人生事件  −日々是ストレス:とりとめのない話  【文体が定まっていないのはご愛嬌ということで】

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2004年09月27日(月) 悲哀漂う殺意

いっそ殺してやりたい、だとか、このまま死んでくれたら、だとか。

『そのままベランダの柵の間から落ちてしまえばいいとまで思ってしまいました』といった、子どもに何かがあって欲しいと一瞬でも考えた母たちと日々、色濃く接している。

新聞で、ネグレクト(育児放棄)という虐待を受けて育った人の自叙伝についての記事を見た。シンガーソングライター松本哲也氏(28)著の『空白』(幻冬舎)。その中に、『どんなに普通じゃない母でも、そばにいたかった。』という記述が挙げられていた。

専門家は、子どもの生命を優先させる。優先させるが故、母児を引き離すこともある。でも、幼い子どもたちは、母と離れたくないと、一緒にいたいと、どんなことをされていても、いつも思っている。私たちは救っているつもりが、一方では鬼か悪魔か、そう思われてもいる。人間は、万能の神にはなれない。虐待をするのは、人間。虐待に関する専門家も、人間だ。

なんだ、私は死に近い存在であるのが嫌で病院看護師の座から逃れたのに、もっとどろどろとした世界に身を投じていたのだ。母の話を聞きながら、鳥肌が止まない日々。対応に失敗して最悪の事態になれば、明日は我が身で騒がれ責められる。テレビの報道か新聞の一面か、気持ちが先に進めないほど叩かれる。こんなにひとつの失敗でとやかく言われる職に、誰が就きたがるだろうか。「人の為に働く、いい仕事ね」と言いながらも、身内には勧めぬ人々を思う。

病気よりも死よりも人の感情のほうが本当に怖いと、最近、ホラーいらずだ。


2004年09月18日(土) 歪みゆく精神

「普通」だとか「正常」だとか、そういう基準が曖昧化してきている。

アメリカの精神医学誌「Journal of Clinical Psychiatry 7月号」にて『成人の7人に1人は人格障害』との研究発表がなされた。これに対し、「そうかもね」と頷き合ってしまった我が職場。

物事の捉え方が固く、他人との関係がうまく取れず、常に生きにくい状況を自ら作り続けていく人々の多さ。

それは、もともと素質のあった者が、マニュアル(化)世代で育った故のものなのか。情報が溢れ過ぎているが為にそれに縛られ、他人と交流を取らなくても自分なりのやり方を取ると、そういう閉鎖的な考えの下で苦しくなっていく人々。

「子どもの成長発達に関心があって」「体重の伸びやミルク・離乳食・食事、遊びに対してそこそこ心配があって」「どうにかこんなもんなのかなとやりつつも」「時に雑誌やテレビや親や夫や友人たちと確認しあい」「時に育児相談会などに参加して不安を解消して」生活している人たちの割合が徐々に徐々に…。

私たちの母子に関する仕事の主は、もはや「育児支援」ではなく「保護者の精神支援」に傾き始めている。


参考:厚生労働省 ICD-10分類・第5章


2004年09月15日(水) 恋人は未だ闇の中

存分に、安心して落ち込める場所。

同僚(新婚)は、お互いに連れが落ち込んでいると、一緒になって落ち込んでしまうタイプなのだそうだ。ふたりでどうしようもなくうじうじしてしまうと。
私の場合、連れが落ち込んでいると、普段以上に気を使ってしまうタイプ。相手の好きなものばかりを食卓に並べてみたり、優先順位を相手に定めてベタベタかまったり。励ましを絶対にしないと、伝えることは一緒にいることを誓うと言うことだけと決めている。そういう考えのもと接しているとエネルギー吸い取られて疲れてしまうこともあるけれど、そこはそこで、お昼当番になった日は1時間早く帰れるので、外をぶらぶらしてリフレッシュしたりしながら対応している。

そんな話を帰宅途中にしている中、同僚に言われた。

「彼、安心して落ち込めるから、落ち込んでるんじゃない?」

私たちの仕事は、相手を癒すことだ。相手がネガティブに捕らえていることを、ポジティブな角度から切って伝えることは多い。
そういう、話術があることを知っていながらも、その話術を使われると、癒される心。

そういう考え方もあったんだ。


2004年09月11日(土) すごく怯えている、とても沈んでいる

そこは暗くて深くて寒いところ。

仕事は非常に充実しているのだが、いかんせんプライベートが乱れている。恋人の、周期的な感情の浮き沈みの今、一番深いところに来ていて、それが気がかりなのだ。

恋人は、相変わらず無職状態。無職になって、半年を経てしまった。住居費、光熱費、生活費のほとんどは私持ち。私の年齢的に考えれば技術職でそこそこもらっているし、贅沢な暮らしを好むわけでもないのでやっていけている。"ヒモ"になりきれればそんな暮らしもいいだろうが、職を求めつつも就けない恋人の気持ちを慮ると、どうしようもない。

加えて、常にある腰痛の痛みの強弱、生活への支障を考えると、ここ最近強い不安に陥るほど症状の悪化が見られるらしく、イライラが止まらない様子だ。夜もまた、眠れていないようで、朝方は泥のように眠っている。枕元には、腰の調子のいいときと比べて、異常に減りの早いウィスキーの瓶。

今朝方4時頃も布団の上で丸くなって、「こんな自分に価値なんてない」みたいなことをつぶやいていた。ふと起きた瞬間にそんなことばを聞くと、切ない。恋人はひとりで落ち込んだとき、思ったことを口に出すタイプのようなので、夜のことばは彼の本心であり、それを聞いてしまったら、私の心もさざめく。手を伸ばして、髪を撫でた。「俺にはお前しかいないんや」と泣きながら抱きしめられた。

婚姻届は記入済み。保証人欄も埋まっている。あとは、私と恋人の印鑑を押して出すのみ。

そろそろ、ちゃんとしようか。


2004年09月02日(木) あんたみたいな男とは別れてやる

もうあんな、びくびくした気持ちで毎日を送るなんて嫌だ。

そんな男と別れられないのであれば自分の身を護れるのは自分しかいないと、何人もの女性に説いてきた。避妊に非協力的なパートナー、だけど、パートナー自身もしくは女性側は妊娠は望まない。性交しなければ妊娠はしない。だけど、不完全な避妊であれば妊娠する確率は出てくる。月のものが来ないと、不安に陥った女性の相談の多さにめまいがする。

私も学生時代、一度や二度、望まない妊娠をしたかもと不安になったことがあった。妊娠判定薬を使えるのはいつくらいからだったかと、計算したこともある。今は、ピルでコントロール中。いつ来るかいつ来るかと、期待と不安の中で出血を待ち望むようなことはなくなった。世の中の大半の女性は男性に避妊を求め、その不完璧な避妊により、未だ不安を抱えながら生きているのであろう。私に言わせれば、そんな人生楽しくない。

男の意識を変えるのは難しい。ならば、女性が変わらなくてはならない。できたかもだのできただので泣くよりも、女性が積極的に避妊しなくては不安から逃れることはできない。リングだのピルだのの副作用を考えてる場合ではないだろう。ちょっとでも副作用に悩まされたら、さっさかやめればいいのだ。そして、それはパートナーに相談してはならない。パートナーの大半は生半可な知識の中で反対するのだから。

パートナーの非協力的な避妊と望まない妊娠に悩む女性たちには、ピルについては「私も飲んでるけど大丈夫だよ」と告白している。今日は「できたかもしれない。どうしよう」という避妊失敗相談が多く、私も話題がそればっか。もう飽きた。「ゴムがあると快楽が損なわれるって」「中出ししなければ大丈夫って言うから」「今までできたことないからって」…そんなの言い訳にならないよ。

途中、そんなパートナーの言動を許しているあんたもあんたなのよ、と言いたくもなったりして。


佐々木奎佐 |手紙はこちら ||日常茶話 2023/1/2




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