人生事件  −日々是ストレス:とりとめのない話  【文体が定まっていないのはご愛嬌ということで】

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2005年12月17日(土) 無意識のうちに

ぴんと来る人に要注意。

「あれ」と思うことがあるから保健師という仕事をしていられるともいえる。「この人、気になる…」と思ったら最後、何が気になるのかを解明しないと落ち着かない。仕事でそういう人を見つけたり、支援の必要性を見出したりすると「よっしゃ」と思うが、プライベートでは困る。面倒くさい。

役所主催の育児教室や、地域の遊び場に最近、顔を出している。そこで、
「あ、この人、まずいかも」と思う人に出会うことがある。そう思ったら挨拶そこそこに、小さい生き物とふたりの世界を作るか、「今日はもうこれで…」と場を去ることにしている。よっぽどの人だったら役所の育児支援の課をそれとなく案内するが、まだそこまでの人に出会っていないので、よしとする。

仕事を忘れて地域に入っていけたら、今よりずっと楽しかったかもしれないのに。子育て中の母とその子どもに会うと、どうも仕事モードに切り替わってしまう。母の表情、子どもの扱い方、声かけ状況、子どもの発達・発育状況…詳細に知ろうとしてしまう。

というか、これを書いていたら、自分の子どもにさえも、観察モードがはずせないことに気づいた。


2005年12月16日(金) 決して遠くない未来を思って

小さい生き物のかわいさに、毎日しびれまくり。

気がつけば、あんなにぶかぶかゆるゆるだった新生児肌着が、つんつるてん。袖を折ってあげなければ指先が出なかった服も、今じゃ立派に手が出てる。おむつカバーも新生児サイズじゃ半けつになってしまって慌ててサイズアップ。
体重は生まれたときの2倍。ずっしりむちむちで、最近、笑うと左頬に小さいえくぼができるようになった。

あと1年もしたら、この小さな生き物は立ってたり、歩いてたり、上手に両手が使えるようになって、いろんな遊びをしているんだろう。そんな当たり前のことを考えながら頂き物の80・90サイズの洋服を手にしていたら、涙が出そうになった。

いつだったか、新生児訪問した先のお母さんが言っていたことを思い出す。「この子に彼女ができて、私から離れていってしまうことを考えたら、すごく寂しくて寂しくて、切なくなるんです」

いつかは、私の手を離れていってしまうのだ。


2005年12月13日(火) あなたにきいてほしいことがたくさんあるの

独り言人生、万歳。

小さな生き物は、当たり前だがまだ、意味のある返事をしない。
「〜だよね」の声かけに「あー」
「どう、今の?」の声かけに「うぎぎ」
たまに、何となく漏れた声が返事らしく聞こえるときもあるが、大抵は場に関係ない表情や声が返ってくるのみ。

小さな生き物に話しかけている私に、夫は「独り言が増えたな」と言った。


2005年12月06日(火)

要らない人と一緒にいるような、そんな、人生の無駄遣いは私はしない。

好き、愛してる。どんなに紡いでも、相手に響かないときがあることを私は知ってる。
がんばって、応援してる、待ってる。どのことばも、真実であると理解しながらも素直には受け入れがたいときがあることを、私は分かってる。

だけど、自分はお前にとって要らない人間じゃないか、だなんてこと、言わないで。言いたくなる気持ちも分かるけれど、もう、聞きたくないの。

お願い。


2005年12月04日(日) なんて下手くそなんだろう…

まさに、観察。

今、うちの小さな生き物は手指しゃぶりの練習中だ。見ていると、力を入れすぎて上唇がめくれ上がっていたり、勢いあまって鼻に指を突っ込んだりしている。頬はなめた手指が当たって引っかき傷とよだれだらけ。抱っこすると、その手で上着をぎゅうと握られる。最悪な行為のはずなのに、ぎゅうと握られるそれに対する愛しさの方が上回る。

できるようになるまでの過程というものが、どんなことにもあるのだなあと改めて思う。小さな生き物がいっちょ前に指しゃぶりができるようになっても、今のこの、下手くそな時期を忘れたくない。どんな仕草も愛しく思えたことを、誇りに思いたい。

本当に、愛しい。


佐々木奎佐 |手紙はこちら ||日常茶話 2023/1/2




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