スカーレットの心のつぶやき
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2013年06月30日(日) 恥ずかしいという意識

人はそれぞれ違う考え方や意識を持っている。

悲しさ、喜びはそんなに違うとは思わないが

恥ずかしいと思う気持ちは

それぞれ人によって違うのだなあと

昨日、夫とスシローへ晩御飯を食べに行って感じた。

私の父は体裁屋さんだった。

人にどう見られるかをとても気にする人だった。

悪い意味だけではなく

人から自分がどう見られるかを気にすることによって

服装や身だしなみをきちんとしていたからだ。

家に居る時もだらしない格好はしたことがない。

出かける時は特に、着替えをして鏡の前に立ち

格好や頭髪についてもチェックしていた。

母は綺麗な人だった。

自分の母のことをそんなふうに思える私は

一生、母の足元にも及ばないと自覚していたから

素直に母が綺麗な人だと思えたのだろう。

そんな母も身奇麗にしていた。

父と母がこんな人なので

私も外へ出る時は家の中に居る時に比べて

服装やその他のことでも結構気をつけている。

でも、それが良いと言えない時もある。

それは、恥ずかしいと思う気持ちが

要らぬ所で出る可能性があるからだ。

昨日の晩ご飯でスシローへ夫と行って

自分ではお腹いっぱいになるくらい食べた。

夫も同じだ。

会計の時になんと二人で¥910円だった。

結局、ひと皿105円のものを6皿、

夫が饂飩を1杯食べて計910円となったのだが

これって一人分の値段だ。

思わず、恥ずかしいねと私が言ってしまった。

普段はあまり自分の気持ちを表さない夫が

一瞬怒った顔をして

そんなことを言うならもう来ないと言ったのだ。

正直驚いた。

恥ずかしいと思う気持ちがおかしいのだと言う意味だろう。

確かに、食事は誰のためにするものではなく

自分自身のためにするものだ。

だから、小額であろうが、多額であろうが

そんなことは問題ないというのが夫の言い分だろう。

父なら違うと思う、

体裁を重んじる父は、たった910円、それも二人分

そんなことは恥ずかしくてしない人だ。

恥ずかしいと思う気持ちって

なかなか難しいと思う。

今回のことは

結局安上がったのだから

私としては助かったのだけれど\(//∇//)\

夫も私も小食だから二人分が一人分になっただけのことだ。

ハハハ(*´∀`*)


スカーレット