職業婦人通信
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2006年10月25日(水) おりょうりいちねんせい その3

しつこく続くお料理話。

先週の週末、ダンナ君の実家へご機嫌伺いに訪れた。

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ゴハンの時間に行くと長くなるので

(あ、いや、別に義理の両親がキライとかそういうことではなく、
長居すると悪いかなと思って。いや、自分が長居すると
気疲れするなんてとんでもない!)

お昼過ぎに伺ったのだが
結局、なんのかんのと長くなり
夕ご飯も一緒に、ということになってしまった。

もちろんここで
「良い嫁にはなりたいけどなかなか難しいよねそれって会」会長の
千代子としてはお手伝いを申し出たわけであるが

献立が
「人数も多いし簡単につくれるから」という理由で
『コロッケ』と発表されるや、手伝いを申し出たことを
光速で反省するに至った。

だってさ。
コロッケなんて作ったことないもん。
作り方も知らないしさ。

私の心の中には
『噂の東京マガジン』という番組の名物?コーナー
「やって!TRY」で
女の子が「えートンカツってこんな感じぃ?」とか言いつつ
牛肉をバーナーで燃やしたりしちゃってる姿と
それにかぶせた
「あ〜あ、やっちゃたよ〜」っていう声が
去来していた。
私はまったく笑えない。あのコたちのことを。
(この番組見た事ない人、おいてきぼりですみません)

とはいえ、手伝うと一度言ってしまったからには
もう後には引けぬ。
,任るだけ調理には関わらない方向で
∧夘佞韻鮹羶瓦亡萃イ蹐
という2項目を速やかに決意した私であった。

それなのに、台所に立った瞬間、
私はなぜか
「お義母さん、なんでも言ってください」なんて口走ってしまった。
どこまでもエエカッコしいのバカ嫁である。

お義母様からのミッションその Д献礇イモをむく

イモをむくように言いつかったのだが
なんとダンナ君の実家には
ピーラー(ホラあの、皮むくのが簡単なあの、100円ショップとかで売ってるアレ)
がなかった。早くも大ピンチである。
包丁でモタクサと皮をむき始めた瞬間に
デンプンでつるりんこと手がすべり、イモを取り落とす千代子。
隣で味噌汁を作っていたお義母様の目が光ったのは気のせいか。

さすがお義母様は年の功、すべての工程が手早い。
(毎日料理作るのに2時間かかる私とは違うのが当たり前)
味噌汁ができあがろうとしている頃合いになっても
私ときたらまだイモをむいていた。
お義母様のイラダチが軽く伝わってくるような気がする・・・

お義母様からのミッションその◆Дャベツの千切り

結局ミッション,蓮見かねたお義母様が残りのイモをむいてくれて終了し、
残念ながらミッションは不成功に終わった。
次の機会までにイモをむく練習をしておこうと密かに誓う。

気を取り直して次のミッションは「キャベツの千切り」である。

またも厳しいミッションであった。
というのはもちろん、私がキャベツの千切りなんてロクにやったことが
ないからである。

しかも、この頃になって家族の皆さんたちが続々と帰宅しつつあり
「お腹すいた〜」「早くして」「千代子ちゃんの手料理(?)楽しみ」などと口走るものだから
1.キャベツの増量
2.時間の短縮
3.プレッシャーの増大
という、さらなる問題を抱えることになってしまった。

(糸のように細く!極細に切らないと!しかもすばやく!!)
とは思うのだが
ぶきっちょ&料理の能力ゼロの私にはとうてい無理な相談であった。

焦る私は
(せめて包丁の音だけでも早い感じを出そう)と思い、
やたらめたらとまな板を包丁で叩いて音を出す、という姑息な作戦まで使ったのだが
それでキャベツが細かくなるわけではもちろんなかった。

こうして、ものすごく時間がかかってキャベツの千切りは完成したのだが
どう見ても
「千切り」というよりは「細切れ」もしくは「ぶつぎり」という体たらく。

この時点で死にたくなった。

その後も
●ポテトマッシャーを渡されても使い方がわからなくて右往左往
●「小麦粉につけてからとき卵⇒パン粉」という流れがわかってなくて
 いきなりとき卵にドボン→間違いを指摘され立ち尽くす
  (↑ホントに書いてて自分で情けない)
といったピンチが続き、
死にたい気分のまま手伝いはなんとか終了したのだが

なんといっても問題はキャベツのぶつぎりである。

しょげ返る私にお義母様は
「いいのよ、大丈夫、ちゃんと切れてるじゃない」とまで言ってくださったのだが

・・・いいんですお義母さん・・・どう見てもアレ、キャベツの千切りじゃないし・・・
キャベツもあんなふうに切られて泣いてますよ・・・。
私、もう死にたいです・・・。
(とは言えなかったけど、気分的にはもう死にたかった)

ダンナ君の実家ルールは
「キャベツは一個のボウルに盛って、食べたい分だけ各自が取り分ける」
というスタイルになっており、
私のキャベツもひとつのボウルに盛られて食卓に載せられた。

こうして食事がはじまったものの
食卓の真ん中で燦然と輝くぶつぎりキャベツから
私は目を離せず、

特に大きいキャベツのキレッパシを見つけるや否や
すばやく自分の口に放り込んで証拠隠滅する、という
これまた姑息な手段を使いつつ
笑顔でお義父さんたちに酒をつぎまくって
キャベツから家族の注意をそらすのに必死であった。

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その日は

1、じゃがいもを包丁でむく
2、キャベツの千切り

の二つを練習しないと!と
心に誓ったのだが

もちろん
それ以来一度もやってない。


2006年10月19日(木) 先生からの手紙

昨日、家に帰ってみたら
実家から大きい封書が届いていた。

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中を開けると、
小学校5〜6年生の時、担任だった先生からの
手紙が入っており

「千代子ちゃん、お元気ですか。
 □□小学校を卒業してからもう20年がたちますね。
 (中略)
 私は停年で教職を離れた後も
 ボランティアなどの活動を通じて
 教育の現場に関わらせていただいています。
 (中略)
 私はとうに70歳を過ぎ、
 いつ人生の終わりを迎えてもよい年齢となりました。
 あなたたち教え子から預かったものを
 お返しして、身辺を整理しておきたいと思い立ち
 ここにお送りさせていただきます。
 あなたたちからいただいた
 作文や絵は、長らく私の宝物でしたが
 教え子のみんなからは、すでに、思い出という、
 何よりも大切でかけがえのない宝物を
 いただいています。
 思い出は私がしっかりと
 あの世に持っていきたいと思っていますが
 形あるものはお返しして、
 あなたたちが人生を振り返るときに
 小学校時代のことも思い出してもらえたらと
 願っています。
 (以下略)」

と、あった。

封書の中には
私が小学校を卒業する時に書いたらしい作文と、
先生の似顔絵が入っていた。

20年経った今も、色あせておらず
先生がきちんと保管していてくれたことがわかる。

小学校の時、この先生にはよく叱られたが
私のような頭の悪い生徒にもとことん付き合ってくれて
不得意な算数を放課後にも教えてくれたこと、

私の書いた、祖母の戦争体験とその後の人生を聞き書きした
拙い作文を、先生は読みながら泣いてくれて
しかもその後、コンクールにその作文を出してくれ、
生まれてはじめて、私に賞などというものを取らせてくれたこと、

それがきっかけで、私の祖母と親しくなり、
祖母が死ぬまで話し相手になってくれたことなど

この先生に関する思い出は
私にとっても大切なものなのだが
筆不精な私は、最近すっかり先生にご無沙汰であった。

先生は戦後、満州から引き上げてきたという人で
「私は、戦後の混乱を
 他人様の好意で生きのびることができたから
 その後の人生は私のものではない。
 誰かのために尽くすことで、生き延びられた恩を返したい」
というようなことを言っていた。
その言葉のとおり、一生のほとんどをこどもの教育に尽くして
こられたのである。

生徒をイジメるような先生がいる世の中で
私は本当に良い先生に出会えてラッキーだったと思う。

手紙は
「こどもの時に死ぬはずだった命を生きられたことで
 素晴らしい教え子たちと出会えて
 私はとても幸せな人生を送ることができました。
 千代子ちゃんも人生を大切に、いつまでもお元気で」
と、締めくくられていた。

先生、そんな遺書みたいなこと書かずに
いつまでも元気でいてほしいし
身辺整理なんてしなくていいのに。
と思うと、涙モロい私は
(まだ先生は生きてるっつうのに)
涙が止まらなかった。

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ただ、ひとつ先生も知らない(だろう)事実がある。

絵心ゼロの私にしては
ウマい似顔絵だと思ったら
20年前のあの時、
先生の似顔絵は
うちの母ちゃんに泣きついて
描いてもらったんだった・・・


2006年10月18日(水) おりょうりいちねんせい その2

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※!!注意!!※
ここから先を読むと
私を黒田知永子だと思ってる人は
とてもとても、ガッカリする可能性があります。
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ひとり暮らし歴こそ、そこそこ長いが
私は自炊というものをほとんどしたことがなかった。

週に3日〜4日は誰かと酒飲んでたし
週に2日〜3日は外食してた。
一人外食の日も結構あったので
一人マックも、一人吉野家も全然平気である。
一人焼肉だけはできないが。

予定の何もない週末などは
1日中、飲まず食わずで本読んだりしてた。
週末即身仏である。

このように
テキトーライフを満喫してきた私だが
人のヨメになった今、もはやそうもいくまい。

と、いうわけで

会社から帰るとせっせとゴハン作りにいそしむ日々が
はじまったのだが

はっきり言って、仕事より疲れる。
(と、エラそうに言ってみたものの
 仕事なんてしてないから当たり前のことだ)

まず、献立を考えるのが面倒。
普通の主婦の方はきっと
冷蔵庫の中身と自分が食べたいものと
栄養バランスとかを考えながら決めてるんだろうけど

私の場合、
帰りの電車の中で冷蔵庫の中身を思い返すと
まず、なにひとつ思い出せない。

そして食べたいものと言われても
毎日帰る時間(だいたい20時過ぎ)には
ハラが減りきっているため
「どんな食い物でもどーんとかかってこいや」状態になっており
何が食べたいのかもよくわからない。

「栄養バランス」といわれても
「それって要するに野菜が多いってこと?」という認識しかない。

こうして結局、iモードで献立を検索しながら帰途を急ぐのだが
メインのおかず、サブおかず・・・と考えてると
あまりのめんどくささに
このまま線路に身を投げてしまおうと思うほどである。

iモードの言うとおりに買い物をし、
家へ帰ってみると
たいてい、買ったものと冷蔵庫の中身が一つか二つはダブっている。
これでさらにテンションが下がる。

そして、実際調理をはじめてみると
ものすっごい時間がかかる。
夕飯一食を作るのに平均2時間はかかるのだけど
これはやっぱり私がおりょうりいちねんせいだから?
それとも私の人格に問題が?それとも私のルックスに問(以下略)

パッパと作れる人は
ゴハンなんてチャッチャと15分ぐらいで作ってしまうようだが
私は実にその8倍。要領が悪いにもホドがある。

2時間もかけてゴハンが出来上がり
ダンナ君が帰ってくる頃には
キッチンドランカーの私はすでに酔っ払って
寝る体制に入っており、
片付けるのがやっと、という状況に。
(だいたいこの時点で11時ぐらいになることが多い)

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帰ってきてから時間の大半を料理に費やしてしまうため
結婚してからはテレビもあまり見なくなった。
OL同士のドラマの話についていけなくて
ちょっと寂しい。


2006年10月12日(木) おりょうりいちねんせい その1

お塩大先生、またやってくれましたね!
さすが平成の火野正平。
矢田ちゃんと結婚するしないに関わらず
これからもどんどんやっちゃって欲しいです。

私はこれからも勝手にお塩さんを応援しています。

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結婚してから半年。

先に結婚した女友達の中には
結婚にともなう様々な環境の変化に適応できず
身体を壊したという子もいたのだが
私の場合、幸いにもそういうことはなく
淡々と日々は流れた。

しかしひとつだけ
結婚してから私が直面している問題がひとつ。
それは「料理」である。

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結婚するまえに
初めてダンナ君の両親に挨拶に行ったときのこと。

お義父さんから
「料理はどうなの?」と質問され

「えっえっとあっあっあのですね、
 料理ですかあのねのね、
 嫌いじゃないです決して、ハイ、嫌いではないという感じなんですが
 でもですね、えーとあの、上手ではないというか
 でも作るのは嫌いじゃないと申しますか、というか、
  えーともちろん嫌いじゃないです大好きです」

などと、シドロモドロもいい加減にしろ、お前バカだろ?という
頭の弱さを露呈する受け答えをしてしまった。

お義父さんが
新種の動物でも見るような目をして私を見たことを
いまでも思い出すわけであります。

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そんな私の新婚お料理ライフについては
明日にでも。


2006年10月11日(水) OLたちの憂さ晴らし

私の勤務するフロアには
多くのエライ人(役員たち)が生息しているのだが
その中に、我々女子社員の間で
どうにも評判の悪いオヤジがいる。

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常に女子社員をバカにした態度をとるばかりか
セクハラ、パワハラはお手の物。
フンゾリ返ってばかりいて
どうにも鼻持ちならないヤツなのである。

偉いくせに金離れが悪くてケチだし
気まぐれに部下たちを叱り飛ばしてみたりと
イヤなところは枚挙に暇がない。臭いし。

シモジモの者たちの
彼に対する嫌悪の念は日増しにつのる一方であった。


さて、そんな彼は
毎日、なぜかコンビニでおにぎりを1個買ってきて
自分の机で食べる習慣を持っている。

そしてそのおにぎりを必ず一口だけ残して
ゴミ箱に捨てるのである。

ゴミの分別にうるさいビルなので
毎日、帰り際に我々女子社員が
ゴミ箱の中身を分別して捨てているのだが
嫌いなヤツの食ったオニギリの残りかす
(しかも時間が経ってガビガビになっており
ひどい日はゴミ箱の底にヘバりついている)を
触ることになるため
これまた、女子社員からは
ひそやかなブーイングが巻き起こるのであった。

どうにもムカつく。
でも偉い人だし、文句も言えないし。

というわけで(どういうわけだ)
女子社員のあいだではじまったのが
ヤツの食ったオニギリの中身が何かを当てる遊びである。

ルールは以下のとおり。

====

〜案の17時までに
 派遣のAちゃんにメッセンジャーで
 翌日のオニギリの中身を予想し、エントリーする

Aちゃんはエクセルで結果を集計すると同時に
  出目表を作って傾向を分析、全員に情報を開示する

E日のゴミ捨て当番が
  ヤツの食ったおにぎりの中身を確認
  (ゴミ箱に捨てられているおにぎりのフィルムパッケージを見ればわかる)

し酲に結果を集計し、トップ賞をとったコには
  みんなのオゴリでバーミヤンのランチ1回が贈られる
  (バーミヤンなところに最下層OLの悲哀が溢れる)

====

夕方になると
トイレでばったり会った女子社員同士が
化粧を直したりしながら

「明日、どうするよ?」
「コンブかな〜 でも今日もコンブだったんだよね」
「アタシ、梅にするわ」
「なんで?」
「たぶんアイツ今日飲みに行くじゃん、飲んだ翌日は梅でさっぱりって感じかなっと思って」
「すげー読み深いんですけど!!そっかーどうしよっかなー」

などと語りあうのである。

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心底くだらない賭けなのはよーっくわかってるのだが

嫌いな人間のことを
グチったり、悪口言ってるだけよりは
ネタにしてるほうが精神衛生上マシだし、
ストレス解消にもつながらなくはないし、というわけで

最下層OLの憂さ晴らしには
もってこいの遊びなのである。

せっかくお気楽無責任OLやってんだから
少しでも明るくいかなきゃね。


2006年10月04日(水) カレー兄弟

友達にこどもが産まれた。

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最近のこどもは名前がすごい。
友達のこどもは「蒼空」って書いて「そら」と読むんだそうな。
すげぇなぁ。

知人のこどもには
「晴矢」って書いて「はれるや」って読む名前の男の子がいた。
もう何がなんだか。ハレルヤ。

子供の頃、私のあこがれは
クラスメイトの姫子ちゃんだった。
姫子ちゃんなんて今はフツーなんだろうけど
当時はかなり変わった名前だったのである。

でも
おばさんになった今では
極めてフツーの名前でよかったなぁと思う日々。
全然「姫」じゃねぇし。
きわめて平凡なOLだし。

まぁでも、友達のこどもたちには
名前なりのソラでハレルヤな人生を
送ってくれたらいいなぁと思う。
いや、本気と書いてマジで。

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相方にともだちの子供の話をした後に
「もし私らにこどもが産まれたら
 名前どういうのがいかんべぇ」
という話になり、

「なんでもアリな世の中なら、
 兄弟で連続性があって
 誰もが由来をわかるような名前を」
ということで、
ブレーンストーミング的に出た案は以下のとおり。

『加流美(カルビ)』『朗須(ロース)』(焼肉兄弟)

『我羅夢(ガラム)』と『摩沙羅(マサラ)』(カレー兄弟)

『望(のぞみ)』と『児陀馬(こだま)』(新幹線兄弟)

『民法』『刑法』『憲法』・・・と続く(六法兄弟)

『駒込』『日暮里』(絶対山手線ゲームで思い出せない駅名兄弟)

『世多礼(よだれ)』『伊美貴(いびき)』『夢湖弓(むこきゅう)』(睡眠障害3兄弟)



・・・。

途中でバカらしくなり(今、思い出しながら書いててもバカらしい)
お風呂に入って寝たのだが

今思うに

けっこう「ガラムとマサラ」はイケるのでは
ないだろうか。

誰か自分のこどもにつけてみませんか、
ガラム&マサラ。

(イメージ的には
 「昔はワルだった」っていう
 ちょっとトンガった夫婦につけてほしいです)


2006年10月02日(月) ゴク潰し、大阪へ行く

昨日は大阪へ出張にでかけた。

日帰り出張のため朝早い早い。
5時に起きて6時過ぎの新幹線に乗車せねばならぬ。

朝に弱い私にとっては
拷問にひとしいスケジュールであったが
フラフラになりながらも
無事、指定された新幹線に乗ることができた。
席は上司の隣である。

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バタバタと家を出たので文庫本を忘れ
時間がなかったので新聞も買えず
2時間半、何もすることがない。
当然、禁煙車なので煙草も断たれ
活字中毒者なのに読むべき活字もない。

しばらくは電光掲示板の◇毎日新聞ニュース◇
を眺めていたが、あっという間に飽きた。
(ところで電光掲示板のニュースは
なにゆえ、ああも不自然に短いのであろうか)

寝るしかないべ。
と思ったのに、
上司が9月定期人事異動の
噂話を語りだし、寝るに寝られない空気が
漂いはじめてしまった。

上司「○○さんが××課の新しい課長になるんだってさ、
    で、玉突きで▲▲さんが出されるワケだな」

千代「ハァ・・・玉突きで・・・そりゃ大変な事故でしたなぁ・・・」

私のあまりに適当すぎる相槌に気づく気配もなく
上司の話は
富士山が見えなくなる頃になっても
ノンストップで続くのであった・・・

結局、強引に眠りについたのは
京都あたり。

気持ちよく睡眠に入ったと思ったらあっという間に
上司から
「おい、新大阪だよ」
上司に起こされるダメ部下ですいませんねぇ課長。

日帰りの強硬出張だったこともあり
スケジュールは相当ハード。
昼ごはんさえ食べる間もなく
あっという間に帰りの新幹線の時間が迫ってきてしまった。

「課長・・・お腹すきましたねぇ」
「そうだなぁ・・・せっかくだしなぁ、大阪のお好み焼きでも食べるか」

という問答があり、やっとごはんにありつけそうになったのが
夕方の17時。
帰りの新幹線まであと45分しかない・・・

が、上司は力強く
「駅の構内にオレが知ってる店があるから、そこで急いで食べれば大丈夫」
と言い放ったのである。
課長!私、どこまでもアナタについていきます・・・!!

頼れる上司にすっかり心酔しつつ
駅構内を歩いていくと
「あ、そこそこ!!」と上司が叫んだ。

あ・・・

たしかにお好み焼き屋だけど・・・

そこって

「ぼてじゅう」じゃん・・・

ぼてじゅうだったら大阪じゃなくたって
全国どこでも食べられるよ!!課長っっ!!
帰りに新宿でも食べられるし・・・
あたしゃ、こないだまで住んでた立川で
しょっちゅう食べてたよ課長!!

と、思っても
もちろん部下としては
そんなこと、言えるはずもなく

上司が
「おっ、ここここ、『ぼてちゃん』」

などと間違った店名を口にしても

「課長、『ぼてちゃん』ちゃうでー『ぼてじゅう』やでー」(←なぜか関西弁)

とは、もちろん口には出さず
心で強く念じるのみで笑顔をたやさなかった。
なんて素晴らしい部下だ(自賛)。

こうして、
45分しか時間のない中で
モダン焼きをビールで口に流し込みつつ
上司の
「やっぱり大阪のお好み焼きは東京よりうめぇなぁ」
という言葉にも笑顔で
「ほうですねぇ」
と返し(口にモダン焼きがいっぱいに詰まってて他には何も言えず)

結局時間がなくなって
口いっぱいにモダン焼きが詰まったまま
新幹線に飛び乗るハメになったのである。

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とはいえ
モダン焼き、おいしかったです、課長。ご馳走様でした。

ただ・・・課長、ひとつだけ言わせてもらってもいいっすか?

帰りにビールを飲みながらゴキゲンでラジオを聞くのはいいんです。
でも、耳にイヤホンつけたまましゃべるもんだから
すっごく大声になるじゃないですか。
それって周囲の人のメーワクになるんですよね。

そんな大声で
また、行きの時と同じ定期異動の話をしちゃマズイんじゃないですかね?

周囲の座席の人はみんな、
うちの会社の異動のこと知っちゃいましたよ。
興味ないのに。

そのうえ
やっと寝たと思ったら
もんのすごい高鼾で。ええ。
新幹線の窓ガラスも割れんばかりの高鼾でしたよ。

でも・・・
こんなゴク潰しのダメ部下を
いつもおおらかに許してくれて
千代子はいつも心の中で頭を下げてるんですよ。
すいません。もっと有能な部下だったらよかったのにね。

これからもきっとゴク潰しだと思いますが
今後ともよろしくお願いします。


千代子 |MAIL
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