メンバーに庇われながらとはいえど、地下水道での激しい戦いをくぐり抜けてきたのだから当然だろうが、原因はもっと別のところにあるに違いなかった。 仲間達の視線を受け、セラは慌てて両手を振ってみせる。 「あ…私は、大丈夫だから…」 「大丈夫って顔じゃないわ」 メンバーをぐるりと見渡し、サーフは揺れる前髪から下がる雫を手で払った。 銀色の瞳に、僅か力がこもる。 「…残党の様子から見て、もうブルーティッシュは組織としての機能を失っている。バロンにしても、手勢がここまで減らされている以上、自分のベースで戦った方が絶対有利だ。わざわざ追撃してくるとは思えない。一旦離れても問題ないだろう」 頼もしいリーダーの言葉に、感心したようにシエロは頷く。弱小だったエンブリオンを、6強にまで押し上げたのは伊達ではないのだ。ヒートは忌々しげに舌打ちしたが、それは反論の余地がない事を示していた。 「それじゃあ、急いで戻りま…」 「サーフ」 それまで黙っていたゲイルの声が、皆の動きを止めた。 目には、今までとは違う、碧の光が宿っている。 「俺を、残らせてくれないか」 「何故」 「お前がやらないのなら、俺に先遣隊の指揮権を与えてほしい」 「ゲイル!?」 驚くメンバーとは対照的に、サーフだけが無表情だった。 「駄目だ」 にべもない声は、素っ気無いを通り越して冷たくさえある。 だが、ゲイルは食い下がった。エンブリオン始動以来、初めての事だろう。 「ル−パの死を無駄にはしたくない。一刻も早く、バロンを討たせてくれ」 「これは、リーダーである俺の決定だ。従えないと言うのなら」 言葉を切って、再び鬱陶しそうに前髪を払う。 露になった双眸が、ゲイルをきつく見据えた。 「エンブリオンを抜けろ。もう掟なんて関係ないんだ、好きにするといい」 「…」 「おいおい、いくらなんでもそれはねえだろ」 いつになく険のあるサーフの物言いに、珍しくヒートがなだめる役にまわっている。 シエロに至っては、ただおろおろと二人を見守るしかない。アルジラは眉を顰めた。 「言い過ぎよ、サーフ。ゲイルもどうしたの?あなたらしくないわね」 「ふたりとも、やめて…おねがい」 二人は、向かい合ったまま、無言だった。 お互いの視線を隔てるものは水銀色の雨だけで、だがそれはあまりにも弱すぎる。 「…悪かった」 先に目を逸らしたのは、サーフだった。耐えられなかった。 ゲイルにではなく、自分自身にだ。 「いや…俺も、無理を言った。忘れてくれ」 「えーと、じゃ、じゃあ、まとまったところで、早くアジトに戻ろうぜ!お、俺も久しぶりにベッドで寝たいな〜なんちて!はは!」 「ったく…馬鹿が」 ヒートは苦々しげに吐き捨ててシエロを小突いたが、だがその顔には同じように安堵の色が浮かんでいる。 皆の先頭に立って、サーフは地下水道への入り口へ向かった。振り返りたかったが、出来なかった。
身体のどこかが、ちりちりと音をたてている。
四角く切り取られた鉛色の空から、絶える事無く雨が降り注いでいる。 新たに設えられた自室のベッドに横たわり、だがサーフは眠らずに、窓の外を眺めていた。 セラを休ませ、構成員から各地の状況報告を受ける。物資と弾丸の補給の指示を出す。 アジトに戻ってからも、サーフは動き回っていた。 どこかが焦げるような感覚は、一向に消える気配がなく、それがサーフを苛立たせる。終にはやる事がなくなってしまい、横になってはみたものの、眠れそうになかった。 意味もなく寝返りを打つ。その時、聞き慣れた足音が部屋の前で止まった。 「サーフ。まだ起きているか」 「…ああ」 「では、入るぞ」 ベッドの上に身体を起こし、わずかに乱れたジャケットの襟を直す。入って来たゲイルには、目で椅子を指し示し、座るよう促した。 「ヴィシュダ陥落前のデータから、現在のブル−ティッシュの兵力を予想してまとめてある。一応、目を通してくれ」 「ん」 渡されたファイルにざっと目を通す。いつもと変わらない、ゲイルの字が並んでいた。汚いわけではないが、クセがあって少し読みづらいと、サーフはいつも思う。ヒートなどは、意外にもあの性格からは想像できない、綺麗な字を書くので読みやすい。 「バロンがどう出てくるかにもよるが…。まあ、参考程度に覚えておけ」 「わかった。セラが回復次第、すぐ出発する」 「では、そのつもりで準備しておく」 「…ゲイル」 ファイルをまとめ、立ち上がりかけたゲイルを、サーフは声で制した。 「何だ」 「もし、俺がバロンに倒されたら、お前どうする?」 「仮定での議論は、無駄以外の何者でもない」 「いいから、答えろよ」 小さく息を吐いて、ゲイルは眉間に軽く指をあてる。 「簡単な事だ。バロンを倒す」 「…なら、相手がルーパだったら?」 それは、おそらく言わないほうがよかったのだろう。 理由はわからないが、そう思った。 案の定、ゲイルは眉間の皺を深くした。 「そんな事を聞いてどうする、無意味極まりない。理解不能だ」 「別にどうもしない。聞きたいだけだ」 「付き合いきれんな」 頭を振ると、ゲイルは立ち上がり、サーフに一瞥もくれず扉に向かう。サーフは黙ってそれを見送った。引き止めたところで、何も言うべき事がない。 無機質な音と共に扉が開く。だが、ゲイルは扉の前で動きを止め、半身だけ振り返った。 サーフを見下ろす瞳は、細波をたたえた水面のように、静かだった。 「誰であろうと、お前の敵は倒す。ルーパでもだ。だから、倒した。これからも同じだ」 「…」 「俺に、お前の敵討ちなんて真似だけはさせるなよ…早く、休め」 ゲイルは出ていった。
「ボス?どうしたんですか?」 訝る構成員の声を背中に受けて、サーフは無言のまま鉄の階段を駆け下りた。 朽ちかけた建物の裏手で、空を見上げる。 昼も夜もない空から、止む事無く降り続く水滴が、サーフの髪を、肌を、全てを濡らし地に流れてゆく。 だが、それはサーフの裡にあるものを、拭い去ってはくれなかった。 ちりちりと、何かが焼けるような、その感覚、 ―ああ。
ならばこれを、そう呼ぶのだろう。 END
前回に引き続き、DDSAT。以下同文。こっちはゲイサフです。 ジャンクヤードの世界観そのものが書きやすくって楽しい。
アジトの長い廊下を自室へ向かう途中で、ヒートは何度か声をかけられたが、立ち止まらなかった。戦闘後で疲れているし、どうせ、大した用件ではない。トライブ内の重要事項は、すべてサーフかゲイルの元へ直接報告するものと決められている。情報を正しく伝えるためには、なるべく人を介さない方がいいからだ。だから、適当に聞き流してもさほど問題ではないだろう。 「ヒート」
だが、ふいに届いた声に、ヒートはぴたりと足を止めた。否、反射的に止まったと言う方が正しい。 疲れている。血で汚れたスーツもなんとかしたいし、なによりもまず眠りたい。誰とも話などしたくない。したくないのだが。 軽い溜息と共に、ゆるゆると顔を向ける。廊下の角の壁にもたれ掛かるようにして、サーフが立っていた。
「お疲れ」 「皮肉か」 「違うよ」 「…何の、用だ」
身体だけでなく、発した声まで重く感じられる。不得手な敵が多かったためだろうか。一刻も早く、部屋に戻りたい。だが、ヒートの足は動きを止めたままだ。
「別に、取り立てて言うほどの用は…」 「じゃあ、呼ぶな」 「用がなきゃ、呼んじゃいけないのか」
まるで子供の会話のようだと、重い頭でぼんやりとヒートは思う。尤も、子供がどんな会話をするものか、問われれば答えられないだろう。ただ何となく、そう思っただけだ。 ヒートは頭を振った。
「生憎、お前の気紛れに付き合ってやるほど暇じゃねえんだ」 「それなら無視すればいい」
呼び止めておいて随分な言い種ではあるが、確かにその通りなのだろう。普段あえて口にはしないが、実際はサーフはトライブ内のことによく気を遣っている。重要な話なら、こんな所で適当に声をかけたりしない。だから、本当は無視してもよかったのだ。 だが、それが出来ない事も、ヒートは知っていた。
まだ自分が空っぽだった頃。 ただ掟に従って戦闘を繰り返すだけの毎日だった頃、ヒートにとって、サーフの声は絶対的な力を持っていた。サーフの唇から紡がれる命令を遂行する事が、自分の存在意義だったのだ。
その声で、名を呼ばれる事が。
「何もないなら、行くぜ」 「ああ。探索を頼んだのは俺なのに、疲れているところを悪かった」
ジャンクヤードを縛っていた掟は、すでに潰え去った。今やニルヴァーナを目指しているのは、掟のためでもトライブのためでもなく、自分の意志だ。もう「ボス」に従う必要はない。ないはずだった。 佇むサーフの横を無言で通り過ぎて、薄暗い廊下を自室へと急ぐ。今度こそ―。
「…ヒート」
足が、止まった。 決して大きくも強くもない、ややもすれば雨の音にさえかき消されてしまいそうな、静かな声。 「おやすみ」
コツコツと小さな足音が遠ざかっても、ヒートはその場から動かなかった。
かつて、そう遠くない昔、
その声で名を呼ばれる事だけが、自分の全てだった。
END
突然ですが随分前に書いてあったDDSATもの。 ひっそり別サイトでも作って…と思ってたんだけど 結局そのままになっていたのでここに。 わかる人だけ…すいません。 私はゲイサフなんですけど、これはサフヒトです。 書きやすいんだよな。
hidali
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