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五十嵐 薫
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エンピツユニオン

2013年04月05日(金)
sakura over drive

「桜、見に行こうか?」
「桜?」

iPhoneの画面から顔を上げた女が小首を傾げる。

「天気が崩れるのは明日からだ。今夜は星もキレイだよ。」
「一昨日の雨で殆ど散っちゃってるんじゃない?」

液晶が照らす女の顔は普段より青白く見えた。

「半分くらい残ってるよ。」
「いいけど。」

半分くらいがいいのさ。
口の中で呟く。



「これ。」
「…バイク?」

差し出されたヘルメットに女は手を伸ばさなかった。

「ダウン貸すよ。」
「…マフラーも貸して。」



空には下弦から新月に向かう月。
海岸線を行きかう車はまだ少なくない。
瞬く星は冬ほどよく見えず、夏の星座が空に浮かぶのは明け方だ。

僕の腰に回した女の手が時折、小刻みに震えている。
日中の青天のせいで、放射冷却の寒さは一入だ。



「寒い?」
「大丈夫。」

信号待ちで声をかけたら鼻声が帰って来た。
ゴメン、あと少しだ。



逗子ハイランドに着いた。
住宅街を横切る県道の両端をソメイヨシノの並木が数百メートル続く。
夜中だ。大きな音を立てないようアクセルを緩める。

「見て。」
「…すごい。」

春の不安定な大気に揺すられた枝からは大量の花びらが落ち、ヘッドライトや街灯の光の中を舞い踊りながら横切る。
それだけではない。
雨に濡れ路上に落ちた花びらも昼の日差しに炙られてすっかり乾き、時折吹く強い風によって足元から吹き上げるようだ。

桜吹雪。

その渦中を女を乗せ走る。
ゆっくりと。



腰に回した女の手に力が入る。
背中に押し付けられた女の唇が動いたけど、何を呟いたかは聞こえなかった。


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