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Written by なお。
◆日記『心地よい孤独。』◆
孤独はいいものだということを我々は認めざるを得ない。
しかし、孤独はいいものだと話し合うことの出来る相手を持つことは一つの喜びである。
byバルザック
2004年06月30日(水)
食中毒には気をつけましょう。

私は貝類が苦手である。何というか、特においしいとも思わないし、食べたからと言ってそんなに意味あるのかいと思ったりしてしまうんだよね、貝類(→ホタテとかアサリとか。)を見ると。で、結論から言いますと、この好き嫌いのおかげで食中毒にならずにすみました、はい。現在、私以外の家族(父も母も)は食中毒で苦しんでおるのですが。
で、皆様も食中毒には気をつけましょうな。特に、日本に住んでおりますと、どうしても毒に弱い体になってきますし、そもそも“食べる”ときってのは、人間ちと気が緩んでしまいがちです。特に生ものには注意しませう。ってコトで、今日はお二人のごはんを作りまする。
2004年06月26日(土)
矛盾した世界で暮らすためのかすかな希望。

何だかなぁ、世の中って矛盾だらけだなぁ、なんて思ってしまう今宵です候。「その理論は学者のお遊びじゃないか?」と怒鳴る学者(→ではあなたの理論もお遊びですなぁ。)、「この○○はオススメですよ!」と営業しながら自分は決して買わない営業サン(→そんなにオススメなら買い占めたらいいのになぁ。)、最重要事項から決議すべきなのに
最後に回そうとする国会議員(→議員の仕事って何だっけなぁ。)とか。
2年くらい前からなんとなーく思っているのだが、要するに、さも重要であるようにラッピングされた重要でないことが多過ぎる、っうコトなのかもしれませぬ。外から見ると「おお!すごそう!」と思うのだが、実際に開けて中を見てみると「たいしたことないじゃん」みたいな。よって、「重要である」という言葉で結ばれている文にはちと注意が必要かもしれん、と近頃気をつけるようにしています、はい。

それはそうと今朝、今さらですが『ラスト・サムライ』を鑑賞。いやぁ、面白かったです。で、思ったのですがアメリカ人も変わりつつあるのかもしれませんなぁ。ドメスティック志向のあのアメリカ人(あんまり海外旅行しないみたいだよ。)が摩訶不思議な日本という国で武士道に目覚めるんだもんなぁ。『華氏911』も好調なようですし、他国の文化を尊重し、自国の現状を冷静に分析できる、そんな風にアメリカ国民が変わっていってくれたらなぁと思います、はい。
というか、とある日記を読ませて頂き、私もどうにかしてるコトをしてみたくなった。そんなの意味ないじゃん、とか、馬鹿だねぇ、とか、アホくさ、とか言われそうな、そんな何かをしてみたい。矛盾に満ちたこの世界で。
2004年06月24日(木)
やりたいコトのみつけかた。

「やりたいコトが見つからない・・・」と年下の友達に相談を受ける。「それって自分に合った職業、って意味?」と尋ねたら、友、うなずく。で、「それだったら私も見つかってないなぁ。」と正直に話したら驚かれてしまったよ。だって、やりたいコト=自分に合った仕事、だとしたら、やってみないことには見つからないっうことになるし。
やりたいコトを探す必要はないのかもしれんよ、と私は思う。就職活動では「あなたは何がしたいんですか?」と聞かれる。けれど、この質問をそのまま受け止めてはいけない。人事担当者が尋ねているのは「あなたは今まで何に取り組んできて、当社でその経験をどういった形で活かし、結局は当社の利益になるのか?」であって、純粋な意味での「あなたがしたいコト」ではない。
で、年寄りぶってえらそーにアドバイス、というか質問してしまった。
「最終的にどういう人になりたい?」と。具体的には、毎日何をして、何を食べて、どういう人たちに囲まれて、どういう場所で暮らして、どういう気持ちで過ごせれば満足するのか、考えてみると良いかもしれんよ、と。(もちろん「質問した私自身も考えが浅いけど。」と付け足しました、はい。)

で、物心ついた頃からエキサイティングに過ごしたいって思ってたな、だから株に惹かれたのかも、とか、けど暮らすのは田舎が良いと思ってるよ、10代の頃から東京はうんざりだったし、とか、ぶっちゃけた話、仕事を権威的側面から選ぶ人って苦手なんだよね、要はリッチな自由な無職がベストだよ、とか、大企業の会社員よりも自営業とか経営者の人の方が話は合うなぁ、とか。
そういう私自身の考えをダラダラと話していたら、彼女も彼女自身の考えを話し始めた。で、どうやら少しは効果があった模様。あ、そうだ、私は幸せな人と過ごしたい、と言ったら、彼女も「そうだね。」と言って笑った。私は幸せな人と過ごしたい。
2004年06月23日(水)
「負け犬」の逆襲。

夜(22日の)、テレビで
『世界バリバリ★バリュー』を鑑賞。“負け犬女性たちの華麗なるセレブ生活”っのをやっておりました。で、わたしは確信しましたよ、奥さん。やがて「負け犬」の逆襲が始まる。今のところ、彼女たちのライフスタイルを「けしからん!」と思う方もチラホラいらっしゃるでしょうが、5年後、10年後は羨ましくて仕方なくなるでしょう。(→天気予報風に。)
特に番組の後半でのお見合い権利争奪は個人的にツボにはまった。ニューヨークで投資会社を経営しているリチャードさん(35)っう男性とのデートを賭けた勝負(?)だったのだが、彼の年収が2億円以上というのが効いたのでしょうな、皆さんはしゃいでおられました、はい。詳しくは
コチラをどうぞ。
信じられないかもしれんが、リチャードさんのような男性は結構いるんですよなぁ。確かに遊ぶ女性はたくさんいるでしょうが、個人的な観察から思うに、投資系の欧米人男性っうのは、仕事で博打をしているぶん、結婚には慎重なのかもしれん。
それに、いくら儲かる業種といえども、年収が2億円以上になるにはかなりの努力、っうか、すべての時間を仕事に注ぎ込む意気が必要。(まぁ、自分で会社やってるってのは大きいけれど。)番組中で紹介されていた男性方は投資系の方ばかりだったのも個人的にはかなり納得です、はい。(注:別に投資銀行勤めの男性を薦めているのではありません。個人的には結婚するのは反対であるよ。)

ちょっと前、女性誌でも国際お見合いサービスの会社が取り上げられておりましたし、今後は今以上に、いわゆる「負け犬」の方々を中心とした国際結婚はトレンドになっていくでしょう。よって、仮に結婚相手の男性の方が経済的に優位な場合、日本人女性はますます海外へと流出し、かの地で出産することになるでしょう。(→天気予報風に。)
かなり個人的な考えだけれど、日本の合計特殊出生率が今後上昇するとは思えませんな。楽観的か悲観的かと2分すれば、私はこういう面では常に悲観的ですし、こんな予想は外れた方が良いのであるよ。が、世界経済の情勢を考慮した場合、外国人男性と結婚した賢い「負け犬」の方々が日本で出産するとはとうてい思えないですよなぁ。あ、個人的にはアメリカ人投資銀行員よりも、アジア系の男性をオススメします、はい。(注:単に私の好みなだけ、という説もあるので注意。)
2004年06月22日(火)
この壊れやすきもの。

エアコンをつけたい。が、リモコンが見当たらない。暑くて集中できず、もう壊れそう。。小学生くらいまではエアコンなんて使わずに暮らしていたのに、今の自分の有り様はなんなんだろうと思う。
もし温暖化が進んで日本が亜熱帯性気候にでもなったら、私は壊れずに生きていけるのだろうか。。。
人は簡単に壊れる。気候の変動は人格に影響を与えるし、1つ1つの事象は些細でも、それらが2重3重にかさなれば、良くも悪くも信じられないくらい人は変わる。って、ちと怖いことを綴ってしまいました、はい。
最近、自分の限界についてよく考える。一体、私はどこらへんまで行こうとしているんだろうなぁ、とか、このままではいかんなぁ、とか。これもまた少し怖い考えなのだが、私は一度も一般的に言われる“普通”の生活をしたいと思ったことがなくて、最近そういう自分にも不安を感じたりするなぁ。(あぁ、いろんな意味で怖い。。)

人は大人になるたびに諦める方法を身に付けていく、というような趣旨の文をどこで読んだけれど、気がつくと私もまたそうなりつつある気がして、時間の経過って悲しいなぁ、なんて思ったり。たくさんの人たちの日記を読んでいると、どっち道、誰もが壊れやすい何かを持ちつつ暮らしているんだなぁと思ったり。
世の中は不条理の塊りだけれど、よく探してみれば条理のある場所があるような気がしてきた。
2004年06月21日(月)
風は強かったけど株はあがりましたなぁ。

「風強いなぁ。」とほざいきながらパソコンに向かっていた今日。なんと調べておいた銘柄がほぼ全て上昇。って、日経平均が218円上がったんだから当然といえば当然なんだけれど、院に行ってた時の研究に基づいてポートフォリオを組んだ銘柄群がすべて上昇しておったので、個人的には結構うれしいのであります、はい。
っうか、ここ最近、(当然だけど)修行足りないなぁとしみじみ思いまする。だって、過去の株価上昇の要因を体系的に説明できるまでに全く至ってないもんなぁ。もう1回財務分析からやり直したほうが賢明かもしれん。
ってことで、明日の日本市場はどうなるんだろう、と考えつつまだまだ調査は続きまする。
2004年06月20日(日)
自己啓発書の不思議。

オヤジ臭くて恥ずかしいのだが、久々に自己啓発書を読んだ。(→趣味の1つである。)『成功の9つのステップ』(ジェームス・スキナー著/幻冬社)。で、結論から言うと、素晴らしい本でありました。これを月に1回ずつ1年間再読すれば、他にこの手の本を読む必要性はなくなるかもしれず。とにかく馬鹿にせずに一度手にとって見ることをオススメします、はい。
で、個人的に一番タメになったのは、ステップ3の「無限健康を手に入れる」という章。(→もちろんその他の章もオススメ。)なぜか?
お肉も魚も食べなくて大丈夫、っうかむしろ食べないほうが良い、っうことがわかったからであるよ。それと、午前中はフルーツだけ、っうのも試してみる価値があるよなぁと思った。
で、とりあえず今朝、フルーツだけ食べ、後は野菜中心の食事で一日過ごしてみました。結果、身体が軽い感じ。っうか、夕方から朝まで眠るつもりで寝たんだけれど(→毎日8時間は寝るのが私流)、4時間くらい眠ったら自然に目覚め、かつ、気分もよい。疲労も回復してるし、今後も継続することにしまする。こういう生活を続ければ、
「切れやすい大人」(06/10のきらりサンの日記に勝手にリンク。)にはならないはずでありましょう。

というか、ふと思ったのだけれど、現在、日本全体では自己啓発書ってかなり売れてますよなぁ。けど、実際、自分の生活範囲を見てみると、正直、病んでる人のほうが多い気がするんだけれど気のせいか。で、もしかしたら、、自己啓発書を本当に欲している人は自己啓発書を読んでる時間がないのかもしれないなぁと思い、少ししんみりした気持ちになった。
が、こういう逆説的な現象ってよくよく考えてみるとすごく多い。たとえば、国際協力(ODAとかまだ変でしょ、あれ。)とか、
社会保険庁のお金の使い方とか。コピー機使えば済むってわかってるのにやるなよオイ。(アホ過ぎて刺し殺したいくらいである。)
2004年06月19日(土)
かすかな光のつくりかた。

正直に言おう、私は落ち込んでいたのである。抽象的だけれどコレが一番正確な表現なので書くが、要するに「光が見えん・・・。」っうコトが原因でありました、はい。けど、冷静に考えてみると、将来に光らしきものが見えるかどうか、って物の見方次第なんだよなぁ。で、何だか知らんが今現在は幸せ。(→単純だねぇ。)
ここ数ヶ月、私は専念しすぎていたのだなぁと思う。より本質的には、専念していた対象そのものに「光」をあんまり感じられなかったのかもしれん。
っうか、事に専念すること自体は問題ないのだろうけれど、そのせいで感情的にストイックになり過ぎていたのであるよ。で、反省。(→それじゃあ3kgも太るわな。。。)

で、こういう時は人工的に「光」を創ってみる、っうのも手である。ので、シンプルな目標を決めた。大目標を達成したら
ココに泊まりにいく。某氏から�笋�きたら丸一日かけて会う。1ヶ月後までに4kg痩せる。(→増えた分以上に減らす、のが掟である。)毎日、必要以上に笑う。以上。
2004年06月18日(金)
「結婚はしても地獄、しなくても地獄」なのかい?

あぁ、一日って早いものですなぁ。朝8時に寝て12時に起きて、早くも19時ですわ。もっと生産性の高い人間になりたいものだなぁとしみじみ思います、はい。株の調子も良いんだか悪いんだかはっきりしませんし、一番心を痛めているのは、いつの間にか(ここ2ヶ月で)3kgも体重を増やしいてしまっていた、っうことですなぁ。で、ショック過ぎて生きていくのが苦痛なので、泣きながら毎日運動することにしまする。
っうか、急に話は変わりますが、以下、記事ご紹介コーナーです。(→今日から始まりました、はい。)
「結婚はしても地獄、しなくても地獄」。大手サービス業の一般職、D子さん(35)は最近こんな思いを強くした。2年前に結婚した友人が、育児に無理解な夫との離婚を早くも考えていることを知ったからだ。
D子さんの年収は700万円ほどあり、職場での評価も高い。趣味も多く、独身生活を楽しんでいるように見えるが、「実は結婚願望が強く、それを実現できない自分が悲しい」。しかし相手が誰でもいいわけではない。既婚の友人から育児の大変さや夫への不満を聞くたび「愛情を抱けない相手とそんな苦労はできない」と本音で思う。
Smart Womanより引用
この記事を読んで久しぶりにビックリしました。何にって、冒頭の「結婚はしても地獄、しなくても地獄」という一行に。あぁ、素晴らしい。本のタイトルにしたら売れそうすよホント。

というか、こういう(↑上の記事のような)心情ってすごくノーマルだと思う。誰だって「愛情を抱けない相手とそんな苦労はできない」と(少なくとも結婚以前には)思うだろうし、周囲に苦労している方々が多い場合は、特にそうだろうなぁと思う。
というか、要は考え方次第だと思います、私は。結婚っていう制度は、生物学的にも社会学的にも経済学的にも、そして近年では経営学的にも問題となっておりまして、脳みそ足りない私もしばし考えてはみたのですが、もうお手上げですなぁ。つまるところ、考えてみてわかったのは、「結婚というのは本人同士の問題じゃないんだなぁ、コレが。」ってコトかなぁと思う。で、結婚に関しては色々な、本当に多様な考え方があり、その中のどれを選ぶかだけは、各個人によるってことなのかもしれず。(→って、無婚のクセにほざいてしまいました、すみませんです、はい。)
2004年06月17日(木)
外形からはわからないコトってたくさんあるのさ〜。

夕方、叔母から電話。2,3日前に送った品物が届いたとのこと。というか、、私はこの叔母が苦手なのである。彼女は自分のことは棚にあげて、色々と嫌味言ってくるんだよね、毎回。その癖、私が大手企業でインターンしてた時なんて、手のひらを返したようにすりよってきたりとか。要するに、あんまり幸せな人じゃないんだと思う。自分で自分の価値を決めようっていう意志がない人なんだと思う。
っうかさ、今日も「良い身分よね、あなたは。」って言われちゃったよ、オイ。これは私の信条のひとつでもあるのだが、『そう見えるコトとそうであるコトは違う』んですよなぁ。現在の叔母と私の状況を比較した場合、確かに私の方が叔母の言うところの「良い身分」ではあるのかもしれないけれど、つまるところ身分とかそういうのって変動しつ続けるワケだし、一概に言えないものの代表のようなだと思うし。

というわけで、今日は「私は平和に暮らしたいだけなんですよー、叔母さん。」と脈絡なく叫びたくなってしまいましたよ、はい。でも、叔母に嫌味を言われたおかげで、自分がオバサンと呼ばれる年齢になったとき、どんな人になっていたいかわかった気がする。私はもっと器の大きいオバサンになりたいなぁと思う。
年齢を重ねて、前に進む人とダメになる人がいるのなら、私は進む人でありたいものだなぁと思う。少しずつでも進んで、何かを得られる人に、何かを与えられる人になりたいものであるよ。
何はともあれ、ああいうオバサンにだけはなりたくないものですなぁ、年を重ねると人間性って嫌でもにじみ出てくるものだし。(→皆さんも気をつけましょう。)
2004年06月16日(水)
株式投資を考える。

「どの株がオススメですか?」と久しぶりに尋ねられた。うーん、オススメの株っていうか、要は好きなの買えばええんでないの?とか何とか答えたら、いい加減に答えたと思われてしまったのでしょう、相手にキレられて困りました、はい。っていうか、こういうのは自分で考えた方が良いですわな、自分で買うんだろうし。
というか、現在、日本はお国をあげて国民を株式投資へと向かわせようとしているのですが、正直、私は不信がつのるばかりです、はい。
証券税制改正のおかげで以前よりは(あくまで税制の面では)お得感がでできたのは確か。でも、ひとつ疑問なのは、将来的には個人金融資産のどのくらいの割合を株式や投信などのリスク資産へと転化しようとしてるんだろ、ってこと。
現在のところ、日本の個人金融資産のうち
株式・投信はあわせて9%なんだけれど、まさかアメリカみたいに合計47%目指してるワケじゃないですよなぁ?つまり、政府としては、望ましいリスク資産の構成比をどの程度に見積もってるんだろうと疑問に思うわけです、はい。(っうか、皆さん既にお気づきと思いますが、政府の見積もりって怪しいですよなぁ、年金運用の前提とかすごーい狂ってるよなぁと思う。)

それに、思うのだけれど、個人の生活というものをトータル的に考えた場合、現在の日本人の生活って、既にかなりリスキーだと思う。倒産・リストラも恒常化しているし、年金運用も酷い有様だし、家庭内を見てみても、離婚やDV、幼児虐待も急増。うーん、これ以上、株式投資でリスク増加させてよいものなのかどうか。。。
年金資産の運用先も国内株式が9割以上だし、日本企業にお勤めされている方にとっては、まさしく運用先の企業業績と自分の企業の業績が完全相関しているようなもので、リスク取りすぎなんじゃないかなぁと思ったりもするし。
それに、これ言ってしまうと何だけど、プランを作成しているお役人様方の株式投資の実践率は低いですよ実際。(→知人の役人はもちろんやってません。)やれって促すのって簡単だけど、実際にやるのは国民なワケだし、私としては「うーん、勧めていいものかねえ?」と思うわけですよ、はい。
うーん、中途半端だけど、あんまり勧められるものじゃないよなぁってコトで、今日のところはこれにてお終い。
2004年06月14日(月)
良いオトコにしてあげたくなるコト。

8時間くらいずーっと、ずーっとインターネットしてしまった。「もう、暇人なんだから〜♪」と皆さん呆れたでしょうなぁ。が、私の場合、ネット巡回って思考停止したいときには打ってつけな行動なのであるよ。たくさんの方々の波乱万丈な日常を垣間見ているうちに、自分のことなんてホントどうでもよくなってきますし、一見すると無駄な行動なのだけれど、意外と貴重な意見を発見できるんですよなぁ。
って、書こうと思ってたコトと全然関係ないコトを書いてしもうた。っうか、別に全然たいしたネタじゃないんだけど(→っうか常にそうだけど。)、この前、友達と
「カミングダウト」を見ていたら、「なおサンが昔付き合ってた人に似てるよねぇ
谷原章介って。」と友達。で、「好きでしょ?ああいうの。」と友達。

あぁ、うーん、そうねぇ。まぁ、正直に言うと、好きなタイプであーるよ。私は何を隠そう谷原氏のような男前を見ると「あぁ、思いっきり笑わせてやりたい♪」と思うのである。何というか、やりがいがあるじゃないですか、良いオトコを笑わせるのって。落ち着きのある声を笑いで震わせ、端整な顔を笑い皺でグチャグチャにするのは楽しいものです、はい。
って、男性が綺麗な女性を笑わせて自分の存在価値を確認するのと同じ構図だって今気づきました、はい。(あ、誤解させると嫌なので記しておきますが、提供するのはあくまで笑いという人的なサービスであって、物納や金納は致しませぬ。)というか、最近笑い提供してない=出会ってないなぁ〜私。
2004年06月07日(月)
ベストよりも、ベター。

この前の日記、読み返してみたけど我ながら大人気ないなぁ。。。というか、知人が亡くなってから数日がたちまして、少しずつ心が落ち着いてきたようです、はい。世の中ってホント不条理だよなぁって今でも思うしこれからもそうだろうけど、その不条理さまでも包み込んで日々遊んでいかなくちゃいかんのだなぁと思えてきましたよ候。
というか、私は今暖かい地におるのですが、非常にもったいないことに遊ぶどころかマジメに仕事(って言っていいのか疑問だけど一応そう表記しとく。)しておりまする。って言っても、こうやってサボる時間があるだけ人間らしい暮らしだよなぁ、オイ。なんて、一人で突っ込んでみたりして、結構平和に過ごしております。
っうか、いつもどおり話は飛ぶけど、さっき今週分の
『おとなの小論文教室』ををグットタイミングで読んだ。何と言いますか、人って一度決心が着いたとしてもぐらつくコトってあるますよな。まぁ、要するに、最近の私はそんな状態になっていたのであるよ、もしかしたら今選んでいる道はベストじゃないかもしれないよなぁ、とかいろいろ。

でも、始める前からベストの選択をベストだって決め付けてしまうのって怖いよなぁって気づいた。経営学的にもまさにそのとおりだし(→人は限定された合理性のもとでしか意思決定できん、とサイモン先生は仰られたそうな。)、少ない自分の経験からもそうだよなぁと思える、ベストよりもベターの先に新しい何かがあったよなぁと。
文中の山田氏の表現では以下が自分にとっては核心的な箇所でした、はい。
どっちを選んだかは、ほんとにどうでもよく、
選択は、選んだときのその人のメンタリティ、
つまり、何を大事に、どう考えてそれを選んだか、
どう想って、その選択を生きるかが、とても重要だと思う。
『おとなの小論文教室』
もちろん、ある程度の計画性も大切だけれど、同じ計画を立てたとしても人によって最終的に到達するゴールが異なってしまったりするワケで、そういう意味では、その“異なり方”の発生原因である“意思決定”こそがその人そのものなのかもしれず。
もっと突き詰めれば、現在の自分の選択を、将来時点でベストな選択へと変換させるような、そんな前向きな“メンタリティ”こそが差異を生むのかもしれん。寝る前に少し、今までの過去を振り返って、自分はどんな時にどんな決断をしてここまできたのだろうと、考えてみようと思います。
2004年06月03日(木)
死に美学なんてねーよ。

「私と彼女の、一体何がそんなに違ってたっていうんだろう?」と、何かをするたびいちいち考えてしまいます。例えば、食事をしてみれば、彼女の最後の食事はどんな風だったんだろうと思うし、彼女が高校を辞めた理由って、私が辞めなかったのと同じくらい大した理由じゃないよなぁとか思ったり。
「彼女が亡くなった」という知らせを聞いた昨日から、私は、こんな感じで彼女をキーワードに連想ゲームばかりしていて、どうやら結構ショックを受けているらしいのである。
人には死に慣れている人と慣れていない人がいるように思う。私は幼い頃から他者の死にはかなり遭遇してきたので、人は簡単に死ぬし、死って全然ドラマチックじゃなくあっけなさの頂点だし、死に必要以上の意味を与える人って正直アホの極みだなぁって思ったりもするんだけれど、自分と1コしか違わない彼女にあんなにあっけなく死なれてしまうと「死に美学なんてねーよ。」とか脈絡もなく怒鳴りたくなるワケですよ、はい。

脈絡ない次いでにさらに脈絡ないこと書くけれど、死に至ったまでの経緯とか動機とか、そうい要素にムダな価値を与えたがるのってホントに無意味だと思う。死んだんだから死んだ。その動機が高等かどうかに関わらず結果は同じであって、死は死なのに。
って、思いつつも現実は違うのかもしれない。っうか、違う。彼女が亡くなった同時期にある有力者が亡くなった。無名であれ有名であれ、死は死であり同じ価値なのだ、と言いたいところだけれど、とてもじゃないけどそうはいえない動かない現実を目にすると、私は名を成して無意味に死なねばならんと思うのです、はい。
■□■□■□■□■□■そのほかのほざき。□■□■□■□■□■□■□■□
・久しぶりの日記更新なのに、暗い話題ですみませんでした、はい。文中の彼女は私の1コ後輩で、家も近かったせいかなんかヘンな感じなのですよ。今回の彼女の死をきっかけに思ったのだけれど、「人生の分岐点」っていう表現ってよく使われているけれど、ホントは「分岐点」と言えるような大きな「分岐点」ってないのかもしれない。ホントはたった1度や2度のちょっとした「ズレ」なのかもしれんと思うのです。なので、どうせならね、良い方向に「ズレ」ましょうよ、みなさん。
・次いでに書くけれど、ホントに死んでも意味ないから自殺とかやめた方がいいよ。そんなに苦労して死ごうと努力しなくたっていつか自然に死ねますので。かしこ。
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