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Written by なお。
◆日記『心地よい孤独。』◆
孤独はいいものだということを我々は認めざるを得ない。
しかし、孤独はいいものだと話し合うことの出来る相手を持つことは一つの喜びである。
byバルザック
2004年02月29日(日)
ウェブの世界を旅して。

昨夜から今朝にかけて、久しぶりにたくさんの日記&Blogを拝見させて頂きました候。通常の日は、エンピツ内のMy登録日記とアンテナ&Bloglinesに登録してあるモノのうち更新されたところのみを見ているのですが、昨夜は“新規開拓”を目標に、日本語・英語圏のウェブの世界を旅してみました、ハイ。ネットはどうやら私の趣味になってしまったらしい。。。
で、色々なところを見てみて思ったのは、「また読みたいなぁ。」と思う日記&Blogは書き手サンの真摯さを感じるなぁというコト。興味のあるジャンルって人それぞれで、各人が選んだそうしたジャンルを中心に情報収集するというのが普通なのかもしれない。私の場合は経営とか環境とかそっち系を見る率が高いのだが、昨夜の小旅行で、文学、科学、地理学、ジャンルが何であれ、書いている対象への真摯さを感じるものを見つける度に、私のブックマークは増加するのですよ候。(→増えすぎたので整理したよん。)

で、最近ちょっと気にかかっていたことが解決、というか解消。具体的には、この日記以外にBlogが2、3あるのですが、そこでどこまで専門的に書いていいいのかわからなくなり「あぁ、書くのやめようかなぁ。」と思い始めておったワケであるよ。要するに、どこまで書けばいいのかという発想が間違っていたのだなぁと思う。真摯に、“どこまでも”書けばいいだけでありましょう。
っうか、眼が疲れた。。ので、ウェブの世界からしばし出ようと思いまする。
お友達のYたんが一時帰国するので、今日・明日は一緒に過ごす予定。
「飛行機まだ着かないのかなぁ?」と、ほざきながら某空港にて。
2004年02月28日(土)
「手作り化粧水」の効果を検証。

いわゆる「手作り化粧水」を使用し始めて1週間経過しました候。で、お肌の調子は良好であります。はっきり言ってしまうと、デパートで売っている5000円クラスまでの化粧水と同じ効果はあると思うよ。
ひとくちに「手作り化粧水」と言っても、例えば
つくろう製薬化粧水にあるように、たくさん種類があるまする。で、私が開発したのは“お米の研ぎ汁”を利用した化粧水でありまする。作り方は非常に簡単。
�,泙此△�米の研ぎ汁をボウルに移し、しばし研ぎ汁エキス(?)が沈殿するまで放置する。(約3〜5時間くらい)
�▲┘�スが多く含まれているだろう部分を化粧水の容器に入れる。
��その容器に、グリセリン5ccと尿素を適当に入れ、よく混ぜる。
以上でありまする。「なおサン、貧乏クサ〜い♪」という声が聞こえてきそうですが、ホントに効果あるのですよ候。だって、少し考えてみて下さると理解して頂けると思うのですが、化粧品会社の研究開発費ってさ、つまるところ、どうやって発見した“美のエキス”を長持ちさせるか、肌に浸透させるか、っうコトを強化するために費やされているワケでして、その“エキス”が新鮮な状態で利用できるなら、効果はほぼ変化しない、と言えるらしいですぞ。(注:薬関係の友のお話。)
かと言って、「皆さん、化粧品は手作りで!」とオススメしているワケでもないので注意。ただ、既成の基礎化粧品を購入するならば、賢い消費者になるために各化粧品会社の財務内容、特に研究開発費と広告費について調べてからにした方がベターなのではないかとは思いまする。確かに面倒だけど、長い目で見れば価格&効果の両方でお徳かもしれませぬ。。。(注:怪しい経営系院生のお話。)
2004年02月27日(金)
購読雑誌をかえてみる。

先日、今まで読んでいた女性誌を
『Oggi』から
『Marie Claire』に変更。変更した理由は2,3あるのだが、一番はやはり「飽きた。。」ってコトでありましょう。Oggi的なファッションはある意味楽チンなので処世術の一種としては非常に有益なのだが、洋服や小物以外のネタがどうも私には無理になってきたという感じ。
で、「次は何を読もうかなぁ?」と薄っすらと考えておったワケです。ここ数ヶ月で、日本で出版されている女性誌はすべて見ましたが、意外とですね、難航しましたよ候。
『Spring』 はステキだと思うけど、正直、実用性に欠ける気がしたし(→あ、買ってる人ゴメンなさい。。)、
『Voce』はメイク色90%で19〜21歳くらいまで読んでたので対象外。
『vogue』も眺める分には良いけど、そういう目的なら写真集買うし。で、
『Elle』と
『Marie Claire』でちょっと迷い、今回は後者へ流れた私でありました、ハイ。
まぁ、「そんなの何だってイイでしょーに。」といわれてしまうとおしまいなのであるが、
『President』愛読者の20代としては、こういった女性誌も併読しないと自動的にオヤジ化してしまうのではないか?という恐怖があるのであーるよ。っうことで、皆さまも精神の健康バランスには十分気をつけて下さいまし・・・。
2004年02月26日(木)
夢見る人。絶望する人。
*注記:うーん、今日の日記は意味不明だって自覚してるんだけど、とりあえずアップしまする。。。後で修正するかも。。。

論文審査が終わってから、というか、特に今月中旬以降から、目的を持たないネット時間が増えております。で、何というか、人間の思考の多様性、みたいなモノをしみじみと感じたりしているのであるよ、最近。例えば、ある人は「あぁいう会社に入りたい!」と意気揚々と就活に励み、一方で「あぁ、解雇されてしまった・・・。」という人がいたり。
っうか、こういうのはホントによくあるパターンで、日本人以外の個人の日記・Blogまで範囲を広げると、もうどうしようもないくらい思考の距離感があるなぁと感じる。「考えていることがその人を創る」みたいな趣旨のコトはよく言われているけれども、まさにそういう感じ。人と人とのあいだにある物理的な距離は測定可能だけれど、考えていることの距離は到底測れるモノじゃない。
で、今日も、対照的な考えを持つお二人に出会いました。一人は愛に夢を見て、もう一人は絶望しておりました。(注記:エンピツさんの中でも、はてなに入ってるのでもなく、ただホントに偶然見つけたところであるよ。)
で、何かね、しばし考えてしまいました候。

夢見る人にはそれなりの訳があり、絶望する人にもそれなりの訳があり。ただ、前者の方のサイト趣旨からすると、ポジティブなコトしかウェブには載せないらしい感じを受けたので本当はどう考えているかなんて分かるはずもないんだけど。けど、後者の方は、裏日記でもなく、ただ淡々と書かれていて、無防備で、他の誰かに読まれる心構えが全然ないものだった。秘密のノートを見てしまったような気分。
自分と同じ年齢の夢見る思考と、母親と同じ年齢の絶望する思考。タブを何度か切り替えながら交互に読んでみて「この2つの思考は明らかに連鎖しているよなぁ。」と思った途端に、かつて自分がいた、あのバックステージの風景が脳裏に浮かび上がってきた。たとえ絶望していても、表に出ている時は夢見る人を演じなくてはならなかったあの場所を。一緒に過ごした人たちの笑顔と苦悩を。
この前メールを下さった方の文には「読むと元気がでます。」という趣旨のことが書かれていて、素直に嬉しかったです候。けど、基本的に、というか、あくまで自己判断だけど、私は絶望寄りの人間じゃないかなと、この対照的な2つの思考に触れて思ったよ。ただ、私は未来を確率的に(正確にはリアルオプション的に)思考する人間の一人だから、夢見れる対象には夢を見るし、その中で実現できることは実現する方向へ持って行くし、絶望している対象にはとことん絶望しているだけ、ってコトだと思うよ。って、誰に言ってるわけでもない、んだけど。。。
って、眠いクセに意味不明な文を書いてしまいました候。まぁ、ココは素でやってるスペースなので、勝手に良しとしまする。。。ではおやすみなさいませ。。。
□■□■□■□■□■□■そのほかのほざき。□■□■□■□■□■□■□
・これを書き終えてアップして5分経過。かなり久しぶりにロシア語を聞きたくなった。なんでだろ?神様(→ソロスじぃさん)のお告げかなぁ?
・今頃何を書きたかったか気づいてしまった・・・。つまり、夢と絶望って、ここ数年よく言われている勝ち組&負け組と同じ意味で、静的なものじゃなく動的、ってコトだったらしい。。。
2004年02月25日(水)
話題の書籍、『負け犬の遠吠え』を読んでみたよ。
近所の本屋で、話題の書籍『負け犬の遠吠え』(酒井 順子 (著)/講談社)を発見!
おぉ♪ネットで色々な方のご感想を目にするたびに気になってはいたのだが、実際の購買には至らなかった書でありまする。だって、ただでさえ読んでない本たくさんあるのにこれ以上増やすのもどうかと・・・。
っうか、買っても良かったのだけど、時間あったので立ち読み。(→そんなに厚くない。1400円也。)「ふ〜ん」「ほぅ・・」「なるほど!」などと読むこと約30分。で、以下、立ち読み書評でありまする。
っうか、はっきり言っちゃうけど、この本のジャンルってお笑い本(=面白い本)でありましょう。形式としてはエッセイ=随筆=著者の個人的経験に基づく考察であり、また、内容としてもそれ以上でもそれ以下でもない。本質的にはお笑い本。重要な点なのでもう一度繰り返しまする。それ以上でもそれ以下でもありませぬ。お笑い本。
つまるところ、エッセイであるからして、広く一般化できないお話、私がこうしてココでほざいているのと同じレベルのお話、でありますよ候。(→ココは一応、日記だけどね。)売れたのは
Amazonサンの書評(→現在79件もあるよー。)で何件かあった通り、このタイトルのおかげでありましょう。「やっぱりネーミングは深いよなぁ。」と思いましたよ候。いやぁ、講談社サン、儲けましたね♪

まぁ、それなりに面白いし、マーケティングも上手。売れるのもわかるし、未婚化・少子化という社会問題に絡むだけに、皆様が興味を持つ気持ちもわかる。けど、先程結構な数の書評を読ませて頂いた上での総合的な私の意見は「この本はそんなに真剣に議論するような本じゃないのでは?」っうコト。これが率直な感想かなぁ。
で、こういう本は“未婚化”“少子化”という社会問題にマトモにつなげて反論してはダメなのである。で、この2つの問題に触れない部分でイマイチだなと思ったこと以下。読んでみて最初思ったのは、あまりにも視点が狭いなぁというコト。っうか、著者サン。今やグローバルなキャリア、つまりは世界の何処へ行ってもそれなりに通用するポータビリティが個人に求められている時代でありますよ早老、じゃなくて候。こういう日本国内しか見てない主張って、ホント国家的だなぁと正直思った。
私の個人的考えだけど、著者サンのそういう発想って、イラクで子供達をバンバン殺しておいて「子供が足りません。あぁ、少子化たいへーん。」って言ってる役所の人たちと同じ。世界的に見れば子供はいるし、むしろ多すぎるくらいなのだよ、人口爆発してるからね、ホントに。(→同じく総合的な視点が無さ過ぎるという点では年金ポートフォリオもかなり危ないよ、ホント。)
本を読ませて頂き、著者サンが結婚という呪縛に囚われているのはよくわかりました。が、その呪縛を解くためには、日本の男性ばかり見ていないで「「叶姉妹見習って世界を旅すべし!」でありましょう。あなたよりも頭も良く、年収も高く、ルックスも良く、気立ても良い男性はいくらでもおりまする。こういう点で、私は個人的にジェネレーション・ギャップを感じたなぁ。(→今の20代では普通の発想だと思うけど。)
それに、これは重要な点だから書くけど、著者サンは30代&未婚&子供なしの女性=“どんなに美人でも”負け犬だと定義していたけれど、悲しいことにですね、いまだに美に価値はあるのですよ候。そう定義できるのは、ただ著者サンや周囲の方々が美には関係せずに評価されるお仕事をなされているからであって、企業で働いている女性、特に営業や接客をなされている女性たちは、暗黙のうちに美が評価体系に入ってるのであります。この点が、ちと認識不足、っうか、「神経粗いなぁキミは。。」と、私は思ったよ候。(→まぁ、これも売れるためなのかもしれんけど。。)
*ぜひ著者サンに読んで頂きたい資料
『女性の顔と身上相談』(→重要な資料です、ハイ。)
*参考資料��
『少子化現象と起業チャンス』(→やっぱね、問題はビジネスで解決するっうのが道理、だとそっち系の私は思ってしまうのであるよ。)
*参考資料��
「美しいという価値」(→単に私の雑文。)
2004年02月24日(火)
さっき、「グラビア・アイドル」を見て決意したコト。

先程、検索していたら、少々異なる趣旨のページに辿りつきました候。まぁ、タイトルの通り、「グラビア・アイドル」サンに関する、っうか、専門のページでありました。で、確かに私が探していた情報もあったにはあったのですが、ここはやはり素直に、情報が満載の「グラビア・アイドル」について見てみようと思ったわけであります、ハイ。
っうか、決めた。私も毎日“腹筋100回”する♪ 今、日本では「キャリアップが必要であるかして〜、目標を明確にして・・・」とかいうコトがよく言われておるワケです、ハイ。正直、今日まで、っうか、ほんの30分ほど前までは、どっちかと言うと私もそういう系の人でありました。
が、「グラビア・アイドル」サンたちに関する記述を読むにつれ、“腹筋100回”という日々のタスク、そして“クビレる”という明確な目標に、心を鷲掴みにされた次第です。あぁ、こんなにもシンプルな目標管理体系があっただなんて、ぜひ○○先生にも報告したいと思いまする。(→かなり本気。)
最初は絶対に必要以上に疲れるだろうけど、慣れれば大丈夫かもしれん。っうコトで、とりあえず今からやってみまする。
2004年02月23日(月)
「離婚」考。
小泉今日子サンと長瀬正敏サンが離婚したそうですね。この“離婚”自体には賛否両論なのでしょうが、何はともあれ、円満に解決なさったという点はご立派だと思いました候。
個人的には、小泉氏が発したとされている「〜、夫婦の関係が時に不自由にさせてしまったような気がします」という言葉に反応してしまった。何故って、過去、似たような気持ちになった経験かあったので。(*注記:あ、もちろん結婚制度は利用していませんでした候。)
人との“関係”は流動していくモノ、絶えず動いているモノ。時の流れとともに、相手も自分も変化していくモノ。けれども、“夫婦”や“恋人”という創られた記号に包まれた途端、小泉氏がいうような“不自由”を感じたりするワケで。
で、何故不自由になるのか。たぶん、それは“夫婦”“恋人”という役割は、“関係”が本来は保有しているはずの流動性を減速させ、固定化へと向かわせる性質を内在しているから、もしくは、当事者間でその役割の意味する内容が共有化されていないから、とか。になるのかもしれないなぁと。(→理論的には正しくないと思うよ。社会学知らないからね、私。)

そういえば以前、社会学者の知人は“代替可能な自分”という概念(?)を説明してくれたっけ。うろ覚えだけど、確か、「自分という人間は誰かにとって特別でも唯一でもなく、常に入れ替え可能な存在である」ということを意識せよ、って感じの内容だった。これを聞いたとき、「あぁ、社会学者って精神的にシンドイのぅ。」と思ったのを覚えている。
また、この知人は「相手を自分の幸せの道具にしている人」に注意せよ、ってなコトも言っておりました。はっきり言っちゃうと、そういう人って周りに沢山いるものです。(→もしや皆さんの周りにも?)こういう意味・背景を考慮すると、私は、別れてくれるコトも愛だなぁと思ったりする。時には、ずっと一緒にいるコトよりも、別れるコトの方が愛情を示す決断であるなぁと。
かなり個人的だけど・・・。ある人と別れたことを思い出した。正確には、別れてから初めて訪れた相手の部屋を。詳細は省くけど、私は自分が想像していたよりもずっと愛されていたのだなぁと、その時理解できましたよ候。
■□■□■□■□■□そのほかのほざき、っうか“謝罪”■□■□■□■□■
・あの〜、さっきね、ここに載せてるアドレスを久しぶりにチェックしたんですよ。で、メールを下さっていた方がおったのですが、今、気づきました。
かな〜り、お返事遅れてますが、必ず書きますんでもうしばしお待ち下さいまし。すみませんでした、ハイ。(特に1ヶ月以上前にメールを下さった方、ホントすみません。全然悪意はありませぬ。ぼ〜っとしてただけです。。。)
2004年02月22日(日)
「こんな私は好き」、と思える瞬間。

今日は温かい1日でありました。なので、
パタゴニアのSeamless Tankのみを身につけぼんやりと作業。実は、もともと服を着るのが好きじゃないので、自宅では外とはうって変わってほとんど“裸族”でありまする・・・。(→普段はスーツ。)で、なんかね、思った。「こういう自分は好きだなぁ。」と。
誰にでも“好きな自分”と“好きじゃない自分”が自分の中にいるのでありましょう。他の誰かに「そういうところ好き」と判断される種のものじゃなく、あくまで主観的に。で、私の場合は、パタゴニアのTank着て、広島風お好み焼きを作ったり、コーヒー煎れたり、Bloglines(→私のは
ココ。)をチェックしてる自分が結構好きかもしれん・・・。

“効率”を基準に良し悪しを決めたがる世の中ではありますが、個人の幸せって“効率”で決められるモノではありませぬ。っうか、日本企業の戦略の主体性の無さには、もう何と言うか、正直、うんざり・・・。(→この話をすると日記スペースが10日分になるので省略。気になる方はここ10年の企業の戦略トレンドの変化を勉強してみて下され。ホント、変わりすぎ。。)
実は、ここ1ヶ月、ちょっと不調でありました。けれど、今日、ゆったりと過ごしてみて、何だか気が楽になりました候。誰が何を言おうと“こんな私は好き”と感じられる方向へ進めば良いのだなぁ、というような心境。
で、脈絡ないけど、鏡に映る裸族ちっくな自分を眺め、「やはり夏が恋しいなぁ。。」としみじみ思いました候。
■□■□■□■□■□■そのほかのほざき。■□■□■□■□■□■□■□
・アクセス解析をチェックしてみた。1週間くらい(?)更新やめてたのに、みなさん結構読んでくれてるんですね。と、ちょっとビックリ。毎度ありがとうございまする♪
・こんなトコロで何なんだけど。。。
ゆずサンと
TUサンにはバレてしまったのだが(笑)、体調を崩しておりました候。現在は元気であーるよ♪(っうか、無断リンクしちゃいました。すみませんです、ハイ。)
それもゆずさんは私の別サイトを知らずに“検索エンジン”経由でお知りになったそうな。あの検索ワードで私のトコくるだなんて、ホント世界は狭いっす。(笑)
・そのサイトは現在デザインが崩れているのでココにはリンクしてませんが、改善したらリンク貼りまする。。
2004年02月20日(金)
プロポーズ、を断る人。

「結婚しよう。」と前々から言われている人から電話が。まぁ、結婚の件については、相手も100%本気ではないだろうし、私もそうなので普通に話して終了。けれど、ホントにマメっていうか何ていうか。こっちが忘れた頃に連絡してくるのって、ある意味才能だなぁと思うよ、ホント。
よく一般的には「男性の方が結婚に尻込みしがち」と言われているけれど、私の周囲では当てはまる例はあんまりないなぁ。っうか、事実、逆に「女性の方が尻込みしがち」であるよ。まぁ、メディアが何と報道しようがしまいが、私は自分の眼を信じますよ候。
もしかすると、「なおサンにプロポーズする人ってかなりの狂人では?」というご意見を持たれる方もいるやしれん。ので、注記しておくが、私はよくプロポーズされる人間なのであるよ。(→ホントだってば。)今数えてみたけど、昨年は4人に言われたらしい。もちろん未だに未婚、っうか、正しくは「無婚」なのでどうやらすべて断っているらしい・・・。

友達に「あんた、よく結婚しようとか言われるよねぇ。」とコメントを頂いたりするのだが、その理由は至って単純だと思う。まず、私は相手に経済力なるモノを期待していない。よって、その点、相手は過剰な心配をせずに済む。そして私は何故か料理が上手い。(→ホントに謎。)なので、相手は気をよくしてしまう。(→経済力の代わりに外観と“抱き心地のよさ”を重視しております候。)
あぁ、何て単純なのでありましょう。結婚する前もした後も、問題になるのは「お金」というのが一般的な世の中。であるので、これを解決するには「お金」を相手に求めない、または求め合わない、っうのが一番根本的な解決法であるやもしれませぬ。
っうか、最近思うのだけれど、結婚制度ってよくここまで普及したものだね。日本的経営とか雇用からのアプローチじゃなく、生物学的なアプローチから書かれている本とか、読んでみたいなぁ候。
2004年02月15日(日)
競馬は健康的な趣味である。

土曜(14日)はバレンタインデーでありました。と言っても、それはあくまで“世の中一般”でのイベントでありまして、もちろん私には関係ありませぬ。ということで、友人マツダ氏(→OL兼社会学者)と午後から競馬に行ってきました候。(→午前中はスパで寛いでおりました候。)
まぁ、皆さんご存知の通り、競馬は株よりも難しい勝負事でありまする。たま〜に「株はギャンブルじゃないのであーる。科学であーる。」と仰るエライ方々もおるのですが、私は「まぁまぁ、そんなに勢いつけて反論しなくてもいいんじゃないかい?」というスタンスであります候。
私は「投資とギャンブルの違いについて説明せよ。」とマトモに尋ねらせた時は「株はギャンブルというには当たりすぎるのであーるよ。」と返答しておりますし、経験上は全くその通りなのですが、この説明だとエライ人たちにはあまり通用しないので皆さんは聞かれたらトボけるようにして下さいまし。
っうか、前置きはこれで終了。今回の競馬について記しておきまする。まず、手元にあまり小銭がなかったので予算は1レース1000円まで。戦略としては、っうか、競馬新聞も買わずにマトモな戦略など何もないのだが、とりあえず帰る時に所持金がマイナス1000円以内に収まるようにポートフォリオ理論に従って計算。

で、結果は、東京と京都の第8レースともに勝利♪9レースと10レースはともに負けたけれど、マイナス560円で済みました候。まぁ、清潔な指定席でお馬サンを眺めながら3時間ほど過ごした代価としては妥当な損失範囲内でありましょう。
っうか、思ったけど、競馬ってかなり健康的な趣味ですな♪株と違って開催期間が週末に限定されているし、負けてもお馬サンや旗手サンのせいにできるし。株の場合はすべて自分のせいになってしまうので精神的打撃が大きいもんなぁ。っうことで、来週も行くかもしれませぬ候。。。
2004年02月12日(木)
ほとんどの場合、“直感”は真実。

ここ数日は何だかヘンな気分だったなぁ。(→遠い目。)妙に落ち着いた気分になったり、「あぁ、このままではダメであーるよ。」と思ったり。まぁ、要するに、自分でもよくわからん日々だったワケです、ハイ。この前友達に会ったときも話したんだけど、一言でいえば「燃え尽き症候群の手前かねぇ?」っう感じだったワケであーるよ。(*私信:マツダさん、やっぱ近いものあったかもしれんねぇ・・・。)
で、自分が一体何に対して「燃え尽き症候群の手前かねぇ?」までイッてたのか理解できたわな。要するに、解かり易いだろう記号で示せば『バカの壁』みたいなモノ。同じ人間でも、同じ日本に住んでいても、同じ言語を用いても、同じようなフィールドに従事していても、それでも乗り越えられない何か。まぁ、もっとハッキリ言っちゃうと、いわゆる周囲にいる“学者”という職業の方々に対してなのだが。(→あぁ、言語化するとスッキリするモノだねぇ♪)
時々ね、思ってしまうのであるよ。この人たちにも自分が選んだ対象で何かを変えたいと思った過去があったのかなぁ、と。スティグリッツが「私は世界を変えたかったのだと思う。」と著書に書いたのと同じ意味で。

きっとあったのだと思う。ただ何かによって諦めたのだと思うのだ。もしかしたら、彼らのそうした心の変化は、ごく些細な動きがとてつもなく巨大な動きへと変化していく、あのバタフライ効果みたいなモノなのかもしれないなぁ、と考え、ちょっと悲しくなりました候。「あぁ、私ももしやあぁなるのかもしれんねぇ・・・。」などど考え、ちょっと意気消沈。けど、次の言葉を発見し、気を持ち直しました候。(→単純だからさぁ、私は。。。)
≪ほとんどの場合、直感は真実です。ただ、それをボトムダウンして一般の理解を得るには、具体的な実証がいる。10年でも20年でも、その実証には時間がかかりますがあきらめることはない。一人から出発することです。≫
100年の視野で進む<ジェームズ・ラブロックが語る仕事・3>直感こそ、真実を捉える(asahi.com : 仕事・資格)
で、さっき、この言葉を眺めながら過去1年をフィードバックしてみました。で、気づいたんけど、どうやら少しは成長していたらしいよ。人間関係などで学ぶことも多々あり、ある意味メンタル的にも強くなったし、それなりに勉強もしていた様子。(→国内では10本の指には入らないまでも30本なら入るかもしれんよ?)まぁ、つぅことで、今後も自分の直感を信じて行こうと思いまする。ただ、この直感を“描く力”をつけていくコトが課題でしょうな候。
2004年02月08日(日)
希望と絶望の間で。 - Living on the fault line -

今日は「私はもしや躁鬱病か?」というほど気分のボラティリティが高い日だった。で、ちょっと疲れたな、やっぱ。っうか、今のうちに注記しとくけど、今日のこの日記、暗くなるかもしれんよ?(→「そういうのイヤ〜!」っう人は読まないように。)あ、さらに一応書いとくけど、確かに躁鬱気味な人間ではあるのだが、病気だと診断されないレベルの症状であるよ。(→あぁ、こういう中途半端が一番困る。)
っうか、私は絶望しているのだろうと思う。この世の中、特に経済分野の物事ほぼすべてに。具体的には、お金を正しく使えない権力または権力者すべてに。と同時に、希望を持っているんだろうとも思う。で、絶望感の源泉を解決するだろう道具を発見したにはしたのだが、なかなか理解されず、時々その希望にさえ絶望しそうになってしまうのだ。で、まぁ、こういう気分になったのがたまたま今日だったわけで・・・。

で、こういう日は、何もかも捨てて私を知る人がいない何処かへ引越したくなったりするわけで。でも、実際は「絶望したので明日から○×島に引越しまする♪」とするわけにもいかないわけで。(苦笑)ただ、自分自身に絶望したくはないから、ここから逃げるのではなく、ここにいることを選んでいるだけのような気がする。どうせなら“逃げる”のじゃなく、前へ“行きたい”しね、やっぱ。
それに時々、遅かれ早かれ、程度の差こそあれ、人は何かに対して絶望するのかもしれないなぁ、とぼんやり思ったりする。もしも何かに絶望しそうになったら
『世界夢の旅』という写真集を見てみて下され。私はかつてある対象に絶望しかかったとき、この写真集に少なからず救われたことがある。これらの写真を見たとき、陳腐で単純でどうしようもないのだが、地球はまだまだ美しい場所だと思えたのであるよ。
っうか、こうして一日の終わりに今日という24時間をフィードバックしてみれば、こんな日でさえ良いコトはあったのだなぁと気づくものだなぁ。(→イダさんからメールきたし♪)
ただ、誰にでも、どうしようもなく絶望の分量が多い日もあるのでありましょう。っうことで絶望日記は終了。。。
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・今日のサブタイトル"Living on the fault line"はGeoffrey Mooreの本の題名。このタイトル好きなんだよな、なんか。(→直訳すると「断層線に生きてor暮らして」になるんだけど邦訳のタイトルはちょっと違うんだよなぁ、、、。)
2004年02月07日(土)
智恵熱を通り過ぎて・・・。

ここ2、3日の体調不良は“智恵熱”だったかも。と言っても、ホントに“考える”という行為にまで至っていたのかどうかは疑問ではありまする。あぁ、この抽象的な思考回路、いい加減にうんざりしてきたよ。で、こういう気持ちになってしまうのは私自身が抽象的だからなのか?、それとも考えてる対象(→市場なる場。)が抽象的だからなのか?、というまたしても極抽象的なコトを考えてしまった午後・・・。(→ループにはまってますなぁ・・・。)
で、夕方、友達とDVDを2本鑑賞してみました候。1本はあの有名な映画
『テルマ&ルイーズ』でありました。もう1本は
『前人未到 女が女をナンパする?』っうヤツでして、まぁ、いわゆるエロDVDでありました候。(→後者のDVDは女のコがイマイチだったよ。ネタ的には良いと思うよ。)
っうかさ、何となく今日分かったよ。会う人の7割に「なおサン、って興味持つジャンル、極めて広いっすねぇ・・・。」とヘンに称賛されるワケが。ああ、ジャンルをもっと絞れば少しは考えにまとまりがつくかもしれん・・・っうか、全然リフレッシュできないDVDだったなぁ。余計に考えてしまったよ、オイ。(→Y氏よ、なぜあの2本なのさ?)

で、仕方なく、軽めの専門分野の本を読んでみたら面白くてハマりました候。
『天才数学者、株にハマる』ジョン・アレン・パウロス著っう本なのだけど、こっち系の本で笑えたのって初めてかもしれん。著者自身が株で大失敗してる人だから結構本気で書いているし、数学者だけあってそっち系の例がすごく上手であるよ。
で、読んでみてわかりましたよ。私ではなく、市場が抽象的過ぎる、っことに。違うことやってたら、私、もっとマトモな人生送れたかもしれんなぁ。(→遠い目・・・。)
注:DVDと本にはリンク貼らんで悪しからず。。。
□■□■□■□■□■そのほかのほざき。□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
・他の分野でも“流動性”という単語が使用されているコトを初めて知った。結構使える言葉なんだなぁ。。。
・経済学の勉強のため某入門書を購入。ページ数も少ないので全部ノート化することにする。っうか、「何いまさら経済やるんだい?なおサンは経済学部だったんでは???」と知人に突っ込まれそうなので書いとくけど、私、経済学それ自体を学んだこと1回もない、、、んだよね・・・。
・「札幌雪祭り行ってきたよー。」と友達からメールが・・・。そんな嫌味言わんでもイイじゃん、っうか、せっかく誘ってくれたのに断ってしまいすみませんでした、ハイ。(→私が悪い。。。)
2004年02月06日(金)
ラッキーになる方法。 ― How to make Luck? ―

対人関係絡みでちょっとしたトラブルがありました候。で、思うところあり、
書籍『運をつかむ人 16の習慣』マーク・マイヤーズ著を再読、っうか、再び流し読み。で、今回の相手(→仮にBさんとしておきまする。)とは深入りしないコトに決めました候。もちろん私にも悪い部分は多々あると自覚してはいるし、Bさんの性格は個人的にはすごく好きなのであるが・・・。
要するに、Bさんと私、という組み合わせがよくないのかなぁ、と思うのであるよ。たとえば、Bさんと私が何か約束したとする。と、必ず何らかの誤解が生じてしまうのでありまする・・・。Bさんはどう思っているのかは分からないけれど、私が思うに、お互いのコンテクストが違い過ぎるのかなぁと。
どこがどう違うかをすべてココで書くことは無理だし、自分でも全部認識できているとは思っておりませぬ。(→そこまで傲慢人間ではないのであーるよ。)けど、Bさんのコトを考えながら冒頭であげた書籍を読んでいたら、一番大きな違いに気づいたのであります、ハイ。

簡単に言えば、Bさんは人を信じない人なんだと思う。信じたい気持ちはあるのだろうけれど、ちょっとしたコトで相手を見切ろうとする、というか何というか。その反面、一度信じた相手にはかなり忠誠で、相手が不当な要求をしてきてもNoと言えない、みたいな。そして最後にその相手に裏切られると、自分ではなく相手を必ず責める傾向があるなぁと感じました候。
今までBさんと交友してきて感じたコトをまとめると、一言で言えば、乱暴な表現ではあるけれど“運の悪い人”。上にあげた書籍の中で、具体的に「Bさん、コレかもしれんなぁ。」と思えた箇所は、“人を非難することで自分を正当化する”“知ったかぶりをする”“見返りを期待し過ぎる”、っうところ。逆に、運を良くしたい人は、この逆をやればいいのでありまする。
私としてはこのまま細長く交友していきたいとは思う。けど、向こうは何やら違う感じがするし、お互いにもっと理解しあえるタイプの人間は他にもたくさんいるでありましょう。あぁ、人間関係って永遠の課題であーるよ。
■□■□■□■□■□■□そのほかのほざき。■□■□■□■□■□■□■□■□
・
女性の顔と身上相談(憂鬱なプログラマによるオブジェクト指向な日々さんのエントリー)を読む。あぁ、女性の私が言うのもヘンかもしれないけど、、、その通りであーるよ。(→あ、傷ついた人いたらごめんなさい。。)『私の幸福論』福田恒存著、読みたくなった。
・時間をおいて今日の日記を再読してみたら、自分の対人スタイルの特徴に気づいた。要するに、私は信じるか信じないか、というような極端な基準で人を判断してない、ってコトだと思う。いつも思うけど「・・・かどうか?」っていう“どっちか”思考って危険なんだよね、たぶん。
2004年02月05日(木)
ジェンダー・バイアス、ねぇ・・。

何か具合悪いぞ、オイ。風邪なのか他の病なのか不明だけど、昨夜から寝込んでおりまする。あぁ、気が抜けたのかもしれないなぁ。けどまぁ、ちょっとずつ正気を取り戻しつつあります、ハイ。(→今日体調不良でご迷惑をおかけした方多数。皆様すみませんです。。。)なので、今日はこれといった出来事もなかったので特に書くこともないんだけど、昨日ちょっと気になることがあったのでソレについて書きまする。
昨日、A氏(40代、男性)が私の研究対象についてコメントしてくれました。コメント自体についてはホントに有難いコトだと思うし、事実、非常にタメになりました。A氏のおおらかな人柄も非常に好きです。しかし、「もしやAさん、ジェンダーバイアス強い人なのかも?」と感じさせる内容の発言が多々あり、ちょっと考えた次第でありまする。
具体的な発言は伏せるけれど、まぁ、要するに、私の研究対象を実際に仕事としてやっている方々の大半はアメリカ人女性であり、そういう面からその研究対象を選んだのではないか、という趣旨なのでありました、ハイ。で、私はというと、A氏が指摘した上の内容を全然考慮していなかった・・・。ので、少々びっくりしたのであるよ。っうか、あのー、Aさん。あの業界って、学歴も男女差も人種も年齢も何もかも関係ない世界一の実力主義で有名なんですけど(笑)

っうか、A氏は一般的な男性よりもジェンダー・バイアスが低い方だと思う。だからこそ、ちょっと考えてしまったワケでありまする。
普通の人にそういった趣旨のコトを言われても特に何も思わないのだけれど、何というか、「そりゃヘンでしょ、Aさんよ〜。」って感じ。(笑)
確かに人には「男脳・女脳」という傾向はあるけれど、生物学的な違い=考え方・行動、また職業の違い、にはならんワケでして。ね、何かヘンな感じ、っしょ?
まぁ、私は社会学とかそういうのは全然ド素人なので分からんけどね、日本の女性の皆さんはかなり苦労しとると思いますよ、ホント。自分や友人・知人の経験を総合すると、職場、学校、電車やバスでの移動中、毎日の様々な場面で何気な〜く、可笑しな偏見を投げかけられているように思いまする。友達や自分が可笑しな目にあったりすると、こんな余計なコトを感じずに済むJAPANになってくれ、って思う私であーるよ。
■□■□■□■□■そのほかのほざき。□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
・さっきTVで見たけど、カメラ付き携帯を使った盗撮って大迷惑だよなぁ、オイ。やることセコイっうの。っうかさ、撮るならお金払って誰か雇えばイイんでないの?人件費ゼロで商売しようっう根性が何よりセコイ。
・さっき“エンピツ・ユニオン”に加盟しました候。エンピツの皆さま、今後もよろしくお願いしまする。
2004年02月04日(水)
自由旅行的な、日々が始まる。

つい1時間ほど前、論文審査が終わりました。で、3月末におそらく卒業できることになりそうであるよ。先生方みなさん善良な方々ばかりで私はホントに恵まれているなぁと思いました候。で、通常なら「ああ、気が抜けた。」となるのだろうけれど、私の場合、逆に気が抜けない日々が待っているのだよな、これから。
今研究室でコレを書いてるのだが、さっきまでいろいろなコトを考えておりました。研究室に戻り、PCの前に座り、特に意識したワケではないだが、文字を書いてみた。そうしたら、自動操縦ですらすらと自分の内面が日本語出力されてきて、気がつくと泣いておりました、私。。。
まあ、審査終わって良かった、とかそういうシンプルな涙、じゃなくて。かといって、複雑な涙、ってワケでもなくて。自分では理由はわかるけど、上手く説明できそうもないなぁ・・・。でもとりあえずやってみることにしまする。(→これはあくまで自分のために。)
イメージとしては旅。今までの私の日々は、全日程フリーのパッケージツアーという感じ。ガイドさんはいないけど、往復のチケットもあるし宿泊先もある。ガイドブックもある。
けれど、これからはもっと自由で、もっと不自由な旅が始まる。あと2日耐えれば迎えのバスが来る、っていうのじゃなく、とりあえず今日生きていられたら幸せみたいな、毎日はサバイバル、みたいな。そんなこれからの日々を、私は投資だけを道具にやっていけるだろうか?

っうか、そもそも投資を選んだのがこうなった原因なのだよね、うん。(→ひとりで納得。)投資の世界なんて幻想だって知ってるクセに、私はどうしようもなくコレに惹かれているという事実。正直、何度も止めようかと考えた。自分で自分をコントロールするんじゃなく、普通に就職して、自己管理の一定部分を誰かに任せればもっと楽なのかもしれないよなぁ、などどぼんやりと考えたり。
けれど、私は止めないだろうなぁ。止めたとしても必ず懐かしくなる。たぶん、続けている人にばったり会ったとき、止めた自分を責めるだろうな、たとえそのとき幸せだったとしても。たとえ「夢見すぎですよ、なおさん?」と誰かに言われても(→っうか、大部分の人はそう言うんだろうけど。)、どうせ私は自由すぎる自由旅行を選ぶんだよな、と解った今日。まあ、「もしかしたときは臓器売るのでよろしく!」って感じで、っうか、これくらいの意気があれば行けるかもしれんね、あの人が見た場所へ。
■□■□■□■□■そのほかのほざき。□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
・今読み返してみると今日の日記、意味わからん。暗いのか明るいのかさえもわからん・・・。まぁ、人生の明暗なんてどっち道わからないワケだし、っうか、今日のなおサンは考えすぎ・・・。とりあえずある程度資金をためてしばし体を休ませようと思いまする。
・マジメにさ、っうか、さっき家に着いたので再びほざくけど、臓器っていくらで売れるんだろう?いやぁ、マジメに(笑)全部売ったら2億くらいになるのかなぁ?まぁ、最終手段ではあるけど、相場価格知ってる方いたら教えて下さい♪
・っうか、今日、やっぱり会わなくちゃと思った。そうしないと、このまま何年も何年も絶望と隣り合わせの自由の中に居なくちゃならなくなりそうな気がする。何度も思い出すのはもううんざり。久しぶりに、誰かをすごく信じてみたいような、そんな気持ちになった22:58。
2004年02月02日(月)
時間を大切にする、というコト。

昨夜Blog経由で、イー・ウーマン代表の佐々木かをり氏の著書
『ミリオネーゼの手帳術』の存在を知る。で、つい1時間ほど前に、近所の書店で運良く購入できました候。(→Amazonでは在庫切れ。)時間管理の本は、過去2、3冊読んだことがあるけれど、この本は価格(1300円)の割りに具体的な内容があり有益。
実は、基本的には私も佐々木氏と同じ手帳の使い方をしているのだけれど、コレを読んで自分に不足している要素にいくつか気づくことができました。
まず、今までは無意識に1時間単位でスケジューリングしてたコト。そのため細かい時間がかなりムダになっていたような気がしまする。次に、相手と約束をするときの会話術がイマイチだったこと。今週の○曜日、ではなく、今週の○曜日の30分、というようにもっと時間を狭めた方が、相手にとっても自分にとっても時間のロスにならないのだよな、うん。(→ひとりで納得。)

逆にこのままの方法でOKだと解かったものもありました。手帳自体については、持ち運べる大きさでバーティカルタイプのモノであること、30分単位の目盛りが在ること。方法については、移動時間も記入していること、確定していない予定も記入しておくこと、その日できなかったことは違う日に移動させて書くこと、すべての行動計画を1冊にまとめていること、などなど。。。
「時間を大切にする」と一言でいっても、今までは「何だか自分には敷居が高いような気が・・・。」と内心思っていたのだが、もう少し改善&練習を積み重ねれば「私にもできるかもしれん。」と思えるようになりました候。まずは、英語のエッセイをうまく書けるように、朝起きたらGMAT(→ビジネススクールに入るのに必要な試験であるよ。)のエッセイの練習を30分やろうと決めました候。
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花王とカネボウが上昇というニュース。コレで儲けた投資家多いんだろうなぁ・・・。私はM&Aアービトラージやる勇気も資金もないけど、いつかお金できたらぜひともやりたいなぁ。かなり個人的な意見だけど、カネボウの現時点での株価上昇は一時的なモノだと思う。1年タームで買うなら花王。
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みずほ銀行が利息未払いとは・・・。っうか、みずほサン。私さ、支店によく行くから顧客対応改善してるコトもよく知ってるけど、こういう基本的な部分がなってないから怖いのであるよ。
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イラクで米兵19人自殺。何てコトだー。戦争なんてストレス溜まるに決まってる。人間って弱いんだもん。いつも「死ぬ、死ぬ!」言ってる人ほど死なないモノで、一番死ぬ人はストレスを内部化し続けることを強いられる人たちなのだと思う。友達のJ君とK君。無事なのか心配。
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