人生事件  −日々是ストレス:とりとめのない話  【文体が定まっていないのはご愛嬌ということで】

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2005年10月31日(月) 涙が出そうになるのは

うごめく小さな生き物のいる生活。

今、うちには奇妙なうめき声や、口から電子音のような甲高い音を発する生き物がいる。
体内時計をどこに隠し持っているのか、1時間ごとくらいに排泄を知らせ、2時間くらいで食事の催促をする、不思議さ。

成長が、本当に、目に見えてわかる。学生時代の教科書を引っ張り出し、人間発達学を見直すと、小さな生き物が確実に人間らしく『できること』を増やしていることが知れる。

毎日毎日、私の持っていた知識というのは、『ただの知識』だったことを身をもって知る。日々、自分の『知識』に、ゆっくりと『経験』が重なっていくのが分かる。自分は今まで、育児の何を知っていたのだろう?
自分のこと以外のことに追われるように生活する中で、知らぬ間に、成長させられる。1日の終わりに振り返り、それを実感する。

小さな生き物の衣服にタオルに布おむつ。抱っこ中に吐かれたりおむつ替え中におしっこをかけられたりして、大人の洗濯物も増加。小さな洗濯機は朝に夜にフル稼働。取り込んだままたためずにいるたくさんの洗濯物に囲まれながら、生を受けた日よりもふっくらとしてきたあたたかい生き物を抱きしめる。

仕事をしていた頃の生活を、ちょっと忘れかけている。


2005年10月15日(土) 死を覚悟したことは間違いではなかった

どうにか、産みあげました。

結局、自然陣痛は無理とのことで、朝9時30分に陣痛室に入室。子宮口に風船を2回入れられ、促進剤を使われた。結局生まれたのは、翌日の2時半頃。非常に長い1日だった。

出産のことを分娩とも言うのだが、出産にあたって必要不可欠な『分娩の3要素』というものがある。娩出力・産道・娩出物の3つ。これらが3つうまく噛み合って胎児は母胎からから外に出るのだが、そのうちの娩出力のひとつが分娩経過途中異常事態に陥り、回旋異常という安産とは言い難い状況になってしまった。あと一歩で帝王切開転院という危機、回旋異常が起こっているなどということは夢にも思っていなかった私は、「あともうちょっと頑張れば大丈夫」という助産師のことばを信じ、「生みの苦しみって、こんなに苦しいものなのか? これが終わったら本当に2人目3人目なんて思えるのか?」という疑問を抱きながら、無理やりいきんで普通分娩で産んだ。結果、出血量1ℓ以上、会陰裂傷、痔悪化。ふたりめも産みたい、などとはまったく思えなかった。
子どもが無事生まれ、胎盤が出るのを待っているとき、助産師が膿盆に溜まった血液を計量しているのを横目で見ていた。そこに、大量の血液が見えたとき、「ええええええ、そんなに出血したんですか?」と目を疑った。普通、200台〜多くて5、600ℓ位なのに、なんじゃそりゃ、状態。一気に目の前が暗くなった。

はじめてトイレに自力で行こうとした途端貧血で倒れ、意識確認をされている最中に気がついたり、せっかくの母子同室なのに痔の悪化で椅子に座れずベッド上で授乳だけしておむつ替えも沐浴も助産師にやってもらったり、そんな駄目駄目な自分に悲しくなって涙が出ちゃってちょっとマタニティブルー症状が出てしまったり、そんな素敵な出産経験をした。しかも、病院には職業を隠していたのに、パート助産師のひとりが一昨年まで私の職場で非常勤保健師をしていた人で、職業バレはしてしまうし…。お陰で、私は沐浴指導もされず、調乳指導もされず、ひたすら母乳のことだけを指導してもらった(仕事では助産師にお任せしているので、知識が乏しいので)。

現在、児は元気いっぱい、母乳状態良好。痔もほどほどだましだましのお付き合い。気持ちも落ち着いている。
少しずつ家事を始めた。私が貧血と痔で死んでいたときには、夫が慣れぬ家事にイライラしながらも動いてくれたので、どうにかここまで生きてこられた感じだ。

家族が、無事3人になってよかった。


佐々木奎佐 |手紙はこちら ||日常茶話 2023/1/2




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