戸枝 大幸 Now online

2002年09月28日(土) たまにはレッズ

浦和レッズ 2-1 清水エスパルス

きょうはレッズが勝って気分が良い。

三都主がこようが、アンジョンファンが出てこようが、何でもこいって感じだった。
山田の動きが抜群。キレキレだった。

それにしても、今期のレッズは負けない。なんだか神がかってるような雰囲気だ。
このまま突っ走れるように応援応援。



2002年09月25日(水) 民主党代表選

民主党の代表が決まって、その後の幹事長人事。
一連の流れを傍目に見ていて、見苦しいなぁと思った。
民主党にいま何が求められていて、何をすべきかという基本的なことが分かっていないらしい。

民主党も、党という組織である以上、組織内の力学があるのはわかる。
それでも、外向きの力学との衡量をはかった場合、やはり後者が優先されるべきだったろう。

民主党は野党である以上、常に攻めの姿勢を崩してはならないからだ。
これは野党の宿命的なあり方だと思う。

組織の力学、内向きの力学におもんぱかり、守りに入った野党は、
その時点で魅力を失っている。存在意義すら問われかねないだろう。
民主党は55年体制の再来を願っているのか? とすら思ってしまう。
「政権交代を目指す」というスローガンが空虚に映る。

翻って、自民党は、このことがよく分かっていたのだろう。
何が求められていて、何をすべきかを。
総裁に小泉氏が選出されていることひとつとっても、民主党との違いがわかる。
自民党は、世論の批判を多く受けるが、大事な局面では、おおよそ外さない。

自民党の強さはこのあたりにあるのだろうと、なんとなく感じる。

ともあれ、民主党の正常化が一日もはやく成ることを期待している。
健全な野党があってこそ、健全な与党があるのだから。
国難の多い時にあっては、与党・政府に常に良い意味での緊張感が必要だ。



2002年09月17日(火) 衝撃の拉致事実

あまりにも衝撃的だ。
8人死亡。
小泉首相は、北朝鮮は近くて遠い国だと言っていたが、遠すぎる。
これほどまでに、狂気の国があったのかというぐらいだ。

北朝鮮が拉致を公式に認めたことで、日朝国交正常化交渉は進展していくのだろうが、
わたしも含めて、国民感情としてはやりきれないものがあると思う。

翻って、日本政府はいままで何をやっていたのだろうか。
国家は国民の生命と財産を守る責務があるはずである。
被害者家族の度重なる陳情を無視・先送りしてきた責任は重い。

当たり前の責務が果たせないこの国は、なにかがおかしいのだろう。



2002年09月13日(金) 戸枝大幸Nowonlineの反響!

9月に入りWEBサイトを刷新してから、予想以上に激励メールを頂いています。
若い力に期待するといったメールから、地域の問題を指摘して下さるメール、ご高齢の方が、いっしょうけんめいに送信してくれた励ましのメールまで、どれもわたしにとって、非常に勇気づけられるものばかりです。
綴られることばのひとつひとつが、宝物です。

いま現在は、まだ時間の融通がきくこともあり、基本的にメールを頂いた方には、直接御礼を申し上げにいっております。

ITの隆盛に伴って、WEBによる政治広報活動の重要性がよく指摘されますが、
WEBというのは、やはり次善的なものだろうと考えます。

政治活動の基本は、やはり face to face だと思います。
同じ内容を伝えるのでも、面と向かって伝える方が、何倍も有意義なものになります。
言葉だけでは伝え切れない、情熱や感情を分かってもらうには、これが一番です。

ですから、わたしは、時間の許す限り多くのひとに会いにゆきたいと思っています。
このページを見ている方も、ひとことご連絡いただければ、喜んで参上いたします。

「政治に対する信頼の再生」が、わたしの政治活動の目標の一つにあります。
信頼は、なにかを共有することから始まります。
ひとりでも多くのひとと出会うこと。そして多くを分かり合うこと。
これが、信頼再生へ向けての一歩です。

このWEBサイトが、多くの方につながる足掛かりとなることを願っています。



2002年09月11日(水) 9・11とアメリカの宿命

きょうは9/11テロ追悼イベントに参加。
みな、めいめいにあの日の惨劇を思い起こしていたのだろう。

あの日を境に、世界は分かりやすくなったんじゃないかと思う。
アメリカは自らの力を世界に誇示し、その国民は熱狂した。
日本はというと、かなり冷静に世界を眺めていたような気がする。
冷戦構造が崩壊した後、あらわとなった世界の構造を垣間見たのだろう。

アメリカがいかに強大であるか、いかにして、そのパワーを維持・再生産しているのか。
アメリカは世界中の富を吸い込み、吐き出す世界のへそのようなところだ。
それ以上でも、以下でもない。
富=パワーである以上、アメリカはパワーそのもだが、それ以外に、アメリカにはなにもないのだと思う。

アメリカの恐ろしいところは、歴史の積み重ねの上にパワーがあるのではないことだ。
ご存じのように、アメリカという国は人工国家。

歴史の積み重ねのない国であるから、国としての拠り所は建国の理念にしか求められない。
そして、その理念とは、近代合理主義そのものだ。
理性に全幅の信頼を置き、非合理的なものを排除する。

ヨーロッパの近代史をひもとけば分かるが、歴史、古い慣習、王権、王権と結びついた旧教等を否定し尽くしたところに、アメリカがある。まさにNew Worldだ。
それ故に、アメリカは、自身を否定すること、反省することができないのだろう。
なぜなら、アメリカのすることは、常に“合理性的”だからだ。

冷戦崩壊後の世界問題は、そのほとんどがアメリカの一極支配体制を源にしている。

テロ撲滅、とアメリカが言ってみても、それは、自分の影と格闘する哀れな男のようにみえる。
テロという現象は、アメリカ一極支配の副産物、コインの表裏の関係のようなものだからだ。

したがって、諸問題の処方には、アメリカの自身の行っていることへの反省がもっとも有効だと考えるが、アメリカという国の原理上、それは叶いそうにない。
ここに、世界の不幸があるように思う。

合理性によって成り立つ国こそが、もっとも非合理的であるというのは、なんとも皮肉なことだ。

追悼のキャンドル、揺れる炎を見ながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。



2002年09月04日(水) ポスター貼付

数日前から、自分の顔写真の入ったポスターがまち中に張り巡らされている。
なんだか不思議なものだ。

自分のことなんだけど、自分のことじゃないような感じがする。
・・・そのうちに、この不思議な感覚とも仲良くなれるのかな。

それにしても、まち中のひとが応援してくれて、
ポスターを快く貼ってくれているのには、感謝の念に堪えない。
この場を借りて御礼申し上げます。

応援してくれているたくさんのひとの期待に応えられるようにがんばらねば。


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