Kyoto Sanga Sketch Book
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2003年08月31日(日) MF熱田眞〜帝王に捧ぐ。ある選手が愛された理由。

追記。
このテキストは、この選手との未来永劫の別れと思って書いたものです。
2005年明けて、彼の電撃的な引退が発表されました。

以下のテキストを書いたその年、移籍先の新潟では、
「出場1分後の警告、すぐ数分後の得点アシスト」と彼らしい記録を残し、
嬉しくも2004年は京都に復帰。トップ下として活躍。
終盤こそ出場機会が減ったものの、彼なりにプレーの熟成期に入った所。
他チームからオファーはなかったはずないと思われるのに。
スッパリと引退。

どこまでも我を行く選手。最後まで帝王熱田。





多くの名文もあり、某スレッドも好きなので何も語る事はないけれど、
誰でも知っている彼の京都での足跡を心の整理の為まとめました。
愛してたよ、帝王。長文注意。



2000年秋。川崎戦、名古屋を放出された望月&平野の京都デビュー戦。
メイン最前列は名古屋サポのOLさん達で西京極では信じられない程華やいでいました。

「しげぇ〜!」
「たかしぃ〜!」

席はジャックされ、サンガサポ達はその大勢の黄色い声に引きっぱなし。
(あの状況では彼女達も必死です)

でも、こうしちゃいられない。サンガの既存選手で対抗できる奴はおらん?
女同士の「男」を立てた戦い。
(紫の選手達をパンフを見ながら1人1人凝視)


カズ? いや、キングをあの2人と並べては失礼。。
野口さん? まぁ、いい人ってか、和み系だしねぇ・・・。
松井君? まだヒヨコ。あと5年はかかるかな・・・。



不吉な13番の背番号がラインに立った。ルックスの問題でない。立場的に彼しかない。

息を吸った。「あつたぁ!」

「しげぇ!」「あつたぁ!!」
「たかしぃ!」「あつたぁ!!」

回りのメインのサンガファン達も熱田の名を叫び出す。
「あつたー!」「あつたー!」
チーム生え抜きの13番が、今声援を受けてピッチ目掛けて走り出した。

女の戦いは、その後もメイン席で続いた。


・・・熱田サポとしてのデビューはこの日。もう、あんな日は来ないかもしれない。












1999年。
国士館の10番として鳴り物入りでサンガに入団。
前年JFL(当時J2がなかった為、日本癸欧離蝓璽亜砲離ールスターで、
学生の身分でMVP獲った選手。

当時の雑誌でのサッカーゲーム的な分析では
「テク・攻撃力・スタミナ・・・」ほぼ全てAクラス評価なのに
「精神力」のみCクラス。
それについて本人の殊勝なコメントが載っていました。。笑えました。

一年目。
14試合1得点。新人として翌年に繋げる結果。

しかし二年目。
彼は加茂監督の構想外でした。つまりトップ下のバックアップ要員。
(国分キャンプでトップ組においては期待の補強松川のサブ、サテ組でも期待の新人松井のサブ・・・露骨。)
そしてサンガは低迷。1stで2勝しかできなかった。


でも、その「2勝」はいずれも熱田の「数少ない出場試合」。
得点への意欲がラストパスに繋がり、零れ球への反応がゴールを生む。
彼が出れば強引にサンガが勝ってしまう。


なのに・・・、
そんな時でも彼は途中で降ろされる。
手袋やペットボトルを投げ捨て、失意の彼は去って行く。

そして次の試合には彼の姿はない。そしてチームは負ける。
(これでは勝利を求めるサポーター達に熱田待望論が出ても仕方がない)

出場機会を与えられず、1人でFKの練習を黙々としている、
練習メニューを独自に組んでやっている、と友達から聞いた。
(彼が腐らないか、とファンは心配した。もう精神力のランクの問題ではない)








しかし、翌年J2開幕前の国分キャンプ。
なんと、攻撃的なトップ下から右サイドに抜擢された熱田がいた。
恐ろしいものを見て、次の瞬間唖然となった。


・・・あ、熱田君が守備をしている。。




そして迎えた開幕戦。
ついにスタメンの右サイドに新8番の姿があった。
FKで智星(韓国)とピオ(ポーランド)を集める。
何やら国家代表&元代表の外人2人に指示を始め(使用言語は不明)、
そして・・・結局自分で蹴る(笑)。

この年は彼の年でもあった。
サンガの得点は熱田の右からのクロスから量産された。

駆け上った熱田に中盤から渡される球、ワンタッチでスピーディ、
それがマシンガンのように、次々と黒部や優作の頭に足に合わせられる。
時には最後尾まで下がって京都のゴールを守る。その度に鳥肌が。
松川とのワンツゥーでの速攻!中に入ってシュートを打つ!零れ球を打つ!

しかし、その影にいわゆる「なんちゃって」クロスも数多。
(本来集中に波があるのに、意識だけは常に前向きですから・・・(笑))
そのギャップにまたファンは湧いた。


競技場に行けば、審判に猛スピードで駆け寄り抗議する彼が見れた。
テレビでは主審にメンチを切るその姿がアップになった。
もはや西京極は彼の世界!アウェイであっても彼の世界!





そう。奴はかっこよかった(遠い目)。
男というのはチームの為でなく、
自分の為に戦う時が一番美しいから。。





だから決して「熱田君ふぁいとぉ〜!は〜と!」なんて横断幕があっても、
一瞥もしないはず。。はずだ。。

「ギャル幕?若い娘が作ったと勘違いして喜びそう。」
「・・・・労力がもったいない気がして来た。」



「帝王!帝王!」とアウェイゴール裏から呼びかけられる声に、
照れて下を向く彼がいた。

そう。「帝王」という名が定着したのもこの頃(懐かしい・・)。


実は、とあるファンに「帝王」は止めさせろ、と泣かれた。
おかげで二派間に挟まる事になりそうでしたが(苦笑)。








当然のようにリーグのアシスト王に君臨。
昇格と優勝を決めた湘南戦、勝ち越しのCKを左右で続けたのも「彼」。

競技場には「臣民は帝王の前にひれふせよ」との幕が張られた。
もう、「京都の帝王」は特別だった。行く所敵なし。





・・・その年の暮れのイベント。ファンに囲まれている彼がいた。
その名の謂れは聞き飽きているよう。
彼の疑問、それは・・・

「で、俺はなんの帝王なんだよ」



そりゃまた哲学的な問いだな・・・











J1に戻り1年と数ヶ月。彼の出場回数は20回を超える程度。
出場”時間”からすると信じられない程のアシスト数。
でも、今年もレギュラーではない。


能力の高い選手が出場できないのは、
本人にとってもファンにとっても不幸な事。
8月下旬。京都の帝王は優作の待つ新潟へのレンタルが決まった。

しばしの別れだよね、帝王。また気が向いたらいつでも帰って来いよ。。

もし帰って来れないなら、
新潟にも帝王の臣民が増えて欲しい。
確か奴は顔に似合わず甘いものが好き。
フテブテしいようで小心者、ちと巻っ切れている奴ですが、よろしくお願いします。。






熱田眞。通称「帝王」

ゲームを支配する天性。
正確なフリーキックと類まれなるパスセンス。
右サイドもこなし、テンポのいいアーリークロスを支給。

(オフィシャルハンドブック)


2003年08月23日(土) 【浦和戦2nd第3節】〜ゴールバー

ボールがサンガのクロスバーにあたった。
バウンドして地面に当たり、再度バーに跳ね返る。
・・・あの頃、レッズ選手達の焦りは最高潮に達していたんじゃないかな。

また、今度はボールがポストに当たった。

「今日のゴール、まるでサンガのDFみたい」
「退場した手島の怨念が乗り移っているんだよ・・・(合掌)」

あれは多分、我らがDFリーダーの怨念・・・

(だから許して(涙))


あれが本当に一発レッドに値する行為か、反対にあれはオウンゴールではなかったか。
そんな事が記憶の彼方に吹っ飛ぶくらい緊迫したシーンがひたすら続く。
今は守り切る事が至上命令。

「攻められてばかりじゃないか!」そんな声が聞こえた。
違う。ごちゃごちゃの中で、エメや達也は走るスペースを失っていた。
この非常事態の中、サンガは積極的に「攻められる事」を選んでいるんだ。
それが格好いいかどうかは別として。







実は事件が起きるまでは、レッズが引いてサンガが攻め込むシーンが続いていた。
たぶんそれが双方の本来のやり方。

レッズのエメは同じ人類と思えない程の瞬発力とスピード。
山田、坪井、田中達也君、鈴木ケータ君、山瀬君・・・
他にいい選手がいても、もったいないぐらい、エメが目立ちすぎるって(笑)
何度も美しいカウンターサッカーを堪能させてもらいました。

しかし20分ぐらい?
大野の手島へのバックパス。
それをエメがヒヒョっと奪い、猛スピードで走り出した。
前に彼を遮る者は誰もいない。

慌てて追いかける手島。もう必死!走り去る前方のシャツを掴んだ。
代表から帰ったばかり、やる気を見せていた手島、サンガで一番大切な選手・・・

一発レッド。今日DFの控えはいない。万事休す。。
はい。次は虐殺ショー。どっこらしょ。
(暑いなぁ。レプリカ脱ぐか。やってらんねー)





ただの10人でなく、守備の要を欠いた10人。彼不在の1stの失点劇の再演?
しかし監督は素早く動いた。
それは、もーこちらがビビッてしまうぐらいの露骨さ。

まず、攻撃的MF選手をすべて降ろし、中盤を全員守備的MFにした。
(松井&大野→中払&中村忠)
1トップの黒部も含め全員を「守備能力」の高い選手で埋める。
そこまで露骨に「守り」に入りますか(苦笑)

そしてなぜか、CBの手島の穴にはなぜか攻撃センスのある斉藤が入いる。
一番底からゲームを組み立てる必要を感じたらしい・・・のかな
という事は「引きっぱなし」を覚悟?凄すぎ(苦笑)

最後にはまだ怪我明けで90分持たないFW黒部を降ろし、
当たっているFW町田でなく、高宗秀を投入。
実質FW抜き。
何時来るかと知らないチャンス、彼得意のセットプレーからの得点のみに賭ける
そこまで開き直りますか(苦笑)

「ハライ!もっと前で転べ!ビジュも!」
全ては宗秀のFKの為に。





カウンターのチームにカウンターで答えるとどうなるか。とてつもなく?なゲーム。
引いたサンガ相手に、いやおうなく攻め込むレッズは、
そりゃやりにくそうだった。。同情します。。本当に。

手島がいなかったから戦術的にドローに持ち込めたのかもしれない。
反対に手島がいたら、こちらも攻撃のチャンスだけは増えただろうけど。
(彼はそんな存在のDFだから)

まぁ、何にしても監督は今までなら4失点、5失点になりそうな非常事態で、
よりリスクの少ない方法を選択。
それに選手が良く答えた、という判断で落ち着きそう。

つまらないけど、とにかく負けないサッカー。
J2時代の非難轟々のゲルト采配を思い出した。
このピム監督の采配も、もっと別の順位の時でも見たくなった。
彼の引き出しをいろんな場面でみてみたい。






試合後、攻め続けて得点できなかった選手達に
詰め掛けたレッズサポーターからブーイングの嵐が降っていました。

反対にサンガ側は「拍手」と「だんまり」と「小さなブーイング」。。

最下位なのは変わらず。勝ち点1追加。彼らの潜在能力にまだまだ賭ける。



2003年08月17日(日) 地域密着・・・イベント目白押し

ファンクラブから届いたイベント告知のチラシ。
フットサル大会、サマーフェスタ、新マスコット愛称発表・・・。

一番下には選手との「茶話会」のお知らせまで。しかしそれは、









対象・女性









この茶話会、女性限定らしい。。。
ジェフの男前化講習と同じで、これは選手の新手の研修なのか(笑)。

色んな意味で非常に不安ですが(笑)、頑張って下さい。




ただ、ごく私見。
女性向けサービスもたまにはいいけど、
選手には子供達にもできるだけ多く触れ合ってもらいたいとも。宣伝も。
(やってるようだし、これ以上は大変なんでしょうが)

実は以前、少年サッカーのコーチをしている友達に
「試合のある土日は練習があるから子供達は行けない。あっても仕方ない。」
と、配られていた割引チケットを大量にもらっちゃいました。
(ごめんね、ちびっこ達。私がかわりに行きました。)

ここの子供達、Jの試合の有り難味がないせいか、観戦に興味が薄いような・・・
もったいないよ。






で、柏戦。
町田君のゴールに涙。
けど、残念ながら内容的にも見る価値のない試合でした。
雨のせいと思いたいです。

ノルマはあと7勝。一歩一歩前を向け。


2003年08月03日(日) 【鹿島戦1st代15節】 〜FW黒部の復活祭り

ゴールは麻薬のように、強い酒のように人々を酔わせる。
この日、夏の夜の蒸し暑いスタジアムの空気はアルコールを含んでいたようでした。




FCから中田浩二に先制されていた30分。
大野の左CK、そのまま彼は頭でゴールに突き刺した。
同点。

53分。
松井のGKとDFの間を抜けたクロス目掛け、
低空飛行のような体勢で頭から飛び込む。
追加点。

この時点で、西京極のゴール裏のばか騒ぎは最高潮に(若いサポが増えてるなぁ(笑))
総立になったまま、電光掲示板に得点者の名が掲示されるのを待つ観客。

「ただ今のゴール!黒部光昭!!!!」

わぁーーー!!歓声が湧いた。
怪我から2ヶ月半ぶりにスタメン復帰したエースへの歓声がスタジアムを覆う。

「おらー!もっと騒ごうぜー!」前列のサポーター達が後ろを振り返る。
体にまとわり付く熱帯のような真夏の大気。もうむせそう。
それは、元旦の緊張感に満ちた真冬の大気とは全く異質。
対戦相手が同じなだけ。

つーか、おめーら、鹿島戦ばかりじゃなく、それ以外でも頑張れよ(涙)
鹿島サポの友達の多い私の身にもなってよ(涙)
・・・てか大のそーまファンだった私の身になれよ(涙)


「アレ、アレ、アレ♪アレ、アレ、アレ♪」
ゴール裏の歌は高揚感でぐちゃぐちゃ(笑)。


確かに、ゲルト時代とは少し違った「重さ」のあるチームが、
ゆっくりゆっくり噛み合って歯車のように回り出していました。
なんと言っても、黒部がいると前線でのボールの収まりがいい
大野も初先発起用だったと思うけど、使えそう。

ミスは・・・まだ多いんですが、
どういう訳だか鹿島のミスの方が目立つんだよねぇ。
暑すぎたんでしょうけど・・・。





しかし、黒部が町田に代わり、大野がミニラに代わった頃から、
また京都はボールをキープできなくなる。
ミニラの運動量は豊富でした。
でも、町田の技術で黒部の代わりをしろというのは無理。
(フィジカルとポジション取りで、まだ田原の方が使えるような)

逆転したとは言え、まだ点差は1。
なのに後手後手に回り、少しずつ下がるDFライン。
緊張はもう高まるばかり。



そんな時・・・MF起用の和裕からのクロスに反応した選手が。
ゴールネットが揺れた。
その瞬間、彼は喜びを押し殺すかのように、落ちついてこちらに歩んで来た。

「あれって、だ、誰?!」
「マ・・・マッチ?!」

広告看板ギリギリまで来た。私達の方に向かって大きく拳を突き上げた。
ゴール裏は彼の拳に呼応して総立!

そこに中払がやって来て、彼の頭を撫ぜていました(笑)。








試合後のコメントで監督は試合前にマスコミにスタメンと戦術を公開した事を
「本来なら私のスタイルでないが・・・
黒部の先発を知らせて選手達に自信を与えようと思った」
と、話したそうです。

ピムは今日の「勝利の物語」を周到に用意していた。
優勝を逃してモチベーションの下がった鹿島は、
まんまとうちの新監督の演出に使われたような気がします。
(ごめんね、そーまさん(笑))
これがただの徒花的な勝利か、本当のステップアップになるかわからないけど。


翌日の新聞。監督や社長のコメントとともに、稲盛名誉会長のコメントもありました。
「いい補強をしたい。最下位のチームがトップになればおもしろい」と。

(会長、そりや確かに面白いです(笑)。・・・大変ですけどね。)







今日も、ヒーローインタビューを終えた黒部がゴール裏に帰って来る。

彼の場合「やって来る」というより
サポーターの所に又インタビューを終えて「帰って来る」という感じがする。
試合中、ずっと私達ファン達共にいた錯覚を感じる。
(どこのチームにもそんな選手がいるんだろうけど。。京都では今は彼。)


フェンス越しに集まってくるファン達と今日も手を差し伸べ合う。
三千人の西京極で始まった儀式が今日も続いている。

いつまでもこんな幸せが続きますように。








元旦に続いて、また黒部のゴール。
そういや・・・友人の為に唯一もらったサインの横。
訳あってちょっと話し合ってもらって、
「”鹿島”戦でゴールする」と、書いてもらったような。
(横にいた川口クン(現大塚FC)もありがとう)
まだJ2時代のこと。

当時あれは半分夢・・・というかネタだったんですが(遠い目)



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