スカーレットの心のつぶやき
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2005年08月28日(日) 不自由ということ

15日間の入院を終えて、

25日に退院した。

久しぶりの我が家は良いものだ。

私が居ない間に出来なかった家事を頑張っている。

退院時もまだ本当ではなかったから

あまり無理をしてはいけないのは分かっている。

でも、家族も私自身も前のようにするのが

何か当たり前になっているような気がして、

この三日間は一生懸命に家事をした。

何か一つでも不自由なことがあって初めて、

そのものの大切さを感じるものだ。

私が居ない間、夫は結構大変だったみたいだ。

私が部屋を掃除し、

涼しくして

美味しいものを作って夫を待っていたら

「ああ〜有り難いな・・」と夫が小さな声でつぶやくのが聞こえた。

私の存在価値もやっとわかってくれたみたいだ。

夫も娘も不自由な思いをしたようだが

私も今回の入院は

左手にずっと点滴をしていたので

右手だけしか自由にならず

本当に左手の有り難さを思い知った。

お風呂の時間が一番大変だった。

左手が使えないから

右手だけで顔も体も頭も洗った。

右手だけしか使えないから

体を洗う時、右手を洗うことができないという

当たり前のことに気付かなかった。

右手と背中が洗えない。

左手が使えないだけでこんなにも不自由な気がするとは思ってもみなかった。

昔子どもの頃に見たサリドマイドの女の子が

両方の足の指を使って

家事をこなしていたのを思い出した。

彼女は弱音も吐かず、

一生懸命に家事と育児をこなしていた。

人間は何でも慣れてしまって

何でもないことへの感謝の心を忘れがちである。

健康であること、

家族と一緒に居られること、

当たり前のことが出来ること、

それが生きる意味なのかもしれないと思う。

体が不自由であっても

決して心が不自由なのではない。

不自由と思わないで

いかなることでも負けないで

生きていくことの大切さを思い知った。

明日から娘の学校も本格的に始まる。

朝4時半起きの暮らしが戻ってきそうだ。

頑張らなくっちゃ!


スカーレット