銀の鎧細工通信
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2008年10月25日(土) endless (近高そよ 続きもの3話目)

 決して少なくはない被害を出してその「戦闘」は終結した。
 対外的な発表として「過激派浪士との戦闘」をひたすらに主張したのは土方だった。「内輪揉めだなんだと云いたい奴らには云わせておけばいい。鬼兵隊の襲撃は事実だ。」の一点張りに異論を唱える者はいなかった。人的被害の大きさ、つまりは犠牲となって仲間の命や五体の自由を失った隊士たちの中には承服しかねる者もいたことには違いない。土方はそれらを黙殺した。それすらも珍しいことではない。
 物的被害の規模からして公の式典をしなければならないのは国に属する組織の宿命だった。


 隊葬に沖田は「頭痛腹痛吐き気眩暈」等々の理由を並べ立て、決して参列しようとしなかった。それが唯一の肉親であった姉の葬儀を思い起こさせるからだと察する者たちは、揶揄しつつも沖田の実際の年齢が日頃の言動とは裏腹にまだまだ年若いことを痛感させられた。
 いっそ壮観ですらある厳粛な風景を土方はひたすらに煙草を呑みながら動き回っていた。通常よりも目付きの険しい「鬼の副長」に声をかけられるのは一部の隊長格のみだったほどに。「こんな意味のねえパフォーマンスはもっともらしいほどいいんだ」と茶を煎れる山崎の横で一度だけ呟いた。
 
 伊東は
 伊東の名も隊葬名簿に並べられた。
 その産みの母は「病弱な息子の看病があるから」と吐き捨てるように繰り返し述べ立て、頑なに参列しようとはしなかった。既に漏れ聞いていたのか、もう一人の息子の仕出かしたことを恥とも迷惑事とも見做しているのは明らかだった。殉職の報せを入れた際の、汚いものをみるように眉を顰めたその面に近藤をはじめ土方らが気づいたことを彼女は知らない。
 ただその父親のみが参列し、「すまないことをした」「哀しい思いばかりさせた」と繰り返しながらはらはらと涙を落とし続けた。土方はその傍らで真っ黒い影の様に無表情で佇んでいた。ただ眼光のみが何も語らないままにぎらぎらと底冷えのする光を湛えている。









        endless








 「全蔵さん!」
 第一報を入れた後、全蔵は屯所に忍び込んだり情報屋を訪ねては「なるべく詳細に」というそよの言葉に従った。事の経緯には判然としないものもあるとはいえ、結果の報告としては充分な情報を得ている。
 「ご報告いたします」
 被害者数を真選組と鬼兵隊両方で述べた上で、「高杉は現場には現れていません。近藤は負傷してはいますが命に別状はありません。幕府上層部から隊葬を行えという指示が出ています」と云った後で一呼吸を置いた。
 「戦闘の際、春雨の要人が天導衆に渡りをつけています」
 そよが唇を噛み締めた。
 「それは、内部からの手引きということですね」
 疑問系ではなく、確信をこめてそよが応える。
 「はい」
 刹那、銀白色の火花が飛び散ったかのように、そよのまとう楚々とした気配が揺らいだ。これが自らの一族が代々守り続けてきた一門の誇りというものなのだろうと感嘆する一方で、その誇りこそが天人の傀儡になり切れない不幸の証左であると苦々しく思う。
 クーデターの実行者である伊東の最期を伝えると、そよは静かに「そうですか」と呟いた。
 また、あの眼だ。全蔵はぼんやりと思う。およそこの世界の影の部分の感情が渦を巻く瞳だ。怒りを顕にはしない。泣きもしない。ただこの華奢な少女の中でどす黒い虚ろが深くなってゆく。
 「ありがとうございました。この短時間でご苦労様です」
 そっと告げるそよの声を後にした忍びの耳には、「これ以上、この国をどうしようと云うの・・・!」と悲鳴のような呟きがこだました。けれどその表情が何かを思案し、決意の念を浮べたことまでは見えはしない。




 「ご参列いただきました御老中は無事に帰城との事です」
 「おう。すまんな山崎、今日は駆けずり回りっぱなしだっただろ」
 いえ、と応じつつ山崎は心中それは土方もそうであったと想起した。殺気だちながら指示を出す一方で、不意にひとりごちた彼の言葉が甦る。横目で伺った彼がその時酷い表情をしていたことも。
 
 「局長」
 「ん」
 「今回の件、これまで局長が見逃し続けてきた責任は重いものだと考えます」
 誰を、とまでは口にしなかった。近藤が不自然なほどゆっくりと瞬いたように見えたのは、山崎の中に「大事な人の想い人に最後通牒を行う」という心苦しさがあるからかも知れない。
 「云い逃れするつもりはない」
 重みのある声が確りと告げる。
 その言葉が、その声音でその表情で、あの人に向けられなくて良かった。山崎は頭を抱えたくなるような気持ちでそれを聞く。
 否定も反論もなく、事実を真摯に受け止めて尚高杉を拒絶しないその響きに、きっと土方は酷く打ちのめされるだろう。
 けれど、
 「次はありません。監察として上に報告する材料は揃っています」
 近藤のこの底なしの包容力と人の好さを山崎自身も慕わしく思ってはいる。
 けれど、そのことが土方を、隊を危うくさせるものであるならば到底許容は出来ない。伊東のクーデターは近藤が高杉をずっと見逃すどころか、あまつさえ秘密裏に何度も顔を合わせてきていたことと無関係ではない。下手な情けをかけたところで、ひとたび狂ってしまった犬は正気には返らない。そういうことだと山崎は解釈した。厳密に云えば、そこに個々人のどのような思惑が交錯していたとして、それらが土方を無用の危険に晒すのであればそのように判断すると決めただけに過ぎない。
 「ああ」
 力強く近藤が首肯した。
 (物事には優先順位がある)
 (俺にはそれがもうあの人だと決まってる。あなたは、)
 「高杉は現場に来てはいません。最後の目撃情報は屋形船の渡し場、最寄の旅籠は弁天屋です」
 (あなたは、どうする。どうして見せるつもりだ)
 「山崎・・・」
 この件ではもう、これまでのように山崎の助力を得られないと考えていた近藤が目を見張る。
 「役目として報告したまでです。・・・話、つけて来て下さいよ」
 (俺だって、あなただけを大将として思ってる。それは事実だ)
 返答を聞かずに背を向けた。葬儀後の雑務の指揮をとっている土方のところへと山崎は向かう。
 (でも、これが最後だ)
 そっと奥歯を噛み締める。山崎は土方のもとへと向かう。
 (あなたがもしまたあの人を危険に晒すかも知れないなら、)
 


 (俺はあなたを裏切る)

 
 
 歩みは真っ直ぐにただひとりを目指した。
 山崎は焼香の残り香が漂う中を黙々と歩く。

 そよはさらさらと書状をしたためながらひとつ溜息をこぼした。



何かを目指すその時に、他の何ものをも諦めず、捨てず、総て大切に胸に抱いて歩めるのならそれにこしたことはない。
大事だと想うもの総てを取り落さないで済むのならそれが最上だ。何かを選び取る際に、他の何かを諦めなければならないなんて道理もない。
けれど、哀しいことにそうではないとしたら?
それこそが優先順位だ。
何を選ぶ。
何を選ぶ。 
譲れないものは、何か。
護りたいものは?






 近藤はこれまでも山崎から情報を聞いては高杉を訪ねていた。監察として山崎の言葉は至極最もであったし、むしろ今回の事件が起こるずっと以前に上層部に密通の報告を入れられていても何らおかしいことではないと判っている。
 これだけの被害が出て尚、それでも「次はない」と云われることは近藤にとってこの上なく重い責任を課されることだった。まだ見限られないということの重さ。
 (けりを付けなきゃなんねぇな、高杉)
 きゅっと唇を引き結ぶと、近藤は肩で風を切って一歩を踏み出す。
 
 そよは女房を呼び寄せ、幾つかの書物を持って来るように告げた。

 
 
こうなることは初めから解っていた。
対峙が避けられない関係であることは。
将軍家の血筋と、それが裏切った結果無惨に崩壊した組織の元首領。
幕府を滅ぼさんとする一組織の首領と、幕府に召抱えられそれを守護する使命を冠する一組織の首領。
敵対こそすれ、相容れることなど夢物語のように儚いものであること。
儚くとも願わずにはいられなかった別の道。
所詮内紛も手のひらの上と嘲笑う、幕府と国に巣食う天人を排し、自分たちの手で頭で自分たちの生きる世界を作り上げ保ち続けること。
どんなに利害が一致していようとも、自分たちが自分自身であればあるほど絶望的に道は交わらないことも。
どうにかして変えたかった。
争う必要など無いと。
その希望と、付き纏う絶望は見事なまでに常に一体だったのに。



 
 乾燥した土を踏みしめるさくさくという音がひと気のない夜道に響く。近藤はあまり夜目のきく性質ではないのだが、今夜は提灯を明るく灯して歩く気にはなれなかった。これから高杉を訪ねるのに人目につくのは今の状況からして不味いという理由もある。それ以外に想うところも諸々ある。
 人の信頼を重いと感じたことはない。高杉はそれを「自分にはそんなつもり毛頭ないってのに、むざむざ信頼を裏切る羽目に陥ったことがないから云える甘っちょろい戯言だ」と鼻で笑った。しかしそんな時でも、高杉から悪意は感じられなかった。
 それなのに今の事態に対して、高杉へ「何故」「どうして」などとは全く思いもしない。
 何も意外なことはない。自分が自分で、高杉が高杉だからだ。諦念とも皮肉とも異なるそれは、そこまで想像の範囲内であるというのに越えられない一線の深さを改めて思い知らせる。理解なんか、したところで何の救いにもなりはしない。
 近藤にしては珍しく眉間に皺を寄せて思案しながら歩いていると、前方からふらりふらりと鬼火のような光が近付いて来る。妙な確信が湧くと同時に、答えも打開策も浮かばないままぐるぐるとしていた思考がすっと落ち着く。 
 「こいつは・・・」
 提灯の灯りに照らされ、意外そうな声が上がった。
 「お勤めも大変な時だろうに、局長自らこんなところで灯りも持たずにどうした・・・?」
 歌うようで、尚且つ穏やかに男は問うた。
 やはり悪意は感じられず、嫌味でもないその様子。高杉にとって、今回起こした出来事が如何に自然なことであるのかが窺い知れる。
 それを仕方のないことだと思いたくはなかった。
 「お前に会いに行くとこだったんだよ」
 高杉はにやりと笑むと、「あんだけの騒ぎの直後だってのに、よく居場所が判ったもんだ。ああ、以前も云ってた監察か。お前の下には勿体無ぇくらい有能だな、そいつぁ殺すのも惜しくなるってわけだ・・・なあ万斉」と少し離れて左側に立つ男に声をかけた。
 「っ! 山崎を斬ったのはあんたか!」
 夜闇にも関わらずサングラスをかけたままの男は黙っている。
 「俺は殺せって云ったんだがな」
 くく、と喉の奥で笑う。近藤が眉間の皺を深くする。
 「で?俺を斬るなり摑まえるなりしていいんだぜ?できるモンならな」
 高杉と近藤の境遇は何かがひとつ違っていたら入れ替わっていたかも知れない類のものだ。高杉が幕府の犬になりはしなかっただろうが、近藤が攘夷の立場で戦った可能性は捨てきれない。だからこそ、ただ単に敵対することを仕方がないと思いたくはなかった。
 (違う、そんなんじゃねぇ)
 一息吸うと、近藤はきっぱりと応える。 
 「今はどっちもする気はない」
 「ハ!まだそんな甘いことが云ってられんのか。とんだ局長様だなァ」
 引き攣ったような高笑いの後に高杉が続ける。冷めた部分と激烈な感情とがない交ぜになっている、非常に不安定な声。高杉はいつもそうだ。少なくともこれまで近藤が知っている限りでは。
 「お前ら2人を相手にするには分が悪い」
 本気でそれを云ったことは判ったようで、「ようやく官軍の本分を思い出したかよ」と続ける。
 (そうじゃない、高杉)
 「じゃあ、せめて殴ってもいいんだぜ」
 怜悧な笑いを口角に浮べていたかと思うと、軽薄なニヤつきにがらりと豹変する。それらの感情の起伏は自分でも持て余すほどだろうのに、高杉はそれを辛いとは云わない。自ら進んでその渦に飛び込んでゆく。その渦へ、近藤は。
 「いらん。今回のことは俺にも責任がある。お前を殴ったら、それは責任転嫁になる」
 云いながら近藤はこれが高杉の逆鱗に触れる物言いだと思っていた。仲間が傷付き、命を奪われることなら高杉は知り尽くしている。そこに自らの責任があることも。 
 逆上されたら高杉には何を云っても届かない。何かを口にされる前に近藤は続けた。
 「だが、仲間を利用したことも、傷付けたことも赦さねえ」
 ぶつり、と何かが切れる音がした気がした。勿論気のせいだと解っていた。自分の言葉が高杉を追い詰めるということも解っていた。
 「利用?・・・仲間ってなァ、あの莫迦も含まれてんのか。どんだけ目出度てぇんだてめェはよ!その仲間に裏切られて全員おっ死ぬところだったんだろうが!全滅した後で同じこと抜かすつもりか!」
 全員殺す気で仕向けた筈の当人が支離滅裂なことを云っていると、高杉にも解っている筈だった。それでも絶叫のように口をついた言葉に自分自身で追い込まれてゆく。
 (高杉、俺がお前を放っておけなかっただけなんだ)
 「今何かする気はない。 三度は云わねぇ」
 噛み締めるように告げると、それまでずっと黙りこくっていた万斉が口を開いた。
 「晋助、これ以上此処に用はないでござろう」
 噛み殺しそうな勢いで近藤を睨みつけていた眼差しが細められる。それが苦しげに見えたのは、近藤が高杉という存在を知ってしまっているからだ。
 踵を返し、黙って去って行く。その背中をじっと見据えながら、まるで闇に吸い込まれるようだ、溶けてしまうようだと思う。出会った時もそんな風に思った。手を差しのべたいと。そしてそうしてきた。
 (お前を飲み込むその渦に、俺が手を伸ばしたいと思ったんだ)  
 近藤は身体の脇で拳を握り締める。
 もう差しのべることは出来ない。
 もう、この手を伸ばせない。






 酷く苛立っている高杉の斜め後ろを万斉が追う。
 真選組を潰したところで、天導衆の張り巡らせている支配の根っこは少しも揺らがない。春雨との関与にしても幕府の直轄組織を黙らせる、あるいは目をそらさせ動きを封じる手立てなど幾らでもあった。それなのに高杉は殊更に「潰せ」と云った。
 その理由を目の当たりにした、と万斉は苦々しい感情が身のうちに広がるのを覚えていた。
 銀時にせよ桂にせよ、高杉という一種の傑物を俗人に貶めるしがらみを彼は厭っている。つまらないものが、通底している轟音に耳障りな不協和音をもたらしている。執着などに乱されるのは不快だった。
 自分は高杉が人としての感情を持っていることが嫌なのだろうか、と自身の発想の幼稚な部分に少なからず驚く。
 (だが人のままでは、これ以上の音楽は奏でられまいよ)

 (常軌を逸した過重な音は、再生機を壊してしまう)






 高杉は砂利を踏みしめる。
 
 そよは両手で顔を覆う。
 
 近藤は立ち尽くしたまま空を見上げる。









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お久しぶりです。
この間も拍手ポチポチや、続きが気になるとのお声をかけてくださった方、本当に本当にありがとうございます。
おそれおおくもお待ちくださっているというのに、お待たせしてすみません。あれ?なんか同語反復で見苦しいなあ(笑。
携帯電話の送信メールに構想+下書きをちまちま書いていたのですが、携帯を水没させてしまいログが消滅してました。・・・がっくりだ!

記憶とともに新たに加味して練り上げてみました。
まだ終らないですが、私が考えることに力尽きたら次回でラストを迎えるかも知れません(爆。
完全にオリジナルで話を作らねばならないので、今後の原作の展開を考えるとやりにくい作業です。あんまり原作無視の未来オリジナル話って書いたことがないんだなあ、と今更気がつきました。   
オチのベクトルは定まっているので、あとはどのような過程を経てそこへ持っていくか、というところです。無駄に史実エピソードを加えちゃおうとかしたがる自分がまたネック(笑。もともと幕末スキーなので歴史のおさらい作業は楽しいのですけどね。

ていうか、こんだけ大勢の視点をごった煮で書いたのも初めてです。
全ちゃん視点、そよちゃん視点、山崎視点、近藤視点、万斉視点・・・いやあ、まとまりがないったら。いつにも増して読みにくいかと思います。申し訳ない。
様子の描写のみで、土方と高杉視点のモノローグがないのは3割意図で7割力不足です。

あ、今回の裏タイトルは近高そよ〜決別編〜です(笑。
今までが仲良しすぎたって話ですよね。 てヘッ。
ついでに云うと山崎と近藤もぷち決別です。いや、山崎のほうが一方的になんですが。
ここしばらくの結論として、うちの土方を幸せに(若しくは「どうにか」)出来るのは山崎しかいないんじゃ?と思っており、実はわりと山土濃度があがっています。
次回は阿国ちゃんにもっさりブリーフな将軍に、と更に登場人物が増えます。うぎぎ・・・頑張ります!
またしばし沈没して考えてまいります!


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