スカーレットの心のつぶやき
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いまでは「ボケ」という言葉は
使ってはいけない禁止用語となっているのだろうが
あえて私はこの言葉を使う。
「認知症」という言葉の持つ意味合いが漠然としていて
何がどうしたのだということが理解できにくい。
さて、私の母は今年87歳、夫の母は79歳、
ともに一昨年夫に先立たれたものの
その後は一人暮らしの気楽さからか
心身ともに元気で、自分のことは自分でするし
勿論、少々の物忘れはあるものの
(これは年齢に関係なく私も物忘れはする)
ボケ症状は全くない。
先日、ここで親戚のおばのことを書いた。
今年94歳のおばは父の実の叔母であり母の従姉妹であるという
私にとっては説明しがたい存在である。
ここでは大叔母ということにしておこう。
その大叔母が最近娘の一人を亡くした。
その直後、あまり悲しい風でもなく
落ち込んでもないということを
母から聞いて、年をとるということは
そういうことなのだと変に納得したものだ。
それが、この数日、大叔母のことを心配して
母が電話してみると、大叔母の声が沈み元気なく
「死にそう・・・」などと弱音を吐いていたという。
さもあらんという心境だ。
そして、大叔母と同居している息子から母に電話が入り
母親のボケについて愚痴ったらしい。
お風呂に10日以上入らないし、歯も磨こうとしない。
同じ話を何回もする。
三越へ行っては同じ品物を買ってくる。
冷蔵庫の中にはアジの干物が腐るようにあるらしい。
そんな母親を見てたまらないのだろう。
彼の気持ちも分かる気がする。
一方、大叔母が母に電話で話すことからは
息子とのことが原因で死にそうなのだというではないか。
これはどちらがどうだという問題ではない。
母と息子との二人の関係が悪化しているためだ。
息子に母親への理解と思いやりが
もうすこしあればまた違ってくるだろう。
反対に、大叔母が家事全般をしてくれる息子に対して
有難うという感謝の気持ちがあれば、
また違ったものになるだろう。
確かに、姉や私が大叔母と話したときにも
何か変だと感じたしそれがボケの始まりだったのだと思う。
そして、今回の娘の死が大叔母のボケの度合いを進めたのだとも思う。
どうすればいいのか?
世間で介護疲れで殺人事件が起きるのも
こういった息子と親との同居、娘と親との介護関係が原因だ。
どうか、大叔母にとっても息子にとっても
居心地の良い家になるようなそんな思索があれば良いが・・・
スカーレット
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