スカーレットの心のつぶやき
つぶやき 目次|過去|未来
分かっているようで分からないものがある。
それは人の気持ちだ。
人の気持、人の心って何だろう?
心って生きているからこそ存在するのだろうか?
肉体があるから心があるのだろうか?
もし、死んでしまったら心もなくなるのだろうか?
心は実際には目には見えないものだ。
だから、人の心は想像するしかない。
でも、いくら考えてみても分からないほうが多い。
心の自由という言葉がある。
確かに、心の中は人には見えないし分からないから、
自分が何を思っても自由だ。
たとえ、心の中で思うことが
相手を批難することであっても、
そのことを言わない限り
相手を傷つけることはない。
昔、母は祖母(姑)に言われたそうな。
「何を思っても良い、
嫌っても、憎んでも、言葉にしない限りわからない。
だから、心ではどんなに嫌だと思っていても
決して、その心を口にはしないように」と。
それは嫁姑の関係の中で
祖母が実際に体験したことに基づく知恵なのだろう。
相手と上手くやろうと思うなら、
思っていることを口に出すべきではない。
顔で笑って心で憎めということなのだろう。
私はこの言葉を母が言われたということを聞いて、
何かとても淋しく、また悲しく感じた。
そんなものなのだろうか・・・
それじゃ相手のことを顔つきや言葉だけで判断してしまうのではないか?
否、それはおかしい。
人の心というものはそんなに簡単に片付くものではない。
人の心は不可思議なものだ。
私は人の心をとても大事に思ってきた。
だからこそ、心と心の架け橋としての絵手紙を大事にしている。
今のこの殺伐とした現実社会の中で、
相手への思いやりやいたわりの心をとても大事なものだと思う。
相手の心は見えないしわからない。
だからこそ、その心を大事にしたいと思うのだ。
自分が相手を思う気持ちに嘘偽りがないなら、
それは相手に通じなくても良い。
また反対に相手の心で自分が傷つくのはバカらしいと思う。
人が何を思っても良い。
そのことで自分自身を見失わないようにしたい。
時々見えないこともあるだろう、
分からなくて疑心暗鬼になることもあるだろう。
でも、それは相手の心に捉われているからだ。
そんなバカみたいなことはやめよう。
人の心がどうであれ、
自分自身の心がしっかりと支えられているなら
動揺なんてしないはず。
相手の心ばかり気にして振舞わされたくない。
人の心を勘ぐりたくない。
本当に心の自由を求めて生きたいと思う。
そして自分自身の心に素直に生きたいと思う。
スカーレット
|