KENの日記
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2005年09月29日(木) シンガポール泊

昨日のJAL便は、順調に飛んでシンガポール時間の11時30分には到着しました。JALでシンガポールに来るのは初めてです。機内食も日本的で美味しかったです。しかしJAL便は空いていますね。サービスは良いのですがこれでは赤字だろうなと思いました。


因みに往路のAI(エアーインディア)の機内食は最後までインド的でした。
飛行機を降りるまで機内の雰囲気はインドでした。現在シンガポール時間の29日の午前6時。昨日はチャンギ空港で寝ました。


ラフな格好をしてきたのでどこででも寝ることができます。数時間の睡眠なのでホテルを取るのももったいない。これからSQ(シンガポール航空の機内)で寝ます。SQ便は7時30分出発予定。SQ便はシンガポール-ムンバイを1日2便で結んでいるのです。今回の帰国では、シンガポールに寄ることなど全く考えていなかったのでシンガポールドルを持ってきませんでした。これからはこういうこともあるので、持ち物にはもっと気を配ろうと思います。


長旅になりそうだったので成田空港の書店で本を買いました。藤沢周平の「秘剣馬の骨」。我が家の話題のドラマでした。NHKでやったとか。「蝉時雨」も人気があるみたいですね。成田-シンガポール間のフライトで一気に読了。面白いですね。独特の世界ですね。



2005年09月28日(水) インド帰国・・・飛行機はキャンセル

今成田空港からアップしています。28日午後4時45分。予定通り行っていれば今頃はエアーインディ機の中のはずですが。コメントをいただいた「ポレポレまるこ様」同様にトラブルに会って、飛行機には乗れず空港で待機しているのです。


私の乗る予定だった飛行機は、エアインディア便で「ムンバイ→ニューデリー→バンコク→成田」と飛んでくる予定でした。しかし今日ニューデリーでストップしてしまったのだそうです。バンコクまで来ていればJAL機でバンコクまで行き、同じ便でムンバイに引き返す方法もあったのですがダメでした。


首都ニューデリーに向かう人達は明日の同じ便に振り替えるのだそうです。(本当に乗れるのかしら)そして今日は成田に泊まることになったそうです。一緒に「AI」の地上担当者に文句を言った「すずき自動車」の方々は早々に航空会社の準備したホテルに向かいました。


私はムンバイまでいくので、別ルートで今日中にシンガポールに行けば明朝シンガポールからムンバイに飛ぶことができます。AIとJALに交渉した結果シンガポール経由便を確保することができました。午後6時発のJAL422でシンガポールに向かいます。シンガポール到着予定23時55分。翌日早朝7時30分のシンガポール航空422便でムンバイに向かう予定です。そうすると明日午前10時にはムンバイにつきます。


明日のニューデリー経由便を使うより半日早くムンバイに着きます。私は元々ニューデリーに行く必要は無いのです。明日午後から予定した契約サイニングに間に合いそうです。今回は貴重な経験をしました。成田の窓口の方が日本人なので親切に対応して頂けた賜物です。外国の空港ではこうはいかないでしょうね。



2005年09月21日(水) 日本出張

来週日本で重要な会議をすることになったので今週末日本に帰国します。今回はエアーインディアを使いことにしました。エアーインディアを使うとムンバイから同じ飛行機で成田まで行く事が出来ます。途中ニューデリー・バンコクに寄りますが。


木曜日・金曜日とニューデリーで仕事を済ませる必要があるので、木曜の朝、ニューデリーに行って金曜日の夜にエアーインディアの飛行機に乗ることにしました。心配なのはインドの飛行機なので長時間過ごす機内での食事です。日本に向かう飛行機だから日本食の準備くらいはあるだろうと思いますが。また貴重な帰国のチャンスなので日本食の買い込みを計画しています。



2005年09月19日(月) テニス教室

実は9月からテニスを始めています。アパートの前がテニスコートで、窓からテニスコートが望めます(行くには5分位かかります)。しかし殆どテニスはやっていない。町内の自治会みたいなところで「テニススクール」を始めたので参加したのです。


入会金Rs1000、会費月額Rs2000。決して安くないですが。火曜、木曜、土曜の朝6時30分から1時間が練習です。練習仲間は全てインド人。しかし、あまり上手な人は居ません。別のクラスには、上手な少女が二人います。まだ14歳未満の子供リーグみたいですが、母親がいつも見学していてプロを目指しているみたい。インド人のテニスプレイヤーはこれから注目です。


こちらに持ってきて道具;チェロ、野球のグローブ、テニスラケット、スキューバ用具、つり道具。これで最初の3つは使いました。後の二つは使う予定は今のところ無し。



2005年09月18日(日) チェロ修理

昨日土曜日ですが、ムンバイオケで紹介された楽器修理のプロ「ハイク」さん宅に伺いチェロを調整してもらうことにしたのでした。上記は記念撮影。ハイクさんの工房です。ハイクさんのお宅はムンバイ郊外の住宅地「バンドラ」にあります。


ハイクさんはドイツのミュンヘン出身。ムンバイに来て約8ヶ月だそうです。
後1年くらいムンバイに居る予定だそうでお願いしてチェロを調整してもらうことにしました。彼女は弦楽器職人なのですが、現在インド唯一の弦楽器修理士なのでとても忙しいのだそうです。


ハイクさんのことはバイオリンのジニー先生に噂をきいたのでした。ジニー先生宅にあるチェロは全てハイクさんの調整にかかったものだということ。古い楽器ばかりなのですが、非常に素直な発音なのです。(レッスンはジニー先生の楽器で行われます)


去年のBCO演奏会でアメリカのチェリストによって「コールニドライ」が演奏されたのですが、その時もジニー先生の楽器が使われました。本当に素晴らしい音だったのです。インドのことですから植民地時代に優れた楽器が渡ってきて残っている可能性があるのです。ハイクさんはそうした埋もれた楽器を蘇らせているのです。


ハイクさん曰くどんな楽器でも調整の余地はあるものだそうです。それなりの値段の楽器も調整次第でそれなりの音がするのだそうです。土曜日は、楽器の駒の高さとか箱の材質の厚さを測っていました。箱の開けて材質を少し薄くして魂柱も調整すると、良くなる可能性があるとのこと。期待して待つことにします。



2005年09月17日(土) この一週間のこと

日々更新ではなく、ここ一週間の出来事を記載。これまで書かなかったけど昔の会社の同僚の訃報が届いたのでした。享年37歳。電話で日本に問い合わせたら「急性白血病」だったのだそうです。私もまだ当時若かったのですが彼と議論したことを思い出しました。彼はまだ独身だったはずです。彼の無念さを想像すると、ただ合掌するのみです。


今週会社の社員(インド人)の旦那様が「脳腫瘍」であることが判明しました。この日記は日本語だから彼女の家族が知る術もないので記しておきます。
2ヶ月に渡る精密検査の結果、脳腫瘍の可能性は「Most Probable」とのこと。MRIの写真を見せてもらいましたが結構大きな影が映っています。私の妻の弟の奥様(義理の妹)は脳腫瘍で亡くなりました。発見されたときは既に手遅れだったようです。脳腫瘍は自覚症状が出るころは既に相当進んでいるケースが多いみたい。社員の旦那様は57歳なので腫瘍もそれなりの成長のスピードだと思います。気長に腫瘍と付き合うしかないでしょうと、彼女と話し合いました。この旦那さん(インド人)は長身ですごいハンサムな紳士なのです。今年の5月に結婚30周年のパーティがあって私も招待されました。


非常に仲の良い夫婦なので今後も助け合ってやっていってもらいたいです。実は彼女は「乳癌」摘出手術経験者なのです。彼女は現在も放射線治療中です。摘出手術の時には旦那様が一生懸命看病をしたことでしょう。


こういう情報は気が滅入ります。更に最近老犬「ダブー」が元気がないのです。殆ど寝たきり「番犬」の状態です。頭を撫でても、億劫そうに首を持ち上げるだけです。ダブー元気出せ。



2005年09月14日(水) ガナパティ流し

昨日13日火曜日ガナパティ流しが最高潮に達しました。先週水曜日にガナパティを迎え、一週間一緒に過ごし、7日目に海(川)に流すのです。お盆に先祖を迎えるみたいなものですね。ムンバイ最南端の海岸、女王の首飾りとも呼ばれる美しい(形が)海岸は、ガナパティ流しの場所としてはもっとも有名です。ここに色々な町内、家庭内から持込まれるガナパティは数知れず。トラックで運んでくるもの、荷車に積んでくる人抱えて来る人。


そしてそのガナパティを送るために人々は踊ります。太鼓とか楽器(トランペット等)で陽気に騒々しく騒ぐのです。町内会の人達が集まって大騒ぎをします。トラックにバンドを積んでいたり、大きなPAを積んだりして、ゆっくり更新していくのです。その海岸に沿った「マリンドライブ」という幹線道路が私の通勤路なのです。ガナパティ送りの人達による大渋滞に巻き込まれるのです。この日ばかりはガナパティ優先なのですから、待つしかありません。



2005年09月11日(日) ガナパティ祭り・BCOのコンサート

これがガナパティ。大小様々で、姿形も色々なタイプがあります。とにかく、ムンバイに各家々・職場・地域の臨時の寺にガネーシュが祭られています。これは職場近くのナリマンポイント町内会のもの。素材は最終的に海・川に流してしまうので土で作られています。来週火曜日はガネーシュを送る日の最終日で、ガネーシュ祭りは最高潮に達します。


今日のボンベイ室内オケのコンサートは大盛況でした。モンスーンの大雨、日曜日の夜にも関わらず多くのお客様がいらっしゃいました。演奏の方も適度の緊張と聴衆の暖かいサポートで大変充実したものだったと思います。ウィーン音楽をウィーンの指揮者で、インドのオーケストラが演奏するのですが結構それなりに聞こえていたみたいです。


私も難しいパッセージが少なかったので、比較的、全体を聞きながら演奏できました。それと管楽器・打楽器が入ると音色に変化が出るし迫力も増すので、
弦楽だけの音楽より聞き栄えがします。R・シュトラウスの「ツァラツストラはかく語りき」を演奏しましたが、「ツァラツストラ」(ゾロアスター)はムンバイと重要な関係にあるのです。オケにはゾロアスター教の方が多いので良く分かっていたはずです。会場にも多くのゾロアスター教徒の方が見えていたはずです。「かく語りき」の主題の最後の和音を変えて、そのまま「J.シュトラウス」の「美しき青きドナウ」に入ります。ウィーンの指揮者の棒での演奏はやはり楽しいです。難しい大曲に取り組むより少し気楽な楽しい音楽は仕上がりが良いように思われます。



2005年09月10日(土) 祭りの季節

モンスーンは終盤に差し掛かり、晴れ間の覗く時間が多くなりました。モンスーンの終わりを待ちかねるかのように、ムンバイは祭りシーズンに入っています。まず9月3日(土)には「ゴビンダ祭り」がありました。


幼い「クリシュナ」(ビシュヌ)が母親が高い所に隠した「ヨーグルト」を手に入れようと友達同志で助け合って、高いところに手を伸ばしたという言い伝えに則り、ムンバイ市内の色々な高いところに、ヨーグルトの入った壷がぶら提げられます。実は高さ、つまり難易度に応じて成功した時の賞金額が違うのです。


町内の少年達は練習を重ねて、高い所の「壷」を手に入れようと必死になります。下を支える人達は力強く踏ん張ります。上に行くに従って身軽で高いところに平気な人間が選ばれます。上の写真は大分高い所まで届いています。この少年達は、トラックの荷台に乗り、ムンバイ中の「壷」を探して走り回るのです。こうした組が何組も何組も入れ替わり、立ち代りやってきて挑戦していくのです。女性だけで構成されている組もあったそうです。翌日には、落下して怪我をした痛々しい人達の写真が新聞に載ります。


ゴビンダ祭りが終わると次は「ガナパティ祭り」です。ガナパティ祭りはムンバイの最大の祭りといっていいでしょう。何しろムンバイの象徴たるガネーシュが主役なのですから。今週の水曜日7日。ガナパティがムンバイのいたるところにやってきたのです。ヒンズー教の人達は自分達の家に「ガナパティ」を飾ります。さらに町内には「特設寺院(ミッタルマンディル)」設けられガナパティが迎えられます。この町内ガナパティで最大のものは高さ20mに及ぶ巨大な像(象の像)です。


そして数日間、自分達と一緒に過ごしたガナパティは、決められた日に川や湖や海に流されます。(これは迎えてから1.5日、5日、7日の3種類あるようです)最終日の来週の火曜日には、ムンバイ市内40箇所のガナパティ流しの場所まで町内、市内をガナパティを引き回し、歌い・踊りしながら更新するのです。それまでの間ムンバイのいたるところに美しいガナパティが飾られ、人々の祈りを捧げる光景が見られるのです。因みに、ガナパティはシバ神の息子とされていますが、シバ神信仰とはあまり関係ないように思えます。


美しく作られたガナパティの顔は、実際にあるはずないのですが、人間の顔と象の顔の折衷で結構リアルなのです。「我慢強さ、慎重さ、奥ゆかしさ、そして秘めた力強さ」を感じさせる顔つきなのです。そうしたところが、ムンバイ市民に人気のあるガナパティの特徴なのでしょう。



2005年09月04日(日) オーケストラフルメンバーで練習

今日の日曜日は午前中と午後4時までオーケストラの練習でした。今回の演奏会は、ボンベイ室内オケと「ゴア州弦楽オケ」の混成に外国からの管楽器のいプロが参加する大掛かりなものです。「ゴアオケ」とプロ(フルート、オーボエ、ファゴット、ホルン)が今日からの参加なので長時間になりました。


指揮はオーストリア・グラーツからきてくれた「アーネスト・ホイツェル」さん。ムンバイオケの常連でインドファンです。今回はオーストリア関連の曲を集めたコンサートなのです。ホイツェルさん十八番の曲目なので楽しそうです。

「ツャラツストラは斯く語りき」に加えて、ハイドンの「おもちゃのシンフォニー」をやるものだから打楽器が大変。楽器集めも大変だったようですが、演奏中に準備のために「がさがさ」雑音を発生させるので顰蹙ものです。今回は曲を丁寧に仕上げるというより、楽しく、そして聞き栄えがすればOKという感じです。これから一週間でどれくらい仕上がるのか。これは少し疑問附。今回のゲストの方は皆「TATAシアター」のゲストハウスの泊まるようです。一週間ご苦労様です。


ところで今回ののような大編成のオケの練習では裏方の仕事が大変ですし、さらに統率力のあるコンマスの存在や重鎮連の「押さえ」が必要になります。今回は若い方がコンマスに抜擢されたようですが、楽団全体を引っ張ることは難しいようです。苦々しく思っている人もいるのでしょうが、苦言を呈する人は誰も居ません。


練習に時間に遅れてくる人、勝手に音を出して練習する人が居て私語も絶えないので練習がなかなか円滑に進まないのです。指揮者のホイツエルさんは、おおらかに指揮をします(あまり指導はしません)。打楽器の合わせに多くの時間を費やすので弦は「何回」も伴奏させられます。打楽器は多分「寄せ集め」なので、オケの練習の経験はあまりないみたい。だけど貴重な日曜日の午前・午後を費やして練習するのですから、もう少し効率よく要領よく進めて欲しいものです。ジニー先生の「にらみ」もあまり効果がないみたいです。正直言って今日のような練習は勘弁して欲しいです。


演奏曲目追加です。

おもちゃのシンフォニー:ハイドン
ハンガリー舞曲第1番:ブラームス



2005年09月03日(土) 久しぶりにゆっくり

日本への一時帰国・ニューデリー出張(これがハードでした)と、移動距離がやけに長い旅行をこなし疲れたので今日はゆっくりしました。一時帰国前に、こちらで調達する生野菜類は全て使い切ったので冷蔵庫はほぼ空になっていました。今日久しぶりに買い物をして食料が豊富になりました。それだけで少し豊かな気分です。


今日はいつもの「野菜スープ」を作りました。ジャガイモ、トマト、ショウガ、セロリ、コリアンダーを煮て、チキンスープとライムで味付けするのです。新鮮なコリアンダーは香りが素晴らしいです。コリアンダー料理をもう少し知っていれば楽しいでのでしょうが、スープしか思い当たりません。


9月11日は日本では衆議院選挙の投票日ですが、ムンバイでは非常にローカルですがムンバイオーケストラの演奏会です。演奏はムンバイ室内オーケストラ・軍楽隊・オーストリアから招待した管楽器の先生達の合同オケです。場所はTATAシアターの大ホール。


演奏曲目(現在譜面が配られているもの)は以下とおりです。

1.「ジプシー男爵」序曲(ヨハンシュトラウス)

2・ポルカ「観光列車」(ヨハンシュトラウス)

3.「ブラダー公園の春」序曲(ロベルト・シュトルツ)

4.「ツアラツストラは斯く語りき」→「美しき青きドナウ」

5.「ハンガリー舞曲第6番」(ブラームス)

6.「ハンガリー舞曲第1番」(ブラームス)

7・「協奏交響曲」(オーボエ、クラリネット、ホルン、ファゴット)モーツアルト。



何曲かは昔大学のオケでもやったことがある(楽器は別)ので要領が分かるので気が楽です。モールアルトのクラリネットソロは、オーストリアからのプロ奏者に混じってムンバイオケの「デニッツ」さんが吹きます。彼の専門はクラリネットですが、あるときはビオラパート、また前回の演奏会はチェロパートで参加するという、とても器用な方です。どんな演奏になるか楽しみです。



2005年09月01日(木) ニューデリーへの移転計画

今日から臨時のニューデリーオフィスを確保しました。ムンバイオフィスと、ニューデリーオフィスの二箇所体制に移行しつつあります。といっても日本人は私だけ。暫く両都市を行ったり来たりの生活が続きそう。ニューデリー・ムンバイ(約1100Km)間には、飛行機が1日42便飛んでいるのだそうです。それでも飛行機はいつも満員なのです。


組織の力はそこに属する人間の意欲とか士気に大きく影響されますし、人間はロボットではありませんから、人間関係にとって物理的な距離は非常に大切です。ムンバイオフィスの今の力を維持するためには、出来るだけ多くの機会を設けて顔を合わせることが必要だと考えています。さて、どうなることやら。




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