スカーレットの心のつぶやき
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外国人から見てとても不思議に思うのが
日本人の笑いだそうだ。
ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の
随筆「ジャパニーズ・スマイル」によると
日本人は悲しみの極地でも笑うという不思議な民族らしい。
このことについて柳田国男は
「不幸なる芸術」という論文集の中で
民俗学の立場から次のように説いている。
日本人には笑ってもらいたい神様が居る。
人間にとって神様は怖い存在だ。
神様に怒りを買うことなく
いつも自分たち人間をバカにして笑い飛ばしてくれたら良いと考える。
では、どうしたら神様に笑ってもらうことができるか?
そこで次のように考えた。
自分たちがおかしなことをして
自分達がまず笑うのだ。
そうすればきっと神様も笑ってくれる。
そう信じることに、
日本人の笑いについての本質があるのだと。
人が悲しみの極地で笑い、
恐怖の限界に居ても笑ってしまうのが日本人だというのである。
このことを考えたみたときに
私にも思い当たることがあった。
それは昔、恋人とのトラブルの時、
笑いというものが存在するべき時点ではなかった時でも、
私は自分自身の悲しみや怒りの中で笑顔を見せた気がする。
今思うと、その笑いは、
辛い状況をなんとか切り抜けたいと思った時
私自身の心の悲しみや怒りを抑えた笑いだった。
悲しいものであってほしくないという
願望から出た笑いだったのかもしれない。
そして、私が笑うことによって
彼に笑顔を見せて欲しいと願ったのだろう。
その笑いによって、
二人の間に流れていた気まずい空気を消し去りたいと願った
私の本能的な笑いだったように思う。
心の中からの本当の笑いではなく
自分自身を守るための笑いだったのだと思う。
笑うということは体にとても良い影響を与えるという。
体が病気でも笑うと、
免疫力が増えて元気を取り戻すことができると言う。
笑いと言うものは日本人に限らず、
この社会で生きようとする人間にとっては
とても大事なもののように思う。
笑うということくらい素晴らしい表情はない。
悲しみの極地でも、
怒りの限界のときでも、
笑えるということは凄いことだとつくづく思う。
スカーレット
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