Vedi Napoli e poi muori.
とくめい



 不明瞭が明瞭さに繋がっている灰色の―ムーサの―歌ほど得難いものはない ぼくらは望むから、色彩ではなく陰影を。

ヘラスにQTしてからほぼ3年
大系の出来に引っ張られて以下どうもメモにもならない

「イリアム」
「オリュンポス」 …間に丸城戸やら挟んでまさしく地獄の様相
しかし俄然ダンはダンでも シモンズに尽きますよね! なのでありまし た
(cf.ブラウン)
そして美味しい部分をかっさらっていくモラヴェックたち。
マーンムート絡みで常に滂沱、失われた過去を思い出して(間違い)
Rとアクサンテギュとか無ければ私だってプルーストやら愛せたかも知れんのですけども。
In Search of Lost Time それでいいです いやマジで
でもってCrustaceanを好くあまりオルフちょうチア
白鯨における鯨の如く。
(に おけるバートルビーの如く)
(cf.I would prefer not to)

どうでもいいけど「オフシーズン」続編「オフスプリング」がどうにもあまり楽しくなかったのは多分殺戮描写が甘い(ケッチャムはもっとできる子だって信じてるから)点に加え、ピーターズがCrustaceanいじってくれなかった点がメルヴィル感を減少せしめたんだと思う
やな読者ぶりが発揮されている

「叙事詩っていうか、BLじゃねえか」って呟きをそっと仕舞いこんでいて欲しい。
そんな「イリアス」ではあるけれど
ホメロスの偉いところはそれに尽きるんでえっと色々と。主にヘロドトスとか。
積極的に忘れていこうと思います
目を閉じて真実をみたらどうなのかな どう頑張っても不謹慎だなこれ

この「イリアム」のステキなところったら基本的にペンテシレイアを巻き込みながら『パトロクロスを探しに行く』で終わるとこってしかしまじどうなの
あー… アキパトはちょうかわいいと思います
というか今回、実にアンジェラ・アキ(レウス) だと
Crustacean〜アキたん〜マーンムートマーンムートで周回できるんじゃないかな
後半Dマンが輝きすぎてますし。
眩しくて前がよくみえません


つうか本編「イリアス」展開だったら驚くほどすんなりと410やら910やらに敷衍して話を進められるものを、っつって精神的にもQTしつつの
Baudelaireでしたっけ (マラルメ?)
『私は思う、決して、決して二度と、見出されないものを失った誰でもを』
的な
的な。 つかこの詩名がLe Cygne って出来すぎてないか
寧ろ10→9ですか。

懐古的シノペッセンと古典的ヴァルプルギスの夜に以下略


丸城戸さんちの陰語はところで造語が酷くて何がなにやらそういった箇所を或いは行為をそのように我々が呼んだ覚えはない、頻発

Crustacean綴りをみてるだけでなにやら心が和むので オルフチアって仏詩塗れです
『極悪と至善とのあいだの相克に』みたいなあれですね
“俊足の鏖将”て肩書きは吃驚するほどかわいかった
あ と ラストスタンド(テルモピュレイ)がみたいです 監督


…近頃の“いと疾き者”の弱点はどうやら踵ではなく心らしいよ。
+「愛の呪縛」 が楽しすぎて居ても立ってもいられなくなりまし た
どうかあなただけでも 散文的なままでいて
いやばかには決してしていないんですけども

『地上はセリゴをもつが、天上は金星をもつのだ』
ユーゴーも言ってる通りあれだ
『日月星晨は生き続ける』


なんかこうがんばってシンボリニストとして生きてこうとか思ってる矢先にマテリアルどもが果敢に攻撃を仕掛けてくる、みたいな心象風景で、失語を気取のも忘却を望むのも下らない罪悪感に苛まれるのも結局は中途半端な混乱で片付けられるのだとしたら、それらを抱えたヴィークルとしての我々の価値はヴィッセルかヴァッセルかって頭韻は母語でみても仕方ないんだった
望むらくは奴隷制の復活を

『私はここに独りでいた。そしてばらの花たちを勝ちとったという 観念の錯誤を犯していたことを、あの無数の枝葉が明かしている――』

ラストにVerlaineでいうところの
『あとにはもはや絶対に、何も残らない、――絶対に――何も、ルノートル式の庭園のほかには、秩序整然、滑稽で、美しいだけの』
あとまかつにはくそ真面目と朴念仁と D.Tを足すといいと思った
(修辞がいつしか罵倒に変わり果てるのはなぜですか?)

De la douceur,De la douceur,De la douceur.
(いかれてる)

2007年05月29日(火)
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