スカーレットの心のつぶやき
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私には生きるということと
死ぬということの意味が分からない。
頭では分かっているつもりだけれど、
どうして生きなきゃいけないのか、
どうして死は悲しいものなのかが分からないのだ。
他人を殺そうとは思ったことはない。
それは自己嫌悪になり
一生その罪を背負って生きるのが嫌だからではない。
監獄の中で終わることが耐えられないからだ。
自由を奪われるのは嫌だ。
勿論それだけの理由ではない。
他人を殺すことは勿論悪いことだし、
罪になることも分かっている。
人間の命が地球よりも重いという言葉もある。
でも、自分の命を考える時、
そんなにも重いものなのか、
それが実感として来ないのだ。
自分を可愛いと思う気持ち、
自分を大事にしようと思う気持ち、
良い意味での自己愛が充分に育っている人は
自分の命は勿論、
他人の命も大切に出来る。
でも、私のように自分の命がそれほど大事だと思ってないものは
他人の命に対してもあまり深く考えられないのかもしれない。
ここにこんなことを書くと、
また私の人格を疑われるだろう。
皆まともな人ばかりなのだから。
私のように命について穿った考えを持っている人なんて居ないはず。
でも、生きていることには違いない、
死にたくても死ねない私のような者も居れば、
生きたくとも長くは生きられない者も居る。
そんなことを考えていたら、
生きるというの意味を理解できない私は恥ずかしい。
今日は父の日赤の泌尿器科外来の日だ。
明日は私の心臓の病院の日だ。
父も私も命のために通院している。
私だって通うじゃないか!
ということは、まだ生きようと思う気持ちがあるからだ。
なんだかんだといわずに
ただ流されてみるのも良いのかもしれない。
今日の父の病院の結果が良いものであるようにと願う私は
本当は命の尊さを分かっているのかもしれない。
そんなことを思う今朝の私。
父には長生きしてほしい。
これは本音だ。
スカーレット
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