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No-Mark Stall *




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そのひとの情熱に叶うものを私は持たない。 | 2005年04月30日(土)
これ以上ないというほどに、ひとつのことに対して真摯な生き方をするひとの前では、
何もかもに中途半端な自分はひどく取るに足らぬものに思えるのです。
神々の系譜。 | 2005年04月27日(水)
碧く透き通る世界に、ゆらめき差し込むのはあたたかな陽のひかり。
凍りついたような静寂の中、ひとりの青年が湖面を見上げていた。
その遥か頭上を真紅の色鮮やかな魚の群れが音もなく悠然と泳いでいく。

水底に沈められた楽園の如き小さな庭園。
積み上げられた石も半ば崩れ朽ちかけ、廃園のような有様の庭で動いているのは彼ひとり。

「……神の力で護られているとはいえ、水の中にいても息が出来るということはいつまで経っても慣れないものだな」
小さな苦笑は響かない。
水面の波紋に合わせてゆらりひらりと揺れる陽光が彼を射る。
目を眇めると、彼は踵を返して神殿の回廊を歩き始めた。

壁に嵌め込まれた雪花石膏に彫られているのは、神話を題材とした秀麗なレリーフ数々だ。
その中のひとつの前で彼は立ち止まる。
左手には何かを抱いて眠る女神。そのすぐ横で、彼女の眠りを守り魔物と戦う番人の姿が描かれている。
かの女神は愛と罪とを司る麗しの女神ウェハーリネ。
もとは愛のみを護る無垢なる神と讃えられていた彼女は、あるときひとつの罪を犯した。
それによって彼女は穢れた一面を持つことになり、世界で一番美しく残酷な牢獄で今も罰を受け続けているのだと神話は伝える。

世界で一番美しく、そして残酷な牢獄。
一瞬、湖に沈められたこの箱庭を連想して彼は僅かに顔をしかめた。
女神の浮き彫りから目を背け、傷付いてなお魔物に立ち向かう番人を見遣る。
彼が守るのは女神の眠り。
彼女の心棒者であり守護者であり、そして想いびとでもある番人は一体どんな気持ちで眠る恋人を見つめていたのか。


――愛の女神は恋を知らなかった。
人間たちの報われぬ恋を幾千となく叶えながら、彼女本人はその感情を知らなかったのだ。
そうしてあるとき出会った青年に、一目で心を奪われた。
規則に囚われない天真爛漫たるウェハーリネは、神と人間の恋が禁忌であることも忘れて彼の元に走った。
彼女をただの人間と信じて結婚したコルトニーゼは、産まれた子供が神たる力を持っていることに腰が抜けるほど驚いたのだという。
すぐにそのことは神々の坐す天上に伝わり、出奔した女神を探し回っていた神々は早々にふたりと子供を天に引き上げた。

そうして罰は下された。

ウェハーリネには永き眠りを、コルトニーゼにはその番を。
恋を叶えられなかった者たちの悲哀と恨みから生まれた魔物を、死ねぬ身体となった彼は追い払い続ける役目を負わされたのだ。
最も傍にありながら真実の意味で逢うこと叶わぬその罰に、ウェハーリネの親友であった幸せを運ぶ春の女神レティアが酷く嘆き悲しんだ。

<大神ラーオよ、お願い致します。どうか彼女をお赦し下さい>
<ウェハーリネは大罪を犯した。それを何故赦しを求めるか?>
レティアは地上を覗く水鏡を指して泣き伏した。
<愛の女神が消えたことで、結ばれぬ運命を背負わされた者たちが増えております。恋の女神ひとりでは手が行き届かず、また妾の力ではどうすることもかないません。どうか彼らを救って下さいませ>
ひとびとに幸せや笑顔を振りまくことを仕事とする彼女は、どれだけ力を尽くしても憂いが消えぬひとびとを想って酷く心を痛めていた。
伏して懇願するレティアの痩れた姿にさすがにラーオも心動かされたのか、彼はしばらくの沈黙の後に重い口を開いた。

<……よかろう。彼女の眠りを解いてやる>
しかし、と彼は続けた。
<それは一年の間に一夜のみ。それでよいなら許そう>


******

昔の話を見つけて思わずうろたえてしまいました。2002年って。
そのまま載せるのはさすがにはばかられましてちょっとリライト。
更に続く。 | 2005年04月10日(日)
昨今の流行は、確か裾が大きく広がったスカートだったように思う。
女性の衣装の流行などさっぱり気にしたことがない優男改めセヴランは、中々部屋から出てこない救世主を待つことにもそろそろ飽きてきた。
「自分で言うのも何ですが、私結構気が長い方だと思うんですよね」
懐中時計は一周どころか二周目も終わりに近い。
部屋の中からは数人の侍女と共にきゃあきゃあ騒ぎながら着替えをしているのであろう彼女の声も聞こえてくる。
「いい加減決めてくんないかなぁ。服なんて周囲から浮いてなければいいと思うんだけど」
「セヴランお前鈍すぎ」
扉の前でひたすら主人を待つ忠犬のような有様の友人を見つけて、アルバンは呆れたように口をひん曲げた。
「だってそうだろ?」
「その分だと女口説けたことないな、お前」
「……」
口説けたどころか口説いたこともないとはさすがに口が裂けても言えない。
沈黙を肯定ととった騎士はにまりと口の端を歪めた。
「口説き方教えてやろうか」
「遠慮する。アルバンの言は参考にならない」
すぱんと断った友人の頭を叩きながら彼はげらげら笑う。
「ひっでぇヤツーそんなに俺のこと信用できない?」
「……」
無言で頭に乗せられた掌をはたき落として、セヴランは目を細めた。
本気で怒っている兆候を感じ取って、彼は笑いを引っ込めた。
「相変わらず身長のこと気にしてんのな。一般的に見ても低いとは言えねェのに何がヤなんだ?」
「お前より低いのが気に食わない」
彼の背はアルバンより頭ひとつ分ほど低い。
それでもセヴランの身長はこの国の男性の平均身長よりは幾分か高いのだが、負けず嫌いとは恐ろしい。
むすっと不機嫌そうな顔つきで彼を睨みつける弟のような友人の頭を撫でてやる。
「分かったからいー加減機嫌直せ。な?」
「……だから、それをやめろと」
何度言えば分かるー!と吠えて、彼は腰に下げた剣を抜き放つ。
「うお、何すんだお前ー!」
とっさに懐の短剣で打ち返したものの、城内は原則抜剣が禁止されている。
「早くしまえお前! バレたらマズいだろうが」
「は? ――あ」
顔を赤らめてわたわたと剣を鞘に戻す。
妙に幼く見えるその様子がおかしくて、アルバンは再び笑いの発作に襲われた。

「……何この変なヒト」
扉を開けた暮羽は、目の前の廊下で笑い転げている大男の姿を見つけて呆然とした。
「あ、救世主殿――じゃなくて、暮羽殿」
ぎろりと睨みつけられて、セヴランはすぐに訂正した。
よろしい、と頷いた彼女は、床に転がる男を指して首を捻った。
「で、この変なのナニ」
「……アルバンという騎士で。不本意ながら私にとってはとりあえず友人という分類に入る男です」
起き上がった男は、人好きのしそうな懐っこい笑顔で掌を差し出す。
「よろしくな、嬢さん」
「何かあんま貴族って感じしない男ね。まぁいいやよろしく。暮羽って呼んで頂戴」
握手のつもりで手を差し出すと、何故だか指先に口付けられた。

「ちょっと待てコラ変態ナニすんのよ――――――!」
とっさに手を振り払い、回し蹴りを放つ。
それをひょいと避けながら、彼はまた笑った。
「面白いなァ"救世主殿"とやらは」
「うっさいこの笑い上戸! 一度あの世に行って来ーい!」
「……彼女はこの世界に詳しくないんだからあんまりからかうなよ、アルバン」
付いていくのに疲れた彼は、溜息を尽きながらふたりの攻防戦を見守った。

******

この前の続き。
紫なのは気にしてはいけません。何となくです(正確にはてきとーに数字を打っただけ)。
名前。 | 2005年04月04日(月)
「……あの、救世主殿」
そうと決まればとっとと出発よー! と意気込む暮羽に、騎士は困惑げに声をかけた。
「何よ優男」
「その格好ではこれから色々差し障りがあると思われるのですが……」
いい加減その呼び方やめてくれないかなぁというボヤキを呑み込んで、彼はもう一度"救世主"の格好を眺める。
異界から呼ばれた少女は、紺と白を基調とした奇妙なつくりの服を身に纏っている。
足元は頼りなさそうな革靴だ。
――それは暮羽の世界ではそれぞれセーラー服やローファーなどと呼ばれる学生服の基本なのだが、そんなことを彼は知るはずもない。
「そう? まァ靴は長時間歩いたりするのに向いてないから替えた方がいいかもしれないけど、服の方は別にいいでしょ?」
くるり、と服を見せつけるようにその場に一回転する。
「えぇとですね、こちらの世界では女性が膝より上の脚を露出するのは好ましくないこととされていまして」
「郷に入っては郷に従えって言いたいのね?」
「そのことわざの意味は分かりませんがこちらの衣服に着替えて頂ければ無用の摩擦は避けられるかと」
それもそうね、と彼女はあっさり納得した。
「……」
「何よ」
「いえ、あまりに簡単に問題が解決されたので。この後何か落とし穴が待ち構えているのではないかと」
「アンタ正直だけどあんま出世しそうにないわね」
痛いところを突かれて、騎士はしばし沈黙する。
「それよりも服見せてくれる? 着るものは自分で選びたいし。あ、流行に通じてるひとひとり付けてくれるとなお嬉しいんだけど」
「はあ……用意させますのでしばらく待ってて下さい」
習慣も何もかも違う世界に無承諾で連れてこられたというのに、この順応の速さは何なのだろう。むしろこちらが付いて行けない。
未だに名乗らせてすら貰えない騎士は、それでも彼女の要求を満たすべくひとを呼んで支度をさせる。

「……アンタ偉いの?」
暇だったのだろう、彼が指示をやる様子を眺めていた暮羽が不思議そうに首を傾げて問いかけた。
「は? 何故です?」
「だって人間顎で使ってるじゃない。そういうヒトって偉いものでしょ?」
ぱちぱちと瞬きを繰り返して、彼は暮羽と同じような仕草をした。
「いや別に……貴族であればこのくらい普通ですけど。救世主殿の世界では服以外にもこちらと違うものがあるんですか?」
「とりあえず食物連鎖の一番上にいる生き物の形状は一緒だけど。よかったわね二本足で立ってる生き物が呼べて。でもこういう階級制度は表向きナイわよ。文化もだいぶ違うみたいだし……あァでも大昔はこんな感じだったらしいわね」
この世界は、外国のお伽話で聞く世界とよく似ている。
「それはまた面白い話ですね。では我々の世界も数百年も経てば救世主殿の世界と似たようなものになるのでしょうか」
「さァね。そうだ、言い忘れてたわ。私には伏見暮羽って名前があるんだからいい加減救世主殿って呼ぶのやめてもらえる? 私そんな柄でもないし」
「分かりました。フシミクレハ殿とお呼びすればいいですか?」
「フシミが名字でクレハが名前よ。そんでもって微妙にイントネーション違う。伏見暮羽。あれ、そういえば名字って概念ある?」
「ありますよ。私の方はセヴラン=ヴァレリー=アニェス=アンリ=マリーズ、……まだ続くんですが聞きたいですか?」
暮羽のうんざりした顔に気付いたのか、彼は名乗りを途中でやめる。
「言いたいなら別に言ってもいいけど、私覚えられないわよ」
「覚えなくて結構です。私もあまり言いたくないので。……息継ぎなくて数十秒かかるんですよ。しかも署名なんかの場合は記入欄が足りなくなることも多くて……」
貴族の名前は長いものが多いので幅も多く取られてるんですけどね、と彼は深い深い溜息を付いた。
「ナンデそんなに長いの」
「まずは私自身の名前がセヴランで、その後父母、祖父母、曽祖父母の名前が連なって、まァあと色々付きまして、最後に家名のベルティエです。大体面倒くさいのでセヴラン=ベルティエで通しているんですが」
「私にもそれで良いわよ。貴族も大変ねー」
「えェもう。普通は自分の名前と家名の間には父母の名前しか入らないのですが。嫌になります」
テストなんかの場合にはきっと不利に立たされるだろう。暮羽は心底彼に同情した。

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何も考えずに書いてるんですが何でちゃんと話が進むんだろう。
……そういえば昔からプロット立てずに書く方がすんなり進んだような記憶が。

それにしても空気清浄機の風が吹いてきてパソコンの前にいると寒いです。別に近くにあるわけでもないのに何故だ。

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ちなみにこの前の場面が気になる場合は去年の12/11〜12をご覧下さいませ。
プロローグ書けばちゃんと連載になるかしら。
夢の子供。 | 2005年04月01日(金)
「エルナ、エルナ」
淡く光る幾つもの球体が、縦横無尽に森を駆け巡る。
その中のひとつが煽られた炎のように揺らめいて動きを止めた。
甘い桃色を纏うエルナは、声をかけられたことに戸惑いつつも辺りを見回して声の主を探した。
若葉色の光が、そんな彼女の周りをくるりと一周して滲むように収縮していく。後には背の翅(はね)を細かく震わせて、宙に静止している活発そうな眼の少女が残った。
「エルナ、今日こそ聞かせてね」
「何を? テア」
「決まってるじゃない。あなたの昔話よ」
森に棲む妖精たちは誰もが過去――その背に翅がまだ無かった頃の記憶を持っている。
そして、己が妖精となるに至った経緯を仲間たちに話して聞かせることが、この森の妖精たちの『仲間入り』を果たす条件となっている。
テアたち妖精の仲間となって間もないエルナは、まだその正式な儀式を済ませていない。
過去を語れと言われて、エルナは困ったように目を伏せた。
「……どうしても?」
「当たり前でしょう? 嫌なことがあって話したくないのは分かるけれど、いつまでもそのままじゃ、貴女はひとでも妖精でもないものになってしまう。そうなれば後は狩られて殺されるしかないのよ……」
言うテアの碧の瞳もどことなく翳っている。
妖精となったものの大半は、何かしらの痛みや哀しみを抱え込んで生きてきたものたちなのだ。
「ごめんなさい…テアも、同じだったのよね」
ひとの世界に居場所を見つけられなかったもの。苦しい現実から、夢に逃げ込んでそのまま囚われてしまったもの。ひとでないものに魅入られて、引きずり込まれてしまったもの。
……彼女は、そのどれだったのだろう。
「気にすることはないわ。どんなにつらいことでも、時間が経てば結局、慣れてしまうものよ」
テアはそう言って小さく笑った。その微笑が痛々しくて、エルナは上げかけた睫をまた伏せた。
妖精は、幻想や夢の産物だと何かの書物で読んだことがある。
けれどエルナはそうは思わない。
夢と呼ぶには彼女たちに残った傷はあまりに生々しい。
「さあ行きましょう。そろそろ皆が集まる頃だわ」
満月の夜には森中の妖精が一ヶ所に集う。
テアに促されて、エルナは力なく翅を動かした。

***

エルナは、妖精たちの森のすぐ近くで生まれ育った。
体の丈夫でない彼女が床で退屈しないように、エルナの祖母は毎日、色々なことを話して聞かせた。
祖母の初恋の話や苦労話、村に伝わるたくさんの伝承。
それらの物語がエルナを病弱な少女から、夢見がちな少女へと成長させていった。

(……教会で勉強を受け始める頃までにはもうおばあちゃんは死んでしまって、私も充分丈夫になった)

妖精に憧れている、という少々変わった点を除けば利発で愛らしい少女だったエルナは村の皆に好かれた。
そのまま、何事も無いかのように穏やかに日々は過ぎ去っていく者だと彼女は思い込んでいた。
日常は、揺らぐことのないものではなかったのに。

******

記録を見たら2002年に途中まで書いた話でした。
正直この頃の作品は既に正視できません……なら何故屋台に載せるかって話ですがまァ発見したので何となく。
エルガーのおねえさんの話。
だったのですがどうも途中で行き詰って放り出したっぽいです。
長編だけでなく短編ですら放り投げたかあの頃の自分よ。

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ローカルで中編をごそごそ書いてるんですが行き詰っては消しの繰り返しで立ち往生中。とほり。
written by MitukiHome
since 2002.03.30