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2002年10月31日(木) halloween

 他人の心を覗くような真似をしてしまった。それがひどく後味が悪かった。公開されない日記には、拙い言葉で昔の話が書かれていた。切なくて、愛しくて、そして盗人のような自分を見てひどく嫌悪した。
 謝罪の言葉も無い。それくらい卑怯な人間だ。

 冷たくなっていくのを感じている。
 腹に冷たい塊が在る。それが喉の奥にまで上がってくる。それから頭を覆って脳を侵食する。冷たい膜が脳を取り巻いている感覚は酩酊感とも違う形容しがたいものがある。指先が冷たくなっていく効果とも違う。
 この冷たさが一体何なのか己には分かっているのか。
 白い霧のような薄膜の向こうにその答えは既に見えている。切り裂くことも無くその答えを手に入れることは出来るだろう。少しだけ腕を持ち上げて、指先で触れるだけでいい。そうしさえすれば手に入るだろう答えだ。
 己はそれが発している曖昧ながら明瞭な気配を感じている。生命を削る煙に身を浸してその気配を消している。
 気が付きたくないのだ。気が付いてしまったら戻れないような気がするから。
 何処か―それは今の温んだ水の中。
 戻れない、きっと。

 誰かの腕に縋るのはその答えが嘘だといって欲しいからなのだろう。感じられる温もりがすべてだと云って欲しいからなのだろう。
 誰か―誰でもない誰か、誰でもいい誰か。
 真実に欲しいと思う人は誰一人手に入りはしないから。

 闇の中で独り、そう在りたいと願う。




木曜組曲/恩田陸/徳間文庫
2002
ISBN4-19-891759-0


2002年10月30日(水) my sweetest baby

 "どうでもいい"気分が満載だ。死にたいとかそういうのではないんだ。何もかも"どうでもいい"無気力感だけが己の中にある。眠ったら眠りつづけていたい。眠らないなら眠らないまま、ずっとそのままでいたい。
 変化が億劫で、面倒くさくて仕方ない。
 溜息の替わりに煙草の煙を吐き出して。

 言葉を紡ぐ。物語を紡ぐ。語る。
 気持ちがいいと思う。上手いとは決して云えない、稚拙さだけが目立つ読みでも、読んでいるのはひどく心地良い。
 子供なんて嫌いだけど、眠るような気持ちで、子守唄のように物語を語れたらと思う。
 物語を聞きながら眠るのは良い物だという気がする。己自身の経験は[憶えが無い]ので、母親や父親が読み聞かせてくれただろう物語を思い出せない。
 たった一つ憶えているのは、父親が話してくれた[イノブタ大行進]というものだ。創作だった筈だ。即興で、枕元で語ってくれたことを微かに憶えている。それがとてもとても好きだった。

 浸るのは感傷ではなく、苛立ちと視線の海。



エロティシズム12幻想/津原泰水監修/講談社文庫
2002
牧野修/有栖川有栖/菅浩江/我孫子武丸/皆川ゆか/新津きよみ
南智子/竹本健治/津原泰水/森奈津子/北原尚彦/京極夏彦
ISBN4-06-273393-5


2002年10月29日(火) 告白/降っても晴れても

 諦めとか切なさとか苦さだとかそんな諸々の感情を捨て去ってしまいたい。どうしても手に入らないと解ってるものを望むなんて不毛なことはしたくない。傷つくのが嫌で、愛されたくて、でも出来なくて、いつまでも堂々巡りを繰り返している。
 怖くて堪らないんだ。拒絶されるのが怖くて、受け入れられないのが痛くて、[貴方が好きだ]と云えないでいる。
 言葉に出すのが怖いんだ。言霊は確かに存在していると思うから。言葉にしたらもう逃れることが出来ないから。言葉にした瞬間に、その言葉が耳に入った瞬間に、逃れられない鎖が己を縛る。だから。
 貴方が好きなんだ。諦めても諦め切れないほどに、嫉妬に身を焦がすほどに、奪ってしまいたいと思い詰めるほどに、貴方が好きなんだ。それが子供っぽい独占欲に過ぎないと解っていても。
 どれほどに好きでもこの想いが通じるわけはない。そんなこと解っている。悲恋を気取るほど自惚れてはいないし、そんな甘い痛みでもない。いつもこうだと解っているだけだ。己が好きになる人は決して己を愛さない。そうなるってことを解っているだけだ。
 あの方の血の一筋を受けることが今己の最上の悦び。

 もうどうしようもないので切り捨てることにした。己の甘さとか嫌な所とか、そういうものを見せ付けられるようでとても厭わしい。
 己自身が、己の精神が。


 降っても晴れても、この地上で生きていくのだ。生かされている限りずっと。それが己の為すべきこと。恋も愛も憎しみも、理解なんて出来ないままでも。


2002年10月28日(月) 怠惰な眠り、甘い誘惑

 ひどく眠かった。全身に血が巡っていないかのように、心までも虚ろで眠かった。何かを考えることさえも億劫に感じる。

 怠惰。

 動くのも嫌で、人肌に触れながら、人に甘えながら、無意味に時間を過ごした。甘い囁き、誘惑の声、それらに身を委ねてまどろんで、ひどく幸せだった。
 束の間で構わないから、誰か己を愛して下さい。


2002年10月27日(日) driver's high

 胃が痛くなるほど煙草を吸って、咽喉を潰すように歌を歌って、それでやっと正気を保っている。口の中の胃液のような味にようやく意識を保っている。そんな状況。劣情を持て余して、他人に心配をかけて、そうして何とか生きている。それが己という人間。
 最初から分かっていたことなのに、言葉にされるとこうも痛いものなのか。それでも鎮静作用のおかげで平静でいられる。青白く浮かび上がった静脈を見ながら、利益と弊害のどちらがどれだけ大きいのか考えた。
 月が青く見えた。雲に紛れて確かに青かった。雲を突きぬけた場所でこのまま冷たくなりたかった。奪われていく体温のままに魂までも奪われて、消え去ってしまいたかった。誰にも知られないで、このまま月下に冷たくなっていたかった。玄関先まで送り届けてくれなければ、そのまま何所かで煙草をふかし、独り冷たくなっただろう。

 考えていた。冷たくなっていく指先と身体を抱えて、考えていた。己自身の存在価値、存在意義。
 同時に思っていた。薄暗い劣情、独占欲。それら全てが消え失せてしまえばいいと。
 悪魔が己の魂と引き換えに願いを叶えてくれるとしたら、唯一つだけこの身の全て―肉体も精神も全て砕いてほしいと願う。全て砕いて飲み干してしまって、何一つ欠片さえ残らないように完全に消滅させてほしい。気配さえ、感情の残滓さえ、記憶さえ残らないように喰らい尽くしてくれ。

 食べても食べても満たされない思いが募る。


2002年10月26日(土) 意味/傷

 日記を公開しているということの意味を問われたことがある。
 知人の誰にもこの日記を教えていない。しかし、誰かに読まれたとしても差し支えないように書いている。昔初めてこの世界に触れたとき、内実を吐露した日記を書いていた。見る人が見れば個人を特定出来るような日記だ。それを知人に見つけ出されてしまった時のあの凍るような気持ちが胸の奥にこびりついている。
 己は他人に依存して生きている。実生活でもこの世界でも。誰にも読まれないでいたい、でも誰かに見られていたい。そういう気持ちがこの世界で日記を書く理由だ。読者は己を知らない。知っていたとしても、知られていたとしてもさして影響はない。己自身で読み返していてさえ時々分からなくなる程度の情報しかない。最近少々筋のあるような話もするようになったが、たいていは己だけの為に書かれたとりとめのない文章とすら云えないものだ。
 妥協点なのだと思う。自分を見せたいという気持ちと、見せたくないという気持ちとの妥協点がここなのだ。この場所はひどく居心地がいい。強烈な非難も賛同も得られない代わりに、密やかな反応がある。確かに誰かが見ているのだというささやかだが確かなレスポンス。それが己を支えている。
 彼方に心からの感謝を。

 あの人を殺して自分も死ねたらいいなんて、馬鹿なことを思った。あの人がどうやっても己のものにならないと知らされてしまった今、もうあの人を思うことさえ出来ない。恋にもならない憧れでもない、劣情という名の傷が見える。
 裏切りの傷痕が見える。もう忘れたと思ったその傷を思い出した。思い出させられたというほうが正しいだろう。彼女の意図は何なのか。伝えるべきことを伝えなかった彼女のその意図は何なのか。彼女が何を思っているのかは分からない。だが同調する酷似した己の内部が告げる。同族嫌悪。今思い返せば裏切ったのは己なのかもしれない。


2002年10月25日(金) 身体を与えるということ

 身体を与えるということ、身体を求められるということ。昔はそれなりに嫌悪感があったように思う。今はと云えばもうどうでもいいような気がする。この身体を求められることなんて、考えられない。己が欲することはあっても、誰かが己を欲するということを己は想像出来ない。
 だから[もし五千円上げるからと言われたら喜んで身体を与えるだろう]と本当に思う。共感というのではないが、そういう気持ちは確かにある。己の場合、それはどういう形にせよ己が求められているということが嬉しいのだ。そして一瞬でも幻想を抱かせてくれるのなら金なんて要らないとさえ思う。
 [悲しい]と彼女は云う。[自分のこと、もっと大事にして]と彼女は云う。でもそれだけの価値を己は己自身に見出せない。肉体だけではなく、己のすべてに対して己は価値を見出せない。
 人並み以上の、自己中心的でさえある自尊心を持っていた筈だった。それは確信のように己を責める。でもその何もかもが意味を成さないということに気付いてもいた。
 自暴自棄。そう云われても仕方ない。


2002年10月24日(木) 恋愛小説

 どうしてだろう。顔も身体も声もこれほどにも好みなのに、傍に居るとそれだけで苛まれるような気分になる。あの人は時々奇妙なほど浅はかに見え、それなのに非常な深さも見せ、だから脅威なのかもしれない。
 比べることは出来ないけれど、敢えて比べてみるとすれば、あの方は己には全然理解できないのだ。あの方の何もかもが己とは平行なベクトルで進んでいる。そのことが非常な驚きを持つ。感覚は理解できるのだ。似ていると思うこともある。それでも実感としての理解ではない。それは3年という月日の違いなのか、生きてきた重さの違いなのか。
 あの方の何が己を溶かすのか、そんなことはもうどうでもいい。己の恋愛感情に今最も近いということだけが分かる。恋愛感情という名の劣情。

 期待しないでと云いながら、期待させるようなことを云わないで。そんな凶悪な言葉で己を傷つけないで。期待した後の絶望はいつも深く恐ろしいほどだから。


2002年10月23日(水) 嘘偽りの無い言葉なら

 勘違いだったのだと分かった瞬間に、己の所為でそれを本当にしてしまった。ポケットの中の煙草。
 言い訳さえさせてくれないのかと云ったら話がしたいとだけ返された。己の心は空虚で、焦りも不安も無かった。あるのはただこれで本当に捨てられるのだという予感だけだった。
 己は約束をあげられない。あげられるのはその場限りの口約束でしかない。彼女から奪ってばかりいて、その身体もその心も砕いてくれた何もかもを奪って奪って何一つ返さない。
 だから、許さないでほしかった。許してほしかったけれど許さないでほしかった。己が貴女から奪った分だけ、己から貴女を奪ってほしかった。

 終幕の予感。幕を引くのは己自身。


2002年10月22日(火) ひとり/ふたり

 煌々と照る月を見ていた。昨夜は満月だった。上空は風が強いらしく、すごい勢いで雲が流れていく。厚く垂れこめた雲に月光は隠れたり環を描いたりしている。綺麗だと思った。語彙の少なさ故にそれ以外の言葉が見つからない。

 手を離したのは己の方なのだ。彼女に甘えていつまでも許して貰っていたのは己だ。これで手は完全に離れてしまった。
 呆れながらも抱きしめて、[哀れね]と泣きそうな顔で云った貴女のその心を己はきっとずたずたに引き裂いた。
 約束を破ったのだから仕方無い。無くしたのは己の愚かさの所為なのだから。

 嫉妬深くて歪んでいて、素直に嬉しいとさえ云えない。
 発達課題の幾つかを明らかに積み残したまま、肉体だけは成長して今に至る。決して誰かにものを教える立場にはなれない。精神不安定のまま、子供の心を壊すのがオチだ。


2002年10月21日(月) 苦いキス/雨の匂い/煌々と照る月の

 呼吸さえ奪うようなキスが欲しい。
 なんて書いていると自分が欲求不満なように思える。実際そうなのだけれども。
 人恋しい季節なんて要らない。

 煙を吐き出す。咳き込む。後味の苦さに顔を顰める。精神安定剤にもならないこんなものを好んで吸う彼らを理解できない。それならば何故吸うのだろう。手持ち無沙汰、口寂しい―どうでもいい理由なら考え付く。
 そんな行為で誰かに認められるとでも思うのだろうか。そんなことありえない。分かっているのだ。
 分かっているのなら何故。自分でもよく分からない。衝動とは違うけれど。
 捨てられたいのだろうか。自分を壊したいのだろうか。どうしてだろう。
 男達の煙草の理由を聞いてみたいと思った。己が知っている人は煙草を利用していると云った。だから止められないと云った。それは己には分からない感覚だ。誰か己のこの愚考を納得がいくように説明してくれないか。

 口の中が荒れている。ざらざらとした感触で分かる。風邪をひいているのかもしれないがおそらく大部分が煙草の所為だろう。親や教員に隠れて喫煙している高校生のように彼女の目に触れないように火をつける。染み付いた臭いですぐ分かってしまうのに何をしているんだ己は。

 会いたい人に会えて心底ほっとした。いつものように煙草をふかし、ゆっくりとした丁寧な標準語で話す。大丈夫かと訊くとまあ何とかというように返す。ここにいるならそれでいい。
 会うことが怖かった人に会って心が揺れ動かなかったことに寒気すら感じる。記憶に無い感触や温度を思い出してみようとしても出来ない。だからなのだろう。だから何も感じない。幾ら言葉で聞かされてみても実感の伴わないことに感情が追いつかない。

 久々に見るあの方の変わらぬ笑顔が苦しかった。あの方を独占したいなんて無理なのにそれでも思う。態度で示さない分、表で発散させない分、己の欲望はエスカレートしていくように思う。
 心の奥底に埋もれる冷たく凍りついた劣情と執着のかたまり。

 嫌いだと言い切ったあの人に、どこかで依存したがっている自分がいる。あの人に見透かされて、納得させられたい自分がいる。
 あのキスが忘れられないのか。それとも慰めたいだけなのか。未だによく分からない。ただ自分の子供じみた独占欲と支配欲に振り回されているだけなのかもしれない。


2002年10月20日(日) 雲居に宿る

 またあの肌寒さだ。血が足りていないのだろうか。爪先から指先から失われていく体温を繋ぎ止めるのに必死になる。誰かの体温がほしくなる。

 キスシーンに胸が痛むようになったのは何故だろう。
 本当のところ理由は分かっているのだろう。己自身のことであるのに奇妙な言い方だ。おそらく理由というよりは契機だからこのような言い方になるのだ。
 痛むという表現が合っているかどうかも分からない。針の傷みではない。鈍い痛みではない。形容しがたい、おそらくは痛みと称するだろう感覚だ。
 契機は分かっている。理由が分からない。
 もう一度彼に接吻たら分かるだろうか。それとも他の誰かにしたらいいのだろうか。

 正夢。本気で蒼ざめた瞬間。身体を冷たい汗が流れた。


2002年10月19日(土) 壊れた記憶/溶けた脳

 朝目覚めた時のいつもと同じ感覚に違和感が無かった。携帯を取り出して着信を確かめて、その瞬間昨夜のことなど思い出しもしなかった。
 つけた覚えの無い傷が体中にある。抱きしめた感覚も抱きしめられた感覚も、口唇や舌の感触も、何一つ覚えていない。
 とうとう壊れたというただそれだけだ。どうしても嫌なら来なければ良いだけなのだから、そういうものだと諦めてしまえばいい。
 我ながら倫理とか公という意識とか欠片も無い。
 思い出せないのはやはり恐怖だ。己がすることなど高が知れているけれど、それでも怖い。誰か教えてほしい、苦笑失笑をくれる前に事実をくれ。
 こうやって少しずつ関わる人が少なくなっていくのかと思うと己に呆れてしまう。

 [謝るくらいならするな]と云われた。酔っ払いに何を云うんだこの人は。抱かれることなんて、接吻られることなんてなんとも思わないだろう。何をされても大人しくされるがままになれよ。
 下衆。
 人間として何かが決定的に欠落している。

 穏やかな時間。穏やかな人。温かい家。就寝前のお話を聞いているようなゆっくりとしたまろやかな気分。うとうとと目を閉じている。

 乾いた声で歌を歌った。咽喉を絞った声で満足に歌えない歌を歌った。脳をアルコール漬けになってしまったのかもしれない。あの声に戦慄のような激しい衝動を感じた。押し倒したくなるような声を出す。


 [思えば、バッチリ酔ってしまう時には、私はいつも居ない気がします。残念…。(ぇ]などといわれてしまう己とは一体何なのだろう。自問自答しながら、答えなどとっくに分かっている。
 単なる絡み癖の酔っ払い。


2002年10月18日(金) 朧月夜に憂きものは無し

 朧月。雨の気配が怖かった。垂れ込める雲を払い除ける嵐を望んだ。
 総勢20名以上の月見はそれなりに成功したのだろう。来てくださった方々に心からの感謝を捧げたい。

 月の光は己を抱きしめてはくれない。
 柔らかな光が見えなくなるまで見つめていた。くらくらする頭で笑いながら月を見ていた。何も無い虚空を見ていた。
 己を抱きしめてくれる腕が無い。体温をくれる口唇が無い。


2002年10月17日(木) 嵐の夜/傾く月

 欲求不満。嵐のような情欲をどう消化していいのか分からない。己の肉体は不感症気味だ。肉体的な繋がりを欲しているくせに、己の中にはその具体的な欲望が無い。
 矛盾。
 抱きたいのではない。抱かれたいのでもない。そういう直接的な行為ではない。
 接吻だけだ。蕩けるような接吻だけだ。他に求めているわけではない。それだけでも己には分不相応だが。
 性交というものにそれほど執着は無いのだと思う。口唇を合わせて舌を絡めるという行為は性的ではあるけれど性交ではない。
 触れられることに快感は無い。あまり感じない。己自身で触れることも無い。己の指に身悶える喘ぎや嬌声に昂ぶることはあっても、触れられて昂ぶることは無い。
 嵐のような情欲を処理する方法なんて知らない。感じないこの肉体を持て余して、妄想で他人を犯している。果てしなく迷惑な人間だ。

 粘膜を荒らすほど大量の珈琲を注ぎ込む。脳内麻薬物質に陶酔する。軽い酩酊感で心地良く口が滑る。無意味な言葉の羅列を吐き出し、通り抜けていく言葉を拾おうとする。
 傾いた月の白さ。


2002年10月16日(水) 日常たる日々

 ひどく疲れる。「どうでもいい」という気分が己を支配して、何もかも投げ出したくなってしまう。どうしてとか、何故とか考える前に、無力感が己を支配する。そしてどうしようもなく何もする気が起きない。
 日常に飲み込まれているのが好きだ。人込みに埋もれているのは刺激にかけるけれども穏やかで居心地がいい。それなのに満足できない自分がいる。
 日常が感情を磨耗させていく。日常は全てを塗りつぶしていく。誰でもいいから縋らせてほしい。この身体を現実に繋ぎとめるものが無い今、誰かに縋らずにはいられない。肉体だけの繋がりでいいからどうか。

 己の髪を撫でる女の手を煩わしいとも心地良いとも思う。己を引き裂いてはくれない優しい手だ。


2002年10月15日(火) 恋しい季節

 寒いような感覚が己を支配する。まただ。悪寒がする。
 人恋しさというには強すぎる、持て余し気味の情欲を処理する方法を他に知らない。

 星占いだとか血液型だとか、人は面白いことを考えるものである。性格や性質が明確に幾つかに分けられるとは思わないけれど、そういう見方もあるのかと、そういう見方も面白いと素直に思った。


2002年10月14日(月)

 接吻る。深く深く舌を差し込んで、口腔を犯して、生温い唾液を舐め、その温度に酔う。別に貴女である必要など無いのに、貴女を抱く。貴女に接吻る。
 貴女である必要など何処にも無い。貴女で在ることを必要としていないから。この温度をくれるのなら誰だって良い。
 貴女ほどに感じやすい肉体を持っていれば何かが違っただろうか。
 触れるほどに醒めていく肉体の、昇華されない欲望が淀む。

 口唇に触れる。接吻を求める口唇に焦らすような舌先を与える。舌に噛み付くくらいの情熱で己のことを求めてくれ。


2002年10月13日(日) 9ヶ月

 19歳になって9ヶ月が過ぎた。もう20歳になるまでを数えたほうが早い。でもやはり何一つ変わらない自分がいる。
 1ヶ月前の自分、5ヶ月前の自分、一年前の自分…一体何が変わったというのか。

 何処へも行けないのだと呟く。何処へも行きたくないのだと呟く。これは己自身が課した枷だ。自己暗示の檻に囚われている。


2002年10月12日(土) 期待/絶望

 あの方の一言が己を揺らがせる。どうしようもなく揺れ動く己が情けない。あの方の言葉は己を傷つけて血だらけにする。その一方で己を抱きしめて温める。あの方の何気ない一言が己の胸に突き刺さる。
 この動揺をあの方が知ったらどう思うだろう。あの方が懼れている様に、あの方が指摘された様に、己は健やかな育ち方をしていないのだろう。歪んでいる、捩れている、真っ直ぐな様で奇妙に。
 期待せずになんていられないのだ。期待せずになんて生きられない。期待と同時にその期待が叶えられないだろうという仮想における絶望をも抱いている。
 [期待しないでね]なんて言葉は己だって使うから、それぐらいの言葉に怯える必要なんてないのに。

 期待はしたくない。絶望がより深いから。それでも可能性のひとつとしてあるその期待される未来を、瞬間的に反射的に思い浮かべてしまう。起こりえない未来としての期待を抱く。そのすべてがいつか己を傷つけるのに。


2002年10月11日(金) ライナスの毛布

 己は見捨てられることを予測している。そしてそれがひどく怖い。捨てられる瞬間のあの寒さにはいつまで経っても慣れない。捨て駒のように捨てられるあの感覚が頭から離れない。毛布に包まってもなお通り過ぎていく寒さに体温を奪われる。
 [殺せ]とか[捨てろ]とか云いながら本当に殺される覚悟も捨てられる覚悟もない。[殺せない]と[捨てられない]と云ってほしいだけなのだ。
 他人への依存。
 心を開いているということは、他人への責任転嫁ではないのだろうか。

 自慰的な文章を書いている、自覚的に。己のためだけの、己の満足のためだけの文章だ。読まれることも読み返すことも想定していない文章だ。吐き出した言葉に責任はあるけれど、結局は誰のためでもなく己のためだけにあるものなのだ。


2002年10月10日(木)

 己は他人が自分から離れていくのが怖い。ひどく怖い。
 他人の肉体が己から離れていく瞬間はひどく寒くなる。他人の精神が己から離れるのを感じる時己の中に穴が穿たれる。それはごく小さく、細く、深い。
 胸の奥にその穴は在る。その穴に少しずつ、しかし速やかに水が流れ込む。凍った水が鈍く己の身の内を満たしていくのがわかる。水は冷たいというよりは寒いのだ。身を切るような冷たさも痛みも無い。感覚が麻痺するような寒さが流れ込み、己の中が冷えていく。底冷えのする寒さが己を取り巻いて凍らせて動けなくさせる。先ごろ感じるようになった秋の夜のあの底冷えのする寒さを思わせる。
 それは己の心が冷えていく、その情景なのだろう。離れていったものを追い求めるだけの情熱を己は持たず、離れるままにしている。それが淋しくないわけではない。だからこそ冷えるのだ。冷やすのだ。心を凍らせて麻痺させてその痛みに耐えようとする。

 穿たれる穴の、その中に流れる水の音が聞こえる。


2002年10月09日(水) 他人に依拠するということ。

 他人に頼るということはとても怖いことだ。誰かが何とかしてくれるなんて頭の片隅にも置いてはいけない。何故なら誰も、何も己自身を助けてなどくれないからだ。本当の救済は己自身が行うものだからだ。
 他人からの言葉は空虚で、己の精神を苛む。己の中に他人が発した言葉と同じものを見つけるとき、救われたように思う。それは錯覚なのだ。結局は自己完結しているだけなのだ。
 言葉では何も伝えられない。肉体はそれよりもさらに拙くて、己は自己表現の手段を知らない。
 知らぬ間に他人を頼りすぎて、己の中は空っぽの空洞と化している。己の中には何をも存在しない。苦しさは己の中で消化されず排出されず、堆積していくそれは冷たい水のように己を満たす。

 自己嫌悪に流される。己自身への失望や絶望が痛い。


2002年10月08日(火) 癖になる。

 癖になりそうで困る。他人の口唇を求めている。それは柔らかい肉の感触で、己を満たす。仮初めの充足感に酔う。
 生理的嫌悪さえ抱かない相手なら、誰でもかまわないと考えている自分がいる。実際そうだ。傍にいることが苦痛でも少しのアルコールの勢いを借りてしまえばいいだけなのだ。己にとっては[キスは握手]くらいお手軽なものだ。握手とは違う緊張感と快感が己は好きなのだけれど。
 これは恥ずべきことなのだろうか。己は恥はしない。ただ他人にしてみれば迷惑千番なことだろうと思うだけだ。周りの人間が皆若く、それぞれに恋などしているから厄介だと思ってしまう。己はフェミニストではないけれど、女の子を泣かせる趣味は無い。
 抱きしめ癖があるのは知っていたけれど、キス魔だと云われるに及んでしまった。治すべきなのだろうとは思うけれど、思っただけで治せるのなら悩みなどしない。

 今一番好きな人にはキスなんて出来ない。酔って抱きついたことだって、別れ際の握手だって、胸が苦しくなるのに、そんなことしたら羞恥心と罪悪感で死にそうになるだろう。差し伸べて下さった手を素直に取ることが出来たのなら幸せだったのだろうか。
 喰われたいと思う人は貴方。誰にもそんなこと云えない。


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